第一 女の作れる男文字
咲くを嬉しがらねば、散るに歎き無し。
東山の桜は残り、人は昔の春の事、都を見立て、岡崎の奥に楽隠居を構へ、泉川修理太夫吉連、入道し給ひて随夢と改め、弓馬の家久しき水越外記、徳仙寺隼人、この二人を両の手の如く頼み、世間をこれにさばかせ、内証、美を尽くしたる居間、広間。華麗歓楽ここに極め、世の人の一年、一日に暮れて、銀燭の光る源氏の名を移し、須磨、宿木、花散里、空蝉の夜の衣を飾らせ、あれにもこれにも手かけ女は、いたづらの昼も蘭帳の内に、房付き枕豊かに、頭撫でさせ足さすらせ、夢見て覚めて、金盃甘露の酔ひの内に、世にあらざらん戯れのみ。華清宮も、こんな事なるベし。
それは、見ぬ唐の鳥の高う留まりし桐の木も、玉琴と成りて、連れ弾きの爪音、御屋形の外に洩れて、耳に響き渡れど、さすが都人、稀にもこれに気を移さず、松吹く風に聞きなし、「かかる殿作り、誰の御屋敷。」と尋ぬる人もなかりき。この随夢の年の程七十、古来稀なる御身にして、世をいやましに恥ぢ給はず。由なき御無理を仰せられ、外記、隼人が異見をも聞き入れさせ給はず。後には女臈の仲間にさへ疎み果てける。
殊更、この程しきりに御契りの深き方は、一橋殿とて、この親里は伏見の片蔭に侘び住まひして、佐脇玄丹といへる目医者の娘なりしが、艶女に生まれ付き、見し人、なづみ深し。早十七なれども縁付き好まず、親の不自由を見かね、折節この屋敷、美女尋ね給ひしを幸ひに、当分百両請け取り、金子に身を捨て、「御手かけ者。」と言はれしも父母のためなれば、これ、更に口惜しからず。只御主の御気に入る事を忘れずして勤めける心から、随夢、又もなく御寵愛あそばし、朝暮、御寝間に召され、外の女中はあだなる花と成れども、これをそねまず。いかにしても御気取り苦しき旦那に、一橋、御機嫌に入らせ給ふを悦び、各々、暇を浮世の思ひ出に、百菊の長座敷に集まり、双六、歌歌留多、謎かけてとけしなく。
秋の夜の明け方、遅く晴れて、残れる月を恨み、薄雲といへる女臈、旦那の御情けの遠ざかるを悲しみ、一橋を見捨てさせ給へる難儀を巧み、女心の恐ろしく、男文字にて、一橋にかけしや思ひの深き所見え渡りたる折り文を、ここにかしこに落とし置きしに、初めの程は末の女も取り上げずして掃き捨て、塵塚に埋みぬ。その後、幾度か{*1}重なりて、或る時、随夢の御目にかかり、御詮議あるに、一橋方への通はせ文にまぎれ無し。その文章、逢ひ馴れて後の思ひを書き続けし。
随夢、殊の外にせかせられ、女臈頭の木幡に仰せ付けられ、一橋に尋ねけるに、「夢にも覚えなく、うつつにも知らず。」と曇らぬ心底を正しく申し分けの段々、木幡、聞き届けて、「人のそねみにて、かくあるまじき事にもあらず。そなたの御方より外への文ならば、言ひ訳は成り難し。とかく、『美女は悪女の敵。』と申し伝へし。」と大笑ひして、御前に出、一通り申し上げしに、中々存じの外なる御機嫌。「その女を、やしほ紅葉の広庭に廻せ。」との仰せに任せ、女仲間のうたてや、一橋を引き立て出るより、「いかなる憂き目やらん。」と色を失ひ涙ぐみ、人々の足元も定めかね、身を震はせけるに。
一橋、少しも騒ぎなく、常より麗しき顔ばせして、恐れず豊かに坐して、旦那御出を待つ内にも、「あはれ、今年の憂き秋。色に染まれる紅葉も、科なければ枝は折られじ。それにも、心なき風には知らず。」と身に寄せて無常を観ずる所へ、随夢、立ち出でさせ給ひ、「その女、丸裸に。」と御言葉かかる。迷惑ながら、金天鵞絨の後帯に各々手をかけて、色映えたる袖褄をまくり取れば、美しき肌に折からの嵐当たりて、紅の恥隠し一重の有様。主命ながら、「さりとはむごき御仕方なり。」といづれも身を縮めける。
一橋、「世に長らへて甲斐のなき事なれども、罪なき身の程、人に知らせて後、何か命は惜しからじ。」と無念の暫しを逃れ、身の因果を観念の時、「汝に隠し男なくば、諸神誓文に五つの指の爪、みづから放て。」とあれば、是非もなき糾明なれども、そのまま切り刻み、血は真紅の糸を乱し、「一つ。一つ。」と数読みて放ちけるさへ、目も遣られざりしに、猶心強くも、「指を切れ。」とありし時、「いかに命が惜しきとて、その身になりては何か詮無し。さりとはさりとは、畜生には劣れり。この一念、外には行かじ。心任せに。」と首差し延べしを手討ちに成して、面影の美花散る思ひを成して、皆々、亡き跡を弔ひ、体は鳥部山の灰とは成りぬ。
この事、伏見に伝へて、玄丹夫婦の歎き。身をもだえても詮なく、後日の恨みを含み、「娘が敵。」と思ひ込みしに、時節と筋骨痛む患ひ。思ふに甲斐ぞ無く、日数をふりける。
一橋が妹に小吟とて、十六に成りし。姉に見増す程の美形なりしが、八幡の神主に橋本権太夫といへる若男にそそのかされて、面白づくの縁の道。過ぎし年の霜月頃、親の家出をして、水無瀬の里に忍びて、それよりは伏見へも音信絶えて、久しく親の事も姉の事も忘れて、明け暮れ連れ添ふ男可愛がりて、世をいたづらに身を成し、「これより何をか楽しみ。」と思ふ折節、京の事聞くより、中々あるにもあられず。権太夫、八幡に帰りし留守に、「仔細あつて我が事、今生の別れ。この程の情けには、姿絵にみづからを写し置き、今日を命日に弔はせ給へ。必ず必ず伏見に知らせ給ふまじ。自然の首尾にて、再びまみゆる事もありぬべし。」と筆に思ひを残し、夜に入りて、この里の屋形を出て、行き方知らずなりにき。権太夫帰りての歎き、一人使ひし下女に尋ねて、様子知れず。これを焦がれて胸迫り、次第に衰へ、終に憂き身の果て、息引き取るまで女の事ばかり言ひて、死にける。
小吟、京に行きて、少しのゆかりを尋ね、「都の奉公を望み。」と言へば、「この姿にて、あたら{*2}世に流れ歩く。銀に成し給へ。」とあなたこなたの肝煎り宿を頼みしに、京にも稀なる色盛り。見る人、これを焦がれけるに、願ひある故に、外へは行かず。やうやう随夢の屋形に女の要るを嬉しく、給銀の願ひもなく、まづ目見えを申しけるに、風情よければ、その日より宿には帰さず召し使はれしに、小吟、身に望みある故に、人の気を取り勤めければ、皆よしなに申し成して。
或る時、雨の日の暮れ方に、小吟、初めて御寝間に召され、心よくうち解け給ひし折を得て、肌刀にして胸刺し通し、「一橋が妹なるぞ。姉の敵。」と続けざまにとどめ刺し、その上に腰を掛け、胸貫き、身を堅め、嬉しげに笑みたる最期。見し人、心ざしを感じける。
女の働らき、前代ためしなき敵討、今の世までも語り伝へり。これ皆、薄雲といへる女の仕業顕はれ、隼人が手にかけて討つて捨て、この跡、程と成りて、元の叢と変はりぬ。
校訂者註
1:底本は、「幾度(いくたび)かさなりて」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
2:底本は、「あら世に」。『井原西鶴集4』(2000)本文及び語釈に従い改めた。
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