四 これぞ妹背の姿山

 大和の国吉野の花は、本朝の姿の山。妹背の川の中に落つる神鳴り十兵衛と言へる太鼓持ち、やかましきを道の友として、桜、や盛りを見る人を見に罷りしに、名所の里ながら、さりとては女の悪しき所ぞかし。まんざら山家育ちの形の、小野葛の根の土気離れず。釣瓶鮨の横平たく、いづれを見ても、これぞ。すぐれての花、月も雪も、ここの事を又も世に無く歌人の詠み残されしが、女の事は、それとは格別に違ひたる風俗。蔵王権現も、片足上げてましますは、美女なき里を住み憂く、良き所を見立てて飛び給はん御気色に拝まれさせ給ふ。
 千本咲けばとて、山の梢も面白からず。麓に下がれば、宇多の城下より花見乗り物。付き付きの女も抜からぬ取り廻し。屋敷方とは見え透きぬ。もじ張りの窓よりほのかに面影。これ、ゆかしく、出茶屋に腰掛けて、暫し眺めやるに、物静かに身拵へして、「かち路も御慰み。」と乳母が言ふ声、嬉し。
 四十四、五なる奥の、昔を今に{*1}、兵庫髷可笑しげに、浅葱にうこん裏の下着。上に飛び紋の緋紗綾に白裏付けて、繻珍の通し襟を掛け、稲妻織の金入りの帯。紫の革足袋に萌黄の紐を付け、塗り笠に鍍金の環を打たせ、頂無しに赤い締め緒。よろづ、嫌なるとりなり。後に立てたる新し乗り物も、「あの人の娘ならば、見るまでも無し。」と立ち行くに、ばら緒の藁草履直すを、しやれたるやうに思はれ、戸を開くるを待ちかねしに、それ見たか。
 年の程、十四か五にもせよ、いまだ若木の蕾。桜色とはこれぞ。この丸額の当世顔。鼻筋、次第に高く、眼ざし細きも良しや。耳小さからず、長みあつて、首筋立ち伸び、落とし懸けの大島田。忍び元結の上に中畳、平結び。先は一文字にして、庵形の挿し櫛に切り金の折菊。伽羅の角笄に青貝の折り菊。水鹿子の下着。中に紫鹿子。上には紅鹿子の両面、二尺三寸の袖下。帯は樺繻子に小鳥尽くしを織り縫ひに散らし、白糸の網を掛けて、吉弥仕出しの後ろ結び。くけ目の隅にしづを掛けて、白綸子の二重湯具。紅裏の絹足袋に河原の野郎紐を付け、水口の八兵衛ざしの木地の葛籠笠に、鼠地小模様なる菊の金入りを裏打たせ、千筋紙縒の紙紐を付けて、後なる下女に持たせ、姿自慢の蹴出し歩み。
 これ、良しや。吉野の里人、男女に限らず立ち出、「数年の花見に諸国人をあまた見し中にも、これ総一。古今の稀者。この所に都のありし昔も、かかる女は伝へ聞かず。」と言ふこそ道理なれ。今の京の者の目にも、「これは。」とつどつど{*2}見留めけるに、いづれに一つの思ひど無く、「いかなる御方。」と御里を下々に尋ね寄りしに、御鼻の穴、その格好より少し大きに見えける。
 「吟味の上からは、これも堪忍なり難し。」と言へり。

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校訂者註
 1:底本は、「今(いま)の兵庫髷(ひやうごまげ)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「とつく(二字以上の繰り返し記号と濁点)見(み)とめけるに、」。『西鶴俗つれづれ』(1990)本文及び語釈に従い改めた。