一 愛宕颪の袖寒し

 京は山々近く、松の風も通ひて、冬空の気色。時雨、間も無く、雪も面白過ぐる程降りぬ。黒木売る声も常よりはせはしく、「今から日の暮るる事は、夢ぢや。宝船の打ち出の小槌も、何も持たぬ者が打つては、いかないかな、茶屋狂ひする程の銀も出ぬ世の中。なうて成らぬ物なれば、使ひ捨てぬ内に分別せよ。」と身に懲りたる人の異見も耳に入らず、皆になして合点の行く人、それは遅し。昔より女郎買ひの良い程を知らば、この体までは、成り果てじ。
 或る時、泉州堺の島長といへる大尽、初めは野郎に遊び、毎日に忍び御座舟に峰野こざらしを乗せて、恵比寿島の遊興。世の人のする程の事、し尽くして、いつの頃よりか都の島原に通ひ、大坂屋の野風に吹き立てられ、次第に下り舟。上りづめの女色、男色、この二色に身を成し、財宝皆になし、さすが名高き大尽の幽かなる身と成りて、四季小紋の重ね小袖も大変はりして、千種色の木綿布子の身狭にして、貸し家住まひのあはれに、やうやう手代どもが情け。上下三人の命を繋ぐ上荷舟の貸し賃を、一ケ月に四十五匁づつあてがはれて、これにて酢も味噌も茶も薪も、万事の朝夕を埒あけける。
 あはれや、世にある時、悪所へ遣はしたる文飛脚の通ひに記せしその賃銀も、一月には百目余り出しけるに、生きながらかやうに成り果つるは、我一人のやうに思はれて口惜し。それも時世なれば、この浦にて引く網の磯藻まじりの小鰯、一籠わづか五文六文を値切りて、「今日は祝ふ八朔なり。」と手づから膾にして、腹膨るるを楽しむは、住める甲斐なく思へど、その身に成つて舌も食ひ切り難し。科極まりて首刎ねらるる者も、その日の朝飯、箸持つて食ふは、人の命ほど惜しきものは無し。
 この隠者も何祈るらん。正、五、九月とて、二十四日に思ひ立ち、「愛宕参詣。」と一日二日の旅用意。小者に風呂敷包み、その身も草鞋はけば、下女は、つくづくこの風俗を見て、「あの鼻の高さにて、何の願ひかある。天狗も旦那殿には恥ぢぬべし。又、火の用心も、財宝ある人こそ、この地蔵を頼みて良けれ。留守預かるとて、空長持一つ。自然の時は、女の働きにても退くる身代。貧者無用の物参り。」と思ひながらも、主命なれば、機嫌良く門送りして立ち別れぬ。
 この大尽、「昔は、仮初の京上りにも、堺より六枚肩の夜駕籠。一人七匁に定まつて四十二匁出せば、宙を飛ばして、まだ夜深きに、淀の小橋の詰めなる嘘の仁兵衛が所まで、島原よりの迎ひ提灯を出させ、水車の如く廻らせし事も。」とうち眺めて、それが門をば少し足早に、編笠先下がりにかづき、鳥羽の馬牛をよけるも余程世話にて、程なく東寺より千本通に分かれ、廓の塀越しに揚屋町の裏を行くに、どう言うても都程ありて、物日の出掛け姿。柏屋、丸屋の二階に、衣装はとかく赤きがひとしほ目立つ物ぞかし。小歌聞こえて撥の音。「これは、何ともならぬ。今一たび千両ぎりに、しつこうせず、ここの気色を見たし。」と八文字屋の裏なる壁のこぼれより覗きぬれば。
 名も知らぬ女郎が、座敷離れて涼み所に拵へし置き床に、枕も無く寝転び、今時分、女郎の手には珍しき本の小判を、五両づつ四所に並べ置き、嬉しさうに眺めて、知れてある算用を幾度も数読むこそ可笑しけれ。「これは、京の客の金遣り時にあらず。九月二十日過ぎに時づけ届の小判。さては、田舎の白い人なるべし。何にしてもこの里は、あれを遣らいでは成らぬ所。」と思ふ内に、宿の嚊が、ひねり文に五両ばかり持ち添へ。
 「私の方へも、半九様より御書翰に預かりました。御返事に、よろしく御礼申して遣らしやりませい。遣手の任せに金に構はぬは、昔の事。今の二十両は、上代の二千両にもかけ合ひます。殊に北国衆は、文を国のひけらかし物に、人丸、貫之の筆より、各々様の書き捨てを大事にかけ、紙の損ずるをうたてく、裏打ちして巻物にし給ふとや。又、地の衆の、文は皆までも読み給はず、小宿にかいやり捨て給ひ、挽き臼の敷紙に成りて、太夫様の御名を小麦の粉に汚すも由無し。それと又、今の京の大尽、位ばかり取つて、勝手に成りませぬ。とても勤めの御身なれば、殿ぶりの御物好きやめにして、たとへ物言ひ悪しく、一座初心にござりませうとも、こんな御状参る方が大尽なり。惣じて、粋が女郎様方の役に立たぬもの。随分しやれたる男自慢の人、京、大坂、堺にもあまたあれど、無分別に使ひ捨て、揚屋の手前も味悪く、廻つて通るは、その心からのたはけ者。女郎狂ひばかりに片付けば、末長う遊ばれしを、又野郎に恋をまたげ、あたら身代を潰し、若盛りにあてがひ世帯。うごうごと生きて居て、何か面白い事ある。」と我を見付けて、かく当て言を言ふやうに。「これ、天性なり。」と身震ひして立ち退き、あの内儀が言ふ所、一つも違ひ無し。
 「橋本の渡し越えて、松の尾にかかり、まことの道筋を愛宕へ参れば、かかる憂き事も聞かざりしものを。この里、よそながらも見たくて、言はれざる京に廻り、身にこたへたる人の言葉」を合点して、都も面白からず。嵯峨に行けば、はや夕暮に成つて、人泊むる女の袖に頼れば、一夜はここに定めしに、筆屋と言ひて広座敷なり。折節の焼松茸に酒、様々もてなしける。女も、ふつつかに見えず。機嫌とりて、立ち振舞も、どこやら御町めきたる所あり。しかも、その女は年構へなるが{*1}、廊下走りやう、只者とは思はれず。
 口説き寄りて昔を語れば、申さぬ事か。島原の座持女郎、土佐といへる流れなり。いづれ、移り香常ならず。物参りの精進をうち破りて、木綿寝道具に侘びながら、太夫に逢ふ心地して、又、下向にも戯れ、御初尾の残りを有り切りに取らせ、山崎よりの舟賃なくて、拾ひ草鞋のかち路、昼食無しに帰りぬ。
 「これ程懲りて、この身に成つても、やまぬものは好色。」と会ふ人毎に語りし。

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校訂者註
 1:底本は、「年まへなるが、」。『新日本古典文学大系77』(1989)語釈に従い改めた。