二 四十九日の堪忍

 「長者に二代無し。女郎買ひに三代無し。」と京の利発者が名言なり。
 洛中広きに、「歌仙分限。」と指されて、三十六人の中にも、左座の第一。「二文字屋の何がし。」とて、親より家蔵、諸道具の外に、十五百貫目書き置きせし時、連判の各々、これを改めて、「跡取りに相渡し候ふ事、実正明白なり。」これを請け取り、四十九日の朝は旦那坊主呼びて、夕飯に精進上げて、箸を下に置くと、宿を駈け出、島原に行きて、「丸屋の亭主、合点か。親仁が所務分け、見たか、見たか。」と小判を逆手に持つて撒き散らし、「この家内、繁昌。」と喜ばせける。これより心に任せ、太夫の石州を揚げづめにして、いかないかな、脇の男には緋縮緬の戸帳拝ませず。この女郎を「秘仏の太夫。」と名高く。
 その頃の太鼓、杓子の徳入といふ針立、この秘仏様を預かり、昼夜守りて、後生大事に目付する。これ、恋に心ざし無く、情けに望み無し。只妻子のため、「何も身過ぎ。」と療治を捨てて、一年一貫二百目の御合力に定め、我が宿ありながら、年越の夜も内に寝ず。目に正月させて、小気味の良き首尾聞きながら、妻無し千鳥と飛び歩く。
 引舟女郎の、帯解き、髪の損ぬるも構はず、「木枕が見えずば、良き物あり。」と空き重箱を横にして、誰に遠慮もなく足手を伸ばし、「後の助を呑むまいもの。」とうつつのやうに言ひ寝入りに、この面影、灯に移り、顕はに見えけるに、末の女郎ながら、白無垢の肌着に首筋麗しく、少し中低にこそあれ、薄皮にして小さき口元。この中で見ればなり、大津などの天職よりは見良し。「毎夜十八匁が物を。国土の費え。」と無常を観ずる所へ、やがて出前の禿、我が身を人の物にして、しどけなく腰まで裾のまくるるも構はず、酒に痛みて、「朝、雨が降つて、四つ時まで寝たいぞ。」とおぼえず言ふも可笑しき。「こいつも、わけを知らぬ様にも見えず。只置くも無念。」と又、次の間を見れば。
 太鼓女郎二人まで、九匁が所、弾き草臥れて、三味線の筒を枕に足もたし合うて、懺悔話を立ち聞きするに、苅藻といふ女郎、しかも好きさうなるに、「それに拵へて置く身も、自由に我が儘もならぬ事は、氏神稲荷様を誓文に入れて、去年の九月の十四日に、肥後の衆と床へ入つた儘。」と言ふ。「我らは、年明けて二、三度も、分けの立つ客に逢うた。」と語る。「さても不憫や。この女郎どもを買ひ捨てにして置くは、食はぬ殺生。罪にもなるべし。傾城の男珍しがる事、よもや世間に知るまじ。」
 又、台所を見渡せば、柳まな板取り廻して、色めきたる下女ども、男まじりにうち臥しけれど、誰かこれらに目をやる人も無し{*1}。これを思ふに、吉野の麓に花の盛りを見ずに暮らし、山崎の人、郭公に耳塞ぐに同じ。ここもその如く、女房見飽きて、何とも思はぬと見えたり。
 「こんな所へ来て只居るは、うかとした事ながら、常々律義に思し召して、大事の御番を御頼みなされしに、微塵も自堕落する事にあらず。」と片隅に取りのき、小分別ありげに眉をひそめ、丸寝して、随分寒い目を堪忍して、夜明けを待ち兼ぬる時、大尽、起き合はせ給ひ、徳入が寝姿を見給ひ、「いつもその如く、一人寝するか。幸ひの手空きがあるに、さりとは無用の斟酌。さても残らぬたはけ者。ここで恋をせぬは、風呂へ入りて垢を落とさぬに同じ。冷え者、御免。どの懐へなりとも入れ。」と御言葉かかりて後、分際相応の遊興。「これ皆、御蔭、御蔭。太鼓持ほど有り難き世渡り、又もあらじ。」とおぼえける。
 この大尽、一代の奢り。行年七十四まで、腰の骨の続く程は色騒ぎ、その子、猶又、中頃の野秋にばつと出て、見事な差配し過ごし、これも知恵過ぎてやむるにはあらず。自然と面白さやみて、七十九の夏頃よりこの道をとまりける。二代共に名を流し、三代目は、「二清。」と言はれて、薫大尽なるが、程なく通ひ提灯の立ち消えして、次第悪く、やめにける。
 二代目に分散に極まりたる身代なりしが、舅の譲り銀、二百貫目の響き{*2}、天秤に掛け出し、今までは続きぬ。二清、身に当てては、三十四、五貫目使ひしに、悪い所を請け取り、あたら身代、この男が皆になしたるやうに沙汰せられ、婿にも養子にも談合の相手無く、何にも残らぬ身一つ、今日を暮らしかねて、やうやう長者町によろしき叔母の元へにじり込むを、ゆかりなれば見捨て難く、四、五人ゆるゆると世を渡る金銀取らせば、これも又、半年経たぬ内に、かの里へ運びける。
 「とかく俗を離れさせよ。」と圧状づくめに坊主に成せども、猶この道をやめず。「この上は、養ひ殺せ。」と座敷牢に押し入れ置くに、これも忍び出、気色を見るばかりに通へば、「いかなる事もや、し出しけん。」と賢き人に相談するに、「おのづからやめさする遠島あり。こなたへ任し給へ。」と島原の揚屋町の横手に、小さき貸し家を借りて、二清に渡し、家賃の外に、一ケ月の合力銀三十目。「何なりとも勝手次第に狂ひ給へ。」と言ひ捨てける。
 ここにて面妖。悪心変はりて、人に会ふも迷惑して、後には、はやり話の請け売りして、女郎様より物貰ひて、口惜しからず暮らしぬ。

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校訂者註
 1:底本は、「なかり。」。
 2:底本は、「ひらき」。『新日本古典文学大系77』(1989)に従い改めた。