二 作り七賢は竹の一節に乱れ
見ぬ国の親仁ども、竹の林に遊んで、浮世を見限りて楽しみけるを、和朝の「難波津や」八軒屋といふ所に、家栄えたる楽坊主、同じ心の友二人、住みける。その身、世にある程の事に賢く、しかも歌道に志深く、人の鑑とも成れり。殊に渡世の業は、よろしく勤めける手代に任せ置き、何に付けても残る処なき身仕舞。諸人、これを羨みける。
明け暮れ川岸に竹の腰掛を直させて、無芸の座頭、はやらぬ針立坊主、かれこれ心任せの目下なる友を集め、いつとても七人。唐様に構へて、頭は中刈りにして髭剃らず、朱骨の扇子に風を招き、棕櫚竹の杖つきて、居士衣の紐を高く結び、茶瓶に面々、天目を手に触れ、言葉に仔細を籠めて、古文めきたる顔つきして、法体の後、十四、五年も暮らされしに、世の人、この志を恥ぢ入つて、芝居、遊興の話さへ深く遠慮して、「これぞ和朝の七賢組。」とて物堅く見えしに。
川舟に紫の帽子懸けたる野郎、あまた乗りて、大和屋座の囃子方ども、大方二階に上がり、四挺三味線を弾きかけ、一の屋の十郎兵衛節を声揃へて唄ひ、京帰りの辻と言へる大尽を、「夜もすがら佐太宮まで送る。」など言ひて、よろづは南江の座敷屋、砂の加兵衛承り、台所船に「四、五十人前の膳組、髭籠りの刺身一つで出す。」と見えて、才覚らしき男が、箸を打つて廻る。
又、少し後より、小御座に幕を下ろして、人を忍び顔に、女中の声のみして、十二、三の少女、頭は常の島田に取り上げしが、いかにしても身ぶりの利根なるは、只者とは思はれず。付き付きの女までも、ぬるき風俗なくて、世間に幅広の帯のはやる折節、中幅の前結びは憎し。弥七、庄左衛門、都の末社交じりに、太夫様より禿、遣り手を見送りける。西南の二色遊び。栄花、これより上の有るべしや。
島原よりは、三文字屋の男が付きて、太夫左門様の遣り手が、御機嫌の程見舞に下り、京へ連れまして帰るを、嬉しさうなる顔つきなり。
この法師の、人間に変はる処は無きに、町人ながら銀持ちたる威勢にて、かかる浮世の面白い事に逢ひぬ。
前の生で善き種を蒔き置きて、今、女郎に抜かする髭とは生え出けり。一人、目の開くまで膝枕して、公用の外は銀儲けの事にも起きず。「我一代に、せめて一蔵空けたし。」と随分、物の見事にさばきけれども、銀も遣ふ積もり有るものぞかし。終にこの大尽、一歩を人に遣る事を知らず。いつぞや茨木屋の茶漬け飯、勝手の急ぐにや、少し{*1}茶のぬるきやうに思はれて、「今一杯。」と言ふ時、その盆に小判十両入れて内証へ送られしも、この道の粋めきて可笑し。
やうやうこの舟、八軒屋の浜に着けて、砂の加兵衛駆け上がり、この辺りの荒物屋を捜し、今二、三本足らぬ杓子を買ひ求めて、供舟に飛び乗れば、「良きついで。」と上がりて、垣根に立ちながらするもあり。「夕風、南の方をよけよ。」と幔幕を絞れば、物言ふ花ども顕はれ、中にも三瀬八十郎が手に触れし杯を、「その中で御あひ、頼みます。」と投ぐれば、吹田と言へる法師の前に落ちとどまりて、とかう言ふ間に、その舟はさし上して、思ひの外なる形見とは成りける。
「これは一つ、飲み処。」と各々、一つ心に成つて、燗鍋で通ふ事、とけしなく、後は七輪取り寄せ、五升樽も大方に傾く六月二十日余り月の、「須磨の山の端に今少し。」と見しまで、色話に乱れ、身を固めし事も、浮雲の中をくぐりて、誰が人魂か、ひつかりと筋引きて消えける。
いづれも常なりしに、伊丹と言へる法師のこれを見て悟り、「今も知れぬは人の身。分別する程、分けも無し。明日はとうからとうから狂言尽くし見ん。」と同じ心の二人法師、今日は移り変はりて、野郎に遊び、なほ又恋につのりて、丹波屋の小琴、小薩摩に逢ひ馴れ、或る時は頭巾無しに格子に立ち寄り、「をこと、をことと七声呼べば。」と人の聞くを構はず、目の上まで情けにはまり、恐らく泳ぐ泳ぐ、「瓢箪町に身は捨て小舟。引き舟つけて、一万日なりとも、この君達の年の明く日が廻向ぢや。この坊主ども、二挺鉦叩き上ぐる合点ぢや。」と外に変はりての物好き。
揚屋器物では茶も酒も飲まねば、諸事物入りに仕懸け、老い木の花は喜ぶ程遣りて、つまる所の算用が、「一年に百貫目づつ。」と極めて、大晦日を驚かぬ内証。中々、女男の二つも、思はくの外し過ごし、人の指さす所を思ひ慮りてや、一人の法師、家は変はらず続きしに、「世が面白からず。」と時節ならぬ無理死に。さても思ひ切りける身や。人の惜しみしは、人に悪しからぬ故なり。
又一人の法師も、「この友に離れて、何か甲斐無し。」と思ひ定め、その後は、世上をやめて人にも逢はず。唯茫然として月日を過ごし{*2}、「とかくこの世に、我が心に叶ふ人もなければ、片時も早く夢路を急ぎ、かの法師ならでは夜が明けず。」と灯し火の下に無常を観じ、是非を極めて、心に懸かる反古さらへて、既に最期の時。
一子、七歳に成りけるが、人並よりは生まれつきて、道知る書物の端くれも、早、読み習はせて、末々楽しみなりけるを、思ひの外なる親の所存。近う呼び寄せて言ひ聞かせけるは、「我、仔細有りて自害する事なり。しかれば汝、後に残して、人々に沙汰せられ、顔眺めさす事も口惜し。人皆夢なれば、父と一つに死すべし。それも、『世に長らへたき。』と思はば、ともかくも。」と言ひければ、暫し驚きたる気色にて、涙をこぼしけるが、その座は立たず、さしうつむき、「私は、一人は死にかねければ{*3}、慮外ながら、刺し殺して給はれ。」と陶を開けて座を組めば、「男はそれよ。」と言ひながらも、刺し通す手も震ひ、目くれて、前後、心の闇なるが、死骸の血汐を洗ひ流し、豊かに枕させて、その身は確かに笛掻き切り、何か残る処も無し。
「これ、さらさら乱気にあらず。覚悟の事。」とは言へど、思へば我が子に憂き目を見せしは、元これ、色道の乱よりは、かくは成りぬ。人の中の人、姿の人さへこれは、まして愚かなる人の慎しむべき一つぞ{*4}。
校訂者註
1:底本は、「すぐし」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)本文及び語釈に従い改めた。
2:底本は、「過(す)ぎし、」。『西鶴俗つれづれ』(1990)語釈を鑑み改めた。
3:底本は、「死(し)にかぬれば、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
4:底本は、「一(ひと)つぞかし。」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
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