信太
(毛利家本)
既に承平は七年にて開元す。天慶九年に代る。天暦十年丙辰。弥生央の比。相馬殿の姫君を小山の太郎にとらせらるゝ。小山の太郎行重は。のそむ所の叶うへ。よろこひこれにしかしとてむかへもてなしてかしつき申す。ひとつには仁儀の法といひ。草の陰なる相馬殿の。おほしめされんする所もあり。孝養ふかく申さんと。山河の殺生をきんたんし思ひいりてそ吊ひける。信田にまします御台所。伝へ聞し召れて。小山の太郎行重をは。あらおとこかと思ひてあれは情のみあるものなり。親の事を思ふものたにも。よにはまれなる事そかし。ましてや見もせぬしうとを。かやうにふかく吊ふはよくたのもしき心かな。時々こなたへ来れかし。相馬殿の形見とも見はやとこそ仰けれ。有時御台所。浮嶋太夫をめして仰けるは。相馬殿の末後の時。おほしめしやわすれけん。是ほとおほき所領を姫に一所も御譲なし。いつくにてもすこしはからひ侍へ。うきしま承り。謹而申けるは。相馬殿もあしき事をは争か思しめしをかるへき。弓取のきむたちに。姫こはつゐに他人となる。婿はいつしやうちかゝらす。移れは代る世のならひ。わりなくおほしめされ候はゝ。折々のひきてものに。たからはつくさせ給ふとも。所領にをひては一所も譲せ玉ふへからす。人には貪欲こまうとて。欲心うちにふくめは。したしき中もうとうなり候。よ所よ所なからの御対面こそ。中々末の世まても。目出度渡らせ給ふへけれ。小山殿に。御対面も。無益の御事。たるへしともつての外に。申けり。御台きこしめし。御返事なふてたゝせ玉ひ。いつしか相馬に過をくれ一周忌たにもすきさるに。うちの者さへかろしめてをかしきものとおもはるゝ。果報のほとのつたなさよ。中々うき世にありかほに。家をもちても何かせん。信田殿にいとまをこひ。たつとき。山のかくれかにも。ひきこもらはや。なんとゝふかくそ。恨み玉ひける。信田殿きこしめされて。母この御うらみは御道理。御意にもれてはせんなしとて。信田の庄を半分わけ。母上に奉る。母うへなゝめならすに思召。小山か舘へをくらせ玉ふ。小山なゝめによろこふて。ひとつは婿入又ひとつは。祝の所地入也けれは。あしろの輿は八ちやう。はりこしは十二ちやう。惣して騎馬は三百騎。上下はなめきゆゝしくして。信田の舘へそ移られける。新殿をつくらせ。角て爰にすみ給ひ今みたちとのとはゆり。信田の先祖の郎等共。日々に出仕隙もなし。されとも浮嶋父子六人はをりをりはかりの出仕にて。さなから御前につめされは。御台の御意もうすくなるあふなにはにつけて昔よりも物うき事共おほくして。心のとまる事もなし。世のありさまを見るにつけ。のちの世あやうかりけれは存へきらぬ物ゆへ。しやいつまてとおもひきり信田の河内へひきこもり隠居してこそゐたりけれ。御台此よし御らむして。あらをかしの浮嶋か振舞や侍ふ。小山殿一人たにも有ならは。なんのしさひの有へきと。喜をなしてさかへ玉ふ。さりなから浮嶋太夫は隠居しぬ。信田はいまた幼稚なり。大叓のちけんまき物。家につたはる重宝を。内にをきてはせんなしとて。一ものこさすおしまくつて小山の太郎にあつけらるゝ。有時小山。人なき所に引籠て委く見るに。正門代々よりも持伝へたる証文共か一ものこらす爰にあり。なになに信田玉造り。とうてうは八万町の処。あゝらをひたゝしや。此内纔一万町。某知行するさへ不足なきに。ましてやのこる七万町。常陸下総両国の。おほひすけとなるならは。我にましたる弓取の。国にふたりとも有へきかとやかて大欲心そ出来る。かゝる目出度重宝を。さうなくあつかる事は。天のあたへと存れは。安堵を申さんする其為に。熊野まふてにことよせて。急国を打立て。都へそのほりける。関白殿下に着申し。安堵の旨を奏聞申す。裏よりのせんしには。相馬か跡を申は。何者そとのせんし也。相馬か為にはいつして候譲のてつき証文共。代々のくしよともを。しせうたゝしくまいらせあけ。理非をすまひて奏聞す。其上国はうとくなり。ようにもしよしにも別当にも。宝をあかせていさませたり。君にも金。れうの馬綾羅金鉄の類を。数を尽してまいらせあくる。左右の大臣。后の宮女房達。其外の人々にも。宝をあかせていさませたりけりたとへは敵方さゝふるとも。なとかはかなはて有へき。ましてあらそふ者はなしむくうしさいに申なし安堵玉はりくたりけり。角て小山。道々あんしけるやうは。御台所と信田殿に。少分成共まいらせ。ふちせはやとおもふか。いやいやかゝるむつかしき者をたすけをき。末の世の煩となる事もあり。忽うしなははやとおもふか。それもあまり情なし。所詮両国にをかぬまてとおもひ。国本につきしかは。さきへ人をたて。御台処と信田殿。いたはしくは存れとも。常陸下総両国に安堵は叶へからす。遠き国の知ぬ里へ。とく落行玉へ。片時も国にましまして。我はしうらみ給ふなとをつたての使を立つる。御台。此由を聞しめされ。偏に夢の心地してうつゝとさらに弁へ玉はす。小山殿か所存には天魔波旬かいりかはりたるか。いかなる事にて角云そと。くとき歎き給へ共。あらけなき使にて。哀をすてゝふるまへは浮嶋太夫か。言のすゑいまさら思ひいたさるゝ。さて有へきにてあらされは。信田殿はかり御供にて。泪とともにいて給ふ。けふ出て又帰るへき道たにも。別といへは物うきに。今日出ての其後に。かへらん事もかたかるへし。ゆくもとまるも。をしなへてもろきはいまの泪哉。甲斐の国に聞へたるいたかきの。里といふ処に。たつぬへき人有て。彼里まては。落行玉へと尋る人もあとなくなる。なにはにつけてたよりなし。いまはいつくへゆくへきそ。名はいたかきと聞けれと。風もたまらぬ。あはらやに宿かりてこそ。おはしけれ。めつらしからぬ申叓なれ共。たのもしきは弓取の郎等なり。信田の先祖の郎等に。さつしま兵衛豊田の太郎。此人々を先として。以上十一人か跡をしたひ申し。いたかきの里にまいり。君をみつけ奉り。嬉しといふも中々に申すにをよはさりけり。扨々いかゝ有へきと。内儀評定とりとりなり。其中にとつても。さつしま兵衛申けるは。我等か先祖のさつしま太夫。郎等主君のけいやくを申し。君も我等も三代なり。承平の合戦はしまつて。数度のたゝかいありしかとも。つゐにふかくをかゝさりしに。君も若に御座有る。我等も若者なれは。小山殿にいやしまれ。むにの本領わうりやうして。をひいたし申す無念さよ。いつまて角てこらふへき。仇は大勢なれ共ふせいていかかふはかりこと。夜討にしくはよもあらし。もとより我等案内者。ひまをうかゝひしのひいり。三方よりも火をかけ。一方よりも切ていり。千騎万騎か中なりとも。おもふ仇は唯一人。小山とくまむす事共は。なんの子細の有へきとはや手にとるやうにそたくみける。其中にとつても。豊田の太郎か是をきゝ。これこそよからぬせむきなれ。理を持なからのあらせむきは思もよらぬ事にて候さいさんつかふた沙汰にてなし。一問答二問答。三問三答つかひ。まけをはつたる沙汰をたにもをつそふかんと名付て。又とりたつるは沙汰の法。ましてや一度もせさらぬ沙汰を敵方さゝへぬそのさきに。むくうに申しなをして。給る所の安堵なり。あれはまさしきたしやう。是は相馬の御叓は。世にはかくれもましまさす。たとへは証文あなたにありと盗みとられししよけんをたて。なとかはとつてかへさゝらむと理非をすまひて云けれは。尤此義に同するとて御台処と信田殿をあふくして都へのほりけり。つゝむとすれと此事を。小山の太郎伝へきゝ。恩をしらぬ者は唯木石のことし。憐みをなして助け置たれは。仇と成こそやすからね。のほせたてゝは叶ふましそ。道にてをつゝめうてやとて。究竟の兵を七十余人さしつかはす。かゝりける処に。小嶋の五郎進み出て申けるは。是はよからぬ御諚かな。討ては国にかくれ有まし。理かなけれはこそうつたれとて。本領をはめさるへし。所詮昔かいまに至まて。神仏に申事の。忽叶ふ習の候へは。鹿嶋へ使者をたて。神主をめしよせ。てうふくの法ををこなはせて御覧せよと申す。小山けにもとおもひ。急き鹿嶋へ使者をたて。神主をめしよせ。いつよりもきらめいてちうをつくしてもてなしけり。酒も三献と見えし時。沙金百両。龍馬に鞍をひてひつたてたり。神主悦きの色見えてそゝろきいさむ風情あり。いまと心やすくして。あたりの人をとをとをのけ。信田を。てうふくすへきよしを一円に頼む。神主気色かはつて。あらおもひよらさる御諚哉。我等は鹿嶋の社人とし。天長地久。御願円満。息災延命と祈るより外別に秘術わ候はす。ことさら人を調伏すへき叓わ。中々。みやうのちけんもをそろしう候。さんへきほとの高僧へ。仰付られ候へとてたつてにけんとする。小山此由見るよりも。扨はこへんは。敵方と一所の人や。一期ふちむの身の大事を。ありのまゝにかたらせて。たのまるましきとは何事そ。ちからをよはす汝をは。ゑこそはかへすましけれと。既に。うたんとしりけれは。せんはうつきてかんぬしもあうはやことうけをそしたりける。俄の。事にて有間吉日撰むまてもなし。いつしよをきよめたんをたてゝ本尊をあんちしたりけりてうふくのたむの次第は。をそろしくそ見えたりける。しめむのたんをかさつて。ほうひやうにほけの花。にうもくに山うつき。しやすいの水にゐもりのち。くゝにはひつちの飯をもつてせうかうつかう牛の骨。けまんにあせほの花をもり。あかにはくしやの水をたれ。既に灯明にはほそきの油をたてにけり。おんしき日々にかはつた。初一日の本尊。地蔵薩埵南むき。二日は観音西むき。三日は勢至東むき。四日は阿弥陀北むき。五日はくたりかうさんせ。六日は既に金剛夜叉。第七日に当る日は。中尊不動明王をせめにせめてそいのりける。されとも道理なきにより。そのしるし見えされは。行者面目うしなひて。二七日そかちしけるに。夫にも験し見えされはいやおんころおんころせんたるしやな。まかるしやなとそ責にける。殊数の緒つかれきれけれは。こゝを以てひさをたゝきさんこをもつて。胸をたゝきとつこを以てかうへをうち。いたゝきをうちやふり。頂上より。あへける血をは不動のりけんにをしぬつて。是は調伏人の。身の血也と観念して。天地をうこかしせめけれは。あまりにつよくせめられて。こたいそんは震動し。かうさむせは。とつこをふる。こむかうやしやはほこをつかうたいゝとくののりうしか。角をふつてほへたりけり。中尊不動のけんのさきに。生血かつゐて見えしか。一法は成就したりとてたむをやふつて出たりけり。あら痛はしや信田殿。是をは夢にもしろしめされす。母みたひの御供をめされ。明ぬ暮ぬとのほらせ玉ふ。日数漸々かさなり。尾張の国に聞へたる。黒田の宿につかせ玉ふ。調伏かきり有により。信田殿にはをはすして。母御台にをひ玉ふ事の痛はしさよ。されとものほらて叶はぬ道なやみなからものほらせ玉ふ。日かすやうやうかさなり。近江の国に聞へたるはむはの宿につかせ玉ふ。したい日々にをとろへ。今は行歩も叶はねは四五日逗留し玉へり。信田殿を始申し。十一人の人々も。跡や枕に立寄て。いかゝはせんとなけゝとも。つゐには叶はぬ生死の道。朝の露と。消玉ふあはれといふもあまりあり。信田殿の御歎き。たとへをとるにためしなし。誰とても無常はのかれかたけれと。かゝるあはれは稀なるへし。扨有へきにてあらされは。無縁の人を。かたらひて。煙となすそあはれなる。十一人の人々は。ひとつ心に申すやう。信田殿の御果報は。爰迄なりと覚たり。いつまてつきそひ奉り。京よ田舎と辛苦せん。又よの人をたのまはこそ弓箭のきすとも成へけれ。是を菩提の。ちしきとし世をのかれんとおもふとて。しのひしのひにもといきり。まとろみ玉へる信田殿の。まくらかみにとりをひて。いとまこひをも申たけれともさこそはしたはせ玉ふへき。しのひねなひていてゝゆく。さすかたねんの御なしみ。たのみし君にてましませは。名残のおしさは限りなし。されともおもひ。きりつゝ別々に成にけり。天明けれは信田殿。御目をさまさせ玉ひ。誰か有とめさるれと御返事申すものもなし。こはいかにと思しめし。かつはとをきさせ玉ひて。あたりを御覧有けれは。あら何共なや。十一人の人々のたふさ計そのこりける。信田殿御覧して情なの者共や。とても浮世をいとはゝなともろともにつれゆかて。年にもたらぬ我一人を。すてゝはいつくへゆきけるそと。くとき歎き給へ共そのしるしもましまさす。腹をきらんとし玉ふ所へ。宿の亭主参り。ことのしさひをうかゝひ申すに。始め終りの叓共を委く語り玉ふ。亭主承り。やあかほとの道理をもちなから。なとや都へおのほり有て。御沙汰はなきそと申せとも。供人独りもあらはこそ。うき世にありてせんもなし。不思儀に尋る者あらは。かくなりつるとかたれとて。念仏申。刀をぬきすてにしかひと見え玉ふ。亭主あまりの痛はしさに。御刀にすかりつき。都まての御伴をは。此男か申すへし。自害をとゝめ玉へとよ。命をまたふもつ亀は蓬莱に。あふと伝へたり。つらき人のはてをも。いきてそ見はて玉ふへき。しゝてはなにのきよく有へきと。留め申したりけれは。御自害はとまりけり。あくれは亭主。御供して都へとてそのほりける。五條にやとをとりてをき。沙汰の法をは申をしへて。亭主はいとま。玉はりて馬場の宿に下りけり。信田殿唯一人。都にとゝまり玉へとも。はぬけのかもの水波に。うかれてたゝぬ風情し。片輪車の。中々に。やるかたもなき如くにて。都に日をはをくれとも。沙汰するむねもましまさす。田舎の縁をつたへねはなか在京も。叶はすしたよりもなふて。おはします。信田殿心におほしめす。叶はぬ事をあむするは。却而愚痴のいたりなり。我常陸の国に下り。姉こを頼みゐるならは。成人のゝち。小山を一刀うらみむ事。なんの子細の有へきと。おほしめされける間。めつらしからぬ信田へは又こそ下り玉ひけれ。時世にしたかふならひとて。姉婿殿をたのませ玉ひ。門のほとりにたゝすんて。もの申さんとありしかは。人をいたしてたそととふ。くるしうもさふらはす信田にて候。万事は頼み奉る。かうさんせんとありしかは。小山此由きくよりも。あふ尤かうこそ有へけれ。内へと申たけれとも。所存のうちを察し申たり。ひんひまをうかゝひ。一刀うらみんため。来た給へる心のうちをはかゝみにかけて覚へたり。をさへてうちたけれとも。かうにんのはうなれはたすけ申す。遠き国の知ぬさとへ。とく落行玉へ。片時も国にましまして。我はしうらみ玉ふなと。はるかる下る験もなく。門より内へいれさるは。いとゝ無念そまさりける。あら痛はしや信田殿。たまたまちかくめくりきて。父の御墓をいまならては。いつの世にかはおかむへきと。御墓にまいり玉ひ草木の花をつみたむけ。かほとに果報つたなき身を。ひとつはちすのうてなにむかへとらせ玉はて。浮世に残し玉ふ事よと。くときなけきたまへとも。亡霊なれは土屈より御声いつる事もなし。さくさくとしたる風のをと。松に吟するはかりなり。茫々としたる草の露にすそも挟も。うちしほれつきせぬ。ものは涙なり。角て信田殿。御墓を下向有ける処に。あみかさふかふかとひつこふたる男の。あやしきさまにまいりあふ。誰成らんと御覧すれは。是は別て年久しき。浮嶋太夫なりけり。兼てはしらさるすみよしの。まつとしなれは悦を。ひきあはせぬる幸とて。くして河内へかへり。五人の子共をちかつけ。是々拝み申せ。此程汝等かこひたてまつりしに。諸天のめくみの有により。不慮にまいりあふ叓は。いちかんの亀のたまさかに浮木にあへることし。定而十日はかりには包ともひろう有へし。此山里と申すは。昔よりのよき城墎なり。いかに仇か責るとも。輙く落へしと覚えす。汝等に軍をさせ。時々見てめさまひて。としををくりゐんするほとに。都へ此事もれ聞へ。国のみたれは何事そと。うへの使たつならは。とりつゝきをつそをたて。悦の沙汰をきはむへし。今こそいしのせいなりとも。終には国を納むへし。やあ俄にあはてゝ何かせん。谷々峯々尾つゝきともを。人夫を揃てほりきらせよ。はしりとうつきいしゆみ。こゝかしこのつまりつまりにはりかけさせよ。かゝりをたかせよかいたてをかき。うちとけゐるなと下知すれは。子共もなゝめに悦ふて。とても消へき露のみを君故しなんうれしやと悦ひいさむそたのもしき。つゝむとすれとこの叓を。小山の太郎つたへきゝ。扨は先祖の郎等に。浮嶋かたのまれけるか。はうはうひきあひつのりては。ことの大事たるへし。いまたちからのなきさきにはやよせよと申す。承ると申て。小山かしつし。よこすか大将にて。爰をせんとゝたゝかひけれとも。大勢うたせてひつかへす。扨はしゝんむかはては叶ふへからすと。小山殿のむかはれける間。常陸下総両国に。残る兵は一人もなし。城にも爰をせんとゝたゝかひけれとも。けにはよせては国かひとつになつて。谷をも嶺をも。平路に道をつくらせ。あらてをいれかへ責けれは。さのみはいかて。こらうへきそや二三の城戸をも打破られ。つめの城にそ籠りける。浮嶋太夫申けるは。夫人の命をたはう合戦はことによるそ。子共はなきか討死をせよ。心やすく太夫も。腹きらんと云儘に。れいの大弓取出し。大手の櫓にあかり。いかにや女房こなたへきて。さまひいてたへ。軍して見せんと有し時。女房生年五十六。うすきぬかつき櫓にあかり。何とて子共か軍は。こたれて今まてをそひそと。頻りに力をつけられて。はや浮嶋太郎かけいつる。其日を最後と思へは。れうをぬうたる直垂に。おにかたすつたるさうのこて。ひやくたんみかきのすねあて。いとひをとしの鎧の。巳の時と輝を。くさすりなかにさつくとき。ゆつて上帯ちやうとしめ。九寸五分の。鎧とをしをめてのわきにさひたりけり。一尺八寸のうち刀を。十文字にさすまゝに。三尺八寸さふらひし。しやくとうつくりの太刀はひて。おなしけのこまひ甲にしゝかたうつてゐくひにき。白綾の母衣をさつとかけぬりこめの弓の四人はり。さんのへたちのしらあしけ。きんふくりんの鞍をかせゆむつえにすかりゆらりとのり。堀のはゝたに駒をすゆる兄弟五人の者共。おもひおもひの具足をき。心々の馬にのり。互に手綱をとりちかへやあ。かけうかけしとしたりしを。仇味方か是をみてあつはれ武者のいきほひかなとほめぬ人こそなかりけれ。浮嶋夫婦櫓の上にてつくつく見て。いつれもきりやうはをとらぬよなふ。あつたら子共を世にあらせて。所領の主ともなさすして。唯今ころさんおしさよな。はやしね子共。さはいひなから今を限りの叓なれは。ま一度こなたへ顔みせよ。誰も名残はおしひそと。さしもにかうなる。太夫殿はらはらとそ。なきにける。女房か是をきゝ。からからとうちはらひ。わかれた今のなき事かな。なひても叶ふへき道かや。いかにや子共。軍はさすかに大事のもの。心のかうなるはかりにて。へいはうしらてかなはす。味方無勢に有なから。仇の陳へかゝるには。すきのさき。とかりやかた魚鱗鶴翼両陳なり。魚鱗といへるかけあしは。魚のいろこをまなへり。鶴翼といへるは。鶴のはかひをへうしたり。駒の手綱をしらひては。仇かむくうにきられぬそ。向ふ仇切時は。けあけの鞭をちやうとうつておもてかへしの手綱をすくひ拝みきりにきりすてよ。弓手へまはる仇をは。すみの手綱きつとひきさうかうの鞭をうつてきれ。妻手へまはる仇をは。太刀のつかをかへして。さわらの鞭をうつてきれ。夫婦の者も是にて見るそさしきの前のはれ軍そ。ふかくをかくなや子共とて。をかしき事はなけれとも。子共にちからをつけんかため。さまのいたをうちたゝきからからとわらひけり。いとゝはやりたこともか父にも母にもいさめられ。おこゑをたいてかけいつる。前のかはらはあしひき。習ひ伝へし手綱のひし。教へをかれし鞭の曲。むくうに馬をのりつれて。かけてはさつとひいてみれはまへの河原の石よりも。おほきは死人なりけり。とつてかへしさつとはかけ。五六度まてたゝかうたり。女房御らんして。子共か軍の面白きに。後詰してとらせんとて。かつきたきぬをさつとおろせはしたは武者にてたつたり。紅の袴の下に。ひさよろひにすねあてし。もえきにほひの鎧き。たけなる髪をからはにあけ。太夫かこのみしつけのはうをしはしかせとてうちかたけ。大手の城戸をひらかせ。堀のはゝたに駒をすゑ。大音上てなのるやう。如何や小山の人々我をはたれとおもふそ。陽成院より三代津の頼光に五代なり。渡阝党に大将軍。みたの源氏か娘に。弥陀夜叉女とは自なり。年は生年五十六。二つとなき命をは。信田の御料に奉るそ。我とおもはん人々。かけよてなみを見せんと甲をとつてうちきつゝ既にかけむとしたりけり。浮嶋太夫櫓の上にてつくつくと見て。子共かこころのかうなるも道理。母か心か強なれは。かほとなるものともか。親子兄弟夫婦となつて。よりあひけるこそ不思儀なれ。如何や御料御出有て。女軍を御覧せよ。ためしまれなる事なりとて。信田殿を矢蔵へしやうし申。委く見たてまつり。正門の御眼に。ひとみかふたつましまして。坂東八ヶ国の王とならせ玉ひしか。君にも弓手の御眼に。ひとみかふたつましませは。王位まてこそをはせすとも。必坂東八ヶ国の主とはならせ玉ふへし。たとひ我等討死仕るとも。君は命をまたふして。廿五まてはおまち候へ。かならす廿五にて。御代にたゝせ玉ふへし。我等も。それかおもはれて。子共か命もおしけれと。たうさのはちを。かゝしため皆討死をつかまつる。夫婦討死いたすならは。御身は仇にいけとられて。小山か舘に。年をへて悦の御代を。待玉へ。遑申て我君とて。櫓をゆらりととむており。一まひませのおほあらめ。袖をはとひてからとすて。筒はかりゆりかけたり。其日最期のうちものに。とうちかうつたる長刀の。四尺八寸ありけるか。柄をは三尺八寸にこしらへ。ひたえにかねをのへつけたり。まちつと此柄なかうして。かすやをとらんと。二尺はかりさしさけ。ふつゝとねちきりなけすて。手ころにまはひてふつてみて。あつはれかねやとうちうなつき。南無三宝あちきなや。いかほとのものかきられて。妻子に物をおもはせんなふ女房とかたる。夫婦ともに。駒の手綱をかひくつて。仇の中へかけている。面をあはするものはなし。棒をつかうへいはうに。しはなきいしつきはらひうち。木の葉かへしの水車。馬人きらはすうちふする。長刀つかう兵法に。なみのこしきり稲妻きり。車かへしやる刀。女房うちとほれは太夫あとより切りめくる。さきに子共かくれは。父母あとよりかけにけり。物に能々たとうれは。天竺州の戦に。歩兵かさきにかくれは。王行角行かけあはする金銀桂馬かゝる時。太子もかゝり玉ひけり。此戦の兵法を。将碁の盤につくれるもあふこれにはいかてまさるへき。浮嶋太夫か長刀を。こらへす三つにうちをれは。おほてをひろけかけあはせ。ねちくひつゝぬき人つむて。からたけわりにひつさいたり。昨日今日とはおもへとも。二年三月の合戦なり。此戦は夜日七日。うたるゝものはかすしらす子共も五人と申せとも。爰やかしこにをしへたてひとりものこらすうたれたり。太夫夫婦はかりなり。さのみにつみをつくつては。未来の業と成へきなり。かちもせさらぬものゆへ。いさうはこせと申て。たかひに刀をぬきもつてさしちかへてしんたるをおしまぬ者はなかりけり。信田殿心におほしめす。浮嶋か遺言はさる叓なれ共。夫婦討死するうへ。何に命をたはうへきと。腹を切んとし玉ふ処へ。小山か郎等参り。まさなき君の御自害かなと。いけとり申ていつる。小山此由見るよりも。はくちうにかふへをはねん事は。天下のきこへもしかるへからす。夕去の夜半にうちうみにしつめむとて。相馬重代の家人ちはら太夫におほせつくる。彼ちはらと申すは。相馬殿の御内に。年比めしつかはれし者なれとも、時世にしたかふならひとて。小山殿につかへ申。信田殿預り奉り。大事のめしうと是なり。もしうしなひや申さんと。おくふかにをしこめ申ふけゆく夜半を待たりしは。ひつしのあゆみのちかつくも。角やとおもひしられたり。姉こ此由を聞しめされ。むさんやな信田は今を限りにて有けるそや。あさましや自。おつとの心とひとつにし。角なすよとやおほすらんに。最期を一目見んとて。人しつまりて夜半にちはらか方へ御出あり。信田殿につけたりしかすかすの縄を御覧して。あらうらめしの事共や。自にもつけすしてなと信田殿はかりに付けるそや。何とて物をは仰なきそ。恨の心にてましますか。日の本に。あらゆる神もしろしめせ。うしろくらき事はなしと。かきくときの玉へは。信田殿聞し召れて。うらむる所存は。なけれとも泪にくれてこと葉なし。とても我身は果報なく。今を限りの叓なれは。かやうにあくかれ出玉ひ。小山か方へもれきこゑ。かさねて浮目を見玉ふな。おかへりあれとありしかは。姉こ此由きこしめし。たとひ小山にもれきこへ。同し淵にしつむともうらみとはさらにおもふまし。かやうにならせ玉ふ事。たゝ是故の事なれは。御覧せよと仰あり。たもとよりも巻物を。とり出してたひにけり。信田殿ひらひて。見玉ふに本領のちけんまるかし。是は家につたはるへき。重宝にて候へは。もちては何の。ゑきあらんとりておかへりましませや。あねこ此由聞しめし。夫はさる事なれとも。たとひ御身しゝたりと。炎魔の帳の出仕の時。くしやうしんの。御前にてさゝけ玉ふ物ならは。道理限り有により。なといつこうのつみとかの。うかみのかれて有へきそ。たゝもち玉へと。ありし時。とりてそもたせ玉ひける。さてしあられぬうき身にて名残のたもと。ひきさけて姉こは。かへり玉ひけり。夜更けれは小山より使をたて。信田をしはつめて有けるか。とくしつめよと有りしかは。ちはら力なふして。小船一艘こしらへ。信田殿をのせ申し。沖をさしてこきいて。爰にてやしつめむ。かしこにてやしつめ申さんと。さすかにしつめかねつゝうかれてしはしたゝよゑり。あらあちきなや世の中に。すましきものはみやつかひ。我奉公のみならすは。かゝるうきめによもあはし。昔は相馬につかへ申。此君を主君と。あをきしその時は。月とも。日ともおもはすや。さんかくよりもたかきをん。しらんよりもかうはしく。つきそひまはり申せしか。いつそのほとに。引替て。うつれはかはるみのうさは。我手にかけてしつめなは草の陰にて。相馬殿さこそにくしと。おほすへき。縦ひ此叓もれきこへてあすは淵にしつむとも。いつたん此君を。おとさはやと思ひて唯今こそ御最期よ。念仏を進むれは。手を合せたからかに。高声念仏を申さるゝ千原もともに申し。腰の刀をひんぬひて縄さんさんに切てすて。しつめの石はかりをは。たんふとうち入南無三宝いまか見はてとたかくいひしつめた体にもてなし。助てくかにもとりけり。これやしくわうの御時にゑんたんか古郷にかへりしも角やとおもひしられてあり。明ては人目繁しとて。夜の間にをくりたてまつり。暁かけてちはらは我家路にそ皈りける。天明けれは小山よりおつかひたつ。千原御前にかしこまる。汝は信田をはしつめて有けるか。中々御尋まてもさふらはす。しつめ申て候。それほとしつめけるには。なとそのときのけんみをはこはぬそ。やかて心得たり。汝は相馬重代の家人。如何さま心替りをしておとしぬるとおほふるなり。たゝとはんにはよもおちし。あれかうもんしてとへ。承と申て。むさんや千原をとつてふせちうにあけ。七拾余度のかうもんは目もあてられぬ次第なり。五体しんふんきれそんしあまりくつうの有時は。しやおちはやと思ひしか。まてしはし我心。千原は入日のことくなり。信田殿をたとうれは。いつる日つほむ花なれや。よめいをいふとも限りあり。かはれや命とていかにとへともおちさりけり。水火の責をあてゝとふ。是にもさらにおちされは。枯木よりも縄をさけ。あくる時には。いきたえておろせはすこしよみかへる。七日七夜はひまもなく。あらてをいれかへ責けれは。さのみはいかて。こらふへき朝の露ときえにけり。小山大きにいかつて。妻子はなきかめし出して重てとへ。承と申て。二人の若母もろともにひつすゆる。小山殿御覧して。をつとかいひし事をしらぬ事はよもあらし。ありの儘に申せ。詐る気色の有ならは。やかてをつとかことくなすへしと大きに怒り玉へは。女房ちつともうれひたる気色もなく。たとへはみちんになされ申とも。しらぬ事をは申すましひ。ありし夜の暁。唯今こそしつめ申にゆくとて。小船一艘拵へ。信田殿をのせ申。沖をさして漕出る。自あまり痛しさに。急き浜に下り。ことの体を開侍ふに。信田とのゝ御声にて。高声念仏し玉へは。千原もともに申し。たんふと物のなつてよりそのゝちはをともせす。とてもかやうにうしなはれ申す命を。なとや信田殿の御命にかはり申てひとまつおとし申さぬそや。これ詐りとおほしめさは。あたりの浦人を召て御尋あれと申す。さらはめせとてあまたを召てたつねられけるに。その夜の沖の為体く。何叓有とはそんせね共。皆此体と答ふる。扨はしつめて有ける物を。ふひんに千原をとひけりと。妻子をかへし玉ひけり。其後信田殿猶も都のこひしくて。明ぬ暮ぬとのほらせ玉ふ。日数やうやうかさなり。近江の国に聞へたる大津の浦につかせ玉ふ。門なみこそおほきに。人をかとへてうる。つしの藤田か本に。やとかりそめにおとまりある。藤太は信田殿をかとへてうらんため。終夜こしらへたり。おとしもいまた若に御座有人の。いつくよりいつかたへ御とほり有そと申せは。是は坂東方よりも。都へのほる者にて候。藤太承り。やあ歩行のおあるきの痛はしさよ。都迄の御伴をは。此男か申さんと。やせたる馬に鞍ををき。我身も伴にそ出立ける。信田殿心におほしめす。されは都ほとりは。人の志のふかゝりけると。をくられ京へのほらせ玉ふ。五條にゆきてはくらうさの。人あきひとのそうりやう。王三郎にいひかたり。駒一疋にかへとつて藤太は国に下る。夫よりも津の国の堺の浜へそうつたりける。四国西国をうりまはる。後には北六道ののなたをうられさせ給ふ。若狭の小浜。越前の敦賀。みくにのみなと。加賀の国に聞へたる宮のこしへそうりにける。
物の哀はおほけれとも。宮のこしにて留めたり。折ふし春の事なるに。賤かしわさを教へて田をうてと責けれは。鍬といへる物をもち。をたの原へは出玉へとうつへきやうはましまさす。彼三皇の古は。しんのう皇帝かたしけなく。自鋤を荷ひて。その一けいの田をかへし。五穀の種をまきしかは。しんのうかんのう。目出度し尺の穂長もなかゝりき。夫は賢王聖主にて。国をはこくむ道理あり。彼信田殿の農業は。泪の種をまくやらん。野にも山にも立田姫さほのはやしに。ひれふして鳴より。外の叓はなし。是を見る人々か。徒者と申て。隣のさとを隣国に。かはんといへるものはなし。もてあつかうて信田殿を。をひ出し奉る哀と余所にしら雲の立出ぬれはあまのはら。身は半天になるかみの。とゝろとゝろとあゆめと。とまりさためぬうかれとり。なくねに人の驚き。明ぬるかとをすきのした。道あるかたにまよひゆき。身はうへひとゝとなるまゝ。袂に物をこつしき。草葉にかゝる命をは。露の宿にやをきぬらんさたむるかたのなきまゝ。足にまかせてゆくほとに能登の国に聞へたる親のみなとにつかれけり。折節おやのみなとへは。夜盗かよせ来るへしとて。もんもんかとをきりふさき。用心きひしかりけり。かゝるとしろしめされねは。世になし者のうかれたるに。慈悲ましませと有しかは。内よりもせう一人立出。信田殿を見まいらせ。盗のけこ見こそきたつたれ。あれよつてうちころせ若者共と下知をする。をりふしありあふわかものとも。信田殿をうちふせ申す。あら痛はしや助かりかたく見へさせ玉ふ。かのうらのとねの女房は。情ありけるものにて。痛はしや此人は。世にすてらるゝ人の子の。親の行衛をたつねかね。かゝる遠国波濤まて。来りたると覚ふるなり。まつひら我にたへと有しかは。若き者共是をきゝ。つえをすてゝそのきにける。角て信田殿を我宿所にをき申。よきにいたはり奉る。遥奥外の浜に。塩あき人のありけるか。彼浦へ舟をのる。といはとねのもとなれは。信田殿を見まいらせ。是なるわつはを我にたへと云儘に。おさへて塩にかへとり。舟にとつてのせ申し。十八日と申すに外の浜にそあかりける。此商人は情も更になき者にて。未一両日も過さるに塩やき玉へ稀人と。しほきをこらせしほかまの。火をたかするこそ。ものうけれ。いとゝしほたれ衣きて。したもえくゆる。かまのひをたくこそはものうかりけれ。つらき中にもなくさむは。塩屋の煙ひとむすひ。末は霞にきえにほひて。ゆくゑのほともしら浪の。よるよる袖をしほらして。常陸の国の。こひしさはいとゝ日々にそまさりける。秋もなかはの事なるに。彼浦のりやうし。しほちの庄司といつし人。終夜月をなかめてあそはれしか。信田殿を御覧して。爰に塩焼わつはの。目のうちのかしこさよ。いかさまにも太夫は。世にある人をかとへてきたりたるとおほふるなり。我子にせんとの玉ひて押てはうてとり。ちやくそむとかうし。角て元服をさせ申し。塩路の小太郎殿と申て。かみからしもにいたるまてかつかうせぬはなかりけり。かゝりしときの折ふし。国司国に下り玉ひ。たかのこうにつかせ玉ふ。さいちやうこけにんはせあつまり。ひはんたうはむをつとむる。国司よりの御諚には。我常陸の国に有し時。相馬とないきかちむしにより。両方たえて年ひさしゝ。夫も座敷のろむ。盃のけんはい定めなかりしによつて。せんなき事も有しそかし。国司在国の間に。坐敷のやうをもさためむとて。左はかつたの太夫。右は柴田の庄司。惣して座敷十三なかれ。人数彼是三百余人。くもりたる者をつけされははれかましさはかきりなし。其中に塩路の庄司殿。我身老体成間。養子の信田殿を出し申す。ならひのさいちやう是を見て。叶ふましひとささふる。国司よりの御諚には。何とてしほちはしゝんまいらぬそ。かみをかろくするゆへか。其儀にて有ならは。しほちか本領悉めしあくへきとの御諚也。信田殿聞し召れて。座敷をたゝんも無念なり。なのらはやとおほしめし。系図を取出して。国司の前に捧けらるゝ。国司此由御らむしなになに葛原の親王よりも。六代の後胤。正門の御孫。相馬の実子信田の小太郎なにかしと。うちふみけんしよなる間。五十四郡か其内には。是にましたるそくしやうなしと国司のたいさゆるされ申なをり玉ふそ目出度き。既に御酒盛。七日と聞へけり。さいちやうこけにん。いとまを申て屋形屋形にかへらるゝ。其中に信田殿もいとまをこふてかへらるゝ。国司御覧しあふ痛はしゝいたはしゝ。奥州の国司を。三年か間奉る。その間に国司は。都へのほつて。あむとを申て。まいらせんとて国司都へのほらるゝ。去程に信田殿。きのふまては塩を焼うき身をこかし玉ひしか。けふはいつしか引替て五十四郡の主となり国をたもたせ玉ひけり。さても常陸の国に候ひし。小山の太郎行重は。栄花さかへてきはもなし。比は七月七日日とて。上下万民宝物を揃。七夕にかすならひ。小山殿もかすの宝をそろへて。七夕にかされける中に。信田玉作のちけん巻物を。いかにたつぬれともなし。いやいや是はよの人はしるへからす。御身のぬすみ取て。他の宝になしつると覚ふるなり。かゝるうしろくらき人を。たのみて何のゑきあらん。はやはや御出候へと。痛はしや姫君を追出し奉る。あら痛はしや姫君もとよりも。角有へきとこしたれは。乳母計をひきくして小山か舘を出させ玉ふ。あさましや自。誰をたのみて今更いつくへとてかまよふへき。信田殿か身をいれし。うち海にしつまんとて。浜路へ。下らせ玉ひけり。ちはらかこけは参て申す。なふいたふなおなけき侍ひそ。信田殿の御命には。夫のちはらかかはり申て侍ふそ。かすかすの文共を。とゝめをかせ玉へとも。まいらせあくる事もなし。是々御覧侍へとて。ありし昔の文共を。あねこの御手へまいらせあくる。あねこ此由を御覧して。あら嬉しや信田殿はいまた浮世にありけるそや。叶はぬまでも沙汰の為。都へこそのほりつらめ。いさや乳母是よりも。都へ上り尋ん。さりなから角て都へのほるならは。よしなきあたなやたちなんと。たけとひとしき御くしをそりおとし玉ひけり。乳母もやかて。同し姿にさまをかへ。こき墨染に。身をやつし都へのほり玉ひけり。名所旧跡を。なかめこえさせ。玉ひつゝ。卅五日と申に。都につかせ給ひけり西東の京を。たつぬれとそのゆきかたもなかりけり。清水に参りて。南無大悲観世音。よろつの仏の願よりも。千手の誓はたのもしや。今一度信田殿に。あはせてたはせ。玉へやときせいふかくそ申さるゝ。熊野の道をたつねんと。南海道にさしかゝり。天王寺住吉。根来粉川をうち過て。熊野に参て三つの山心静に。伏拝みたつね玉へと行方なし。四国九国をたつねんと。たうしや舟に。便船こうて四国に渡り淡路嶋も。心静に尋けり。つくし下りの道すから。長門の府。あかまか関。あし屋の山崎はかたの津。しかの嶋まて。たつぬれとその行方もなかりけり。なこやを出てせとをゆく。ひらとの大嶋。松浦みろくししつの里。くはんきこたうしまいはらか嶋もちかくなる。ゆきのもとをりとをるにそ。きゆるはかりの我心。日向の国にとさのしま。きの里にあはしま。豊後豊前をさし過て。肥後の国に聞へたる。をとりたうの。山をこえ。こひはしうしのみつし。あそのたけをこえ過て筑前の国にいきの里。遠国波嶋にいたるまて。名所はつきぬ物なり信田の小太郎。なにかしととへと。こたうる。者はなし。つくしの内にくもりなし。いさや乳母これよりも。都へのほり尋んと。周防の国にさしかゝり。おうちのこほり朝倉や。極楽市と聞からに立留りてそたつねける。播磨の国に入ぬれは赤松河原由比の宿。高田の渡りやのゝ宿。名所旧跡をなかめこえさせ玉ひて。堺の松に出させ玉ふ。さうたのもりからすさき。ひとまろか岡をたつぬれとその行方もなかりけり。須磨の浦はすの池と聞からに。同し蓮にのらはやな。兵庫につけは湊川。雀の松原打出の宿。こむやのいたみ手嶋のやと。おうたの町やあくた川。かうない山崎きつね河。舟にのらねと。久我なはて。月のやとるか桂川。浮世は車の輪のことくめくりきぬれは九重の。めくりきぬれは九重の花の都につき玉ふ。九重の内にくもりなし。いさや乳母これよりも。本の道にさしかゝり。くたらんとの玉ひて。我をは誰かまつさかや逢坂の。関の清水にかけ見えて。いまやひくらんもちつきの。駒の足音聞なるゝ大津打出の浜よりも。志賀唐崎を見渡して。かた田のをきにひくあみのめことにもろき泪かな。勢多のからはしはるはると。たつぬる人の面影をうつしもやせん鏡山えちの川瀬のなみちりてすそは露。袖は泪の隙よりも。すりはり山をこえゆけは。あれてなかなかやさしきは不破の関屋の板間もる月見たるゐの宿過てうへし小苗のくろたこそ秋はなるみと打なかめ。三河の国の八橋の。くもてに物やおもふらん。富士をいつくととをたうみ。こひをするかのみのゆくゑ。まつよひの月も雲間をいつの国。信田にはいつかあふしうまて。みとせ三月かそのあひた。信田の小太郎。なにかしととへと。こたうる者はなし。其年の文月半に。あふしうたかのこうにつかせ玉ふ。十四日うら盆とて。上下万民慈悲を施す日成けり。信田殿も父母の孝養のために。辻々に札をたて。せきやうをひかせ玉ひしか。比丘尼達を御覧して。あれあれしやうし申せとて。持仏堂にしやうし申よきにいたはりたてまつる。あら痛はしや姫君終夜御経あそはし。晩かたに成しかは廻向のかねうちならし。御声たかく廻向ある。此御経のくりきに仍て。一切の衆生悉く。無上菩提とせうすへし。ことには父相馬殿母御台信田殿成仏得脱成玉へ。其中に信田殿未浮世に有ならは。此御経の十羅刹女の功力により。祈祷とならせ玉ひ信田の。小太郎に。今一度あはせたひ玉へ。南無三宝南無三宝と。衣の袖を。顔にあてもろきは今の泪なり。信田殿も父母の。孝養の其為に。持仏堂に御坐有て終夜御経をあそはせし。廻向の声を聞しめし。夢現とも弁へす。あひのしやうしをさつとあけ。委く見たてまつりしに。姉のなりゆく姿なり。するするとはしりより。御袂にすかりつき。是こそ信田の。小太郎にて候へとて。きえいるやうに鳴玉ふ。姉も此事を。うつゝとさらに弁へす。さて如何に小太郎か。是こそ古の。千手の姫て侍ふなれ。うきときは道理かな。うれしき今の何とてか。さのみ泪のこほるらんと。むつましけなる。おむありさま余所の。袂も。ぬれぬへし。信田殿仰けるやうは。かほと目出度世中に。何をさしてかなけくへき。いさゝせ玉へ姉こせん。常陸の国へ打越。うらめしき小山かかうへをはね。父相馬殿のみはか処にかけをき。くわひけいをすゝき候はん。尤然へしとて。五十四群か其内に。究畢の兵を三千余騎揃へらるゝ。小山此由聞よりも。国にこらへかたうして。にけて京へそのほりける。然に国司はあむとを申玉はつて。国に下り玉ふ。小山道にてまいりあふ。急き駒よりとんており。此度の命を。まつひら助てたへと申す。やすき程の事とて。たはかりよつてからめとり。きやうつとゝ名付て信田殿にたひ玉ふ。信田殿なゝめならすに思召し。武蔵国。つまこえか野辺にひきすゑ。首打おとし玉ひけり。やかて信田殿。上洛ましまして殿下の御目にかゝらるゝ御門ゑいらんましまして。坂東八ヶ国を。信田殿にたひ玉ふ。其次而に。近江の国とかや大津の浦を申こひつしの藤田をからめとり十日にとをのつめをもき。廿日にはたちの。指をもいて首をひき首にし玉へり。唯人は情あれ情は人の為になし。終には我身にむくうとにくまぬ者はなかりけり。馬場の宿へ。打越ましまして。春草と小太郎か。もい出て候そうれしきをも。つらきをもなとかはかむせさるへきと小嶋の庄三百町馬場のていにたひにけり。やかて御身は。常陸の国へ。下向有て。信田の河内にて。討死したりし。浮嶋太夫か。子孫はなひかととひ玉ふ太夫か孫は三人。めし出しさふらひ。三千町をたひにけり。ちはらか後家。若もろともにまいれはなゝめならすにおほしめし。坂東八ヶ国の。そうまんところを。若共にたひ玉ふ。やかて御身は。信田の群に。御所をたてゝ。御歳廿五にて。御代にたゝせ玉ひ。ひはんたうはんつとめさせ栄花に誇り玉ひけり。姉の比丘尼。大方殿と申て。いつきかしつき玉ひし。すゑ繁昌ときこへけり。
于時元和四年五月吉日
桃井 幸若小太郎大夫 安信(花押)
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