巻之五

一 只は見せぬ仏の箱

 丹後国切戸の文殊堂に、金童子と言へる脇立あり。これを開帳する事、銭百文に極め置いて、諸人に拝ませける。この童子、智恵の箱といふ物を抱きて立たせ給ふ。愚かなる参詣の人々、拝めば仏の智恵を貰うて来るやうに思ひぬ。その身、生まれ付いての無分別は、文殊の儘にもならぬ事ぞかし。
 智恵の箱と名付けて見せさせ給ふは、諸商人その家々の帳箱なり。「年中請け払ひを油断無く、心に懸けよ。」との見せしめなり。よろづの事に付けて、帳面そこそこにして、算用細かにせぬ人、身を過ぎるといふ事、一人もなし。必ず自堕落者のくせに、「人間百年の栄花無し。わづかに知れたるこの世界、子孫の事まで案じ置きするは、これ愚痴なる人心なり。その身に仕合せ備はれば十分なる世を渡るなり。たとひ親より財宝請け取りても、貧者と成れる事。」当座さばきに今日を暮らして。かかる不覚悟の親相応の借銭渡すと、又、「子の代に家普請に手のかからぬやうに。」とて、石井筒に鉄釣瓶、或いは軒口に銅樋。諸道具も一度の大願に末代物にして、封付けの銀箱渡す。この二人の親心、格別違ひぞかし。
 その頃、泉州の堺より、分限にて楽隠居せし年寄友達二人、天の橋立の松見物に下りしついでに、この文殊堂に参り、開帳の事分別して、「その智恵の箱、百文にて見る事、さし当たつて百文要るなり。これを出さぬ所が、第一の智恵。」とて、これを拝まずに帰りぬ。総じて始末より身代よろしく成りける親仁ども、少しの事も抜け目は無かりし。この人の子ども、江州の多賀大明神へ長命祈る為とて参りけるを、この親ども、「参詣する事、無用。」と、色々異見申せし。
 「神を頼むまでもなし。人の命を長う望みならば、淫酒の二つを控へ、杉焼きのある世の中に鰒汁をやめて、分に過ぎたる人づきあいせず、世間並に夜を更かさず、人より早く朝起きして、その家の商売を油断なく、たとひ掴み取りありとも、家業の外の買ひ置き物をする事なかれ。只、朝夕のもて遊びには、十露盤置いて見て、節季節季請け払ひ、大事にすべし。人の物を借り込み、催促請くる{*1}程、人間、寿命の毒は無し。
 「その証拠には、我等寺同行の人、十六、十四に成る娘二人持たれしが、世盛りの拵へ、何に一つ不足もなく、美を尽くしたる衣装。敷銀千枚づつ付けて、婿は願ひの儘の所へ仕付けられしに、姉婿、次第に家栄えければ、世につれて姿も若やぎ、三十に余る年も、嫁入り時の姿の今に残りて、人皆、『女仙。』と名付け、『これは、あやかり物。』と言へり。この女、不老丸も飲まず、人魚も食はねど、鰤のはしりを十月頃より食ひ、正月の事ども霜月中に仕舞はせ、当年も又、五十貫目は延びたる白銀の花を見て、めでたき事ばかり耳に聞かし、嬉しき事を目に見て暮らせば、どこで年の寄り所なし。
 「又、妹は、三十にも足らずして、姉には年の七つも老けて、哀れ、昔の形は無し{*2}。風俗、心ざし共に、姉よりは見ましけるに、内証せはしき世につれて、おのづから物毎、賤しげになりぬ。白魚、飯蛸もやうやう三月の末に食ふ事になり、年々足らぬ世帯に気を尽かし、男の心ざしも昔に変はり、仮初の事も無理なる腹を立つるを、『添ふからは、かかる落ち目の時こそ人の大事なれ。』と様々に機嫌を取り、末々の女の手業の絹張りまでも手伝ひ、物見、花見に出るにも、乗り物といふ人使ひの気の毒さに、何の心も無きに作病を起こし、おのづから一門の付き合ひにも肩身すぼりて、物言ふ事も、人より後に付いて、不断の身だしなみも自然とそこそこにして、いつとなく小袖の打掛をやめ、帯も細きをして、心から年を寄らす事の悲し。
 「総じての女房家主、身代の仕合せに引かれて、『姿は作りもの。』と言へり。この、妹より姉の{*3}若う成るといふも、命を長う持つも、皆これ、その家繁昌の心の勇みよりなれば、只世を稼ぐ事を専らにして、廻り遠い神仏を祈る事あらず。」と年古き人の知らせける。「いづれの医者の手にさへ叶はざる人間、限りある一命を、いづれの神に頼みかけたればとて、それはそれは、一日も生き延ぶにはあるまじ。人は四十より内にて世を稼ぎ、五十から楽しみ、世を暇になす程、寿命薬は外に無し。何程に御多賀大明神を祈り、遥々の江州に歩みを運べばとて、このついでの道寄りに京の島原へ心ざしければ、目に見えての貧乏神なり。命も身代も、宿に居ながら祈れ。」と、万事に一つもすかさぬ人の言へり。
 近年、世間に後生を願ふ顔つきすれど、まことの信心、稀なり。皆、名利にかかはり、旦那寺の塀瓦の寄進にも定紋を付け、法の道を作れる石橋に名を切り付け、とかく願主の世に知るるを第一に致せり。本心の後世の為ならば、貧僧に斎米を施し、奉加帳に町所を著さずとも志すべし。今時の人心、一つも仏の道に叶ふ事にはあらず。
 諸々の寺法師、世渡りの人あしらひ、在家に変はる事なし。知行寺の外は、かく旦那の機嫌とらるる事、出家に似合はざるとも申し難し。外に身過ぎの種無し。酒宴の中程に立ちて踊り、「精進腹では酒が飲めぬ。」と白化けの軽口。「さりとは気の冴えたる長老。」と、これは世の人、好けり。不断、珠数をつまぐりて、参詣の輩に十念の外は無言にして、殊勝千万なる御坊の方へは、いかないかな、覗く者もなかりし。
 殊更、この程の道心の結びし新庵、気を付けて見るに、皆可笑し。東高津に毎日、薄白粉をする出家あり。塩町に常住、ひりんずの湯具して居る尼あり。長町に魚釣針して売る坊主あり。道頓堀に、忍び返しうつたる草庵あり。玉造に年中、仲人をして身過ぎする法師あり。天王寺に、鉢坊主に衣の日貸しを渡世にする出家あり。又、藤の棚近くに、十日切りの貸し銀して、明け暮れ十露盤に心を尽くす坊主もあり。
 頭を剃り、墨衣着て、形は出家に{*4}成れども、中々内心は皆、鬼に衣なり。鉦叩きて念仏申して、そればかりにて済む世の中にはあらず。今、寺々の、次第に清らを尽くし、光輝き繁昌する事、仏の招き給ふ人寄りにはあらず。住持、世間の賢き故ぞかし。

前頁  目次  次頁

校訂者註
 1:底本は、「請(う)ける」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
 2:底本は、「なかり。」。
 3:底本は、「姉(あね)より妹(いもと)の」。『西鶴織留』(1993)語釈に従い改めた。
 4:底本は、「出家(しゆつけ)なれども、」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。