一 金の土用干し伽羅の口乞ひ

 和朝に遊女の色作つて、金銀に売る身と定めてのこの方、この美興に銀遣ひ頭の大尽、今の都に有り。その所は上長者町に住み馴れ、御所に近ければ、よろしき事ばかりを見及び、姿は武士めきて、心は公家に移しぬ。これ、渡世を思ふ人のなるべき事にはあらず。爺より三代、商売は仕舞うた屋にして、二十人余の男女、心に任せて年中を暮らしぬ。この親父死去の時、門跡様ヘ百貫目上げての外は、釜下の灰までも譲り状一つに済みて、誰か七つの内蔵に、指の指し手もなかりき。この銀、何程といふその積もり、知つた者無し。
 腰元使ひの若葉と言へる女、親御様の時見及びしを語りけるは、「毎年六月中は、小判の土用干しをあそばしけるに、新左衛門の渋紙一枚に、百両づつ針金くくりにして、いまだ人の手に渡らざるを、空きども無う並べ置き、鳥箒にて埃を払ひ、箱に納めて封を付け、一日にこれ程づつ、幾限りもなく風に当てられて、この家久しき小判ども、夜々うめく事、大方ならず。『たまたま諸人の欲しがる物に出世して、終に揚屋の手にも渡らず。まして野郎宿の花にもならず。一生男を持たずに朽ち果つる娘の如く、これは口惜しや。』と声を立つる事、我等、寝耳に入つて、『かく。』と旦那殿に申し上ぐれば、『それは、大胆なる小判めや。』と箱を釘付けあそばして、その後は土用干しにも出ず。いつが大節季の払ひやら、大名貸しに成る事も知らず。」
 年久しく埋もれしが、若代の物と成り、この金子、時に遇うて、島原太夫職、そもそもの野秋にかかり、「名残惜しさは朱雀の細道。」と歌うたる恋草の朝露踏みて、すぐに芝居に行きて、玉村吉弥に壺入り。夕暮よりは又、丹波口に押し懸け、暫しも我が宿を見ず。夢覚めて夢に、又うつつの如く、五とせ余りの大騒ぎ。
 年々うめきし小判箱、明け暮れの付け届けに、いつともなう残り少なく、今三千両に成る時、やうやう我と合点して、「さても遣へば、金銀程、はかの行く物は無し。十五年この方に二万八千両、銀に直して千六百八十貫目なり。この銀、外の事には、いかないかな、一匁も遣はず。これ皆、色道に捨てける。さるによつて、『日本類無しの悪所銀遣ひ頭。』と面妖の名を取りける。これを思ふに、一日に千貫目にても遣ひ果たして、知れぬ所は京の色町ぞかし。遠国にては、銀はありても遣ふべきやう無し。」
 長者町の見事大尽。残る三千両、思ひ切つてとまり処。これ程の時もやめかね、その後、太夫の薫に恋をし替へ、家屋敷、伝はりの諸道具までも売り払ひ、何の仔細もなく、着の儘に成つても猶とまりかね、男は自然の時の魂なるに、唯一腰の国光まで売り通ひ、扇一本にてとまりける。女郎狂ひの形見とて、残る物には文反古、一座の酒振り、投げ節のあひの手、仕懸けの嘘を見出すばかり。この外、何もなく{*1}、身柄一つも暮らしかね、様々分別をするに、さながら京にて茶筅売りもならず。
 人顔の見えぬ時、夜船に乗りて大坂に下り、世に有る時拵へ置きし、長堀の下屋敷を預けし炭屋善太郎と言へる者、頼みにして下れば、これも熊野の新山に懸かり、身代崩れて分散と成り、門口に負せ方より厳しく番を付け置く折節なれば、ここにおとづれもせず。この首尾悲しく、それより天満天神の鳥居筋に、花屋の杢兵衛住みぬ。これが女房は、御夢想の餡焼きして面々過ぎ。今日を暮らせしが、この女は、京にて茶の間に使ひしそのよしみに、ここにやうやう歎きを言ひて、頼みをかけ、同じ横町に造り花の店を出し、春咲く藤、山吹を秋作り、時節違ひの紙子を六月に着るも可笑しく、軽い世帯を柳にやつて、桜を或る時、酒中花に仕懸け、これにて小銭を取るやうになるも、元、一つなる口より思ひつきぬ。
 その頃、当社に万灯のありし時、北浜の淀屋橋の法師、あまた末社を連れて、通りがけに見付けられ、「さても、ありしに変はる身の上。奢りより、かく成り果つる習ひなれば、さらりと昔の気を変へて、折節は私宅へも御出。」とあれば、「これ、忝し。御家来同然に頼み奉る。」と以前は下目に見し人に、「様。」の字を百も付けて、その後は、この法師太鼓仲間{*2}に入りて、御次に詰めて、提げ煙草盆掃除するなど、少し口惜しかりしに、小坊主が言へるは、「飛び石の上なる猫の糞を掻け。」とは、もはや堪忍成り難く、「喰はずに死んだがまし。」と暇乞ひ無しに座を立たんとする時。
 「夕御膳。」とて、まづめいめい杉焼き、小鳥尽くしの田楽、初鮭に諸味をかけて出る。「かかる調菜、今の身にして、食ふ事は思ひ寄らず。」と又、時の気に成つて、「町人ながら大名ぞ。」と豊かな暮らし、羨ましき時、かの法師の仰せられしは、「今宵の騒ぎは、かの者を大名の御隠居に仕立て、九軒の粋ども手取らして、一興。」とありしに、この男申すは、「色所にて大名に成る事、よろづ付けてむづかし。この成り賃に、御秘蔵{*3}の伽羅を一匁、御意に懸けられましたらば。」と申す。欲なり。この家に、「本初音」とて、百双の名の木なり。一匁余り取らせば、巾着に納め、衣装着けして、「罷り出たるは、百目大名。」と笑ひける。
 揚屋町をざざめきて、住吉屋の甚太が広座敷に居流れ、法師、宿の嚊にささやき、「あれは、さる御方、御忍びの御遊山。常の客とは格別なり。物毎{*4}しめやかに、いづれとも定めず、太夫四、五人掴め。」と出羽、高橋、小太夫交じりに、酒も大方なる時まで、百目大名も古今の物師{*5}なれば、随分、横柄をさばきかねず。頭から高橋に肩をひねらせ、出羽が膝枕して、昔の心に成る時。
 又法師、勝手に立ち、「あなたの御家に面妖の伽羅あり。これを所望すべし。ついでながら、少しききたい。」とあれば、内儀、遠慮なくその通り申し上ぐれば、「良く知つた事の。何より易い事。法師、焚いてきかされよ。」と、くだんの巾着投げ出す。時に、小太夫が香炉に火加減して、かの一匁の伽羅、割りもせず、その儘焚けば、座中、静めてきき比べしは、又、嫌のならぬ華奢事なり。
 百目の大名、歯をくひしめ、暫く辺りを見廻し、大方、火の通りかかる時、「法師様、こりや、成らぬ。」と、かの伽羅掴んで巾着に入れ、女郎の手前も恥ぢる事なく、「大名辞める。」と置き頭巾を取れば、一座、笑ひ仕舞に床に入りける。「この男、昔は一焚きに百目も惜しまぬ大尽の、かく引ける事は、その時世。」と、そしりをやめて不憫がりて、「御床の上がるまで寂しくば、これを読ましやれ。」と、太夫の名寄せ、叩きの本を、禿が貸しける。
 これにも悪気廻して、「もし又、『最前の伽羅、少し下さりませい。』と言ひ懸かられては{*6}、返事が難しい。」と置き所を替へて、ふんどしの結み目{*7}に包み込み、後先を紙縒にてくくり置き、幾度も探りて見しは、飯炊き女の、隠し男に貰ひし細銀を、二十色もの心当てにするに似たり。
 人は、その時に移りて、かくあさましく成り果て坊主。

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校訂者註
 1:底本は、「無(な)し。」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「太鼓持(たいこもち)仲間(なかま)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「よろづにつけて難(むづか)し。この成賃(なりちん)に秘蔵(ひざう)の」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 4:底本は、「物事(ものごと)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「物識(ものしり)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「言(い)ひ懸(か)けられては、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 7:底本は、「結(むす)び目(め)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。