この全部五冊の書は、先師の書き捨て置かれける{*1}反故の中より出たるを、書林何がし、切に乞ひて、「長き形見にもや。」と言へるに{*2}、「跡は消えせぬ」と詠めるも、あはれに思ひ遣られて、かれに与ふるものなり。
    元禄六酉冬の日  難波俳林西鶴庵  団水

 世界の嘘固まつて、一つの美遊と成れり。これを思ふに、まことを語り、揚屋に一日は暮らし難し。女郎は、無い事を言へるを商売。男は、金銀を費しながら、気の尽きぬる飾りごと。太鼓は作りたはけ。遣り手は怖い顔。禿は眠らぬふり。宿の嚊は無理笑ひ。上する女は間抜けの返事。祖母は腰抜け役に酒の横目。亭主は客の内証を見立てけるが第一。それぞれに世を渡る業、可笑し。さる程に、女郎買ひ、珊瑚珠の緒締め提げながら、この里やめたるは一人も無し。手が見えて是非なく身を隠せる人、その限りなき中にも、およそ万人の知れる色道の上盛り、成れる行く末集めて、この外に無し。これを大全とす。
難波  西鶴
校訂者註
 1:底本は、「置れたる」。『新日本古典文学大系77』(1989)に従い改めた。
 2:底本は、「いへる跡は」。『新日本古典文学大系77』(1989)に従い改めた。