二 上戸丸裸乱れ髪
「上々吉諸白有り。」江戸呉服町を見渡せば、掛け看板に名を記し、鴻の池、伊丹、池田、山本、清水、小浜、南都。諸方の名酒、ここに出棚の香り。上戸は、門通りても、千代を経ぬべし。菰着せの四斗樽、限りもなく飲み空けぬれど、終に酒の酔ひの馬鹿に会はず。これを思ふに、武蔵野の、内端に飲むと見えたり。義理詰め、意趣の外は、鞘咎め無かりき。よしや組も若盛りの事、大小の神祇組も、天の岩戸の静かなるこの御時、伊勢守の御膳酒。その御滴りに、民草の末葉の菊まで重陽の祝儀、変はらず。
永代堀のほとりに、町人の若い者集まり、夜まで燗鍋絶えず。べく杯の後、皆々気強く成りて、男だての話に、強い処をより抜きて、我劣らじと語りぬ。力みつのつて言ひ出しけるは、「この中に、胴骨坐りし人あらば、只今より目黒原へ行きて、しるしにこの杯を立てて帰る人やある。これ、賭け禄にして、仔細なく帰らば、その人一代、三年酒を続くべし。もし約束せしに行かずは、その方よりこの仲間へ雁三羽出し給へ。」と言ふ。
いづれも思案するに、焼け石の九太夫と言へる男、「我、行くべし。」と無分別に請け合ひ、件のしるしを持つて宿を出る。この気力に、座中、気を呑まれて、「今の世の燗鍋の綱。」と面々、口をあきけるが、「この儘に遣りて、賭け禄に負くべきも口惜し。いざ、先へ廻り、九太夫をおどすべし。」と、飛び上がりの弥吉、算用無しの藤介、身ゆるぎの茂左衛門、火ぜせりの徳兵衛。この四人、作り髭に投げ頭巾、奴出立ちのすさまじく、万事を捨てて急ぎ、いまだしるしも見えねば、榎の木の蔭に隠れしに、九太夫は、吸ひ筒を道の友として、寒いも怖いも忘れ、夢に成つてぞ来り。
されども本性を違へず、かの杯を立て置く時、弥吉、闇より出て言葉をかけ、「おのれ、ここを知らずや。忝くも不動明王の霊地にて、飲酒戒を保つ処へ、その吸ひ筒は何事ぞ。下に置け。」と言へば、九太夫、震ひ出し、「重ねては取り上げも致しますまい。真平、御許し。」と詫びける。「それならば、助くる程に、着る物も羽織も脱ぎ置いて、裸に成つて帰れ。脱がねば、これ。」と刀を抜く。「成程、成程。御意次第。」と上下共に脱げば、「おのれは、常に横ひだの革巾着に細金入れて居るが、それは有るか。」「いかにもこれに、一歩七つと銀三十目ばかりもござります。それへ投げて進ぜます。よう巾着の事、御存知してござります。」と言ひ捨てて、逃げて行くこそ可笑しけれ。
その後にて、吸ひ筒をあけて又酔ひ出し、野を内にして草枕、やくたいも{*1}無き折節、宵不仕合せの追剥ども、ここに来り、「酒手おこせ。」と片端{*2}から丸裸にして、一色も残さず立ち退きける。
四人ながら裸になされ、是非なく立ち帰れば、いつとなく酔ひさめて、夜は明け、芝にて九太夫に追つ付き、段々因果を語り、「これ皆、大酒より起これる難儀なり。さし当たつて恥かきけるは、五人共にふんどしばかり。白昼に通り町を、この姿にては。」と言へば、九太夫、才覚出し、皆々さばき髪に成つて、立ち並びて、同音に、「目黒の不動へ裸参り。御縁日ならねど、有難き夢の告げに任せて、信心の友五人」ながら、興もさめて宿に帰りぬ。
校訂者註
1:底本は、「やくたいなき」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
2:底本は、「かたはらから」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
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