三 御所染の袖色深し
山城の国、都の北なる千本念仏に、女は物見猛くて出ける。毎年の狂言、何が一つ変はつた事無し。下向の手土産に、鬼の面に杖添へて売るなど、角はありても珍しからず。目に留まる物には、今時の仕出し女房{*1}。諸山の花も、由なき京に咲きて、美女に春を奪はれ、さぞ口惜しかるべし。
今日も又、後生大事に眺めしに、母親と見えし人は、墨衣着て先に立ち、娘盛りを「恐らくは。」と思はるる顔つき。いづれ、遠目に美し。近くに成る程、成程。素顔にして、微塵も繕ひ無し。いまだ十四なるべし。自然と玉を延べたる生まれ付き。これ、結ぶの神の御宝物にもなるべき女なり。
衣裳豊かに、下には、藤色に碁盤の紅縞付け、中には、瑠璃紺に同じ紅縞の裏付け、上に、薄玉子色に同じ紅縞の裏付け、肩より一尺程、青々と御簾の模様。唐織の縁、紅の房を下げ、さりとはさりとは、至りたる物好き。裾は乱れ萩。まことの牡鹿も、これには焦がれ鳴くべき。帯は、黒き天鵞絨に大紋の石畳。後ろに廻して御所結びの端に、銀にて鶴菱の四紋。返し褄、おくび先を少し上げて帯の下に挟み、抱へ帯無しに細き忍び帯を締め、白き合はせ湯具の裾に鉛のしづを掛け、総浅葱金剛をはきて、すり足に歩み。
締め付け島田髪、先も後も、長み、同じ事にして、中程に平元結を懸け、挿し櫛、白檀の木地に珊瑚珠の切り入れ。梅の古木に気を尽くし、前髪に鯨のひれの曲がりたる物を入れ、髪の狂はぬやうに仕懸け、わづかうつむき、首筋ありありと見せて、突き肱に左の手先にて袖口を上げ、右の肩より、袖行き、しとやかに流し、「これこれ、又、どこの国にか有るべき。」と思ひながら、恋に欲有りて尋ねける。
世は広し。もし有る事もや。
校訂者註
1:底本は、「山出(やまだし)女房(にようばう)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
コメント