第四 踊りの中の似せ姿

 松坂越えて伊勢の国、日和うち続き、隈なき月に夜もすがらの大踊り、余念なく眺めし時、常は古文真宝に構へし男も、釣髭に様は変へながら、それと知られて可笑し。そこの御内儀も浮かされ、隣の嫁子に借り衣装。振袖にしなつけて、昔に返る気配柄。娘は殊更、「振りよし、しなよし。」と褒めらるるを、嬉しがる心は浅間山、胸は煙の種。
 かかりし程に、東横町より無紋の提灯、数見えて、真先に金の烏帽子をかぶりたる男、唐団扇をかたげ、後は同じ紫の絹縮に紅裏、広袖にして、筋天鵞絨のはやり結び。ばつばの大小一様に六人、深編笠の目に立ちて、外の出立ちは気押されぬ。かの金の烏帽子殿、音頭取り始むるより、「面白や。」と太神も御影向。「末社のぞめき、ここなり。」と月の入り方も歎かしき時、この踊り、俄に崩れて、以ての外の騒動。
 「これは何事ぞ。」と思ふ内に早、北南の門を閉めて、「この町内へ入り給ふ人、仔細ありて、腰の物を改めまする。」と所の宿老たる者、床几に腰を掛け、各々名を聞けば、「私は魚屋町の五郎右衛門倅。」「私は柳町の誰彼。」と脇差さし出して、一人一人通り、さて、かの六人組の伊達男、呼び出せども出かねて、編笠も脱がず。様子は知らねど怪しく、「咎めらるる者は、彼等ならん。」と沙汰して、無理に引き出せば、男にはあらず、いづれも色ある女の姿。
 「やつしたり、作りたり。」と騒々しき中にも可笑しく、面映ゆげなる艶成して、さしうつぶきて物言はず。「よしよし、女の成すわざにあらず。今はこれまでなり。」と若き男を呼び出し、「これ程に致しても、いづれを疑ふべき者無し。まづは切られ損。されども、おのづと顕はるる事もあるものなり。御本社の見通し。その時を待ち給へ。」と皆々、戻り足に見れば、西側の軒の下に、斬り倒されし男。「これ故の穿鑿ならん。」と思ひ合はせける。この討たれし男は、当国夷町のほとりに鳥羽田勘助とて、隠れなき銀貸しの浪人。弟勘八{*1}と一所に来りて、少しの間の事なり。その後、色々手立てを以てこの敵を尋ぬるに、知れざりけり。
 ここに勝浦孫之丞とて、手跡の名高く、同所の町外れに、隣国の大名より小扶持を下し置かれしに、いまだ定まる妻女なく、一人寝覚めの淋しきに、この夏より手かけを尋ねけるに、二皮目なれば口びる厚く、姿すらりとすれば鼻低く、やうやうと裏町に年頃まで思ふままなるがありて、これを寵愛して、吉野を目前に眺め、更科の月も日も明けず、可愛がられけるに、その明けの年の春より、行く先は知らねど、毎夜宿には寝ずして、淋しき留守ばかり。女の身にして迷惑、恐ろしくて夢も結ばず。
 「さても、人の心は、これ程にも変はるものか。去年までは、『一生もはや女房は持つまじ。城下へ出て知行にもなる時は、我を本妻に直して。』と嬉しき言葉の数々も、あだになり、増す花に思ひ替へられ、面白き事も無し。」と或る時、孫之丞に段々口説けば、気色変はり、立腹して、散々に打擲し、「おのれ、思ふ仔細なくは、打ち殺しても飽かず。」と無興しながら、また立ち出けるに、この女、心の浅く、瞋恚に身を焦がし、「所詮、この意趣、いか程言ひて、我が力に及ばず。一大事を白状して、腹立ちをやめむ。」と思ひ極め。
 孫之丞留守に、ひそかに立ち出て、勘助弟勘八所に行きて、忍びて呼び出し、「私は、勝浦孫之丞と申す者に召し使はれの女にて、寵愛深く思はれしを、常々、悪気廻され、『本町の小兵衛といふ小間物売りと密通したる。』とくすべられしに、私、何心もなく、七月十六日より藪入りに親里へ帰りし時、近所の幼友逹に催され、『男装束の物好きして、大橋町にて踊る。』と聞かれたる由にて、『道なき事もありや。』と後から付けて廻されし時、勘助様の御姿、小兵衛が風俗に似たるを、見損なひて、闇討にして、足早に退かれし後にて、穿鑿ありしかども、知れざるを幸ひに、忍ぶ体もせず暮らさるる。その上、私の主ながら、非道数々故、注進のため申し参りぬ。今晩御忍びあつて、討ち給へ。寝間の様子は、かやうかやう。」と詳しく教ふれば。
 勘八、横手を打つて、「さてさて過分至極。まづこれは。」と金子十両取り出し、「討ちおほせての上は、また御礼申さん。」と喜びて帰し、その夜の夜半に忍び入れば、折節、孫之丞留守にて、かの女一人、灯し火ほのかに光りながら、淋しき余りに、夜着引きかづき高いびきして、前後知らず臥しゐたるを、勘八、孫之丞と心得て、走りかかつて胴切にして、「今は本望を{*2}遂げたり。」と首を見れば、「これは、し損じたり。」と驚く所に孫之丞帰るを、「敵はそれか。」と段々述ぶれば、「今は逃れぬ所。」と渡し合ひて、これをも首尾よく討ちおほせ、始め終はり、奉行所へ断り申し上ぐれば、「敵なれば、勘八は別儀無し。かの女は、主の訴人の科人なれば、獄門」に懸けて、恥をさらされける。

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校訂者註
 1:底本は、「弟(をとゝ)助八」。『井原西鶴集4』(2000)本文及び語釈に従い改めた。
 2:底本は、「今に本望(ほんもう)とげたり」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。