三 具足兜も{*1}質種

 都に続く伏見の里、通り筋の外、今の寂しさ。殊更、秋は物哀れに、垣根に咲きたる朝顔の茶の湯の沙汰も絶えて、手釣瓶の縄をたぐり捨て掛けたり。萩は見る人も無き昼の錦。玉芙蓉の枝に泣く子のむつきなど干しける。昔の春は{*2}日暮らしの御門と眺めし所も、間引き菜の畠と成り、両替町と言ひし所も、今は銭が百ありさうなる家もなく、三文が油、一文づつが{*3}塩売り。赤鰯さへ年越しに見るばかり。京へ一里の道なれば、女の足にても夕飯過ぎより行き帰る所を、貧にからまれ、大方の妻子は大仏の顔を見ぬ人ばかりなり。東に城跡の山深く、初茸狩りせし人も皆、遊興にはあらず。二條の八百屋より尋ねさせける。よろづの虫を取つて売るなど、身過ぎは草の種ぞかし。この数千軒、何をかして世を渡るとも見えざりしに、朝夕の煙立てけるは、せめても大川の舟着きにて、艫から舳先へ身代の楫を取つて、手暗目暗と年浪を渡りける。
 貧家によらず、人の内証さし詰まりたる時は、質種なり。昔日、立花の家より鳶尾の前置を、金子百両の質に入れられける。又、連歌の花の本より、露といふ一字を黄金二十枚に置かれける。まことに都の人心、請け人無しに、その一人の手形にて、切りも定めず貸しける。とかく、質にある内は、花挿しに鳶尾を使はせず、連歌師に露といふ事を致させねば、この約束を迷惑して請けられけるとなり。又、貧乏公家あつて、質物に事を欠かれ、「柿本人磨よりこの方は、我なり。」と自慢せられし髭を、銀一貫目に置かれけるに、これは半年づつの契約、切りが延びると剃刀持ちて請け取りに来れば、これも才覚して、元利算用仕立て、請けられけるとなり。
 又、撞木町の遊女、手づまりし時、誓紙を質に置くこそ可笑しけれ。これは、銀貸し者が分別して、客の手前より貰ひ銀の貯まる内、利を高うして取り替へける。この誓紙、恋にはあらず。「女郎の身の上過ぐる所を、その方様に見付けられ、しかも内証にて、年々御合力受け申し侯。その御恩に、世間の目を忍び、懇ろ致し候。この心ざし変はり申すにおいては、諸神の御罰にて、五分取りの女郎におろされ申すべし。」と、一つも根のない事を書かせ、血判まで捺させて、天神から囲ひ女郎までに金子二歩づつ貸しける。これは、この里へ通ふ髪の油売りが思案して、人の知らぬ徳を取りける。「済まさぬ時は、その女郎と我等、間夫を致す。」とくだんの誓紙、人に見せられては身のすたる事を合点して、約束の如く埒を明くれば、一人にも損をしたる事なし。
 質屋程、世の憂き目見る者は無し。気の弱き人の、中々成るまじき家業なり。殊にこの所は、今日を暮らして明日を定めぬ、哀れ様々の人の多し。いづくも質屋は、昼暇にして、夜の取りやりぞかし。
 或る夕暮に時雨して、風横吹きに寒かりしに、四十余りの男、笠の代に円座をかづき、身に一つ着たる古布子を脱ぎて、やうやう一匁七分{*4}借りて、その銭、細き帯に持ち添へ、丸裸に成り、下帯ばかりにて帰る。又、七十余りの婆、杖にすがり、庭ににじり込み、懐より東山時代の蚊帳の吊り手二筋さし出しける。これにも「札書く事のむつかしや。」と言ひさま、銭十六文貸しければ、「せめて二十。」と手合はして断り言へど、「ならぬ事。」と合点せねば、「是非もござらぬ。」と、その銭持ちながら、わぢわぢわぢと身震ひして、そこへこけたが最期なり。貧者の質取るから、こんな事やなど、不憫とも思はず。
 又、船の下る時、叩き牛蒡売りに出ける男、関が原陣言ひ立てして、昔縅の具足、兜を置きに来れば、亭主、中々同心せず。「そなたに似合はぬ物なり。取る事ならぬ。」と言ふ。「これは、人に頼まれまして。」と言へど、「その吟味までも無し。相応の物を持つておぢやれ。」と言ふ。時に、門の戸開けて、四方髪の男、苦々しき顔さし出して、「これ、亭主。それは身どもが物ぢやが、いかにしても侍の手から{*5}、具足は質に置かれぬ。確かに請け人取るからは、たとへば女が置きに来るとも、埒明けたが良い。殊にその兜は、大江山にて正八幡宮の頼光に下されたる物。世の宝なり。」と言ふ。「それならば、猶むづかしや。寺へ霊宝に、良き貸し物。」と言ふ。「さても口惜しや。質種には木綿布子には劣りける。」と悔みて、持ちて帰りける。
 この浪人の、町屋住まひの身の取り廻し、愚かなるに付けて{*6}物語せしは、「総じて、世に落ちぶれし人の質を置く事、無分別なり。百目借りて、この百目に元利揃へて請け返す銀の出所無し。とかく、当座に売り払ふものなり。我等も質置く事、五十度に余れり。これを一色請けたる事無し。その後、分別して、七色を札七枚に致し置きければ、自然、又請け出す事もあり。夜着、蚊帳の夏冬置き替へのせはしさ。定まつて五節句に要る袴、肩衣を置いて、度々に請くる{*7}事の遣る瀬無し。いかに小家の日を送ればとて、男とあるべき者は、時々の着物に相応の羽織、麻の上下、中脇差一腰は、町人の表道具なれば、たとひ片食は食はずとも、身を放つ事無し。嫌と言はれぬ祝言振舞、町役の野送りには、出ぬ事成り難し。内証の事は、女の取り廻しにて、連れ添ふ男の世間向きを良くするこそ本意なれ。」
 この所の問屋町より、当世拵への衣裳、小夜{*8}、小蒲団、手道具まで、この程の嫁入り荷物を質に置き、銀七貫目借りて行く。様子を聞けば、推量に違はず。宇治より縁組して、『ざざんざ』謡ひしは、いまだ二十日も経たぬに、その女の衣類借りて、早、質屋の蔵へ入るる事、世の中の騙りにて、女房持ちけるぞかし。女はあさましく、一生を頼む男次第に成りけるものなればなり。思へば恥づかしき身代、人皆奢りより、この仕合せなりける。
 この質屋も、分限に成りて身の昔を忘れ、いつとなく絹、紬を不断着にして、取葺屋根の軒の低きを作事して、瓦葺に白壁、京格子を付けければ、荒れたる伏見には又もなく目に立ちて、貧者、おのづからに恥ぢて、質置きに来る人もなく、次第に元手を減らし、後は油屋、米屋に商売替へて、遂にこの家売つて退きける{*9}。この身過ぎをする人は、住み古びたる家を普請する事なかれ。女家主、小袖を着る事なかれ。内蔵、火相、良く念を入れ、面構への賢き雄猫一匹飼ふべし。十露盤を一人子と思ひて、これを抱いて寝るべし。

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校訂者註
 1:底本は、「具足兜(ぐそくかぶと)を質種(しちだね)」。目次及び『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「春(はる)の日暮(ひぐらし)」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「一文(もん)づゝ塩売(しほうり)、」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 4:底本は、「七分(ふん)を借(か)りて、」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「手柄(てがら)具足(ぐそく)は」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「愚(おろ)かなるに物語(ものがたり)」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
 7:底本は、「入(い)れ、袴(はかま)肩衣(かたぎぬ)を置(お)いて度々(たび(二字以上の繰り返し記号))に請(う)ける」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
 8:底本は、「こより」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 9:底本は、「置(お)きける」。『西鶴織留』(1993)語釈に従い改めた。