二 知れぬものは子の親

 至り穿鑿にして、素人の珍重がらぬもの、本手の小唄ぞかし。番町に、さる御方の隠し芸に、八筋掛けを忍び駒にて弾かせられしが、又も無き音曲。これを、役者の九兵衛が御指南受けてまねびしに、それも作弥、昔に成りて、花橘も袖の香も、去る者は日々にうとし。
 浮世を短う言ふ人、さりとは無分別。極楽に行きて精進膾食うて、物堅い仏付き合ひより、筋鰹の刺身に夜を明かして、落とし話の大笑ひ。
 御機嫌取りの城俊、目には見ねども、かの噂、細かしく分けをも知る事かな。「我ら、今可愛がる太夫が、久しく引つ込み、勤めざる子細を知つたか。」「成程成程。この御腹に若君一人おはします。」と言ふ。「誰が知らせたぞ。弓矢八幡、深川の助六が子に極めけるとや。」「それは、生まれぬ先のむつき定め。この子が娘ならば十露盤持つて、男ならば反古綴ぢの帳を持つて生まるべし。」「さては、町家の大尽か。」と聞けば、「何の事はござりませぬ。両替屋の細かなる奴が子なり。御前様も相婿なれば、少しは御身にかかりたる事ぞ。」と言ふ。いづれも笑ひを催し、「その大尽、奉加につかざるや。」座中も耳にかかる折節、「いざ、この坊主を勾当に成せ。」と大分はづませ給へば、「これは、夢かや。」
 宇津の山を越えて、都の人に会ふも嬉しく、旅の日数を重ね、今日は、逢坂の宮も藁屋も昔の人、我が身のつらさにひとしほ思ひ出て、見えざる眼の涙、おのづから手向けとも成りぬべし。今はその撥音も絶えて、琵琶の海も後に成して、日高に京入りして、三条の何がしとかやいふ人の宿借りて、官位の大願、その日柄を見合はせける内に。
 都の大尽、吉野にあへる一興に、「いざ歩め。」と勧められて、その人の引導に任せ、東ぢややら、北の方やら、無性に行けば、西島の細道、「名残惜しさは。」と歌へる朱雀の野辺。「誰ぢや。」「上林の薫。」「御茶は初昔か。とてもの事に、この目を開けて見せ給へ。物越しに罪を作りて。」丸屋の七左衛門が座敷に入りて、御上家なる恋尽くし。嫌ともあふとも言はせぬ情け、江戸に変はりて物優しく、戯れの乱れ酒に、城俊が手前に廻り、痛むと見えし時、班女といへる女郎、見かねてこれをも助けられしを、どうもならぬ程嬉しくて、それからすぐに惚れ出して、よくよくなればこそ、牡蠣の吸物、喉を通らず。今宵の明けて帰るを待ち兼ね、人を頼みて口説きかけ、やうやう不思議の首尾して、忍び忍びに通ひける程に、合力の小判、包み紙も残らず。
 今は官位の望みも絶つて、東に帰るも及び無く、身の置き所狭けれども、さらに後悔するにあらず。女郎にあはれぬ身の上を歎き、「世に住むからのつらさなり。とかくは仏の国へ。」と覚悟極めて、行く水の伏見の里の暮に迷ひ、六のちまたの地蔵を過ぎ、豊後橋の半ば渡りて、最期をここに極め、形見の扇に風は無常の夕ざれ、「班女が床の思はく、いつの世にかは忘れじ。水も情けあらば、今投ぐる身を渦に沈め、形を再び人にさらすな。」と足を揃へて飛び入る折節、笹屋の何がし渡り合はせ、しかも見知れる法師なれば、「これは。」と引き留め、橋詰めの侘しき茶屋に連れて、是非に様子を語らせ聞いて、この人も男泣きして、「命ある故の恋なれば、暫く京都に身を隠し、人の気を取り、勤め居ば、二つの望みも叶ふべし。」と智恵自慢の異見して、世上は何の沙汰なく匿へける。
 誰かこの事を告げ渡る、雁金屋の利右衛門など、由なき班女に伝へければ、常の人とは変はりて、この落ちぶれしを悲しく、私の衣装、諸道具の華奢なるを代なし、ひそかに便りを求め、官位を進めしに、「思ひも寄らぬ心遣ひ。何とて請くべき子細無し。」と京も俄に難しく、淀舟に飛び乗り、難波の北浜に上がりて、杖さへ持たぬ座頭の坊、身は薄衣に露霜置きて、秋の哀れを人も知るにや、芸は身を助けて、糸による恋の歌。「三味線弾く手になびけ。」とは目くら神の導き給ふか。今は歪まぬ心から、色事は捨てける。

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