五 心の切れたる小刀屏風  武士は心の素直なるものと知らるる事

 古代、家下に神変ある事を語り伝へり。
 菊酒は加賀の名物にして、重陽の御祝ひの水、久しき代々のためしぞかし。大書院は、仙人尽くしの墨絵。紅の雪の洞に、四季を分かたず花咲き、実のなる桃の立ち枝の好もしき風情。いづれか大名の御物好き、こせらぬ事をこそ豊かなる眺めなれ。
 殊更近年、小刀屏風とて、世にある程の正銘を集め、小柄の作り物、美を尽くされしに、その潔き事、この上、何かあらじ。総じて、人は移り気なれば、諸家中共に、清らなる小刀箱を拵へ、それ相応に嗜まれしは、武士に似合はざる事にはあらざりき。
 その頃、家老職の家にして秘蔵の小柄、両度まで見えざる事あり。ひそかに詮議し給ひけれども、そのありか、知れず行きぬ。又或る時、御月待ち執行あそばされし夜半に、御差料の小柄、紛失せし事、度重なつて御腹立。この度は、つどつどに御詮議遂げられしに、泊り番組の小姓衆の寝道具、茶道坊主の役にして、葛籠に畳み込む紫布団の下より、御尋ねの小柄、顕はれ出、この事、包まず横目衆に披露致せし。この小姓の身に覚えはなくて、武士一分の立ち難く、是非もなき覚悟に及べる時、召し使ひの小者、団八と申せしが、供部屋よりすぐに駆け落ちせし事、その隠れなく、御前の御耳に立てける。
 諸役人の思惑にも、「さては、この者が仕業なるべし。」と極めての御沙汰ありて、主人は当分遠慮して、御奉公を引かれける。その上、方々へ追手をかけられしに、いまだ国中を離れず、小松といふ所の片里にて搦め来り、早速注進申し上ぐれば、その者、吟味役人に仰せ付けられ、様子段々、尋ねられしに、団八、少しも動ぜず。「私の心から、小柄を忍びて盗み取り候。」と一筋に申し上ぐれば、幾度の詮議もこれに極まり、団八を成敗の庭に引き出す。
 時に、大横目の何がし、団八最後を相延べ、所存、一通り申されし。「子細は、まづ下人として、御腰の物かかりし御居間まで、参るべき故無し。又、主人は、大分の禄を下し給はれば、何か金銀の小柄なればとて、乏しくは存ぜざる所なり。しかれば団八、『みづから盗み取る。』と言ふとも、そのままに成敗、成り難し。これを察する所、主人の面目救はんため、その科を我が身に引き請け、一命に立ち替はる事、下人には優しき心底なり。」と掻い取つてその道理を申されければ、皆、「尤も。」と評定あつて、この事、御前へ申し上げ、団八が命を乞ひ請け、重ねて心中を聞き給ふに、各々の推量、少しも違はず。「末々には奇特なる者。」と世上にその名を触れける。
 されば、悪事千里を走る。虎林といへる掃除坊主、前後の小柄を盗み取る事、自然と顕はれ、世の掟とは成りける。
 かの団八、年久しく武士の勤めを退屈して、大聖寺の門前なる民家に身を隠し、門はしるしの杉をなびかし、わづかなる酒商売をせしに、正直を以て世を渡る事、行く水に数書く通ひ樽も集ひ来て、十年余りに富貴の家とは成りぬ。連れたる妻に一人の娘ありて、今は三歳の春も過ぎ、卯月の初め頃より、団八、大病を引き請け、次第に枕上がらず。生薬を与へつれども、更に験気のなき事を悲しく、「夫婦のよしみ、この時」なれば、その心に任せ、昼夜の取り扱ひ、残る所もなかりき。
 「今は、世の限り。」と見えし程に、「自然、なき跡にても、この家の絶えず、娘がための書き置き。」と様々に勧めけるに、日頃は賢き団八も、浮世の欲といふもの。大分の金銀に心を残し、浮雲、命の内にも、書き置きはせざりき。妻たる人、この心中を恨みながら、身を砕き看病尽くしけるに、いまだ時節の来らんや、再び験気得て、昔の団八に成りぬ。
 喜び、日を重ねて後、親類縁者、酒事をして呼び集め、髭、月代を改め、その座敷に於いて、「猶五百八十まで。」と長命を祝ひ、千秋楽を謡ひて後、内儀、立ち出て、右の段々、恨みの旨を言ひ破つて、「是非の暇」を乞ひけるに、各々驚き、色々なだめけれども、「最後まで妻に惜しまるるも、夫婦の語らひせし甲斐こそなけれ。我、一生の暇。」と振り切つて出て行きける。
 団八、立腹して、「やがて思ひ知るべき女心。」と程なく後妻を求め、語らひをなしけるに、三年ばかり過ぎて又、大病に冒され、「今を限り。」の時、過ぎにし妻の事、思ひ出して、しるべある人に尋ねけるに、「それよりは髪を切つて、世を一人、あだに暮らせし。」と語りければ、団八、感涙を流し、後妻にそれぞれの{*1}所務分けして、財宝残らず昔の妻にこれを譲り、末々栄えて、「御方酒屋」とて、ささの小笹を国中になびかしける。

新可笑記 終


校訂者註
 1:底本は、「それ(二字以上の繰り返し記号)所務分(しよむわけ)」。『新可笑記』(1992)に従い改めた。