二 はやり笠のかづき物
中通り女とて、出合ひ頭に二人一度に連れて来りけるが、「給銀は、いづれにても六十目が世間の極まり。」とて、置く人も、これは値切らず、勝手の良き者を見合はせける。さて中居の役は、第一に奥様の御乗り物に小袖着て御供申すと、御祝儀事の御使勤めければ、長口上よく申して、女中の御客の折節は、少しの料理もして、不断は御膳の取りさばき、広敷より内の掃き掃除。屋敷方にて「御茶の間。」と言ふに同じ。一人は、何やかやに使ふ為に、なうてはならぬ女なり。
最前の一人の女は、風儀も思はしからず、顔つきも百人並にて、しかも出歯にして賤し。又一人の女は、頃良うて、いづれに一つ難の言ひ所なくて、人の家にありたき{*1}御内室にも恥づかしからず。これを見比べて、同じ値段にては二つどりに、「あれよ。あれよ。」と定めて、まづ二人共に一夜づつ置いて見しに。
悪女は作法の役の外に、物を書く事、女右筆とも言ふ程なり。「琴も、御慰みになる程は仕ります。絹、紬の上げ下ろしも、大方には織り付けます。」と申して、よろづ聞く程、心入れ良く、置いて徳なる者なり。又一人の美女は、左の方の耳うとく、相手になつて歌歌留多取る事さへ成らず。角盥見て、「これは、何になる物。」と人に尋ぬる{*2}程、賤し。猶吟味する程、三十日に二度三度起こる癲癇病に驚き、「人は知れぬもの。」追ひ出しければ、人置きの嚊、ささやくは、「あれが満足にござれば、茶屋へやつて一年に一貫四、五百目は取ります。」と言ふ。「尤も、世の中に良い事揃へては無い筈。」と大笑ひして暮れける。
「人は、心知らぬは悪しき。」とて、昔はうなゐ子の頃に、さもしからぬ形を見定めて、腰元に使はれけるに、近年、町人の世知賢く、二十に余る者置いて、十色も一人して埒の明くやうに使ひなしける。これは、心安く世は渡れども、相応の所へよろしく仕付くる{*3}事のならぬ者、五年程切つて、四度の絹仕着せにて、銀百目ばかり借りて、末頼みに御奉公させて、手代などと一つにあそばし、身代の固まる事を願ひける。
又、同じ姿にて、格別の仕掛け者あり。洒落たる女を成程、手またく作りて、物盗りの腰元。これは、初めの程、人の懐子のやうに見せて、悪事を言ひ含め、まづ奥の気に入れ置いて、馴染むと旦那へ近寄る便りに、「私は髪月代も致します。」と申せば、「それは、事の欠くる時、幸ひの事。」とて、「髭など剃れ。」とある時、怪我の拍子に背中へ寄り添ひ、剃り髪を拾ふ時、御首筋から手をさし込め、そこここ触はりて後、言ひ付けも無きに、袖口から手を入れ、そろそろ御腰をひねり、旦那に心を移させ、我も心の移りたる風情して、脇腹をいたく掴めば、「余り強う当たる。」とて、内から手を取らるる時、外へは聞こえぬ程に「あれあれ、奥様。」と言へば、「黙れ、美しい子め。」と戯れの初めとして、首尾に二、三度の御意に漏れず。程なく「青梅を。」と好きて、「只の事の腹心にはあらず。とかく内方様へ知れませぬ内に、御分別。」と旦那へゆすりかけて、折々うち悩む有様見せて、たんと気の毒がらし、さて親元へこの事言ひ遣はし、内証から旦那殿へ通じ、沙汰なしの合力金を五両、七両、或いは身代相応に十両も遣りて、それとは無くに暇出して、埒を明けける。
又一つには、「この身になりまして、奥様の手前、朋輩衆のそしり。親が聞きましたらば、とても生けて置く気の{*4}人にあらず。世に長らへまして、益無し。淵川へ身を投げます。」と旦那を脅し、取る手もあり。親、娘と内談にて、年中ねだりて金取るあり。形よろしければ、男、腰元に出すべき女を、分限を聞き立て、旦那、好色なるを知りて、その家へ仕着せばかりにて御奉公に出すは、くせ者なり。
「されば、一生連れ添ふよしみ、妻女の心入れの恨み、世間の人の思はく。かれこれ以て、心有るべき人は、仮にも召し使ひの者に心かけまじき事。」と物に懲りたる人の、後よく合点して、道理をせめて言ひ置かれし{*5}。
校訂者註
1:底本は、「家(いへ)にのりたき」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
2:底本は、「たづぬ程(ほど)」。『西鶴織留』(1993)語釈に従い改めた。
3:底本は、「仕付(しつ)ける」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
4:底本は、「置(お)くべき人(ひと)」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
5:底本はこの後、「世に思ひの種ぞかし。」までこの章に入れている。『西鶴織留』(1993)6-3語釈に従い改めた。
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