一 只取るものは沢桔梗、銀で取るものは傾城

 配り札を貰ひ、又太夫が舞を聞き果てて、皆、六十に余れる親仁三人、浜茶屋に腰掛けて足も休めず、さりとは昔作りの堅い穿鑿。味噌、塩、焚木、又は利銀の納まる話して、「今日の暑さを逢坂の清水にて凌がん。」と行く程に、久兵衛が西面の座敷。「入り日は障りなれど、風のためには折節の昼寝所。」と人々の心、羨ましかりけるに、いかないかな、人の家へは入りもせず。玉垣より外なる捨て石どもに休みて、浮藻かきのけ、岸には牛の足形も構はず、「これぞ日本に七所の名水。」と手して掬び上げ、腹膨るるばかり飲みて、野に働く男の火縄、煙管を借りて、しかも帰るさに、「仏の花に、これよ。」と、その儘しをれる沢桔梗を手毎に折りて、長町の裏道を眺め、今の難波の至り下屋敷に、中二階の簾巻き上げ、京から取り寄せたる大名行きの手かけ者、又は舞台子のしやれて、紫の手細取り捨て、男なりけるも面白し。髪切り姿は、加賀笠の小せんとや、隠れもなき者のある由。或いは男憎みの衣比丘尼。世は様々の遊興所。琴の遠音、一節切り。名の木薫りに墓の煙も立ち消えするなり。
 「久しく見ぬ内に、これはこれは。この東側の二、三丁目にて、二百目屋敷の時買うておけば、今、三貫目屋敷に売りて、良き商ひ事をするものを。」と、何につけても算用を言ひ行くに、笹垣のほのかに{*1}、小倉縮の帷子に段染の畳帯して、緋縮緬の湯具、龍田に紅葉ながら、女には嫌と言はれぬ良き物なり。黒髪、何の様子もなく一つに集めて、半紙の引つ裂きにて、つい取り上げて、かつて色作りたる風情は無く、浅葱緒の京草履に、片足は糸竹の男形はきまぜて、四十余りの飯炊きらしき女と並びて、葉人参の細かなるに、松菜などいふ物{*2}を揃へて、「醤油がけにしてよ。茶は我等が焚くぞ。」と火打ち石に男らしき音成して、上がり口に片尻かけて、着る物の裾乱れて、紅の内より雪を延べたる足首より、少し上まで見えける。
 三人の親仁、夢のやうに成りて、「今一度、美しき顔が見たいことの。最前の有様は、『君がため春の野に出で若菜摘む』と詠みし昔公家の娘も、これには。」となづみて、竹垣立ち去らねば、人も咎めける。「竹の子抜くにはあらず。あの上臈は、いかなる御方。」と問へば、「あれは、富士星の吉田殿。仔細あつての隠れ家。」とささやきける。
 「さては、気高きも理よ。諸々の神さへ従へ給ふ吉田殿。」と、これ有り難く思ひ込み、その中にも一人親仁、「あの女郎が心任せになる事ならば、五匁や三匁の銀は惜しからじ。」と思ひ切つたる事を言へば、「さても大気なる事を{*3}。」と二人笑つて、まことにせざれば、この男、少しせきて、前巾着を捜して、細銀五粒にて四匁七、八分もあるべきを、手の上に据ゑて、「後とは申さぬ。現銀にかくの如く。」といきる内に、一匁足らずの豆板一つ、大溝に取り落とし、「これは。」といふ声、響き渡り、身の汚るるを構はず、捜しても見えざりければ、二人も見かねて、二時余り尋ねしに、遂に行き方知れずなりぬ。
 この親仁、大方は狂乱して、「惜しや。今の銀の行方、我一代の仕損じ。」と世間構はず涙をこぼす。両人、笑止には思ひながら、いかにしても銀づくなれば、『合力。』とも言はれず。「とかくはこなたの損。」と足の立たぬを無理に手を引き、堺筋より過書町に帰り、猶この銀を歎き、鉢巻してうめき出し、総領、枕近くに呼びて、始めの次第を語り、銀落としたる所を細かに知らせて、「是非に若い目にて見出して参れ。」と言ひ付けられ、男に提灯持たせ、夜道の用意までして、親の気を背かず、そこに行きて、誓文のために溝を覗きて、「いざ、帰れ。」と言ふ時、かの吉田をちらりと見て。
 「かねがね我等が、『根引きにせん。』と思ひしに、早、人の物にして、ここは堪忍のならぬ処。井筒か小太夫かを掴んで、かかる下屋敷者にしておかでは、一分立たぬ。」と、それよりすぐに色町に立ち越え、頭からばつと出て、太夫請け出す談合に夜を更かし、いよいよ二人の内一人、さのみ馴染もなけれど、僭上ばかりに「請くる{*4}。」と言ひ触れて、女郎もそれ程に満足がらぬ事に、六百五十両の内証約束。「亭主、落ちつくため。」とて、紙入にあり合はせたる小判三十両渡して、再び返らぬ金子。「残りは四、五日に才覚して。御内儀、長町の家見に、何を持つて御出。」と笑ひ立ちにして立ち帰り。
 親仁の手前へ「やうやう捜し出した。」とそれ程の豆板一粒、久七と口を合はせて出しけるに、「これは。」と喜び、行灯近く寄せて、眼鏡を掛けてこの銀を覗き、「いかないかな、我等が心覚えの銀にあらず。二分ある豆板まで、三星の極印を打ち置きぬ。この銀は、吉の字、極印。親から譲りの取つて置き銀。これは不思議。」と内蔵に入りて穿鑿するに、その戸棚は軽く、大分、行き方知れず。この親仁、目を廻して、「これぞ因果の百年目。」と何か無しに叩き出され、わづかの事より悪所顕はれ、あはれや、身の置き所もなかりき。これ程吝き親の子に、かかる者もあるなれば、世の様ほど可笑しきは無し。
 今はせん方なくて、玉造出離れに草の屋借りて、埒もない女を定め、渡世の種もなければ、深編笠に大脇差。日頃抜き上げたる額口、今、似せ浪人のためと成り、家々に入りて、舌をなやして作り訛り。「これは、御合力買ひ。」とて、一文づつが{*5}灯心の突き付け売り。さてもはかどらぬ世渡り。
 恋の仲の、中の中宿より隠し衣装の物好き、山の端染に{*6}ななこ織の道服着て、「北様。」と言はれし事も、去年の五月まで。

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校訂者註
 1:底本は、「ほかに、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「いふのを」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「ことよ。』と、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 4:底本は、「請(う)ける。」。
 5:底本は、「一文(もん)づくり灯心(とうじん)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「山(やま)の端染(はぞめ)の魚子織(なゝこおり)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。