一 過ぎて善きは親の意見悪しきは酒

 新春の御吉慶、いづ方も御同然の内、今年の正月が仕納めの親仁にも、「若う成らしやりました。」と定まつた口上を互に言ひ捨てて通る。方々の御杯、飲まぬやうなれど、めでたく申し納むる所で押さへられ、重ね重ね祝はれ、「日頃、なるものは。」と言ふさへ、早、分けも聞こえず{*1}。肩衣がひじにかかるやら、袴の腰が歪むやら、扇はどこで落としたか、雪駄をはき替へ、溝に踏みかぶり、礼に行かいでも苦しからぬ所へ行きて、二、三年以前の御力落としをとぶらひ、良からぬ事のみ尽くして、今朝の七つに出て、夕の黄昏までたどり歩き、素足なる方に草履はきて、鼻紙まで失ひ、逆鬢に成り、博奕に打ちほうけたるなりして、によろりと帰り、正月早々から酔ひ覚めの機嫌悪しく、冷水四、五杯、息せはしなく飲むと、あたり合ひの枕引き寄せ、大いびきして、一日の酔狂、夢にや見るらん。
 しかるに、この親仁たる人は、格別の思ひ入れ。常々子供に言ひ含めらるるは、「我、無常、時至りて、臨終の時節、急なる時には、言ふ事も難からん。別の仔細無し。唯、酒をやめて、月忌、命日の斎非時にも、堅く酒塩の入りたる料理する事無く、家の内には壺、平皿の蓋も、杯に似たる物を置かず、門に禁酒の札を石に彫りて立つべし。この言ひ置きより外無し。昨日も日暮らし小太夫{*2}が説経を聞けば、あれ程、力も強く利発なる小栗殿も、横山に盛り殺され給ふ。何を見ても聞いても、俺が言ふ事に違ふ事は有るまじ。
 「されども、兼好とやら言ふ者が、若き者の諺に、『下戸ならぬこそ。』と、異な事を書いて、言ひ習はせぬ。「まだ生きて居らば、公事をしてなりとも、只は置かじ。」と思へど、今は亡き跡の形見の草子、聞くさへうとまし。この頃、近所に酒盛りが有るやら。頭痛がして。」と、しかめらるる顔つき。「も、合点が行たか。」と思ふ尻目使ひ。身の毛よだちて嫌ながら聴きたるが、今、金言と成りて、良く聞き入れたるしるしに、二番目に生まれながら、確かなる親の跡を踏まへ、俵の数、蔵に積みて、金袋をかたげさせ、言ふ事に槌の利くも、焙烙頭巾をかぶつて異見たらだら言はれし親仁の御蔭。過分至極なり。
 兄に生まれたる者は、世間からも、「親の眼鏡に外れし者。」と、心ある人は鼻であひしらはれ、交じはりうとくなり行けば、類を以て集まる男。酒一杯飲めば、「その日{*3}の栄耀、これに過ぎず。」と、面々の勤むべき事、怠るのみならず、その心からの慰み事、一つも良からぬ巧み。手を懐に入れて世を渡る才覚、様々怖き事ども。現世、後生共に取り失ひ、たつた今の事見るやうな。
校訂者註
 1:底本は、「聞(き)きえず、」。
 2:底本は、「日暮(ひぐら)しに太夫(たいふ)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「其(そ)の目(め)の」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。