四 酔ひざめのさか恨み

 昔、唐人の細工に「十分杯」とて、人の心を積もり物にして、これを渡しぬ。「月も満つれば欠くるの道理。よろづを見るに、目八分に構へて、一つも違ひ無し。中にも、酒といふ物、九分に受けてもこぼれ易し。その上戸相応に、六分に飲むべし。」と御神酒大明神の御託宣なり。これで納めた日本一の機嫌、千秋楽には民百姓までも、良いといふ程を知るべし。神代の大蛇も十分を控へ、九つの壺を飲み空くるさへ、その身を失ひける。
 東坡が竹は、新酒のしるしのために描き、劉伯倫、瓶車の後に鋤を持たせて、「我、いづくを定めず飲み死にせば、馬頭山の麓に埋むべし。土器の細工人の手にかかり、再び酒徳利の土にもなるべき願ひ。」これらは、酒を好みて、あながち心の溺るるにあらず。花山、湖月の風景に遊びて、詩文を作れる種なり。今又、世の人の、故もなく酒に長じ、それぞれの家業を忘れぬ。
 古の奈良の都の諸白。所柄、樽の香を覚えて、とにもかくにもねぢ上戸{*1}。百万の厨子といふ町に生駒屋の伝六とて、下女に上機織らせ、麻布の細元手をやうやうに仕出し、折節は鱶の刺身も喰ひ、春日野の千本の桜も観に行く程の心に成り、謡もおのづからに聞き習ひ、水屋能の見物に罷りしに、「猩々の乱れ、これ一番。外は、この酒の糟祢宜。」と咽を鳴らして褒めける声の可笑し。
 その中に、面知る人の社人ありて、見つけられ、逢うた所で編笠脱げば、飲み次第の杉柄杓。神の物にてもてなされ、帰り三笠山、十四、五もあるやうに見えて、足元定めかね、我が宿は不思議に覚え{*2}、門口より騒がしく、何の仔細も馴染の女房を、「嫌と思ふから、今宵を待たず。」と去り状書いて投げ出し、「親里の佐保川へ帰れ。」と言ふ。女、度々の酔狂に飽き果て、渡りに舟の心地して、尻に帆掛けて出て行く。
 その後、幾人か呼びて、暇を遣り、この物入り{*3}に身代薄くなり、冬も袷重ねの見苦しかりしに、又縁ありて、三輪の里より呼び込みしに、この女、「神姿か。」と疑ふ程に美しく、しかも夫、大事に懸けて、世の稼ぎに暇なく、五歳余りに家栄えて、晒布の仲買ひと成り、楽しみを悦び、「この家の宝は、手足の動く女房どもなり。異国{*4}より渡したる三つ宝にも替へじ。」と自慢をするも、「かかる妻を持てる男の仕合せ。」と人皆、羨ましく取り沙汰しける。
 なほ相生の松飾りて、春の始めの{*5}蓬莱。ここの都、螺肴。各々屠蘇を汲み交はし、木辻の正月買ひの噂。「禿無しの囲も、里の習ひにて面白く、意気地立つる女の事、この年まで見ずして、聞くさへ酒も飲めたるものぞ。」と俄に伝六、気を移して、人より先へ内に{*6}戻り、例の四の五の言ひ出し。
 内儀を遊女の如く、宵の話を今更、「我を憎からぬ心中ならば、小指を切れ。」と言へば、内儀驚き、「夫婦となれる身の内、いづれかこなたのものにあらずや。快く春の初枕、良い夢に当年の仕合せを見給へ。」と言へば、伝六、眼色{*7}変はり、「さては、この男を振ると知れたり。是非切れ。さもなくば、今出て行きて、親の元へ身揚がりとやらをせよ。」と我を立てて言ひつのるにぞ、女心に悲しく、「さもあらば、爪放ちて、それにて堪忍あそばせ。」と涙に沈みて詫びけれども、中々合点せず。「せめて髪を切れ。」と押し付けて、元結払ひければ、女、目もくれ、心も乱れ、惜しむに甲斐なくて、命つれなく長らへけるこそうたてけれ。男は、いびきに前後おぼえず。
 常の夜も明けて、女の変はりし形を見て歎き出し、「世間の外聞、親類の手前、そなたの思はく。かれこれ、命あつては。」と思ひ切るを、内儀、様々に口説きとめられ、「向後、飲みとまるべきは。」これに懲りて、杯、燗鍋、錫徳利、肴鉢、酒に出合ふ程の物、ことごとく打ち割りて、今までは元日より大晦日まで、腹中に酔ひのない間は無かりしに、今日より御下戸と成りて、生姜漬け、山椒にさへ恐れて、きつとその身を固め、女房の髪の延びるまでは、赤手拭をかづけ物ぞかし。

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校訂者註
 1:底本は、「捻(ひねり)上戸(じやうご)、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「覚(おぼ)えて、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「費用(ひよう)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 4:底本は、「霊国(れいこく)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「春(はる)の蓬莱(ほうらい)、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「勘六(かんろく)、気(き)を移(うつ)して、人(ひと)より先(さき)へ内(うち)へ戻(もど)り、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)本文及び語釈に従い改めた。
 7:底本は、「勘六(かんろく)、顔色(がんしよく)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)本文及び語釈に従い改めた。