巻之四

一 家主殿の鼻柱
                                                       
 商人、職人によらず、住み馴れたる所を替ふる事なかれ。「石の上にも三年。」と俗語に伝へし。世帯道具の鍋釜、ぬくもりも冷めぬに、又宿替の荷物程、見苦しき事無し。総じて、類を以て集まり、商売店も、「二條通に鮫、木薬、書物屋あり。」と諸国の人も見及び、烏丸に烏帽子折は年ふりたる事にて、伊勢神楽の勧進祢宜、鹿島の事触れ、頭に烏帽子かづく程の者は、知らぬといふ事なく、ありきやうがり、舞舞ひまでも、入用の時はここに行きて、これを調へければ、声なうて人を呼び寄せ、居ながら渡世の種とぞ成りける。
 下京七條通に小家を借りて、春夏は{*1}女房に扇を折らせ、秋の末より冬中は、男、手もみの紙子を拵へ、商ひけるに、六條参りの道者、国土産に買ひ調へ、手前次第に栄え、少しの元手を仕出しける時、隣辺りの茶呑み物語に、「『家主の内儀の鼻は、人にすぐれて、愛宕山の天狗の囮に見立てた。』と扇屋の嚊が笑はれける。」と、その座より追従に告げ口する人あつて、家主の内儀喚き出し、「親の産み付けて置かしやつた鼻なれば、俺が儘には{*2}成らぬ。貸し家中の嚊様達に任せます程に、何とぞ痛まぬやうに、顔のとりあひ良く頼みます。私の鼻柱を遊女の如く売り物には致さず。一代養うて置く男さへ堪忍して、十九年添うて居ますれば、外に別の事はないと思うたに、どうした事に皆様の御厄介には成りますぞ。とかく、今日の内に良い程に。」とねだられけるに、いづれもこれに迷惑して。
 「一日も御家の端に屈ますからは、御主同前。御口が広いといふも、舌長な事。御足の平たいも、御着る物を長う召せば、誰見付くる{*3}事は無きに、日頃、口が過ぎて、口が過ぎて。」と皆、扇屋の嚊に譲りければ、いよいよ内儀は腹立して、「これ、扇屋殿。我等が鼻が高いによつて、こなたの下げ尾垂れへ構ひまして、出入りに難儀をしまする{*4}程に、家を早々空けて下され。」と言ふ。女房、げらげら笑ひして、「これ、御内儀、京は広うござる。家賃さへ月々に済ましますれば、雨も漏らず、鼻も大抵の所へ宿替へます。」と言ふ。
 「これ、御方。昔も鼻の高い人に、末摘というての后様があつた。そなたが賤しい人で、『源氏物語』を見遣らぬによつて、物の合点が行かぬ。」と言ふ。「私も内裏様の娘に生まれましたれば、御所車にも乗ります。」と言ふ。「これ。輿、車に乗りつけぬ者は、腰が折れます程に、そなたは桶屋の娘なれば、親仁殿の手細工の棺桶に乗りやれ。」と言ふ。「いや。有り様に人の先祖改めて下されいと言ふか。こなたも、出雲の神主の頭の一人子と言はしやるが、何として貧な所へ線は結ばしやつた。日本国の事さへ相応に取り合はせ給ふに、神も意地の悪い事ぢや。世間にはよう似た者がござる。この前、嵯峨の筆屋といふ旅籠屋に、天狗のこまんといふ人たらし女があつたが、『どこやらの家持ちの御内儀に生き写し。』と見知らぬ者はないが、今は京のどこにかござるぞ。」と同じ事ばかり言へば、内儀、上気して、「こなたの家さへ空けて下さるれば、言ひ分する事もござらぬ。」と裏の戸外して帰られける。
 扇屋の男、迷惑して、「おのれが口故、住み馴れたる所を立ち退く事、身代の没落なり。ここは、家主殿へ詫び言しよ。」と言へば、女は気色変へて、「思ひも寄らぬ事。」と言ふ。「男の言葉をもどくからは、暇をとらす程に、裸で出て行け。」と言ふ。「いかにも出て行くべし。我追ひ出さるるからは、そなたの姉御の頓死なされた時の首尾を世間へ沙汰して、御暇申す。」と身拵へすれば、男、手を下げて、「我が女房と宿替へる程の事が、思ひ替へらるるものか。内々、大家の女の勿体に見飽いた。このついでにここを替へん。」と、五條通醒井町へ宿を替へしに。
 南隣の女房、年月乱気して、時ならず刃物抜きて近所駈け廻るに驚き、ここをも又替へて、六角堂の前に住みけるに、この家、昔から「逆柱のわざ。」と言ひて、夜々、虹梁の崩るる如く寝耳に響きて、魂を失ひければ、ここにも又居かねて、千本通に越して、「物静かなる所。」と喜びしに、西風の度々に野墓の煙通ひ、夫婦共に嫌ふ虫あつて煩ひ出せば、この所にも住み憂く、又、新町の上へ引き越しけるに、家新しく、しかも一軒家にて、北隣は椀屋の御隠居とて、表は格子作りにして、物に構ひ給はず。南の方は、酒屋、麹屋、歴々の御方。「今といふ今、思ふ儘なる所へ参つた。」と心祝ひせしに。
 その夜から御隠居に専修派の長念仏申し出され、明け方まで枕に響き、物言ふ事も聞こえず。又、麹屋から蝉の大きさしたる油虫ども数千匹渡り来て、御器箱をかぶり、茶の水に飛び入り、衣類を喰ひ裂き、米俵に穴を開け、屏風、扇をばらばらに成し、肴掛けを荒らし、醤油の徳利に入り、塩籠にむさき事どもして、人の知らぬ世の費えなり{*5}。古人もこれを知らば、「家に油虫、国に酒の酔ひ。」と書くべし。さてもさても、一夏を暮らしかね、ここも程なく立ち退きし。
 二とせにも足らぬ内に、九所住み替へ、少し貯めたる金銀、残り少なく、その後は、松原通新玉津島の社立たせ給ふほとりに、女房の為に腹替はりの弟が住みけるが、この者が指図に任せ、その町へ替へける。この家、鬼門角なる事を気に掛け、「殊更、当年の金神に当たる。」と言へば、「この末世に、何の方祟り。こつちへ任せ給へ。」と無理に移らせしに、よろづ、心に任さず。日夜に衰へ、身上は紙子四十八枚ばらばらとなつて、それからは{*6}面々稼ぎ、男は奥州の白石といふ所へ、紙子屋が下人と成り、女は扇折る事を身過ぎの種として、平戸の島国へ連れ行きける。東西へ生き別れする事も、この女の無用の口の過ぎたる故ぞかし。総じて、女嗜むべきは言葉なり。
 夫婦の別れを暫く惜しみて、涙に袖を洗ひ、「又いつか巡り逢ふべし。さらば、さらば。」と言ふ時、この女、分別し替へて、「これ、男{*7}。何を言ひかはしたればとて、数百里隔てて益無し。心に書かぬ暇の状。」と乞ひ詰めて、その後は、いさかひ仕舞に、「おのれも一人は、何として堪忍して居るまい。」「おのれも女持たずに居らうか。姉の銀盗人め。」と喚き別れぬ。
 まことに「退けば他人」。さても恐ろしの人心や。

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校訂者註
 1:底本は、「春夏(はるなつ)に女房(にようばう)に」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「まゝにならぬ。」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「見付(みつ)ける」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
 4:底本は、「します程(ほど)」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「費(つひ)えや、」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「それから面々(めん(二字以上の繰り返し記号))」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 7:底本は、「この男(をとこ)」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。