第二 神木の咎めは弓矢八幡

 昔、但馬なる出石の里のいつの春。山は茂り合ひ、「小鳥の寝ぐら、ここなり。」と風暖かなる野末に茅花摘み捨て、差し竿、手毎に持たせ、友とせし男を語らふ。
 頃は同じ人心、この森蔭に行き帰り、逍遥あるが中に、葉田与七郎といへる若侍、半弓の自慢して、目にかかる程の翼あまた射落としけるを、同道の小伴新四郎、これをとどめて、「ここは宮地なれば、神は木の葉さへ惜しみ給ふ。況んや殺生をや。これより朝木山の麓にて、思ふままに狩すべし。この所は遠慮し給へ。」と勧めければ、与七郎うち笑ひて、「何、崇りといふ事のあらむ。それは、近頃なまぬるき穿鑿。あれに見えたる松の葉隠れに、残る雪にまがひの白鷺。矢壺、御望み次第に射落として見せ申さん。」と引き絞りて放つ矢、真只中を射抜いて、「まづは御手柄。」と褒めし言葉の下に、余り矢、向ひの尾に遊びし大石半九郎が右の肩骨より心もとまで、箆深に。忽ち絶入して倒れ、所悪しければ、早、事切れける。
 同道の久志小左衛門、驚き、辺り見廻す時、与七郎はこれを夢にも知らず、新四郎に向ひ、「何と、この拳にて自然の御馬先にての星甲。違ふべきものにあらず。」と胸を叩いて、半弓、小者に担げさせて立ち出るを、小左衛門、「さてはこの男、いかなる意趣か有りての事。仕方もあるべきものを。」と身繕ひして追つ懸けしが、「もし又、人違ひもや。」と聊爾に言葉をかけず。「まづ、僕が持てる弟矢と一手に、まがひなき証拠に。」立ち帰りて、立ちたる矢を引き抜きて、これに比べての上に。
 「これ、暫し。同道あるを御存知なきか。」と言ふに、驚き、後ろを見返りて、段々聞けば聞く程、「この方に少しも覚えなしとは言ひながら、是非なき過ち。いかやうとも御了簡に従ひ申さん。」と言へば、小左衛門も、「承り届けたり。尤も、意趣あつての事にあらざれば、いよいよ是非に及ばぬ事ながら、半九郎死骸をやみやみと持ちて帰り、かの者兄弟、縁類に向ひ、何とも私の一分、立ち難し。互に不祥の事ながら、討ち果たさねばならぬ首尾。」と言ふに、引かれぬ梓弓。忽ち神罰の顕はれ、最前諫言したる新四郎も、「逃れぬ所。」と覚悟して、二人が{*1}切り結ぶを傍らに眺めて居る時、与七郎、早、切り殺されし。「助太刀。」「心得たり。」と切り結び、終に小左衛門を討ちて、すぐに同国二見の浦より舟に乗り、丹後の成相の里に知るべありて、五日、影を隠し、それより大和国初瀬の里にゆかりの者を頼みて、ここに居をくろめける。
 その時の首尾に、小者二人は忽ちに相果て、誰知れる者なかりしに、小左衛門が草履取、あまた手は負ひながら、その里の者ども、板に乗せて小左衛門屋敷に送り、様子を問ふに、深手なれば返答も定かならず。息の下より、「旦那を討ち給ひたるは、小伴新四郎殿にてありし。」とばかりを最後に果てければ、「さては、敵は一人に極まりたり。」と言ふ所へ、大石半九郎子息半三郎、「様子いかが。」と駆け付くる。与七郎は、いまだ妻なかりしが、弟分松淵時之助も来り、小左衛門一子沢之助と三人、一所に寄り、こぞりて、「とかく我々敵は新四郎にまがひなし。」と御暇申し上げて立ち出ける。
 いづれも同じ十六、七。一様に姿変へて西国巡礼。五畿七道より順逆構はず打つ札の、「敵に逢はせ給へと誓願、空しからじ。」と末を心に観念して、四国、西国の津に至るまで、二年に余る{*2}憂き旅路。夢も結ばず今は、河内国藤井寺にさしかかりける。
 ここに、「新四郎が妻、この事を思ひ焦がれて、その明けの年、果てしに、猶又一人の娘の残りて、不憫をとどめたる」由、傍輩の内、よしみ深かりし梅垣平蔵方より、文こまごまと書き送りたるに、新四郎も、辛き憂き住まひに、歎きに哀れを重ね、「せめては忘れ形見の娘をなりとも、行く末知らぬ身の行方、今一たび見まほしく、忍びやかに呼び越したき願ひ」の返事するに、平蔵も、「尤もの事」に思ひて、ひそかに乗り物に乗せて遣はしける。
 この三人の者、藤井寺より大和の壺坂を心ざして行くに、龍田越えにかかる時、麓の茶屋に暫し休らふ所に、この乗り物も、同じく立ち休みけるに、茶汲む女、焦がしを酌みて乗り物の傍に行けば、戸をば開けずして、内より廉を少し巻き上げたる気配の物ゆかしく、この三人の血気盛りに、心移りてさし覗けば、そのあてやかなる美形。この年月、国々にさまよひ、目にかかる程の女色、これに並ぶべき無し。「あはれ、いかなる御方の花の姿。」吉野は木枯らしに見劣り、この嶺の紅葉も、時雨、塵の芥とは成りぬ。日頃の一念、つい打ち忘れて、「誰か先に見初めたる。」とささやきての争ひ。誠に、猛き武士も、聖の御国を破らるる、この惑ひの道に踏み迷ふ習ひ、思ひ遣られて、さもあるべし。
 かかりし程に、呑みたうもない白湯を呑み、俄に足を痛ませ、「この乗り物、いつまでもこの所を動かずもあれかし。」と、とても叶はぬ恋に気を悩まして、時を移しけるに、不思議や、乗り物の中より利根なる狆、駆け出けるを見れば、沢之助、早く言葉かけて、「あの犬は、敵新四郎が日頃秘蔵せしに、少しも違はず。」と言ふより、今まで思ひ籠めし恋心{*3}、忽ち翻り、「誠に。気を付くれば、それに違ふ事無し。何とも心得ねば、いざ、後を慕うて見届くべし。」と五、六里の間を、後になり先になり、終に初瀬の里に付け届けて。
 奥深き編戸閉めし藁家に舁き入るると、内より新四郎転び出て、「さても遥々の憂き旅路、よくこそ。」と悦ぶ体を柴垣の暇より見届け、「さてこそ新四郎なれ。」と我先と走り入るを、沢之助、おとなしく押しとどめ、「もはや敵は、掌の内にあり。慌つる所にあらず。さて、各々一所の敵なれば、一度にも討つべき事ながら、先太刀は拙者給はるべし。」と言へば、半三郎、「この方も親の敵。」と詮議終はらざる間に、時之助、たまりかねて、「後より続き給へ。」と内に入れば、「遅れたり。」と三人、同音に名乗りかけ、抜き連れてかかれば。
 新四郎、騒がぬ体にて、鉢巻して刀を提げて立ち出、「暫く待ち給へ。この仔細は段々の首尾あり。まづ聞き給ふべし。」と半九郎、与七郎に討たれし事を語る言葉の下より、半三郎、顔色変はつて、今まで思ひしに違ひて、時之助も同じく見合はせて、切り結ぶを、沢之助も肝つぶれて眺めゐし時、「その助太刀の仔細、御自分と拙者、かやうなり。」と言ふと、又抜き合はせ戦ふに、早、時之助と半三郎は互に深手負ひながら、両方共に疲れ倒れて、寝ながら、「今は叶はず。」と刺し違へて果てける。
 沢之助も、思ひ籠めたる一念の太刀に、新四郎が右の腕を打ち落とし{*4}、「南無三宝。」と差し添へ抜く間に、新四郎娘、長刀を小脇に掻い込みて走り出、沢之助を水車に切り臥せ、立ち帰りて見れば、新四郎も、深手一つにあらず。苦しみて即時に息絶えぬ。
 この娘の歎き、一方ならず。旅の疲れの{*5}憂き思ひ、二年の内の難儀。語りも果てざるにこの有様、目も当てられず。頼む木の下に雨も涙もたまらぬ所に、「逆縁ながら。」と道明寺の傍らに庵占め、妙理比丘尼と名を改めて、この七人の菩提を弔ひける。

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校訂者註
 1:底本は、「二人切結(きりむす)ぶを」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
 2:底本は、「あまりうき」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
 3:底本は、「恋たちまち」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
 4:底本は、「腕(かいな)を切落(きりおと)し」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
 5:底本は、「疲(つかれ)もうき」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。