第二 惜しや前髪箱根山颪
茂き小笹を分けて、衆道の道に入り初むるは、出羽の国の恋の山ばかりにはあらず。近道に箱根を越えて、昔、小田原の城下に、水際岸右衛門といへる弓大将の一子岸之助、自然と美形に面影備はり、見し人、これを焦がれ、よそ目の関守なくば、思ひの峠に登り詰め、湖の底にも沈むかし。同じ家中に出頭若盛りの男、松枝清五郎、いつの程にか色ある兄弟分の契約。不断、妹背の如く、姿を二子山に並べ、愚かに命々鳥の宿り木に夜を籠め、昼もうつつの如く、情けの夢を弁へず。寝るにもあらず、目の覚むるにも、わりなき誓ひの言葉。耳なき括り枕も、後には笑ふなるべし。
岸之助、今年は早十七才の春秋。月花と眺め暮らし、光陰の名残、おのづからに惜しまれしも理ぞかし。岸右衛門は、次第に衰老の身と成り、勤め、去年よりは苦労になり、行く年の程、一日も早く岸之助を男なりさせ、その身は朝夕の寝覚め、心安き願ひより外はなかりき。或る時、岸之助を呼びて、「元服する支度すべし。御前へは、早、御機嫌を以て申し上げたり。」と言ひ付けられしに、この事、清五郎に語れば、「念もない事。吉野川流るる水に、行く年の返らぬ花をや。」と合点せざるに、年の半ばも経つを、岸右衛門、以ての外無興して、散々叱られし迷惑。「浮世の習ひとして、我が身ながら我がままにならず。この内証をいまだ知ろしめされざる親仁の、昔を尋ねたし。」家の大人たる者に、ひそかにこれを語り、親父に又伝へさせければ、そこにてやうやう合点行かれ、「しからば、相役の鳶尾与七右衛門に様子を語り、この趣、清五郎へよろしく頼む由、心得たり。」と。
それより当番の書院に上がりし所に、清五郎も泊り番の由にて、御広間にて行き合ひしより、「『わざわざ参りて申さん。』と存ずる折から、よくこそ御目にかかれ。別儀にあらず。岸之助親岸右衛門、年罷り寄りたるに付き、勤め、形の如く成り難く、それにつき{*1}、岸之助に一日も早く元服させたき願ひ。これは、立身奉公の事なれば、了簡あつて許し給はれと、拙者にその方へ伝へ給はれとの事。」清五郎、合点せず。与七右衛門、うち笑ひ、「勿論、若き時の習ひ、某なども覚えなきにあらず。あつたら前振を惜しきは、常の人心。されども、外の事と格別の儀。御耳にも達したる上の様子もあり。身が頼まれし甲斐には、清五郎殿、聞かせられて給はれ。六十に余りたる者が、八幡、頼みまする。幸ひ、今日は日柄よし。今晩、元服致させる。」と言ひ捨てて立ちけるを。
清五郎、「いや。これ、与七右殿。拙者は合点致さぬ。」と言へども、聞かぬ顔して、「御番、御油断なく御勤め。申したる事は、その通りに仕る。さらば、さらば。」と言ひながら帰り、すぐに岸右衛門所に立ち寄り、「只今、昼番勤めて帰ります。さて、元服の事は、拙者、『是非。』と申して参りたる上は、別儀無し。御望みの如く、御前首尾よかるべき瑞相。則ち、今日元服日。最早、清五郎殿には、今宵泊り番なれば、帰らるまじ。めでたく初冠あそばせ。」と何の子細なく言ひて戻られける後にて、風は剃刀の鋭く、柳髪をや吹き落とすらん。
明くれば清五郎、番より下りて帰る道にて、増川槙右衛門、星村九郎八に会ひ、「まづ以て、この頃は御目にかからず。変はりたる話は、とかくゆるりと承るベし。御両人ながら、御入りあそばせ。」と伴ひて入り、一つ二つ、大坂より参りたる落とし話。次に二道の色噂に成りて、「言ふはくどけれども、御亭主の御仕合せに及ぶ者は、他国は知らず、岸之助殿の器量にまして、又あるべしともおぼえず。されども、年月の流るるには柵もなく、人は、一つも闌けては眺めの薄くなるものながら、いつまでも置きたきは前髪。」と言へば、清五郎、この言葉、耳に嬉しく留まり、「これはよい所を仰せらるる。拙者も、それ一つを思ひ入れにてゐる所に、気の短き親仁にて、この頃は、『是非元服させたき由、某、聞き入れざる。』とて相役与七右衛門を頼み、昨日も御城にて伝言なれども、『一円、合点致さぬなり。』と言ひ切りたり。」と言ふ所へ。
岸之助、「御見舞。」と来りけるに、宿を出さまに時雨のしたれば、雨羽織着ながら、頭巾深くかぶり、「いづれも御出。」と辞儀はして、頭巾は取らず座につくを、清五郎、これを咎めて、「若き者の、今から頭寒がるさへあるに、いかに御両所ながら御心安きとて、無礼なる仕方。」と睨めば、くつくつ笑ひしに、槙右衛門、気を付けて、「今の話の様子にてはなきか。」と言ふに、清五郎、「心元なし。」と無理に頭巾を取れば、南無三方。桜に大風、花なき枯れ木男と成る姿。「これ程に変はるものか。」と言へば、両人、「いやいや。世間の盛りより、吉野の春の暮に迷ふべし。」と座興言へども、清五郎、不様嫌になりて、挨拶そこそこに白けたるに、「首尾悪しし{*2}。」と二人は帰りぬ。
後にて岸之助、懐より前髪、袱紗物に包みて出して、「その方へ渡します。」と言ふを、取つて投げ付け、「その方は、誰に許されて元服したる。」と気色変はりたるに驚き、「はて。昨日、与七右殿に、『苦しからぬ程に、元服せよ。』との、こなたと申しかはし来られし。」と言ふを、「無心底者。」と引き寄せて刺し殺し、それより与七右衛門所に行けば。
折節、宿に居合はせしに、「拙者、しかとも合点致さぬを、元服させ給ひ、世間、我等、一分立ち申さず。」と抜き打ちにするを、切り結び、与七右衛門、老足踏み定め難く、危ふき所へ、岸右衛門、公用の事ありて来かかりしが、我が子の早討たれたるといふ事も知らず、この有様を見て、まづ相役の親しき方に引かれて、「与七右、助太刀致す。」と言葉をかけて、清五郎に切つてかかる。されども、力甲斐なき老武者の打つ太刀、強い若い手に叩きつけられ、両人ともに切り倒し、とどめを刺して退く所を、与七右衛門若党亀右衛門、「逃がさじ。」と切る太刀。清五郎、大袈裟に分かれて伏しぬ。
下々ながら、即座に主の敵のみか、三人の敵まで討ち留めける。
校訂者註
1:底本は、「それにつけ」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
2:底本は、「あしと」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
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