第六 入れ歯は花の昔

 「梅、椿も、室咲きは、かぢけて面白からず。時節と春の梢は、おのづから眺めも良し。」と。柳に去年の水仙を生けまぜて、釣釜のたぎりを聞ける楽しみ、何かあるべし。この心、侘び数寄を良しと言へど、事足らず{*1}しては、楽しみ無し。
 「世を心の儘なる{*2}人の茶事は、不自由なる体に仕掛けたるこそ良けれ。」と、宇治の上林の法師、俳諧の座にて語られしが、これも尤もに思ひ当たる事{*3}あり。
 津の国の野田といふ里に、藤の咲く頃、必ず弥生のほととぎすの来りて鳴く事あり。「これを聞きに{*4}来よ。」と言へる楽坊主に約束して、俳友五、七人、その日の昼前より草庵に尋ねしに、見越しの松、杉、様々に枝振らせ、柏槙、龍に作り、つつじの帆かけ舟。こでまり、山吹の{*5}おのれと咲きし外は皆、兼好が嫌ひたる庭木。瓢箪の手水柄杓差し{*6}、釣瓶の古きに摺鉢きせたる灯籠。いづれを見ても、仔細の過ぎて{*7}、気の詰まる物好きなり。
 発句望まれて、八吟の歌仙、詠草書きにして仕舞へば、主、釜仕掛け置きて、「今日、各々御出と存じ、老人の手にかけて挽きましたばかりを御馳走。さらば、大服にたてまして上げん。」と手前繕ひ過ぎて、昔行なり{*8}。殊に、盆だてして、見せ顔に正客に差し出せば、身を作りて{*9}呑みかかられしが、その次へも廻しかね、俄に赤面して、「これは、これにて仕舞ひます。」と一人して呑んで、茶碗、内まで改め、「近頃近頃{*10}面目なけれど、私の入歯、この中へ落ち込みまして、いかにしても、外へは進じ難くて。かくの仕合せなれば、御免。」と断り言ひ立ちに{*11}、広座敷へ出ける。
 「ちつとも苦しからぬ御事。」と、亭坊も客も同音に申しながら、興をさまして、その後、可笑しくなりぬ。ここは{*12}又、改めて一服、是非たつる所なれども、外に挽きたる茶も無く、又、亭坊の仕舞ひ納まりかねて、はやり歌を唄ひ出し、どつと笑うくれける{*13}。
 これを思ふに、惣じて、「侘びたる事の良い。」といふ事は{*14}無し。頭数の焼き物、猫といふもの、世に住めば、用心して、替へ釜かけ置き、茶の湯ありたきものぞかし。次第に至りたる世のさま、豊かなる御時のためしなり。


  西鶴一生涯の内、あらゆる書を連ね出す覚え書き一冊あり。終焉まで書き漏らしたる事多し。かれこれ二冊を「筆蔵」と自号して、自筆の物あり。近日板行の願ひ、庵主に請ふものなり{*15}。
    元禄十二己卯歳首夏吉辰  浪花書林 開板{*16}

校訂者註
 1:底本は、「いへとてと足(たら)ず」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「人の茶事は、不自由なる」を欠く。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「語られしは、是も尤に思ひあたる事もあり。」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 4:底本は、「是も聞くに」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「作りこし、帆かけ舟こてまり山吹おのれと」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「ひしやく、さて釣瓶(つりがめ)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 7:底本は、「過ぎ気の」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 8:底本は、「昔挽(ひき)なり」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 9:底本は、「作り呑み」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 10:底本は、「近比面目」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 11:底本は、「いひ立てゝ広座敷」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 12:底本は、「爰に又」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 13:底本は、「笑はれける。」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 14:底本は、「事なし。」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 15:底本は、「追日(ついじつ)板行(はんかう)の願ひ庵主に請ふものあり。」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 16:底本は、「己卯蔵首夏吉辰 浪花書林 門板」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。