大臣
(大頭左兵衛本)

抑むかし吾朝に嵯峨の帝の御時。左大臣きむみつと申てならひなき臣下一人おはします。然どもきむみつに御代をつくべき御子なし。角てはいかゞ有べきと。大和国初瀬の寺にまふで。悲願つきせぬ観音の利生をあふき。三拾三度のあゆみをはこび申子をこそし給ひけれ。今にはじめぬ観音のねがひのしほもはやみちて。程なく御子をまふけ給ふ。しかも男子にて御坐ある。夏のなかばの若なれば。花にもよそへてそだてよとて。百合草若殿と名付申。いつきかしづき給ひけり。七歳にて御はかまめし。十三にてうゐかふりをめされ。四位の少将殿と申拾七歳にては程なく。右大臣にならせ給ふ。御わらはなによそへて。百合草若大臣と名付申。三條みぶの大納言。あき時の卿の姫君をむかへとらせ給ひ。ゑむなうひよくのかたらひはあさからすこそ聞えけれ。角て過行給ひしに。そも吾朝と申は。国とこよりもはしめて。さていざなぎといざなみは。かの国にあまくだり二柱の神となつて。第一に日をうみ給ふ伊勢の神明にて御坐有。其次に月をうむ。高野のにうの明神月よみの御子是なり。其次に海をうむ。つの国にお立ある。ひるこの宮ゑひす三郎殿にておはします。其次に神をうむ。出雲の国そさのおは大社にておはします。其外まつしやのふるいとうは。みな此神の惣社たり。神の本地を仏とは。よくもしらさる言葉かな。こむぼむしの神こそ。仏とならせ給ひつゝ衆生をけどし給ふなれ。それはともあらはあれ。そも吾朝と申は。よつかいよりはまさしく。魔王の国となるべきを。神みづからひらき。仏法こじの国となす。大まわうたけじざひ天に腰をかけ。種々の方便めぐらして。いかにもして吾朝を。まわうの国となさむと。たくむによりて。即天下にふしきおほかりき。此度の不思儀には。むこくのくりかほうきして。四万そうの舟ともにおゝくのむくりを取のせ。りやうざうと火水。飛雲とはしる雲。かれ四人を大将にて。つくしのはかたに舟をよせ。放火をあけ大鼓を打て。とくのやをはなちせめ入とこそ聞えけれ。国にありあふ弓取。ふせぎたゝかひけれども。かれらがはなつとくの矢は。ふる春雨のことくにて。しほう鉄炮はなちかけ。天地をうこかしせめいれば。かなふべきやうあらずしてみな。中国さして引しりぞく。そも吾朝と申は。国はそくさむへんとにてちいさしとは申せとも。神代よりもつたはれる三のたから是あり。一にはしむしとて。大六天の魔王の。をしての判是あり。二つにはないし所とて。あまてる神のみかゞみ也。三つにつるぎほうけむとて。出雲の国。ひかみの山の。大じやの尾よりもとりしれいけむ也。これみな天下の重宝にて。代々のみよに。いこくよりけういおこつてあざむけども。神国たるによりつゝ、ばう国となす事もなし。今もあまてるお御神の。いすゞ川の末つきず。伊勢へほうべい奉り。ないし所の御たくせむによりつゝ。討手を遣すべしとて。諸社のほうへい臨時の。御神楽まいらせ給ひけり。其中にとつても。内侍所の御たくせむは辱なふそ聞えける。七つにならせ給ひし。乙女か袖にたくして。すゞふり立てしむたく有。むくりかむかふ日よりして。天か下のかむだち。たかまか原にしゆえして。いくさひやうぢやう取々なり。しかりは申せとも。むくりか大将りやうざうか。しよでうにはなすとくのやが。住吉のめされたる。神馬の足にたつ。此きずいやさん其ために。神のいくさをのべられたり。是によつてけうい共。力をえたりとせめ入なり。されともかれらがふるまひは風ふかぬまの花なるべし。いそぎ此度ぼむふのいくさをはやめよ。神もむかはせ給ふべし。ぼんぶのいくさの大将に。左大臣か嫡男に。百合草大臣をむくべきなり。かの人討手にむくならば。諸神。合力ましましてこむがうの力をそゆへき也。若さもあつて下向せはくろがねの弓矢をもつへき也。おそくて此事あしかりなむいやいそけいそけと神侘あつて神はあがらせ給ひけり。御父の左大臣御子のゆり大臣をめして下向せよとの御諚なり。神たくといひりむけむ又ぶめいなりければ。吉日をゑらみ。都出と風聞す。さて神詫に任せて。かねのゆみやを持べしとて。かぢの上手をめしよせ一所を清めかちやとさだめ。せいぜいをつくして作りたつる。弓のながさは八尺五寸。まはりは六寸二分なり。矢数は三百六十三やつかは三尺六寸也。ねには八めかぶらを入。弓もやもくろがねにて。ひきてはかへすべからすと人魚のあぶらをさし給ふ。すてにえらふ吉日はこうにむ七年かのへさる。二月八日に都をたち。国にありあふゆみとり。皆たうぜむの兵者にて。一騎ものこる所はなし。大臣殿の御勢は。三十万騎にしるさるゝ。其外已下の軍兵は。百万騎ときこえける。都を立て其日は。八幡の御前に。ぢむをとり。明れはつの国。難波方こやのにぢむをとり給ふ。去程に王城のちむじゆをはしめ奉り。いくはんをぬぎかへ鎧をめし。せいれいみさいの色の上には。やしやら神のかたちをげむじ。雲にのりかすみにのり。ひとつは国家をまもらんため。又は氏子をしゆごせむため。我か氏子氏子。かたちにかけのそふことく。さきにたつてぞまもらるゝ。扨神たちの儀によりて。神風涼しく吹けれは。つくしに陣とるむくり共。此由を承つて今度はまつまつひけやとて。四万艘にとりのつて。むくり国へそ引にける。扨こそ天下も。おだやかに国も。目出度おはしけれ。大臣殿は奏問申されたりけれは。内よりのせむじには。大臣か此度のけしやうにはつくしの国司をとらするぞ。いそいで罷下れとの宣旨也。大臣殿は九国にすまむ物うさに。治退申されたりけれども。国のまもりのためなれば在国せでは叶まじと。重て勅使たちければ。力をよばす御台所を引ぐして。いそぎつくしに下。豊後のこうに京をたてさなから都におとらず住せ給ふ。又都はくぎやうせむぎまちまちたり。むくりが大将は四人ときこふるを。せめて一人打取てこそ。いくさにかちたるしるしもあるべけれ。けういは二さうのものなれは。何とおもひてか引つらん。心の内もさとりがたし。まづかうらい国へ打越七百六十六国をせめしたがへ。其大勢をそつしはくさい国をせめなびけ。其後むくりをせめむ事。何の子細の有べきとせむきして。つくしへ勢をぞ下されける。大臣殿も吉日をえらひ御出とこそきこえけれ。新ざうの大船百余そう。枝舟は数しらず。浦々れうふねかたせふね。惣じてふなかずは八万艘。むくりは四万艘にてむかひけるに。一ばいましてそむかはれける。大臣殿の御坐舟をば。錦をもつてかざりたて。ともへにいはふ神々に。六十余州のれい神達の。ゐかき鳥井榊葉。雲に光をまじへつゝ。ほうくわ太鼓をそふすれは。みのけもよたつ計也。卯月半に大臣は。はや御座舟にめされけり。御台名残をおしみて。おなしふねにとの給へとも。おもひよらすとの給ひてをしこそとゝめ給ひけれ。さてふねどものともへには。五色のへいをはぎたてゝ。神風涼しく吹ければ。まゑむまがいもおそるべし。昔のたとへを引時は。神宮后宮の。新羅をせめさせ給ひし時神あつめして。むかはれしもかくやとおもひしられたり。むこくに陣取むくりども。天のいろをきつと見て二さう神通のものなれば。うつてのむくとさとりをなし。ちかふよせてはかなふまじい。しおざかひへ打出。ふせいてみむとせむきして。四万艘のふねどもに。おそくのむくりを取のせ。おめきさけむでをし出し。たうと日本のしほさかひちくらか沖にちむをとる。大臣殿の御坐舟をも。ちくらが沖へをし出す。かれもおそれてちかづかす。たがいにおそれてよりもせて。五十余町をへたてつゝ三とせの春をそおくられける。かゝりける所に。むくりが大将りやうざう。一陣にすゝみ出。天をひゞかす大音にて。われらか軍の手だてには。霧をふらするならひあり。きりふらせよと下知すれば。きりむ国の大将。ふねのへいたにつつ立あがつて。あをきいきをつく。いかなるじゆつをかかまへけむ。霧となつてそふりにける。はじめはうすくふりけるが。しだひしだひにあつくなつて。こくうぢやうやのごとくにて。一日二日にてはれもせて。百日百夜ぞふりにける。さしもにたけきゆみとりも。霧のまよひにわろびれて。弓の本すゑだにもしらされは。引へきやうこそなかりけれ。此霧はかりにおかされて。さうはのみくづと。ならん事うかり。なむとそなけきける。大臣殿は無念至極におほしめし。今ならていつの時神力をあをくへきとおほしめされける間。うしほをむすびてうづとめされ。南無天照皇太神宮。其外六十余州の大小の神祇。各ちからをよせ給ひ。此霧晴してたび給へと。きせいを申させ給ひければ。あらありかたや。きせいのしるしはや見えて。いせの国。荻吹嵐に。霧も程なく住吉の。まつふくかぜも涼しくて。まよひの闇も白山の。雪よりはやく。きえけれはいつしかかしまかむ取もよろこびのほをそあげにける。大臣殿はなのめならずに御よろこびあつて。さらばいくさをはやめむとてはし舟おろしめされけり。態大勢はむやく。おもふ子細のあるぞとて。十八人を引くして。むくりが舟へぞかゝられける。りやうざう火水是を見てたうらうかをのといさみつゝ。ほこをとはせつるぎをなげ。四はうてつはうはなちかけ天地をうごかしせめけれど。大臣ちつともおさはぎなく。むくりがふねへそかゝられける。ふねのへさきにつかせたるくろかねのたての面には。はむにやしむぎやう観音経。こむでいにてぞかゝれたる。そむしやうだらにの中よりも。しややしややびむじややといふもじが。三どくふしぎの矢さきとなつてむくりがまなこをいつぶいたり。不動の真言に。かむまんふたつの文字か。つるきとなつてとひかゝりおほくのむくりがくびをきる。観音経のめいもむに。おふいきうなむといふ文字が。金のたてとなつてむくりが矢さきをふせけば。味方一騎も手もおはず。さてこそ諸人ちからをえ。ちむこのかつせむ手をくだく。大臣殿は御覧じて。いつの用ぞと仰あつてくろかねの弓のつる音すれは。雲の上までひゞきあり。三百六十三筋の矢を。のこりすくなくあそばせは。りやうさうはうたれぬ。火水腹きりぬ。飛雲とはしる雲。かれら二人はいけどられぬ。其外以下のむくり共。あるひはうたれ腹を切て。海へ入てしするもあり。四万艘にとりのつたる。むくりおほくうたれて。わづか一万艘になる。さのみはつみになるべしとて。起請をかゝせたすけをき。本地へもどさせ給ひて。いや日本はいくさにかちぬとて八万艘のふな内のあふよろこびあふ事かぎりなし。大臣殿は此まゝ御帰朝あるならば。めてたかるべき事共を。此間の長陣にせいきをつくさせ給ひ。めのとの別府をめして仰けるは。いづくにか嶋やある。あがりて身をやすめむとの御諚也。別府承て。はしぶねおろさせ尋るに波間にひとつの小嶋あり。げむかいが嶋是也。みかたの中をばしのびやかにあげ参らせ。御しきがわをのべ。岩の角を枕にせさせ申すいめむならせ給ふ。大力のくせやらん。ねいりてさうなくおきさせ給す。夜日三日そまとろみ給ふ。去間別府兄弟はとせむさのあまりに物語をぞはじめける。弟の別府のしむが申けるは。あらめでたや此君。先度はつくし九ヶ国を給はらせ給ひ。上見ぬわしと御坐ありしが。剰此たひは多くのむくりをほろぼし給へは。日本国を他のさまたげなくたまはらせ給はん事のめでたさよ。人のくわほうをねがはゝ此君のやうにと申す。兄の別府か是をきゝ。されはこそとよ其事よ。君はさやうにとみ給はゝ。我等兄弟はもとのまゝにて朽はてなむ事こそ口惜けれ。いざ此君をこゝにて。我等か手にかけ申し。しうなくして御跡を知行せむと申す。おとおとが是をきゝ。あらもつたいなの御たくみや候。此きみの御恩を天山にかうふり。人と成し我等ぞかし。いにしへの御恩を忘申し。我等が手にかけ申ならは。天命いかでのがるべき。御思安有へく候。別府此よし聞よりも扨は汝は君と一体よな。つゐに此事もれきこえなば。我一人がとがたるべし。余所に敵はなきぞとよ。わとのとあふてしなんとて。刀のつかに手をかけてとむてかゝらむとす。弟か是を見て。こはいかなる御事候ぞ。げにとさやうにおぼしめしたらば。たとひ手にかけころし申さずとも。いきながら此嶋に捨をき申てかへるならば。所はわづかの小嶋にて。十日計も御命の何にながらへ給ふべき。兄の別府是を聞。おもしろくも申されたるもの哉。さらばさやうに仕らんとて。いたはしや君をば。げむかいが嶋にすてをき申。本の舟にあがり。味方の軍兵どもをちかつけて申けるは。いたはしや君は。むくりが大将りやうざうがはなつやを。御きせなかの引合に請とめさせ給ひ。うすでにて御座ありし間。さりともさりともとたのみをかけししるしもなく。つゐにむなしくならせ給ひて候。御しかいをもくかにあけ。御台所の御目にかけたくは存候へとも。諸神をいはひ申たる御座舟にて有間。いたはしながら海底にしづめ申て候。扨あるべきにてあらされば。やあふねを出せと下知すれば。味方の軍兵共は。ひとへに夢の心ちして。我おとらじとをし出す。一艘二艘のふねならず。惣して舟数は八万艘。一度にほをひきかぢをとれば。天地もひゝく計也。此声共に大臣は。夢うちさまし給ひて。たれかあるとめさるれど。御返事申者もなし。こはいかにと思召。かつぱとおきさせ給ひて。あたりを御覧有けれと。人一人もなかりけり。めしたるふねを見給へは。ほをあげてこそをし出せ。さてはべつぶか。心がはりを仕るか。たとへは別府こそ。心がはりをするとも。なとや以下の軍兵等われをばつれてゆかぬそや。あのふねこちへとの給へと。皆舟共の音たかく。聞つけ申者もなし。せめておもひの余に。海上にとひひたつて。いきをはかりにおよかせ給へどふねはうき木の物なれば。風に任せてはやかりけり。ちからをよはす大臣は。うかりし嶋に又もどりそなた計を。見送りてあきれてたゝせ給ひけり。さうりそくりがいにしへ。海岸はたうに捨られしも。これに似たりと申せとも。せめてそれはふたりにて語なくさむかたもあり。所はわづかの小嶋にて。くさ木もさらになかりけり。さうてむひろう。遠して月の出へき山もなし。あしたの日は海よりいて。又夕日も海にいる。露の身は頼なや。夜更て聞もなみの音。岩間の宿をたのめてや。うちふすかたもぬれまさる。まれにも事とふ物とては。なみにながるゝ村かもめ。汀の千鳥なく時はなを又ともゝ恋しくて。いとゞ明行夜もなかく。暮行日かげもおそかりけり。露のいのちをくさの葉に。やとすへきやうなけれとも。なのりそつみていのちをつき。うき日数をそ送らるゝ。いたはしゝとも。中々に申。計もなかりけり。去間別府兄弟は。つくしのはかたへふねを寄。よろこびの帰朝と風聞す。豊後のこうに御座ある御台所はめつらしききよく共をかまへさせ給ひ。御入おそしと待させ給ふ所に。別府兄弟打つれて先。御所様へ参る。御台所は御覧じて。あれはいつもの御さきの。案内にこそ参りつらめと。人してきこしめすべき事をおそくおほしめされ。じしんみすまちかく御出あつて。めづらしの兄弟や。何とて君はおそく見えさせ給ふぞ。兄弟しばし御返事を申さす。かさねていかにとたづねさせ給へば。其時兄弟泪をながす体をして。申さむとすれば泪おつる。申さずはしろしめさるまし。いたはしや君はむくりか大将りやうざうと申者と。をしならべくませ給ひ。二人ながら海底にしづませ給ひて其後。又も見えさせ給はねは。其おもひのみふかうしていくさにかちたるしるしも候はず。さりながら。御かたみの物をば給はつて候とて。御きせながと金の弓。御剣をそへて参らせ上る。みだい此よし御覧じて是はふしぎの事ども哉。かたきとくませ給はむに。いつの隙に御かたみをとゝめて海に入給はむ。前後ふかくの事申物哉。あはれ此者兄弟を。とつておさへてがうもむし。めしとはばやとはおぼしめせ共。はかなき女姓の御事なれは。心ひとつにくたしつゝ。簾中ふかく入給ひ。かたみの物をめしあつめ。いたきつかせ給ひて。りうていこがれ給ひければ。御前中居の女房たち一度にわつとなきけれは。余所のたもとに。いたるまでしぼるはかりに哀なる。其後べつふ兄弟打つれて急都へのぼり。よろこびの帰朝と風聞す。天下のはむじやう世のきこえ何事か是にまさるへきと上下さゝめき給ひけり。しかりとは申せども大臣殿御帰朝なき間天下闇のことし。御父の左大臣御母御台所。老たけよはひかたふき。さかりの御子におくるゝ事はかれ木にえたのなき風情。つれなきいのちにかへばやと。なげき給へとかなはす。内よりの宣旨には。大臣が帰朝するならは日本国をとおもひつれども。うたれぬる上力なし。たれにけじやうをおこなふべき。別府兄弟にはつくしの国司をとらするそ。いそき罷下後家にみやづき。大臣かけうやうねむごろにとへとのせむじ也。別府承つて。あむにさおひのせむじかな。日本国をとのそみてこそきみをはふり捨申たれ。めづらしからぬつくしへとて。又こそ下りけるとかや。去間別府みちみちあむじけるやうは。さもあれ吾君の御台所は。天下一の美人にてましませば。風のたよりの玉章を参らせあげてみむずるに。請ひき給はゞしかるべし。もしそむき給ふ物ならば。ふしづけ申さばやとあむじすまし。玉章懇にこしらへこれは。都よりの御状なりとてさゝけけれは。きむしゆの女房達取つぎ参らせあげ。御台所は都よりの御状と聞食。中々上がきをだにも御覧じあへず。いそぎひらいて見給へは。おもひの外に引かへて別府か方よりの玉章也。余の事のかなしさに。ふたつみつに引さき。かしこにかはと捨させ給ひ。命あれはこそとの給ひて。御まぼりがたなをめしよせ自害をせむとし給へは。めのとの女房が参り。御まぼり刀をうばひとり申し。尤御道理にて御座さふらふ。三條みぶの御所よりも。必御むかひの参さふらふへし。命をまたふし給へととかくなだめ奉る。返事をせぬものならばふとく心なる別府にて。いかなる所存かたくむべきと。めのとの女房がそばよりも返事をする。三とせの後の新枕。われにかぎらぬ事なれば。すまふ草もとりどり引はやなひくならひなり。まみえむ事はやすけれとも。君のむこくへ打手におむきの時。うさの宮に参り。千部の経をかきよまむと大願をたて。七百余部は書よみぬ。今二百余部は書よまず。この宿願成就の後はともかくもとかきとめて是は。みだい所の御返事なりとてかへす。使はいそぎたちかへり。別府殿に見せ奉る。別府ひらいて見奉るに。あらめてたや。さてはなびかせ給ふべきや。此宿願成就の間は。いか程か有へきと。たゞ百年をくらす心ちして。明し暮して待ゐたり。其後御台所かすの女房たちを。召あつめさせ給ひ。つれなき命のあれはこそ。かゝる事をも聞なれば。今もふちせにみをなげて跡かきくれたくおもへども。草のゆかりもしのふゆへ。そよく心もよしあしと。君かおもかげの夢うつゝに。たちそひ給ふ時はまた。しゝたる人とはみえたまはす。恋はいのりの物ときくあふまでいのちおしきなり。大臣殿此まゝ御帰朝なきならば。我もみをなけむなしくなるべし。さあらん時に御形見を山野のちりとなさむより。たつとき人にほうじ跡をもとはせ申さむと。御手なれのびは琴。わこむしやうひちりきさうしの数を。取あつめたつとき人にほうせらる。四十二疋の名馬ども。みな寺々へひかれけり。三十二疋のたかいぬの。きづなをきつてぞはなされける。此程ありしたかぜうたちをもおもひおもひにちらされけり。十二てうの鷹共の。あしをゝといてぞはなされける。十二てうの其中に。みどり丸と申て。大たかのありけるがきみのなこりを。おしみてやたちさる方もなかりけり。みだい所は御覧してあれはきみのひさうのみとり丸なるが。つかれにのそみてあるやらむ。はをたれひれふしゐたるらめあれあれ女房たちゑじきをあたへてはなさせ給へと仰ければ。承るとは申させ給へども。いづれもみな女房たちの事なればゑかふやうをしらずして飯をまろめてそなふる。此鷹うれしげにて此飯をくはへ。雲ゐはるかにとびあかり。はねうちのへてとひけるが。三日三夜と申には、大臣殿の御座あるけむかいか嶋にとひつき。飯をは岩の上にをき。わかみもそはなる岩に羽をやすめてぞゐたりける。あらいたはしや大臣殿は。たゝうつせるかげのごとくにて。岩間の宿をたち出汀の方を見給へは。此程見なれぬたか一もと羽をやすめてぞゐたりける。大臣あやしく思しめし。心しづかに見給へば。むかし手なれしみどり丸也。余の事のうれしさに。いそぎ立寄給ひてめつらしのみとりまるや大臣か此嶋にあるとは何としてしつて来りたるそ。けに鳥類はかならず五通あるとは是かとよ。扨もこれなる飯は。みだい所の御わさかや。此飯をたばむより。なとことつての文はなきそ。豊後にいまたましますか。都へかへりお上りか。ふちは瀬となるならひかや。いかにいかにととひ給へは。心くるしきふせいにて泪。はかりそうかめける。大臣殿は御覧して。今これ程のみとなりて。此飯ぶくしてあればとて。いく程命のなからへん。鳥類なれともあのたかの。見る所こそはつかしけれ。くはてもあらてとおほしめすか。さもあれみとり丸が。万里のなみを分こしたる。心さしのせつなきに。いでいでさらはぶくせむとて。御手をかけさせ給ひけれは。うれしけにて。此鷹か。はをたゝきつめをかき。おひざのまはりに。ひれふして物いはぬ計のふぜいなり。大臣殿は御覧じて。あらたよりもなやみどり丸。木の葉だにもなき嶋なれば。おもひの色をも書やらず。いかゝはせむと仰ければ。此たかうれしげにて雲ゐはるかにとひあがる。大臣殿は御覧して。しばしもかくて候へかし。あら名残おしのみどり丸や。はやかへるかと仰けれは。さはなくしてみとり丸いつくよりとりて来りけむ。ならのかしははふくみて。大臣殿に奉る。そぶかこゝくのたまづさを。かりのつばさに言伝しも今こそおもひしられたれ。われもおもひはおとらじと。御ゆびをくひきり。木の葉に物をそあそばしたる。たむの落葉成けれは。只哥一首書付。をしたゝみまろめて。すゞ付にゆひ付て。はやかへれよと有しかは。うれしけにて此鷹か三日三夜と。申には豊後の御所に参りけり。まだ早朝の事なるにみたい所は。縁きやうだうして御座ありしが。みどり丸を御覧して。汝はこくうをかけるものなればいたらぬ所よもあらじ。ものいふものにてあるならば。大臣殿の御ゆくゑをなとかは申さてあるへきぞ。あら浦山しのみとり丸やと仰けれは。此鷹うれしげにて御前さして参り。すゞつけをふりあけゐなをりたり。御台ふしぎにおぼしめし。くはしく見給へは。いにしへの人のことつてに。一首の哥に。かくばかり。とふ鳥の。跡計をは。たのめきみ。うはの空なる風のたよりをと。かやうによませ給ひつゝ。扨は此世に。大臣はいまたなからへ給ふそや。これこそ命あるしるしなれ。かみなき方にてあればこそ。このはに物をはあそばしたれ。硯と墨ふでなければこそ。血にて物をばあそあそはしたれ。いざや硯を参らせておぼしめされむことのはを。くはしくかゝせ申さんとて。むらさき硯油煙のすみ。かみ五かさねにふてまきそへ。御台をはじめ奉り。其数々の。女房たち。我おとらしと文をかく取あつめたるまき物はよしなきわさとおぼえたり。すゞ付にねむごろにゆひ付。かまひて今度とくまいれみどりまるあら浦山しやと仰ければ。此鷹うれしけにて又。雲ゐはるかにとひあがり。はねうちのへてとひけるか。むらさき石のならひにて。しほのみちひにしたかひて。時々おもく。なる程にひかれてしだいにさかりけり。今はとおもひてとびけるが。おほくの文と書ともに。露をふくみておもくなりたゝひきにひかれつゝ。其まゝうみにひたりてむなしくなるぞむざんなる。嶋にまします大臣殿。たかたにも今はかよはねは。何になぐさみ給ふへきそや。此鷹のまたもまいらぬはもしも別府かかたへもれきこえころされても有やらんと。時々かよふいきだにもかぎりの色と見え給ふが。なをも命の捨がたくて。みるめあをのりとらんとて。岩間の宿をたち出汀のかたを見給へは。なみうちかくる岩間に鳥の羽すこし見ゆる。大臣あやしくおぼしめし。いそぎ引あげ見給へは。此程かよひし御たか也。余の事のかなしさに。かしこにとうとまろひゐて。たかをひざにかきのせてあらむざうの有様やと。くはしく体を見給へはしつむもひとつ理なり。むらさき硯油煙の墨。其かすかすの文ともは。しほにみたれて見えわかねと。心しつかに見給へはとりとりにこそ見えにけれ。これや女姓のはかなきとは。かみ筆墨たにもあるならば。これ程多きいはほにて。いか程も物をばかくへきに。硯を付るは何事そや。扨も此鷹かきかいかうらい。けいたむ国へもゆかずして。今此嶋に。ゆられきて。ふたたび物をおもはする。かならす生をうくる物。こむばくふたつのたましゐあり。こむはめいとに。おもむけははくはうき世にあると。きくわれもいのちのつゝまりて。今をかぎりの事なれは。めいどのみちのしるへをして。つれてゆけやみとりまる。われをはたれにあつけて。扨何となれとおもふぞとて。此たかにいたきつきりうていこかれ給ひけり。かの大臣の。御なけききみに見せはやとそおもふ。是は大臣殿嶋にての御なげき。豊後のこうに御座あるみたい所の御なげきは。中々申計もなし。せめておもひの余にや。うさの宮にまいり。七日籠り願書をかいてこめさせ給ふ。きみやうちやうらいそうびやうじむ。もしも大臣殿帰朝のゑみをふくませ給ひ。ふたたひ御目にかゝるならはうさのざうゑい申へし。玉の宝殿みかきたて金の戸びらをのべひらき。るりのかうらむやりわたししやかうのぎぼうしみがきたて。みぎりのいさごに金をませ。かべには七宝ちりはめて。池には玉の。橋をかけ。ゐがきはくはうよう。らむけいし。くわいらうとはいてむ四つの楼門玉のまぐさを。みかくへしとうりやうのむねを。うきやかにしむてむひさしを。ひろひろといかにもやうらく。むすびさけけまむのはたは雲をわけ四せむへいはく。しゝこまいぬ金をもつて。みがくへし。大塔としゆらうをいかにもたかく。雲の上に。光をはなつて。つくるへし四季の祭礼。別臨時花のみゆきを。なすべき也九品の鳥井を。たかくたて極楽浄土を。まなふへし極楽外に。更になし諸神のしよけうを。浄土とすあゆみを神にはこへは神たうよりも。仏道にきする更便是なり其かいていのいむもん今もつきせす。あらたなり。ほうさい神にいたせはぼだひのたねをつゝむなり抑神と申はじむそくたるを。すかたとし。正直たるを。心とすちりの内にましはり我らにえむをむすへり本願かきり有ならば我をばもらし給ふなようやまつて申と書とめてくるくるとひむまいて。神前にとうどをき七日七夜まどろまて。しじやう。神にそいのらるゝ誠に神のちかひにや。ゆきの浦のつり人。つりに沖へ出たるか南のかせにはなされて。北の沖へなかれゆき大臣殿の御座あるげむかいが嶋にふきつくる。ふな人どもは嶋かげにあがり。しばらくいきをつぐ。かしこを見れはいきやうなるいき物ひとつねり出る。いとゞ物おそろしき折ふしに大臣殿を見つけ申。かなたこなたへにげさつて。おぢてさうなくちかづかず。大臣殿は御覧じて。あら口惜や。扨はなにかしがすがたは人間とは見えざりける事よ。何と成行事ともとて。御泪にむせはせ給へは。泪をなかす体を見て。ちつと心かかふに成て。さもあれ汝はいかやうなるいき物そととへは。大臣うれしくおぼしめし。ありのまゝにかたらばやとおぼしめすが。もしも別府方の者にてもありもやせむとおぼしめし。偽かうそ仰ける。これはひとゝせ百合草若大臣殿。むこくへ討手におむきの時。ふなぶにとられてまいらせむかひたりし者なりしが。ふしぎにふねにのりおくれ。大臣殿御帰朝の後ははや三年になるとおほえて候。然へくはお情に。われを日本の地へ着てたへと仰ければ。ふな人共か是を聞。あらふひむのしだいやな。くじする身には。なにはにつけ物うき事のおほひそや。人の上ともおもはねは。たすけてさらはもとらふすが風の心をしらぬなり。われ人の果報目出度は順風ねがひにいたすべし。ありともうむがつきはてなは。なをしもとをくはなたるべし。唯果報をねかへ。大臣げにもとおぼしめし。うしほをむすびでうづとめされ。日本の方をふしおかみ。あらうらめしや何とて日本の仏神は。我をは捨はて給ふらん。観音経のめいもむに。入於大海。けしこくふうすい。ごせむほうへうだらせつ。たとい。せむほうへうたらせつらせつの国におもむくと。われ一人が。きれんによつて。本地のきしへ。着てたべと。祈念申させ給へば。誠に仏神も不便におほしめさるゝか。八大龍神ことことく。おもてをならべ座せられたり。舟のへさきには。不動明王の。がうまのりけむを。ひつさけてこむがうけむごのさつくのなは。あくまをよせしとしゆごせらるゝ。かむまむふたつの御まなじり。ともにはがうふくぞうじやうでむ。いしやなでむ。大光天。とらせつ天。風天水天火天どう。雨風なみをしつめむため。上かい下界の龍神。しやしむのどくを留て。夜日三日と申には。つくしのはかたにふきつくる。ありがたしとも中々に申計はなかりけり。船人共か申けるはこれまでとゞけたるちうに。われにしばらくみやづかひ。恩を送れとそ申ける。大臣けにもと思召ならはぬわざをし給ひて恩をぞ送らせ給ふ。国内つうげの事なれば。別府のしむかつたえ聞。ゆきの浦のつり人か。けうがる物をひろひきてやしなひをくと伝えきく。いそぎつれて参れと御使立。其比なびかぬ木草もなし。やかてぐしてそ参りける。自身たち出つくづく見て。あらけうかるいき者かな。鬼かと見れは鬼にてもなし。人かと見れは人にてもなし。たゝかきとやらんはこれかとよ。われにしばらくあづけよ。都へぐして上り。物わらひの種となさむとてをしとゞめ。門脇のおきなにあつけやがてふちをぞくはへける。かの門脇の翁と申は。年比大臣殿にめしつかへし者なれども。いたはしや大臣殿には。御かほにも御足手にもさなから苔のむし給ひ。御せいもちいさく御色もくろく有しにかはる御すがたを。いかでか見しり申べき。されとも情のふかきふうふにて。あらむざうとやせおとろへたるがきやとて。かさねてふちをぞくはへける。ある夜のねさめにおうちがうばにかたりけるは。扨も先祖のきみゆりわか大臣殿。む国へ討手に御むきあつて。其まゝ御帰朝なき間。其おもひのみふかふしてそゝろに年もよるぞとよ。扨もみだい所は。こうのちやうやにましますよな。うば此よしを聞よりも。さればこそとよ其事よ。別府殿のみだいに心をかけさせ給ひ。御玉章の有しかともさらになびかせ給ねは。無念至極に思召。此二三日先程に。まむなうが池にいきながらふしづけ申けるときく。是に付てもうき命。つれなく久にながらへ。かゝる事をもきくやとて。せきあへすこそなきにけれ。大臣殿は物こしにて聞召。あら何ともなの事どもや。今まて命おしかりつるも君にやあふとおもふゆへ。今は命もおしからす。明なはいそき尋行。まむなうが池にみをなけて。二世のちきりを。なさはやとおもひ入てそおはしける。其後おうぢが声として。今より後はいまいましうなゝいそとこそ申けれ。うば此よしを聞よりも。哀けに世の中に。心づよきは男子也。おうぢがやうなるつれなしこそ。しうのわかれもかなしまね。われら日比の御情。只今のやうにおもはれて。いかにいふとも。なかふそとて又さめさめと。なきゐたり。おうぢ此よし聞よりも。あらやさしのうばごせやさ程君を大事におもひ申さば物語してきかすへし。かまへて口はしきくなおそろしや。かのべつぶ殿のうしろみの中太は。おきなかおいにて有間。みだい所のふし付られさせ給はむ事を。おうちかねて承り。是をはさていかゞせむとおもひ。我等かあひしのひとり姫。みだい所と御同年にまかりなるを。君の御命にかはるべきかと尋てあれば。姫はなのめによろこふで。男子女子にはかぎりさふらふまし。御しうの命にかはらんこそさいはいにてさふらへ。しのひやかにと申程に。おうぢ余のうれしさに。姫をばみだい所とかうしまむなうが池にしつめ。ひめがゐたりしちやうだいに。きみをばかくし申たれ。かたみはこれにあるぞとて。かずの形見をとり出し。うばが手へこそわたしけれ。うばはかたみをとりもちてこれは夢かやうつかや。さりなから君をたすけ申こそなけきの中のよろこひなれ。しかりとは申せとも。人間にかきらす。生をうけぬるたくひの子をおもはぬはなかりけり。三界一のどくそむしやかむに如来たにも。御子の羅ごら尊者をば又みつけうととき給ふ。こむじつ鳥は子をかなしみ。しゆらのなづきにはしをたつる。よるの鶴は子をかなしみれんりの枝にやどらず。やぎうこうじをねむり野外の床にふすときく。いきとしいき生をうけぬるたぐひの。子をおもはぬは。なき物を。わがみをわけしひとり姫。しうのいのちにかへし事。うらみとはさらにおもはねど。あらおしの姫やとて。りうていこかれなきけれは。おうちもともになく時そ。大臣殿はきこしめし。ともにつれてしのひねのせきとめかたき御なみだやるかたなふぞ聞えける。大臣殿は唯今も立出。これこそいにしへのゆりわか大臣となのつてきかせ。よろこばせはやとおほしめしけれども。しばしとおもふ所存にて時節をまたせ給ふ。かくて其年も打暮。あら玉月になりければ。九国のさいちやう弓のとうをはじめ。別府殿をいはふ。いたはしや太臣殿には。御かほにも御足手にも。さなから苔のむし給へは。苔丸と名付申やとりの役をぞさしにける。大臣弓場に出させ給ひ。爰にて軍をためさばやとおぼしめし。あそこなる殿の弓立のわるさよ。爰なる殿のをしてのふるふと。さむさむに悪口し給ふ。別府此よし聞よりも。いつ汝か弓をいならふてさかしらを仕るぞ。もどかしくはひとや射よ。大臣殿はきこしめし。射たる事は候はねとも余に人々の射させ給へる御すかたのみにくき程に申て候。別府聞て。さ程汝か射ぬ弓をさかしらを仕るぞ。只今射じと申さば。うさ八幡もしろしめせ人手にはかくまし。じきに切て捨へしとつて射よとせめかくる。大臣殿はきこしめし仰にて候程に一矢射たくは候へども引べき弓が候はず。別府聞て。やさしく申もの哉。つよき弓の所望か又よはき弓の所望か。同はつよき弓の所望にて候。やすき間の事とて。つくしにきこゆるつよ弓を十ちやうそろへて参らせあぐる。二三ちやうをしかさね。はらはらと引おつて。何も弓よはくして事をかいたと仰ければ。別府是をみてきやつはくせもの哉。所詮大臣殿のあそばしたる。かねのゆみやを射させて見よ。尤然べしとて。宇佐八幡の宝殿にあがめをく。かねのゆみやを申おろし大臣殿に奉る。いつしか本より御だらし。かゝりの松にをし当。ゆらりとはつてすびきし。かねの御でうすをつがはせ給ひ。的には御目をかけられず。くわんらくしてゐたりし別府の大夫に御目をかけ。大音あけて仰けるは。いかにや九国のざいちやうら。我をば誰とかおもふらん。いにしへ嶋に捨られし。ゆりわか大臣が。今春草ともえ出る。たうりに任せてわれやみむ。非道に任せて別府やみむ。いかにいかにと有しかは。大どもしよきやう松浦たう。一度にはらりとかしこまり。君にしたがひ奉る。別府もはしり折。かうさむなりとて手を合る。いかてかゆるし給ふへき。まつらたうに仰付。たかてこてにいましめ。汝がしたのさえつりにて。われに物をおもはせつる。ゐんぐわの程を見せむとて。口の内へ御手をいれ。したをつかむて引ぬいてかしこへかはとなけすて。くびをば七日七夜に。引くびにし給へり。上下万民をしなへてにくまぬ者はなかりけり。弟の別府の臣をも同しごとくにざいくわ有へきを。嶋にて申情のことばを。有のまゝに申ければ。さらばなむぢをばたすけよとて。ゆきの浦へぞながされける。其後大臣殿こうの長屋にうつらせ給ふ。みたいこのよし聞召ひとへに夢のこゝちして。たもとをかほにをしあて。泪とともに出給ふ。あはぬがさきのなみたは。理なれば道理なり。あふての今の。うれしさに言のはもたえてなかりけり。何のつらさに。わかなみたおそふる袖にあまるらん。みだい所はうさの宮の御宿願のよし御物語ありければ。大臣なのめにおほしめしたてさせ給ふ御願は。事のかずにてかずならず。金銀しゆぎよくをことごとく。ちりばめ給ひける間。ありがたしとも中々に申計はなかりけり。其後ゆきの浦のつり人にちつとたつぬへき子細あり。いそぎめせとて御使たつ。浦人承りいかなるうき目にかあふへきとたゝ鬼にかみとるふぜいにて。こうのちやうやにまいり庭上にかしこまる。さはなくして大臣殿。自身立出給ひ。命のしうにて有ものが。何とておそれをばなすぞ。それへそれへと仰あつて広縁まてめされ。うれしきをもつらきをも。なとかはかんぜざるべきと。御盃にさしそへて。いきとつしま。両国を浦人に下したひにけり。門わきの翁を。めし出させ給ひて。つくし九ヶ国の惣政所たびたまふ。翁か姫のために。まむなうが池のあたりに。御寺をたて給ひて。一万町の寺領を。よせさせ給ひけるとかや。みとり丸かけうやうに。都のいぬいに。じむごしと申。御寺をたて給ひけり。鷹のためにたてたれはさてこそ今の世まても。たかお山とは申也。大臣殿の御諚には。つくしに住居を。するならはものうき事もありなむと。御台所を。引くして都へ上り給ひけりあじろのこしは拾二ちやう。はりごしは百余ちやう大どもしよきやう松浦たう。御供を申さるゝ。昨日まてはいやしくも。苔丸とよばれ給ひしがけふはいつしか引かへて。七千余騎を。引ぐして都へのぼり。父母にたいめむあつて後やかて参内申さるゝ。御門ゑいらむましまして。いかにめづらし。先度別府が上り。うたれぬるよし申せしを。まことぞとおもひて勅使を下す事もなしふしぎの命ながらへ。二度参内する事。一かむのかめのたまさかにふほくにあふがごとしとて。日の本の将軍になさせ給ふぞありがたき。扨こそ天下太平。国土安全。寿命長遠なりなりとかや。

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