第四 行水で知るる人の身の程
白妙に降り続きて、下野の国黒髪山も、夜の間に{*1}姿の変はりて、老いの頭と見なしぬ。
年を重ねて昔語りに聞きしは、那須の何がし殿に勤めし菅田伝平、陰山宇蔵、この両人申し出して、「今日の雪の面白きに、いざ、追ひ鳥狩を始め、酒の肴に雉子四、五羽。」手に取りたるやうに勧めければ、いづれも飛び出る若者ども三十余人。誘ひ合はせ、その身、軽行きに拵へ、手毎に棒、乳切木、或いは割竹にて叩き立て、驚く鳥のほろろ打ち、弱りしを捕らへける。
或る人、申せしは、「この原の殺生石に留まりし諸鳥、忽ち落ちて、骨をも折らず掴み取り。」と言へば、各々、「これは不思議。」と、その石のほとりに行きて見しに、人の申せしに違はず。留まらんとすれば、そのままこけ落ちて、烏、鳶に限らず。殊更、鷺は脆く、山鳥のおのが命知らず、飛びかかつて落つるを、皆々、取る事を論じて駈け付けしに、いまだ片息にして駆け廻りしを、あなたこなたにぼつ付け、終に捕らへて、それよりすぐ鍋掛の里に行きて、鳥ども毛焼きして、萩柴折りくべ、酒事に成して寒さを凌ぎけるに。
菅田伝平、申せしは、「かの石に落ちたる鳥は、必ず当たる事なり。それも人によるべし。」と申せば、なまぬるき世の中、堪忍せざる若者、「命惜しからず。」と胴殻焼き、頭まで余さず暴れ食ひの中に、熊川茂七郎、思案顔して喰はざりしに、これを見て、心ある人はいづれも用捨して、酒ばかりを呑みくらしけるに、高砂丹兵衛、横手を打つて、「茂七郎殿の長生き。鳥を参らぬ人々は、五百八十年も生き残りて見給へ。」と四、五度も申しければ、茂七郎、刀おつ取り、立つ所を、皆々引きとどめ、仔細なく仮宿を立ちて。
帰りさまに、人の透き間を見て、丹兵衛を待ち伏せして、「最前の事、おぼえたか。」と一文字に打つてかかれば、丹兵衛も後れぬ男にて、暫く切り結ぶ内に、茂七郎、運尽きて、棚橋に上がりしに、薄雪にて朽ち木の穴見えずして、太股までこれに踏ん込み、身の働き成り難く、討ち留められける。それより丹兵衛、行き方知らず退きける。
茂七郎一子茂三郎、七歳なれば、敵討つ事も果てしなく、母親、歎きの中に育て上げて、十六才になりぬ。されども、丹兵衛見知らざりければ、たとへ巡り逢ひても討つべき便りなく、又、後ろ見頼む方もなく、明け暮れ無念を重ねける。やうやう思ひ出して、「因幡なる伯父を頼みて、丹兵衛を討たすべし。汝が父{*2}のためには兄なれども、様子あつて挨拶悪しく、久々不通なりしが、この度立ち越え、頼みなば、よもや外には見捨て給ふまじ。」と文細々と書き認め、茂三郎を仕立て、熊川茂左衛門殿方へ遣はしけるに、旅の日数を重ねて因幡の国に着きて、屋形に尋ね入り、ありし事ども語りければ、茂左衛門、涙を流し、茂七郎に恨みの事ども忘れ、「その丹兵衛、憎し。我、助太刀して、是非本望を達せさすベし。心安かれ。」と頼もしく請け合ひ、御暇申し請け、茂三郎を伴ひ、諸国を尋ね巡りしに。
丹兵衛も、いづくを定めず。森沢団斎といふ浪人に鑓の名人ありしが、ひたすらこれを頼みにして、上下八人にして、或る時、奈良の都猿沢の池の前なる宿に泊りけるに、時節と、隣に茂三郎も一宿せしに、互にかくとは知らざりし。夕暮になりて、下々、水風呂に入りしに、かたみ替はりに後ろを流しけるに、背中、空きどもなく灸を据ゑけるに、「今日あつて明日知れぬ身なるに、何か養生要るべし。よろづに付けて浮世。」と言へば、「いかにも。世に隠るる主を持ちて、いづれ定め難き身。」とつぶやきける。
茂三郎小者、垣越しに聞きて、「かかる事を申す者あり。」と語りけるに、茂左衛門、ひそかに裏に出、覗き見しに、年月狙ひし丹兵衛なれば、躍り上がりて喜び、それより心を付けて聞き合はせけるに、「明日は七つ立ちにして、伊賀越えに行く。」とて早、出立ち焚くなど、馬を約束し、用意せはしきに、こなたは随分沙汰無し。夜半に立つて、道すがら足場のよき所を見繕ひしに、心よき所もなく、既に伊賀上野になりて、詮ずる所、ここに極め、曲りどの隅を見立て、以上四人、勇みて酒屋に入りて、弦懸け升に引き請けて、それながら注しつ注されつ心祝ひして、縁側に腰をかけて居並び、その日も八つの下がりになりて、乗り掛け二匹を追ひ立て、上野の宿に入りけるは、互に危ふき所なり。
団斎得物の槍持、町外れの屋根にもたしかけて雪隠に入りけるは、丹兵衛が武命の尽きなり。茂三郎、馬の真先に向ひ、「熊川茂七郎が倅茂三郎、親の敵討つぞ。」と名乗り懸けて切る太刀に、高もも落として、開けば丹兵衛抜き合はせ、一命ここにして戦ひしは{*3}、あつぱれ武士の働きなり。時に団斎飛び下り、助太刀打つを、茂左衛門、横手薙ぎて、両方手者なれば、暫しが程、秘術を尽くしける。
されども茂三郎、茂左衛門、理の剣なれば、次第に強く討ち留めて、とどめを刺し、その身も深手なれば、死骸に腰を掛け、息をつぎける内に、その国の守より大勢駆け付け、勇めて帰る。
古今武士の鑑。刀は鞘に収め、御代長久、松の風静かなり。
貞享四年卯初夏
江戸日本橋青物町
万屋清兵衛
大坂呉服町真斎橋筋角
岡田三郎右衛門
校訂者註
1:底本は、「間(ま)の姿(すがた)」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
2:底本は、「汝(なんぢ)の父(ちゝ)」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
3:底本は、「戦(たゝか)ひしに天晴(あつぱれ)」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
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