二 悪性顕はす蛍の光

 都の辰巳、宇治の夏川涼しく、「蛍の火花、夜の眺めは吉野まさり。」と昼より催して、馬はあれどもかち路の友、木幡の里に待ち合はせ、休む重荷に小付けの樽。京の銘酒を揃へし。まづは花橘、井堰、重衡、柳、舞鶴。いづれか悪しからず。大宮人の御前酒、ここに住めばこそ地下人の口にも合へり。
 上戸仲間の長者町の各々、河原の役者交じりに立ち騒ぎ行くに、朝日山も夕暮近くなり、虹は映りて架け橋の詰めなる通円茶屋に、暫く川音を聴きしに、水の水上の清く、さし下し来る笹船に乗りて、さざ波の早き瀬に行きて、蝿頭のはや釣り{*1}。玉狭網に落としかけて、これを手づまの利きし人は、間もなく数釣りけるに、素人は一つもかからぬ事の口惜し。「これに伝受あり。」とて、祇園町清蔵と言へる者、花崎左吉に伝へて印可を渡しぬ。「この一流にて手の内を覚え、釣れず。」といふ事無し。
 「物毎に鍛錬有り。島原の局女郎に浅野と言へる者、爪を放つに細小刀にして二枚にへぎ、痛まぬやうに薄く指に残しける。この程は、太夫、天神に至るまで、この浅野を頼み、痛い目をせぬにて、弱き女も爪放つ事がはやる。」と大笑ひして、人の身の上を掻き捜しける。
 その中に品こそ替はれ、勤めは同じ野郎の口から、客の話を聞き覚えて、「無用の悪事。」といづれも聞かぬ顔して酒飲みけるに、この若衆、我が姿の浮き出る大杯に受けて、かれこれ、名の酒、数重なりて、我を忘れ、人も声高に成る時、蛍、暮待ちかねて飛び出るを、この野郎、扇に打ち留めて、「おのれも屁売りにここまで来たか。いまだ飛子さうな程に、律義千万に人任せに成り、素股の足のもぢりやうも知るまい。延べ紙の仕舞所は肌着の上替へ、褄先を綻ばせ置きて、これへ隠し、白い客に不思議がらす。」その外、痔の養生、糠味噌の行水。我が身の秘伝、くすね抜きの毛の穴までを、問はず語りの懺悔。後には聞く人、うるさし。
 これを思ふに、宵より過ぎたる手樽が物言へり。

前頁  目次  次頁

校訂者註
 1:底本は、「鯊(はぜ)釣(つり)、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。