日本記
(大頭左兵衛本)
そもそも日本開闢のみぎり、伊弉諾、伊弉冉、二人の尊、語らひを成し、共に分かちて宣はく、「既に天開くる上、定めて下に国あるべし。八十嶋を求めむ。」とて、雲の上よりも御鉾をさし下ろし、一大海の面を掻き探り給へども、鉾に当たれる嶋もなし。さればにや、則ち、その空劫の以前には、天地、開け始めず。今、成劫の時を得、尊、出現の身を分け、頭を須弥と名付け、眼を日月とし、出入る息を風とし、四つの肢を四州とす。骨は金、涙は水、肉を土と成し、髪、髭を木草とし、青きを東、赤きを南、白きを西、黒きを北と名付け、黄なる色を中央とするなり。中を土に司どつて、甘き味、出来る。北には黒き水ありて、塩はゆき味を成すとかや。西には白き金ありて、辛き味をなせり。南に赤き火を生じて、苦き味をなせり。東に青き木を生じて、酸き味をなせり。
酸き味をば薬師とし。双調の声を説法す。苦きを以ては、不思議の宝生如来、これなり。辛き味をば阿弥陀とし、平調の声を致すなり。塩はゆきは盤渉調。釈迦の音声、これなり。甘き味をば大日の一越調の響きあり。宮、商、角、緻、羽、五韻は酸、苦、甘、辛、塩はゆく、乳味、酪味、生酥味、熟酥味、醍醐味、五つの声を集めつつ、華厳、阿含、方等、般若、法華とこれを申すなり。仏も経も真言も、この中よりも作り致す。地獄、極楽おしなべて。仏も法も僧法も、一体必ず三宝。三宝、やがて三観。三観、一義に一心。一心、やがて空にして、隔ても更になきものを、いかなる迷ひ、不思議にか、これ程広き大海に、一つの嶋のなかるらん。
伊弉諾、御鉾を上げさせ給ふ。伊弉冉、御覧じて、「何とてその御鉾を上げさせ給ふぞ。天の陽をかたどり、地の陰勢の上がつてこそ、陰陽とも開くべけれ。この理に迷ひ、いたづらに御鉾を上げさせ給ふか。ただ懇ろに捜し給へ。」と仰せければ、重ねて御鉾をさし下ろさむとし給ふ。その鉾の下垂りが、遥かの海にとどまつて、一つの嶋と成りぬ。伊弉諾、御覧あつて、「あは、地よ。」と仰せられし。その御詞をかたどり、今の淡路嶋、これなり。
さて、その鉾の下垂りは。何といへる子細によつて固まりけると尋ぬるに、大海の面に大日の梵字の浮かんで、波に揺られて漂へる泥のその上に、鉾の露のとどまりて固まり、土と成りにけり。大日の梵字のその上に、出来初めし国なれば、大日本国とは申すなり。
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