たいしよくわむ
(大頭左兵衛本)

夫我朝と申はあまつこやねのみことのあまの岩戸ををしひらきてる日の光もろともに春日の宮とあらはれて国家を守り給ふ也されはにや春日をはるの日と書事は夏の日はこくねつす秋の日はみちかし冬の日はさむけし春の日はのとけくしよつく万ふつをしやうしやうす四季に殊更すくれ名日なるによりつゝ春の日とかき奉つて春日と名付申也かの宮の氏子は藤原氏にておはします藤原の其中にたいしよ官と申はかまたりの臣の御事也始はもむしやうせうにて御坐有けるかいるかの臣をたいらけたいしよ官になされさせ給ふ抑此官と申は上代にためしなしさて末代にありかたきめてたきくわんとなりけりいつもかまを持給へはかまたりの臣とも申也春日の宮に参籠あつてあまたの願をたてさせ給ふ中にも興福寺のこむたうさいしよにこむりうあるへきとてしやうこむしつほうをちりはめしやこむたうをたてさせ給ふ是によつてくわほうは天よりもあまくたり国のなひきしたかふ事はふる雨の国土をうるほふしたゝさうようの風になひくかことく也きむたちあまたおはしますちやく女をは光明くわうくうと申奉りしやうむ天王の后にたゝせ給ふ二女にあたり給ふをこうはく女と申て三国一のひしむたり 然るにかの姫君のゆうにやさしき御かたちたとへをとるにためしなしかつらのまゆはあをふして遠山に匂ふかすみにゝ もゝのこひあるまなさきはせきやうの霧の間にゆみはり月の入ふせひひすいのかむさしはくろふしてなかけれは柳の糸を春風のけつるふせいにことならす すかたは三十二さうにし情は天下にならひもなしかゝるゆうなる御かたちのいこくまても聞えのありて七御門のそうわうたいそうくわうていは伝えきこしめされ みぬ恋にあこかれ雲の上もかきくもり月の友もをのつから光をうしなひ給ひけり 臣下けいしやう一とうにそうもむ申されけるやうはきよくたいの御ふせいよのつねならす拝申て候何をかつゝませ給ふへきおほしめさるゝ事さうはちしむか中へせむしあれとそうし申されたりけれは 御門ゑいらむましましてあらはつかしやつゝむにたえぬ花のかのもれても人のさとりけるか今は何をかつゝむへきこれよりとうかい数千里日本ならの都にすむたいしよくわむか乙姫を風のたよりに聞からに見ぬ面影のたちそひてわすれもやらていかゝせむ しむかけいしやう承てこれは何よりも目出度御所望にて候もの哉ちよくしをたててりむけむにてむかへとらせ給ひゑいらむあれとのせむきにてうむかと申兵をちよくしにたてさせ給ふうむかすてにたいそうのきむさつと給りすせむ万里のかいろをすき日本ならの都に付たいしよくわむのみもとにててうさつをさゝくたいしよくわむは御覧してわれはこれしちいきとて小国のわうのしむかとしいかにとしていこくの大王をさうなくむこにとるへきと一度はちよくしをちたいあるちよくし立戻て此旨をそうもむすたいそういとゝあこかれ二度のちよくしをたてさせ給ふしやうむくわうてい聞しめし情は上下によるへからす小国の臣下の子なりとも其はゝかりはあるへからすまるへむてうをいたすとて辱もくわうていのいむはんをなされけれはちよくし面目ほとこしていそき立戻てへむてうをさゝくれはたいそう大きにゑいりよあり吉日ゑらひさうさうにむかひふねをそこされける今度のむかひのちよくしにはたちはなのあつそむに右大臣ほうけむ也そも本朝と申は小国なりとは申せとも智恵第一の国也みれむのいてたちかなふましひけつこうあれとのせむきにてむねとの大船三百そうきさきの御ふねをはれうとうけきしうと名付てしゆたむをもつてかたとりへにはわうむの頭をまなひともにくしやくのをゝたれたりふねの内ににしきをしきちんたんをましへくわうようらむけいみかきたて玉のはたは風になひきこかねのかはらは日にひかりくせいのふねともいつつへしはつひてむくわむ玉をたれ身をかさつたる女官ちによ三百人すくつて是は船中の御かいしやくのためにとてかさりふねにそのせられたりけるしちいきよりももろこしまて数千万里の海上の御なくさみの其ためにおむかの舞あるへしとてちこ百人すくつて身をかさつてそのせられたるすてに卯月の末つかたともつなといてをしいたすあまの川瀬にあらねともつまこしふねのほをあけたりかくて浪風しつかにてふねは本朝つの国やなむはの浦に着しかはちよくしはならの京につくたいしよくわむは請取てひとつはいこくの聞えといひ又ひとつは本朝のいくわうのためそとおほしめされ山海のちむくわを山とつみ五千人の上下を其年の八月なかはより明る卯月始まてもてなし給ふたいしよ官くわほうの程の目出たさよ卯月もやうやう末になりゆきけれは吉日ゑらひ玉のみこしにめされなむはの浦へ御出ありそれよりもれうとうけきしうにめされ順風にほをあけけれは舟は程なくたいたうのみやうしうのみなとにつかせ給ふたいりに聞しめされすはやこくむのきやうけいよいさいさ御迎にまいらんと左右の大臣女官所百官けいしやう官人しちやうにいたるまて残所はなかりけり抑太国の国のかすを申に一千四百四十国郡のかすを申に九万八千四郡寺のかすを申に一万二千六ヶ寺市のかすを申に一万二千八百ちやうあむの市と申は在家の数は百万間人のかすを申に五十九臆千万八千人たつ市也ちやうあむしやうのみなとより十のみちわかてりけむろけむなむ道とはたつみをさしてゆく道卅五にふみわけりおくなむたうと申はひつしさるへゆくみち五十九にふみわけり西けいたうと申は西を指てゆく道廿六にふみわけりかう北道と申は北をさして行道すゑはたゝふたつ とうやうたうは舟地にて末は日本につゝけり かゝるみちみちよりもみつき物をそなへきさきをおかみ奉るあらありかたやたゝ一めおかみ申人たにもひむくをのかれたちまちにふつきの家となるされはにやくわうていもれうかんにしたしみなれちかつかせ給へは諸病をいやしたちまちに やうしやうのたいゝにあへる心ちしてこちの間世すなをにたみのかまともゆたかなり かくて過行給ふにきさきのみやおほしめすわれは是しちいきとて小国のものとありなから大国のきさきにそなはりたる其高名を日本へのこしてこそとおほしめし御ちゝのたいしよ官興福寺のこむたうおなしきしやかのれいさうを御こむりうあるへきにかの御堂のせにうに仏具ほうくをおくつて末代のしるしともなさはやとおほしめしそろへ給ふたからにはまつくわけむけいしゆひむせきくわんけんけいと申はうちならしての其後に声さらになりやますとゝめむとおもふ時には九てうのけさをおほふ也しゆひむせきはすゝりかの硯のとくゆふは水なくしてすみをすつて心のまゝにつかふ也ほむほむの法花経をたらようにてあなむ尊者のあそはしたるしちしやうるりの水かめしやくせむたむのけいたいへいるりのはなたてせむたんのけうそくにくたむしゆのしゆす一れむくわうこの虎のかはこむしきのしゝのかはくわそのかわ三枚かゝるたからの其中にしやくせむたんのみそきにて五寸のしやかを作りにくしきの御しやりをこしむに作り籠なから方八寸のすいしやうの塔の中におさめてむけほうしゆとなつけて是を一の重宝にしおくり文を別帋にかき石の箱におさめておくらせ給ひけるとかや此玉は則興福寺の本尊しやか仏のみけむにゑりはめ給ふへきなりと書こそおくり給ひけれさてしもかゝる重宝をたれかしゆこしおくるへききりやうの仁をゑらめとてつはものともをめさるゝに太国のならひにて百人の大将を百こと云千人か大将をせむこといゝ万人の大将を万ことなつけ候かうほくたうの末雲州といふ国に万こしやうくむうむそうとて大かうのつはものありおとらぬ程のつはものを三百人相そへ都を立てたいたうのみやうしうのみなとより一ようのふねにさほゝさしをひての風にほをあけてすせむ万里をおくりけり かいていに住給ふ八大龍王の惣王玉の日本へわたる事を神通にてしろしめしもろもろの龍王たちをあつめて仰けるは われらはすてにかいていの龍王たりといへと五すい三ねつひまもなくおつこうにもあひかたき しやくせむたむのみそきにて五寸のしやかのれいふつの此なみの上に御座有をいさいさうはいとつてわれらしやうかくなるへし尤然へしとて八大龍王のなみ風あらくたて給へはふねへうたうしちさむしなみちもしつかならさりきされともきとくふしきの仏のめしたる御舟なれは 上かいの天人は雲をしのきふつほうしゆこのやしやらせつはなみかせをしつめさせ給ひけれはふねに子細はなくしてみつはのそやを射ることく殊更追手となりにけり 龍王いとゝいかりをなし浪風にてとゝめすはをさへてうはいとるへしさあらん時にいこくのものさためてつよくふせくへし龍王のけむそくに然るへきものはなししゆらはたけきものなれはたのふてみんとの給ひてあゆらたちをそたのまれけるかのしゆらの大将まけいしゆらもろもろのしゆらともを引くしてこそ出られけれもとよりこのむとうしやうなれは百千やつかむのけむそくともをいきやういるひに出たゝせほこたうちやうをとりもたせかたきは数万騎候ともいくさは家のものなれは玉におひてはうはいとつてまいらせむと申て 日本とたうとのしほさかひちくらかおきに陣をとり万こかふねを待ゐたり これをはしらて万こは順風にほをあけて心に任せふかせゆくに日比ありともおほえぬ所に嶋ひとつうかめり見れははたあしひるかへしくろかねのたてのあひよりもつるきやほこのいなひかりたうちやうのかけともかうむかのことく見えけれはあれは何といへる子細そやいかなる事のあるへきと心もとなくおもはれけれともさあらぬ体にてふかれゆくにかのしゆらの大将まけいしゆら一陣にすゝみいて天をひゝかす大音にて唯今此沖にせきをすへたるつはものをいかなるものとおもふらんしゆらといへるもの也かいていの龍王達をみつかむためしいしゆをいかにとおほすらむ御舟にましますしやくせむたむのみそきにて五寸のしやかのれいふつよのたからはほしからすそのすいしやうの玉すみやかにわたされ候へさらすは一人もとをすましいと申万こ此よしきくよりもあらことことしのいきほひさうやさては音に承るあしゆらたちにてましますよなわか大国のならひにて百人か大将を百こと名付官人といふ千人か大将を千こと名付しゆりやうといふ万人か大将を万こと名付将軍とこれをいふかいかい敷はなけれとも一万人か大将なれは万こ将軍うむそうとはそれかしか事にて候尤龍宮よりの御所望にしたかつてすいしやうの玉まいらせたくは候へとも七御門の中よりもきりやうの仁とゑらまれ日本のちよくしを給はる時日よりも命をはわか君のおんのために奉るされはめいのかるき事は此儀による事なれは命のあらんかきりは玉におひてはとらるましいそけにと玉ほしくはまむこをうつてとれやとてからからとそ咲けるしゆらとも此よしを聞よりもさらはてなみを見せむとててつちやうらむはのつるきをひつさけうむかのことくせめかゝるまむこ是を見てかなふへきやうあらされはふなそこにつつと入てしやうそくをそきたりける万こか其日のしやうそくにしむつうゆけのうてかねさはむやつかむのすねあてし妙法蓮花のつなぬきはきにむにくしひのよろいをくさすりなかにきくたしてあのくたら三みやく三ほたひの五枚かふとをゐくひにきしのひのをゝそしめたりけるかうまりけむの大かたなまむ十もむしにさすまゝに大たうれむといふつるきあしをなかにむすむてさけけむみやうれむといふほこもつてふねのへいたにつつ立あかる三百余人のつはものともおもひおもひに出立てはしふねおろしをしうかめすてにかけむとしたりけりたうのいくさのならひにてみたむにかくる事はなしてうしを取てかくをうつてひやうしに合かけ引勢そろへの太鼓はらむしよらむしよしよつてうしかけよとうつ太鼓はさそうさそうとうつ也ひけよとうつ太鼓はおむてうこつとうつ也くむてくひをとれとはつるてうこつとうつ也かなはぬ時のせむにはしはうてつはうはなしみたれひやうしきりひやうしきうにをよふ時には血をは瀧となかしてかうへをつかにつめよとうつしゆら唐人のたゝかいはむかしも今もためしなし其上しゆらかたゝかいにくわえむの雨をふらし悪風をふきとはせはむしやくをふらす事は雪の花のちることくつるきをとはせほこをなけとくのやをはなつ事まなこをまくかことし身をかくさむとおもふときけしの中へわけていりあらはれむとおもふ時しゆみにもたけをくらふへしかゝる神通めいようをまの前にけむし爰をせむとゝたゝかへはすてにはや唐人心はたけくいさめとこのいきほひにをされてのかれかたくそ見えにける 去間まむこは御方をめしていひけるはとてもの事にてあるならはしゆらか大将四五人底のみくすとなしてこそいこくの聞えも然へけれわれとおもはむ人々は供をしてたへやとてこむかうかいのまむたらたいさうかいのまむたらりやうかいしよそむ一千二百よそむのまむたらをほろにかけて吹そらしふな底よりも名馬を其数あまた引出す万こかひさうの名馬に神通あしけと名付七きはちふむ明六歳おかみあくまてあつうしておつさまむかふよこはたはりおくちそうとうつまねのくさりしゝあひほねなみよめのふしは作りつけたることくなりらつてむのくらをゝきしよつかうのにしきのうはしきにこむこむぬつたるるりのあふみりきしゆのちからかわをはしやうしやうのちにてそめたりけりおなしきおもかひをかけさせこかねのくつはかむしとかませ錦のたつなゑつてかけ万こゆらりとうちのつてなみにしつまぬうくくつを四のあしにかけたれは浪の上をはしる事はへいろをつたふことくなり三百余人のつはものともいつれも馬にのつたれともみなみなうくゝつかけたれは雲井にかりのとふやうに一村かりにさつとちらししゆらか陣へきつているしゆらともこれを見て一ひき二疋のみならす三百疋の馬ともかいつれもなみをはしる事はふしきなりときもをけしか程にいさむしゆらともゝにけ眼にそなつたりける大将のうしあゆらすゝみ出て云けるはなふこゝさうそかねてより申せし事のちかはぬなふめたれかほのすくやかしおもてかほくせ目にすみたていらむあらそひあらかふ儀にはにましき事にて候そや手をくたかてはいかにとしてかうみやうふかくか見えはこそ一かつせむせんとて出たつたりしありさまはあくこうしむゐのよろいをきむみやうけむこのかふとのをゝしめとうしやうむさむのほこついてしむいくちのはたさゝせ百千やかむのけむそく共を相したかへしきりにときをつくれはへきてむやふれはしやうにおち海底をうこかしなみをあけこくうさなからとうようしててる日の光もうつもれてひとへにちやうやとなつたりけり此程音に承るまむこしやうくむうむそうに見参をせむと云まゝにまむこを中にとり籠たり万こかつはものとも爰をせむとゝきつたりけりらこあゆら三百人からこむらあゆら五百人手をくたいてそきつたりける万こはめいよの馬のりうみの上にてのるたつなさうかいふとりうはいふのりうかめたる馬のあしゆむてのものをつく時わうきやうのたつなきつとひきめてのものをつく時にふきやうのふちをちやうとうつにくる物をおう時にはせむきやうあをりのあふみのふちをきよくしんたいにのつたりけり西からひかしきつてとをる時には三百余人か跡に付て爰をせむとゝきつたりけりいれかへいれかへたゝかへはしゆらかいくさはこたれかゝつてかなふへしとも見えさりけり惣大将のまけいしゆら八めむはつひをふりたてゝやつしたのほこをうちふりうちしにこゝなりとおうめきさけむてかけにけりまむこ是を見てかなふへきやうあらされはうしほをむすひてうつとししよてむにふかくきせいする然るへくは観世音非願たかへ給ふなふしむくむちむ中ねひ観音りきしをむしつたいさむちかひ今ならてはしゆらかおそれしけまむのはたをたゝさしかけよやあさしかけよと下知すれはけまむらはう玉のはたをまつさきにさゝせわれおとらしとせめかゝるまむこかつはものともかつにのつてをつふせをつふせきつたりけり神力もつきはて通力ひきやうもかなはすしそこのみくつとなりにけりいきのこるしゆらともすみかすみかにかくれたりまむこかちとき作りかけもとの舟に取のりしゆらたうしんのたゝかひにかちぬやかちぬやといさみをなしたうとかうらいはしり過日本ちかふそ成にける 去間龍王たちこれをはさていかゝせむとそせむきせられける其中に取てもなむた龍王のたまはく夫人間の心をたはからんにはみめよき女によもしかし爰をもつてあむするに龍女をもつてこの玉をたはかつてとるへき也尤然るへしとて龍宮の乙姫にこひさいによと申てならひなかりしひしむたりしをみめいつくしくかさりうつほふねに作りこめなみの上にをしあくるこれをはしらて万こは順風にほを上て心に任せふかせゆく かいまむまむとしては又はしやうちゝんたりへきてむのおきぬく風くわうくわうとしては又いつれのほくさうにかこえやとさむかしらなしおうかはらきとの嶋もろみの嶋もめい嶋さつまの国にきかいか嶋ゆきのもとおりつしまのないことゆへなくはしり過九国の地をはゆむてに見てさぬきの国に聞えたるふさゝきの沖をとをりけり なかれ木一本うかむてありすいしゆかむとり是を見て爰にきたいなる木こそ候へ此程の大風にてむちくたうとのちむかうはしふかれてなかるゝやらむと人々あやしめたりけれはまむこ是を見てなんのあやしめ事そとりあけよと云御諚にしたかひはしふねおろしとりみるにちむかうにてはなしあやしやわつて見よとて此木をわつて見るに何とことはにのへかたきひしむ一人おはしますすいしゆかむ取これを見てをのまさかりをなけ捨てあつとはかり申万こ此よし見るよりもいか様にも御みはてむまはしゆむのけゝんにてしやうけをなさむ其ためなあやしやいかにといひけれは何と物をはいはすして涙くみたるはかり也万こ重て申けるは何とたるませ給ふともせひにつけておほつかなしたゝ海底にしつめみくつになせといさみをなせはあらけなきつはもの御てにすかり海へいれんとす 龍女はいとゝあこかれてあらうらめしの人の言葉のにふし山を家とするこらうやかむのたくひさへ情はありとこそきけみつからと申はけいたむこくの大王のいつきの姫にてさふらふなるかあるきさきのさむによりうつほ舟に作り籠さうは万里へなかさるるたまたまきとくふしきに人倫にあひたれはさりともとこそおもひしに何のつみにふたゝひうきかいていにしつむへきそうらめしさよとかきくとくみたれかみをつたへてなみたの露のこほるゝはつらぬく玉のことくなり霜をおみたるをみなへし下葉しほるゝ風情しせいしかやさうに捨られてひしき物には袖しぬれほす日もなしとわひけるも今こそおもひしられたれかつらをかきしまゆすみはちすをふくむくちひるもゝのこひますあひきやうなみとなみたにうちぬれ物おもふ人のふせいかやうちむつけたる御ありさまよそのみるめもいたはしや さしもかしこきまむことは申せともやかてたるまかされけにけにさそおはすらむそれそれとうせむ申せとてやかてふねにのするかくて龍わうのわさなれはむかふ様に風ふいてふさゝきのおきに十日はかり逗留すさなきたにりよはくは物うきまむこ余にたえかねて風のたよりにかよひきていねかりそめのうたゝねは何となるとの音たかく世にもすゝめのすみうきにおとろかさむかいたはしさにあふきの風をいさめつゝ 月てうさむにかくれぬれはあふきをあけてこれをたとゆ風たいきよにやみぬれは木をうこかしてこれををしゆ あひ見る人をこふるには文かよはねともこふるならひ君か心をとりにくるなふいかにいかにとおとろかす龍女は本よりねもいらすさりなからうたゝねいりたる風情にてたそや夢見る折からにうつゝともなき言のはの夢の浮世のあたなれは人の言葉もたのまれす夜の間にかはるあすか川水ほのあはのかりそめに風にきえぬる言のはの末もとをらぬ物ゆへにあたなたちてはなにかせむ中々人には始よりとはれぬはうらみあらはこそ 其上われは生れてよりこのかたかいもむをあやまたすむしゆより今にいたるまておゝくのしやうをうけし事あるいは六よくししやうに生れこすひはつくのくをうけあるいは三つしやくにおちしたいもつの火にあへりかゝるさいこうをふり今人間と生るゝ事もかいりきによつて也第一せつしやうかいをたもつてはしむのさうとなるちうたうかいをたもつてはかむのさうとなるしやゐむかいをたもつてひのさうとなるまうこかいをたもつてははいのさうとなるおんしゆかいをたもつてはしむのさうとこれなるこれにこゐむしつせいありいはゆるきうしやうかくそうはうひやうはむ一こつこれまたみみやうのみのりとしこちの音せいこれ也是に五つのたましゐありこむしはくいしむなりき此五つのかたちをくそくするを仏と申 五つのかたちかけぬれはくちあむへいのちくるいたりいかにも仏をねかはむする人は五かいをよくたもつへし一つもかいをやふりなはむそくたそくのものとなつてなかく仏になるましい 仰はおもくさふらへと第三のかいもむをいかにとしてやふらんとなみたくみたるはかりにておもひ入てそおはしける万こもたいたうそたち仏法るふの国なれはあらあらかたり申あらしゆせうやさては後生の御ためにきむかいをたもたせ給ふか其かいもむの中に六はらみつのきやうあり其中にとつてもにむにくはらみつとは人の心をやふらすいかに五かいをたもちても人の心をやふりなは仏とさらに成かたしされはにや仏には三みやう六つうましますこれはひとへにくわこにしてしよはらみつをきやうとせし其とく今にあらはれて仏となりたまへりたとい一度はたきの水にきりてすまぬものなりとつゐにはすみてきよからん恋には人のしなぬかさてもむなしくこひしなは一念五百しやうけむねんむりやうこう生々世々の間につきせぬうらみのふかふしてともにしやしむとなるならは仏にはならすしてしやたうになかくおつへし かいのしなあまたあり五かいをよつくたもつては人間と生れて五体をうくるなり十かいをたもつては天人と生れて五すいを請る也二百五十かいはまたしやうもむと生れて仏には成かたし五百かいをたもつてはゑむかくとこれなるこれも仏にえならすほさつさむしゆ一心かい此かいをたもつてはやかてほさつとなりつゝ仏とさらに成かたし大乗円頓かいこのかいをたもつてはやかて仏に成なり大せうのかいきやうは二念をつかぬかい也しむたいはむさうにてかしむもとよりしくうなりしやうしにもつなかれすねはむにさらにちうせすしやしやうすなはちきよけれはすゝくへきあかもなしいとふへきほむなうなしねかひてきたる仏なし見る一念をほうとし聞事をみのりとす爰をしらぬをまよひとすゐむやう二つわかふの道いもせふうふのなからへこれ仏法のみなもとおろかにおもふへからすおなひきあれやとそおもふいかにいかにと申けり 龍女は聞しめされてそれはほつしむのみのりとし仏法におひてはひさうの所なれともねかふ事なくしては仏とさらに成かたし上代はきも上こむにしてちへも大智恵なるへし末世の今はけこむにて智恵ある人もすくなしむかし上代の大智恵の人たにも家を出てさいしをすて法のためになむきやうす七た太子はかうゐなるはむしやうの位をふり捨わりなきちきりふかかりきやしゆたら女をよそに見十九にて出家をとけたむとくせむのほうれいあららせにむをしとたのみわしのみやまのれいほうにたきゝをこりみをこかしせむこくにむすふあか水こほりのひまをくむたひになんたは袖のつらゝとなるよるは又よもすからせにむのゆかの上にしさせむのとこのふとむとなりかゝるしむくのこうをつみまさしくしやかとなり給ひ三かいのとくそむししやうのゑことましまして一代しやうけうをときひろめ給ふ也爰をもつてあむするにほむなう即菩提心生死即ねはむとてさいしをたいしさふらひて仏とやすくなるならはなとや太子しやくそむは王の位をふり捨てきさきをいとひ給ひけむ其外せうくわのらかむたちいつれかさいしをたいして仏となりし人や有さても仏の御おとゝなむた太子と申せしはしつきほむなうつきすして女人をこのみ給ひしをかくては仏にならしとて仏ほうへむめくらして浄土ちこくの有様を即心に見せ奉り終に出家とけさせてなむたひくとそなし給ふ いとゝこのむしやきやうをよしとをしへ給ふはまうもくにあしき道をしゆるふせいなるへしかやうに申せはとてもとよりわれは仏にて有也こくういつしやうとう一たいかしらはやくしみゝはなはあみたむねはみろくはらはしやかこしは大日如来也其外十方の諸仏達もろもろのほさつとしわかたいに具足し十方のこくうにほうによとしておはします来りもせすさりもせすいつもたえせすましますをほつしむ仏と申かたちを作りあらはししやうとをたてゝすみかとし給ふをほうしん仏と申也八さうしやうたうし給ひてのりをとき即しゆしやうをりやくし給ふをおうしん仏と申也三心をとりわき一心を信するはさとりの前の仏なり三心一そくとくくわむしいつれをも信するをさとりの前と申仏とならん其ためなむきやうくきやうせむものいかて善悪みたるへし身はいたつらになさるゝとかなふましと仰ける 去間まむこ事の外に腹をたていかにいかに聞しめせ仏をねかふ人はみなたうと智恵としひしんひとつかけても成かたしたうといつはきやうたい智恵といつはさとりの心しひといつはいつさいしゆしやうをふかくあはれみて人の心にしたかへり第一しひのかけては仏と更に成かたしあふ所詮物を申せはこそ言葉もおゝくつくれ今は物を申ましいかくて爰にひれふしおもひ死となつて此世のちきりこそあさくともちこくかきちくしやうしゆら人天に生れかはり死かはり六道四しやうの其中をくるりくるりと追めくりうさもつらさものちの世におもひしらせ申さむと其後物をいはす龍女はもとよりかやうにめされむためたはかりすまさせ給ひてたまをのへたる御手にて万こかたもとをひかへさせ給ひなふいたうなうらみさせ給ひそよまことに心さしのましまさはみつからか所望をかなへてたへくさの枕のうたゝねの露の情は夢はかりちきりなむ万こ余のうれしさにかつはとおてみをいたきなふこはまことにて御坐候かふたつとなき命をもまいらせむと申いやそれまてもさふらはすけにやらむ承れはしやくせむたむのみそきにて五寸のしやかの霊仏の舟に御座有よしを承る其すいしやうの玉みつからに一夜あつけさせ給へともかくも仰にしたかふへし万こ此よし聞よりもあらしやうたいなやしよの所望とこそおもひしに此すいしやうの玉におひては中々おもひもよらぬ事なるへしとふつつとおもひきりけるかいやいや何程の事のあるへきそおもひなをしさてもさても御みは何として御存候ひたるそやさしくも御所望候物哉さらはそつとおかませ申さむとくろかねしやうをおろしゐむはむをもつてふうしたる石のからうとの中よりもすいしやうの玉をとりいたし龍女の方へわたすけいせいと書ては都かたふくとよまれしも今こそおもひしられたれかくてしうあひれむほのわりなきちきりとみえつるか三日も過さるにかきけすやうにうせぬ玉はと人に見せけれはとりてうせぬと申たゝほうせむとあきれはてこくうに手をこそたんたくすれ あら口惜や竜宮よりたはかりけるをしらすしてとかう申にをよはすとのこるたからをさきとしたいしよ官のみもとに付さまさまのほうふつと取出してたいしよくわむにまいらせ上るたいしよ官は御覧して送り文の其中に第一のたから物すいしやうの玉の見えぬは如何とたつねさせ給ふ万こ承りつゝむへきにて候はすありのまゝに申へし此玉をとらんとて龍王度々に所望するをしみてさらにいたさすしゆらをかたらひとらんとすちむのたゝかひをのつから言葉にものへかたしふてにもいかてつくすへきおゝくのしゆらを打とつて龍王なうをやすめ今はと心やすくしさぬきの国ふさゝきのおきをとをりし時なかれ木一本うかむたりすいしゆかむとりこれを見爰にきたいなる木こそ候へ天ちくたうとのちむかうはしふかれてなかるゝやらむと人々あやしめたりけは万こ此よし聞よりも何のあやしめ事そとりあけよとけちをなす御意にしたかひとりあけ見るにちむかうにてはなしあやしやわつて見よとてとりあけ見るに天下ふさうの天女あり海へいれむとせし時りうていこかれかなしふを見れは余かはゆさにたゝ一夜とうせむすひまをうかゝひしのひ入てとりてうせぬと申かまたり聞しめされて余おもへは無念なるにせめてわれを具足し其浦の有様をわれに見せよと仰けれは承ると申戻りのふねにのせ申ふさゝきの沖へをし出して爰なりと申たゝはうはうとしたる浪の上を御らむしてむなしく戻給ふ 道すからおほしめすさもあれ無念なるもの哉三国一の重宝を吾朝のたからとはなさすしていたつらに龍宮の宝となしけむくちおしさよよくよく物を案するに龍宮かいは六道におひてもちくしやうたうの内人間の智恵にははるかにおとるへき物をさあらむ時は何としてかたはかられけむふしきさよ われ又せむけうほうへんしいかにもあむをめくらし此玉におひてはとらふする物とおほしめし都にかへり給ひててうせきあむをめくらし玉をとるへきはかり事くふうましましけれともさすか海中へたたつてたしう遠嶋ならされはふねのかよひちあらはこそしかりとは申せとも人足におひておやたいせ太子は辱もによいの玉をとらんとてゑむしの貝をもつてきよつかいをはかりつくしつゝ終にほうしゆえ給へり大願としては又終にむなしき事あらしわれもちかひてねかはくは生々世々の間に此玉におひてはとらふす物とおほしめし都の内をしのひいてかたちをやつし給ひ又ふさゝきへくたさるる かの浦に着給ひ浦のけしきを見給ふにあまともおゝくあつまつてかつきする事おひたゝしゝかのあまの中に年のよはひはたち計に見えみめかたちしむしやうなるかるすいにむつれてあそふ事は唯へいろをつたふことく也かまたり見籠給ひてかのあまのとまやに宿をとり日数を送らせ給ひけるにあまにもいまた妻もなしかまたりたひのひとりねの床もさひしき事なから爰にて日をやかさねけむねかたけれとも姫松のはや浦風にうちなひくなにはもつらき浦なからそよよしあしといひかたりてふたりあれはそなくさみぬ うきねのとこのかちまくらなみのよるにも成ぬれはともゝなきさのさよちとりふきしほれたる浦風に声をくらふるなみの音すさきのまつにさきあれは木すゑを浪のこゆるに似てしほやのけふり一むすひ末はかすみにきえ匂ひ夢ちににたるうたかたのなみのこしふねかすかにてからろの音のとをけれは花になく音のかりかねかわれも都の恋しさに声をくらへてなくはかりうきみなからもまきのとを明ぬくれぬと過ゆけは三とせになるは程もなし かくて男女なからへわりなき中のちきりにや若君いてき給ふ今はたかひに何事をも打とけたりし色見えたりかまたり仰けるやうは今は何をかつゝむへきわれこそ都にかくれもなきたいしよくわんとはわか事也心にふかき望のありてこのほとこれにありつるそ然へくはみつからか所望をかなへてたひてむや あま人承りなふこはまことにて御座さふらふかあらはつかしや四海に御名かくれもなきかゝるきにむにしたしみ申ける事よひとつはみやうかつきぬへし又ははくちよけせむにてはたえはなみのあらいそたちゐはいそのなかれ木 声はあらいそに くたくるうつせなみの音 かみはやしほに引みたすつくものことくなるみにて都の雲の上人におきふしひとつとこにして見ゝえぬるこそはつかしけれしかしたゝみをなけてしなむとこそはくときけれ かまたり仰けるやうはとてもしせむいのちをわかためにあたへ龍宮かいへわけ入てたつぬる玉のあり所を見てかへれとの御諚なりあま人承りて龍宮かいとやらんはありとは聞ていまた見すゆきてかへらむ事はかたかるへしたとひいかなる仰なりともいかてかそむき候へきとかまたりに暇を申一ようのふねにさほをさし沖をさしてこき出なみまをわけてつつといり一日にもあからす二日にもあからす三日四日もはや過て七日にこそ成にけれ かまたり仰けるやうはあらむさんやかのものはうほのゑしきとなりけるかあやしやいかにおほつかなしと心をつくさせ給ふ所によみかへりしたるふせいにて本のふねにそあかりけるかまたり御覧し候ていかにととはせ給へはしはしは物を申さすやゝありて申けるはなふ此土より龍宮かいへゆくみちは事もなのめの事ならす一つのかしらをさきとしてくらき所をまほつてちいろの底へわけているうしほのるすゐのつきぬれは紅いろの水そあるなをし底へ分ゆくにこかねのはまちにおちつく五色の蓮花おひふしあをきくちなふおゝくしてれむけのこしをまとへりなをしさきを見渡すにれいかきよくなかれ水の色は五色にてさうかむたかくそはたてり川にひとつの橋あり七宝をちりはめ玉のはたほこたてならへ風に任てへうようすかの橋を渡るに足すさましく肝きえ夢うつゝともわきまへすなをしさきを見わたすにとうもむ雲にさしはさみ玉のまくさはかすみの内こかねのかはらは日にひかりさうてむまてもかゝやけり三ちうのくわひらうに四しゆの門をたてたるひとつのたいりおはしますりう宮しやうこれ也けりへいるりの柱をたてめなうのゆきけたにはりのかへをいれにけりししゆのまむしゆのやうらく玉のすたれをかけならへちやうにも綾をかけつゝとこににしきのしとねをしきちむたんをましゑなをらむけいをみかきたつかゝるめてたききうたくにしやかつた龍王はしめとしてわしゆきりうにいたるまて法衣をかさりさせらるゝもろもろのせうりうとくりうこかねのよろひかふとをきて四つの門をまほれりさてもたつぬる玉をは別にてむを作つてたからのはたをたてならへかうをもり花をつみ二六ちゝうにはむをおりいねうかつかう中々に申におよはさりけり八人の龍王時々刻々にしゆこすれは此玉をとらん事今生にてはかなふましまして未来て取かたしおほしめし切給へわかきみとこそ申けれ かまたり聞しめされてさては玉の有所をたしかに見つるもの哉ありとたにもおもひなはとりえむ事はけつちやうなり龍ともゝはかり事をめくらしてたはかつて取たれはわれもたくみをめくらしてたはかつて取へきなり夫龍神と申は五すい三ねつひまもなくくるしみおゝき御みなり此くるしみをまぬかるゝ事はしらへの音によもしかしこゝをもつてあむするに龍王をたはかるならは舞と管絃にてたはかるへし此海のおもてに極楽浄土をまなふへし玉のはたほこ百なかれたてならへさて又かくやをさうにかさつて左右の絃管をしらへすまし其みきりにみめよき児をそろへおむかくをそうする程ならは只天人に似たるへしさあらん時に大僧正からりむを打ならし上天下界の龍神をおとろかしくわむしやうするほとならはすゝめによつて神仏のそみ来臨ましまさは龍宮の都より八大龍王先としてそくはくのけむそくともを引くして出らるへし其間は龍宮かいには龍ひとりもあるましきそ留守の間を伺てそろりと入てぬすみとつてやたへかしとそ仰ける 海士人承りあらゆゝしの君の御たくみやさふらふかゝるせむけうなくしてはいかてたやすくとりえなむたゝし留守の間なりとも玉のけいこは有へしたといむなしく成ともまたたらちをのみとり子のちふさをはなるゝ事もなし君ならて後の世をあはれむ人の有へきかとてなくより外の事はなし かまたり聞しめされて心安くおもへもしもむなしくなるならはけうやうの其為にならの都に大からんをこむりうすへし又此若におひてはいまたようちなりといふとも此浦によそへたむかいこうとなつけ都へ具足して上てむかの御目にかけふひとうとなし藤原のとうりやうたるへきよしをこまこまとの給へはあま人承つてよろこふ事はかきりなしやかて都へ使者をたて舞のしをめしくたしあたりの浦のふねをよせしゆたむをもつて色とれるふたいこそはりたてけれ十杖のはたほこ百なかれたてならへ風に任てひるかへせはさうかいはやかてしやうとゝなる左右のかくやにかさりたてたる大たいこまむまくを上させしゆれむにたまのすたれをかけ法座をさうにかさらせうけむちとくの大僧正からりむをうちならし上天下界の龍神をおとろかししやうすれは八大龍わうしゆらいしてせむきまちまちなりけりなむせんふしうふさゝきの浦にして法座をかさりてうしやうあるいさや来臨やうかうなつてちやうもむせむとせむきしてそくはくのけむそくとも引くしてこそ出られけれ已に龍神出給へは国中の児たちみをかさりまうけこゝをせむとゝまひ給ふたゝ天人のことくなり去程に龍神五すい三ねつたちまちまぬかれ給ひける間何事も打わすれ舞に見とれ給ひてふさゝきに日そおくらるゝ すはや隙こそよけれとてあまもいてたちをかまへけり五色の綾を以てみをまとひやくわうの玉をひたいにあてぬのつなのはしを腰につけかねよき刀わきはさみ浪間を分てつつといるたといなむしのみなりともとくのうを龍かめ大しやのおそれもあるへきに申さむや女の身とあつて一人海へいる事はたくひすくなき心哉数千万里のかいろを過龍宮の都につくやくわうの玉にてらされてくらき所はなかりけりかねて見をきたりし事なれはまよふへきにて候はす龍宮のほうてむにあかめをくすいしやうの玉おもひのまゝにぬすみ取て腰に付たる約束の布つなをひけは船中の人々あはや約束こゝなりとてむ手につなをそ引にけるあまはいさみてかつけは上よりもいとゝ引あくる今はかうとおもふ所に玉をまほれる小龍此よしを見つけ跡をもとめておふ事は只みつはのそやを射ることく船中の人々あはやほのかに見ゆるにあふくり上よと下知するにあまの跡に付てひとつの大しやおふてくるたけは十丈計にてひれにつるきをはさみたて眼はたゝ夕日の水にうつろふことくなりくれなゐのことくなるしたのさきをふりたてすきまなくおつかくるあまかなはしとおもひける間かたなをぬいてふせきけり船中の人々此よしを御覧してをあかき身をいたきおつつふいつころむつあはやあはやと仰けりかまたり御覧し御剣をぬきようちの時きつねのあたへたひたるひとつのかまにとりそへとむていらんとし給ふを船中の人々ゆむてめてにすかつてこはいかにとてとゝめけりすてにはやこのつなのこりすくなく見えし時大しやはしりかゝつて情なくもかのあまのふたつのあしをけちきれは水のあはとそきえにける むなしきしかいを引上諸人の中にこれをゝき一度にわつとさけふかまたり御覧してたまはとりえぬ物ゆへに二世のきえむはつきはてぬむねの間にきすあり大しやのさけるのみならすとあやしめ御覧有けれは此きすの中よりもすいしやうのたま出させ給ふ大しやのおつかけし時かたなをふると見えしはふせかむためになくし玉をかくさむ其ためにわかみをかいしけるかとよせめて此きすをわかみすこしおひたらはかほとに物はおもふましきを女ははかなきありさま哉男の命をちかへしとていのちを捨るはかなさよともし火にきゆるよるのむしは妻ゆへそのみをこかすなり笛によるあきの鹿ははかなきちきりにいのちをうしなふそれはみなみなしうあひれむほのわりなきちきりとはいひなからかゝるあはれはまれなるへしわれには二世の気縁なれは又こむ世にもあひ見なむなむちは今こそかきりなれわかれのすかたをよく見よとていとけなき若君をしかいにをしそへたりけれはしゝたるおやとしらぬ子の此程はゝにはなれつゝたまにあふたるうれしさにむなしきちふさをふくみつゝはゝのむねをたゝくを見て上下万民をしなへて皆涙をそなかしける あまはむなしくなりたれとかしこきせむけうほうへんによつて龍宮界へうははれしむけほうしゆを事ゆへなくうはひ返し給ふ事有かたしとも中々に申にをよはさりけり此たまはすなはちおくり文に任せ興福寺の本尊しやか仏のみけむにゑりはめ給ひけるとかや正心のれいさうしやくせむたんのみそきにて五寸のしやかを作りにくしきの御しやりこしむに作り籠なからほう八寸のすいしやうの塔の中におさめむけほうしゆと名付三国一の重宝龍王のをしみ給ひし理とこそ聞えけれ

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