鎌田
(毛利家本)
源氏左馬の頭義朝は。待賢門の夜軍にかけまけさせたまひ。東国さして落給ふ。爰にせんぞくかかけにて。横川法師の大将。おほやのちうきがはなす矢を。進朝長の弓手の膝口にうけとめさせ給ひ。其御手大事にて。美濃国青墓の長者に着せ給ふ。長者急き立出。義朝の御目にかゝり。扨朝長は御供かきかまほしやと有しかは。義朝聞し召れて。大事の手負最後のきはといふならは。長者の歎きふかゝるへしとおほしめし。さん候朝長をは。悪源太と打つれ。鎌倉へつかはして候。明年の夏の比。必くして参るへしと。深くつゝませたまひ。其後鎌田を召れ。如何に正清。朝長か体を見よ。尾張をさして一まつ。落へきにても有やらん委くとへ。鎌田承り。中宮大夫進朝長に参り。明日は都より。討手の参り候へし。夜半に紛て一先。おつへきにてもましまさは。御伴召れ候へと申す。朝長聞しめし御供申度は候へ共。痛手薄手に七ヶ所の手負。五体安からねは御供申難し。さあらは平家の者共に。かき頸なんとにせられては。骸の上の恥辱たるへし。たゝたゝ腹をきりなんと御返事を申させ給ひ。頓て鎌田召れ。如何に正清。弓箭に携り箕裘の家といひなから。自害をいまたしらぬなり。如何様にする物そ委く申せ。鎌田承り。さん候夫自害と申は。十方浄土は申せとも。先最後の時は。西にむかつて手を合せ。高声に念仏申し。腰の刀をするりとぬき。弓手の腋にかはとたて。妻手へきりゝと引廻し。かへす刀を取なをし。心もとにさしたてゝ。袴の着きはへをしをろし。臓をつかんてくり出し。寸々にきりて。捨たるを清きしかいと申なり。朝長聞しめし。やかて意得給ひて。をし手をしおきなをり。腰の刀をするりとぬき。弓手の脇にかはとたて。妻手へ漸々引まはし。返す刀を取なをし。心もとにさしたてゝ。きらんきらんし給へとも。痛手うすてに腕こはり。御身合期ならされは。自害を半に。しかけ給ひ鎌田はなきか首をとれ。正清此由見まいらせ。涙とともに参りつゝ御頸をとらんとしけれ共。三代相恩の主君に。いつくに刀をたつへきと。泣より外の事はなし。朝長は御覧して。不覚なり正清。はやとくとくとのたまへは。いたはしや御首を。水もたまらすかきおとし。義朝に参りつゝ御自害のよしを。申せは御落涙はひまもなし。其後義朝鎌田を召れ。是より尾張へは何として着へきそ。鎌田承り。さん候長者の弟に。鷲の栖の玄光を御頼あれと申す。頓てわしのをたのませ給へは。安き程の御事とて。柴舟下すにことよせ。人々を舟にのせ申し。かせをたかくゆひあけ。上に柴をつみかけ。府津の七郎か七百余騎にてさゝへたる関所の前を。兎角諌してをしとをし。内海の浦へ船をよせ。鎌田兵衛を御使にて長田をたのませ給ふ。長田難なく頼まれ申し。新造に御所をたて。君をいれ申しいつきかしつき奉る。此叓都に隠れなし。六原にさしあつまつて内義評諚とりとりなし。時刻移して叶ふましと。弥平兵衛宗清に三百余騎をくたしたふ。古松の内府の御諚には。をろかなる御はからひかな。彼東国と申は。源氏に心有かたなり。討手下ると風聞せは。東に残る源氏か。雲霞の如くはせあつまり如何様大叓も出来なん。所詮たはかり状をこしらへ長田をたのませ給ひ。過分の国所領を一旦あたへ味方にめされ。義朝をたはかり。安々と討て後。長田も討罰有へきになんのしさい候へき。此儀にしくはあらしとて。頓而たはかり状をこしらへ。長田か舘へ着給ふ。長田なんなくたのまれ申。御教書頂き。披ひて拝見申其御書に曰く。下状源氏左馬頭義朝は。親の首を斬のみならす。したしむへき兄弟をほろほし。六親不和にして三宝の加護なし。父母不孝にして天罰を蒙る。其いはれあひたかはす。去年の罪近年にかんし平治の。戦にかけまけ帝都をさつて遠嶋遠鄙に迷ふ纔に露命を。石草にかけ芭蕉の四大を。乱風に任す。粗頼み少き事は槿花。一日の影を。待かことし草風春の雨を待に似たり。とても自滅すへき物をや。此味方にくみせん事は唯深淵に望んて。薄氷を踏に。似たるへしはや義朝かかふへを斬て天下に捧け。申へしけしやうには。美濃尾張三河。三ヶ国を宛行ふ。同しく受領は望みたるへし。仍状如件。平治二年正月一日長田か舘へと書れたり。長田御教書を頂き。夜半に人をまはし。五人の子共を近付。是々拝み申せ。綸旨のむね至極の道理爰にあり。実も義朝は親の首を斬給ふ。五逆罪の人成を。主に頼みて何かせん。いさ此君を討申し。美濃尾張三河。三ヶ国をたまはり。うへ見ぬ鷲と思ふはいかゝはからふ。子共承りこはゆゝしき御大叓にて御座候。此人々三人をうたんには。尾張の国か動きても。輙くうたれ給ふまし御思案あれと申す。長田聞て。不覚なり汝等。勢を揃へてうたはこそ。たはかつて討へきに何の子細の有へきそと申す。かゝつし処に三男先生と申す者。鳥帽子のさきを地につけ。仰の如く此君は親の首を斬給ふ五逆罪の人。扨亦一代ならす二代ならす。三代相恩の主の頸をきりたまはゝ。五逆をは扨置ぬ八逆罪をいかゝせん。永々敷は候へとも。爰に喩への候を語つてきかせ申へし。昔天竺せつせんの傍に。めいみやうてうといふ鳥あり。彼鳥筒一つにて觜二つ。一つの觜か餌を求て服せんとせし時。一つの觜賢くて此餌をちうにてはふて喰。一つの觜思ふやう。如何なれはよの鳥は。とうも一つはしも一つ。我等如何成因果にや筒一つにて觜二つ。たまたま求る餌食をも。うはゝる事の口惜さよ。所詮一方を退治せはやとおもひ。毒の虫を求て。服するまねをせし時。常のことく心得此餌をちうにてはふてくふ。觜は二つと申せとも。筒か一つて。有間。其毒筒におさまりて。身体か破れつゝ。筒体か損して。をのれさへに。死ゝたると承りて候そ。我も人も自然は。もつてはひとしかるへし。此君と申は。政道かしこくおはします。鎌田兵衛正清は。双ひもなき強の者。童に渋屋の金王は。弓箭を取て。名人と名をえたる程の者なり。是三人をうたむには。尾張八郡。動きても輙くうたれ給ふまし。我々か心中には。とても捨る。命ならは君にたのまれ奉り。内海に城をこしらへ。敵むかふと見るならは。軍兵共をさしつかはしてめさまし軍せさせ。軍兵尽は腹切て。死出の山の御供こそ。弓矢を取ての面目なれ。昔か今に至るまて。婿と主とを討取ていや世に出たるはうや有然るへくは此事をたゝ思ひとゝまり給へとよ。長田間て。殊の外に腹をたて。何と申そあの冠者め。夫天地開け始てより以来。天は父地は母。親の恩を蒙り。庄司か申事を直に背くは奇怪なり。惣してあの先生めを見れは中々腹もたつ。まかり立と云まゝに。ゐたる処をつんとたち。簾中深くいつたるはとかふ申にをよはれす。荒むさんや先生は父にしかられ。常の所に立入つくつくあんしけるやうは。親のめいをそむかしとて主に弓矢をひくならは。八逆罪の咎。主と一所に成申し父に弓箭を攣ならは五逆罪の咎たるへし。しかしたゝ鬠をきつてさまをかへ。浮世をいとはゝやと思ひ。年十七と申には。みとりの。たふさををしきりて。刀とともに西へなけ。つたのふち笈肩にかけ。心と衣を墨に染。遁世修行に出たりし。彼先生を。見し人のほめぬ人こそなかりけれ。其後長田残る子共をちかつけ。実先生めは遁世したるとな。扨汝等は先生にとうすへきか。父か義にしたかふへきか早々返事を申せ。子共承り。とも角も御はからひの悪くはよもさふらはしと申す。長田聞て打笑ひ。かやうに申も汝等を。世にあらせんか為そかし。先婿の鎌田をは。先生か出居へしやうし。山海の珍物をとりかへとりかへ酒をしひよ。酔たらん所を見て。酌にたつたる者か。もつたる酒をなけかけ。ひらまん所を無手とくめ。一間所に能兵をかくしをき折あふて討へし。童の金王をは。内海の沖に大網ををろし。網の奉行にことよせ内海にて討へし。主の義朝をは此庄司めに任せよ。先金王を議てこそといふまゝに。蔀戸の木の塵とらせ。若き女を使にて金王をしやうする。渋屋さふなく来る。長田急き立出。三献盃過てのち。如何に渋屋殿を。万事頼み申へき事の候か。但憑まれ給はんならは申へし。金王聞て。何叓を仰せ候へき。長田の大叓たるへくは一命を成共しんすへし。長田聞て打笑ひ。夫まてもさふらはす。我君の是まての御下向を。一期の面目優曇花と存し。蓬莱をからくみ。君を祝ひ申さんため。蓬莱の下くみには。魚と鹿かいる事にて候程に。五人の子共をは。三河の国あすけの山へ鹿狩にこしさふらひぬ。又内海の沖に大網ををろして候か。奉行にはたとことをかひて候。若き時のあそひに。猟漁りと申して。くるしからぬ事なれは。奉行にたつてたへかしとうちとけ顔にそ議りける。金王聞敢す。やかて腹こそたつたりけれ。長なる髪を。からわにきつとわけたるか。ふるふるとほとひておほはらはにそなつたりける。爰に喩へあり樊会いさみをなせは。髪甲のはちをゝひぬく。是にはいかてまさるへき。いつもはなさすもちたりし四尺三寸の角鍔のうち物。つはもと二三寸くつろけ。長田をはつたとにらんて。何とさふ長田。君を大事に。おもひ申さはこふん成共出ましきか。さなくはりんたん隣郷に。傍輩共もありこそするらめなとよひよせていたさぬそ。陽明待賢郁芳門。とまりとまり関々にて。合戦にほねおり。物具にかたひかせ。下つて三日も過さるに。網の奉行にたてとさふや。鴉の子が白くなつて駒に角のおいんほと。待候へよ庄司。定て上へ申さるへし。太刀取縄取さたまつて。汀て切て捨らるゝとも全く金王いつましひ。見れは中々腹もたつ罷り立といふまゝに。銚子土器けちらかし。そとの出居まてをとり出し。彼金王かいきほひは如何成天魔疫神も面をむくへきやうそなき。去間長田は。金王にをとされ。ふるひふるひ座敷をたち。頭殿の御前に参り。何と物をは申さすしてたゝさめさめとなく。義朝御覧有て。あれは如何に長田は何事を歎くそ。さん候別の子細にてさふらはす。我君の是迄の御下郷を。一期の面目優曇花と存し。当生はやる蓬莱をからくみ。君を祝ひ申さんため。蓬莱の下くみには。魚と鹿かいる事にて候程に。五人の子共をは。家の子郎等さしそへ。三河の国あすけの山へ鹿狩にこしさふらひぬ。又内海の沖に大網ををろして候か。奉行にはたと事を闕て候程に。御内の渋屋をたのふて候へは。奉行にこそはたゝさらめ。剰へ年寄たる庄司めをさんさんに悪口せられ申。強面命存へ。是まて参りて候とてはらはらと泣。義朝聞しめされて。実々夫はさそ有らん。地体あの金王は。物狂しき者にて。我云事をさへ五度に三度はそむく。ましてこふんか申さん事を。いかて承引すへきそ。よしよし庄司腹ゐて帰れ。奉行にはいたさふするにて有そとて。長田をかへさせ給ひて後金王をめさるゝ。渋屋承り。あは庄司か訟訴申した。こさめゆゝしき大事と心得。御前に畏る。義朝御覧有て。あらけなくはのたまはて。やあ何とて汝はちかふたるそ。都より此国まて。長田を憑み下る身か。山ならは須弥山。海ならは滄海よりもなをたのもしう候に。一旦違ふ事有ともなと承引をせさるへき。其上猟漁りとやらんは。若き時のあそひにて。くるしからぬ事そとよ。奉行に立て魚をとり庄司か心を慰めよ。金王承り。謹而言しけるは。さん候某全く奉行に出ましきにてもさふらはぬか。長田か今の振舞を見候に。君に心代りを申し。五人の子共をは。かりくらに事よせ。催促廻し勢揃へ。我君を討申さんする。たくみをめくらすと見て候を。御存しなくてかやうに君は仰られ候よなふ。義朝聞し召れて。よし夫とても力なし。長田か心かはるならは。一所に有てもなにかせん。若もちうしんたるへくは。後のうらみを如何ゝせん。たゝ出て魚をとり庄司か心を慰めよ。金王承りあかぬは君の御諚とて。おうけを申して御前をまかりたつか。君も聞しめせと高らかに。人は運命竭ぬれは。智恵の鏡も。かきくもり才覚の花もちりはつる。郎等か。たはかるを御そんしなきそ口惜き。かやうにかきくとき一間所へつゝといり。はたには唐紅ゐひつちかへ。重目結の直垂の。上下四つのくゝりをゆるゆるとよせさせ。黒糸縅の大鎧。草摺長にさつくとき。惣して刀は三腰さす。四尺三寸の角鍔の打物。三尺五寸の太刀をかさねはきにはひて。四尺八寸の長刀をひき杖について。頭殿の御前に参り。東岱の前後の夕煙り昨日ものほりけふもたつ。北邙朝露の幻しは後れ前立世のならひ。若内海にてうたれすは。参りて御目に。かゝらんと涙とともに立出る。義朝は御覧して。いまはしゝ金王。首途いわへとの給ひて。自酒をそくたされける。御いとま申て金王は。内海の沖へ出にけり。契りはあれと。山鳥の尾をへたつるかことくなり。扨も内海には。組手の人数を定るに。先一番に岸岡十郎。野組小栗を先として。宗旨大力三十六人。大船八艘催し。上にあゆみの板を渡し。金王をのせ。沖をさして漕出し。爰にも魚はなきそ。かしこにも魚はなきかと。かなたこなたと目を見合せ金王をうたんとする。渋屋本より存しの事。ちつともさはく気色もなく。もつたる長刀にて。舟底をとうとうとつきならし。何とて面々は。夕日西に傾き給ふに。綱手をはとらすして。良ともすれは某に目をかくるこそ不審なれ。あふやかて心えたり。汝等か主の長田。君に心替りを申し。某を此沖にてうたんする。其工をめくらすと覚へたり。思ひ内にあれは色外にあらはるゝ。天しる地しる。我しる人しる。まちかくよつて叶ふまし。先長刀の切手には。こむてなくてひらくて。八方さひしき長刀の。手をつかふ物ならはあふさんをみたしてうたるへし。長刀をれくたけは。二ふりの太刀をもつて。さんさんにきるへし。太刀の柄をれくたけは。三腰の刀を。ぬきかへぬきかへ。取てひきよせさしころして。底のみくつとなすへきなり。運命竭果て。太刀も刀もをれくたけは。汝等たふさをとつて。五人も十人も。左右の脇にかひこふて。海底につゝといり。五日も十日も。底にて日を送るならは汝等か命はとゝまるへし。まちかくよつて叶ふましひと艫舳をかけりまはれは。内海を出し時には。金王ならは我くまん。誰くまんとはいさみしかと。此いきほひにをそれつゝ。舟底せかいにひれふしてふるひわなゝきゐたりけるはことおかしうこそ見えにけれ。是は内海の物かたり。爰に物の哀れをとゝめしは鎌田兵衛正清なり。宵迄は御前に伺公申し。みや使ひまいらせ。小夜更方に御暇給り。廊の屋に立帰り。弥陀石みた若とて二人の若の有けるを。弓手妻手の膝にひき。後れの髪をかきなて涙をなかし申けるは。正清都にて度々の合戦に。すそろに命のおしかりつるも唯汝等か有ゆへなり。いつか汝等成人し。父か供を仕り。はちある矢をも一筋いる。其折柄を見るならは。いかゝは嬉しかるへきと。明暮是を願ひしに。思ひの外に引替て。君落人と成給へは。御供申て正清も。うたれん事は治定なり。さあらん時に汝等は。三河の真福寺の。院主の御坊にふかく契約申すなり。院主の御坊にまいりつゝ。小経の一巻をも。よきに学して正清か。なからん跡をとへやとて。つゝむにあまる。其泪よ所の袂もぬれぬへし。らうのおかたは御覧して。是はいまた正月三日も過さるに。御身はの給ふそと。いひもあへぬに舅の長田。組手余多用意し。鎌田殿やまします物申さんと有しかは。正清舅の声ときゝ。是に候とて太刀をつとり出んとする。臈の御方は御覧して。袂を取てひつとゝめ。あはてたり鎌田殿さはひて見えさせ給ふ物かな。けふ此比のならひにて。親は子をたはかれは。子はおやにたてをつく。しかも御身は落人にて。万に心を置へき身か。明ましき夜にてもなし。今夜をあかし給ひて。夜明ておいて。ましませや鎌田殿とそとゝめける。正清聞ていつよりも。むつましけなる風情にて。立帰りうち笑ひなふさのみにとゝめ給ひそよ。めさるゝは御身の父正清かために舅なり。居なから返事を申さんは。不覚のいたりと存する也。やかて帰らんさらはとて。名残の袂。ひきさけて長田とつれてそ出にける。かりそめなから。別とは後にそ思ひしられたる。其後先生かてゐへしやうし。山海の珍物国土の菓子をとゝのへ。色をかへては三度もり。風情をかへては五度七度。盃の数もかさなれは。さしもに剛成正清も次第次第にひらめひたり。長田是を見て。あは時分はよひそとおもひ。帳台へつつといり。かいを一つ取出し。微塵さつとうちはらひにつこと笑つて申やう。如何になふ鎌田殿。此間の御つかれ思ひやられていたしうさふ。子共あまた候ひぬ。庄司も角て候へは。何かはくるしく候へきたゝうちとけておあそひあれ。かいのみにとつては。山田郷と申て。三百町の処の候を。鎌田殿に奉る庄司も三度たまはるなり。御身も三度まいれとて婿の鎌田におもひさす。去間正清舅の呑ふたる盃に。所領を添てえさするうへ。いつくに心のをかるへき。さしうけさしうけ呑ほとに。微塵積て山となり。砂長して岩となる盃の数もかさなれは。弓手の座敷か妻手へまはり。妻手の座敷か弓手へまはつて。てんしやうの大ゆかゝ。ひらりくるりとまひけれは。うしろの障子によりそひてとろりとろりと眠りけり。酌にたつたるともやなき。もつたる酒をなけかけ。をしならへて無手とくむ。鎌田もとより剛の者。さつしたりといふまゝに。友柳かたふさを取て。膝の下にひつしひたり。長田是を見て。居たる所をつむとたつて。鎌田かたふさを取て後へえひとおりつくる。鎌田是を見て。情なし長田。さやうにはせらるましひと。長田をかひつかんて。取て引寄たりけれ共。いかゝはもつてのかすへき。隠しをき兵か。すきをあらせすおりあひて一刀つゝとおもへとも。十三刀さゝれて樊噲といさむ正清もよはよはと成てかつはとふす。荒むさんや正清最後の言そ哀れなる。されは弓取のもつましきものは国をへたつる妻女なり。親のおこす謀反をなとかはしらて有へきそ。たとひ縁こそつくるとも。二人の若か有なれはなとさいこをはしらせぬそや。なゝの子はなすとも女に心ゆるすなと。申伝へて候。妻子珍宝及王位。臨命終時不随者。けにおもへは仇なり。子は三界のくひかせとは今こそ思ひしられたれ。三界のくひかせと煩悩の緤にひかれつゝ。不覚の死をするものかな。南無阿弥陀仏みたふつと。是を最後のことはにて。朝の露ときえにけり。正清の。最後の体をしはからて哀れなり。さすかに長田もふひんにおもひ。夜明て頸をとらんとて。むなしき死骸に衣引おほひ各々なりをそしつめける。あゝらいたはしや廊のおかた。是をは夢にもしらす。小夜更人もしつまり。兄弟の人々も皆々帰らせ給ふか。不思義やつまの正清は。何とてかをそく見えさせたまふらんと。うすきぬ取て髪にかけ。とうらうまはり。まこひさしをとをる時。人に忍ふたる声にて。鎌田殿やまします。正清とよひけれと。宵にうたれたる事なれは夜更て喚に音もせす。四間の出居を見てあれは。灯少かきたて。あたりに人一人衣引かつき臥てあり。うたれたるとはおもひもよらす。酔伏たるそとおもひ。するするとよつて。なふ御身は鎌田殿にてましますか。さやうに酒に酔給ひては。しせん我君のこせんに。何としてたゝせ給ふへき。おきさせ給へといふまゝに。衣引のけて見てあれは。くれなゐに身をそ染にける。あまりの事のかなしさに。死骸にかはと。うちかゝりしはしきえ入給ひけり。少し心を取なをし。さこそ最後にみつからを。うらみさせ給ひつらん。夢にも自しらぬなり。我をは誰にあつけをき。捨てはいつくへ行やらん。我をもつれてゆけやとて。さいこにぬかぬ。刀をぬき既に自害と見えけるか。まてしはし我心。明日にも成ならは。むさんや二人の若ともは父母か行衛をしらすして。父よ母よとよふならは。しやけんの祖父伯父にて。鵜鷹の餌を。うつやうにうたせたまはんむさんさよ。同し道にと思ひきり。又廊の屋に立帰り。二人の若を見給へは。兄か手をは。弟にかけ。弟か手をは。兄にかけ余念もなふて臥にけり。らうのおかたは御らんして。二人の若をかきいたき。父正清のふしたりし。前後にとうとをろしをき。如何に二人の若共よ。祖父伯父このしわさを見よ。情なの事やとて。泣涕こかれなき給へは。二人の若も。もろともにふし沈みてそ泣にける。扨有へきにてあらされは。如何にきくか兄弟よ。角うらめしき浮世に。存へてあらんより。父もろともにうちつれて。炎魔の庁にて。母をまてよと語りつゝ。兄弥陀石を引寄て。弓手の肱の。かゝりを二刀害してをしふする。をとをとか是を見て。あらおそろしの母うへや。我をは許し給へとて。ゐたる所をつんとたち。さらはよ所へも。ゆかすしてころすへき母にすかりつく。いとゝ心はきゆれ共。眼をふさきおもひきり。心もとを一刀。あつとはかりを最後にて。兄弟の若ともを。三刀に害しつゝ。我身ははたの守りより。しゆへんの珠数を取出し。西にむかつて手を合せ。いとゝたに。女は五障三従にえらまれて。罪の深ひと承る弓箭にかゝる自を。たすけ給へや神仏。南無阿弥陀仏を最後にて。刀を口にくはへつゝ。鎌田の死骸にうちかゝり。朝の露ときえにけり。廊のおかたの。最後の体哀れといふもあまりあり。荒いたはしや母うへ。是をは夢にもしろしめされす。鎌田うたれぬると聞しめし。さこそらうのおかたか歎くらん。吊らはゝやとおほしめし。らうの屋に立よりよへとこたふる者もなし。扨は鎌田うたれぬる所に有そとおほしめし。四間の出ゐを見給へは。らうのおかた二人の若。皆々あけにそみ同し枕にふしてあり。母此由を御覧して。なふ是は夢かや現かや。さりなから道理なり理りや。何に命のおしからん。子よりも孫はいとふしきに。花のやうなる若共を先にたて。齢ひかたふく自か。一人跡に残りなは。太山かくれの遅桜。梢の花はちりはてゝ下枝に一ふさ。残りて嵐を待に似たるへし。我をもつれて行やとて。母も自害をとけ給ふ。平治貳年正月の。二日の夜の事なるに。鎌田をはしめ。父子五人水の泡とそきえにける。天明けれは長田。鎌田か首をとらんとて。四間の出居を見てあれは。我女房を先として。皆々あけにそみ同し枕にふしてあり。さしも情なき長田とは申せとも心よはり。遁世するか腹をきるか。いかゝはせんと思ふか。いやいや身より出せる罪なれは。誰をさしてかうらみんと。心に内に存すれは。あゝら果報なの者共か成たる有様や。長田か世に出るならは。果報の妻女はいかほとも有へきに。南無三宝阿弥陀仏と。へんしゆの念仏を申し。鎌田か首をとつたるはとかふ申にをよはれす。其後義朝の御前に参り。今日は三ヶ日の御嘉例。八幡宮へ御社参有へく候。たかみの湯殿と申て。子細なき所の候へは。御出有て御行水と申す。義朝聞し召れて。先祖の郎等ならすは誰かかやうふるまふへき。かまへて長田弓箭の冥加。七代迄安穏なれやとの給ひて。御重代御剣御腰物。長田に預け給ふは御運の尽る処なり。角て義朝湯殿の内へ入給ふ。宵より定めし事なれは。都合二百余騎にて。湯殿を二重三重にをつとりまひてときをとつと上る。義朝聞しめされて。心替りか長田。さん候都より。討手のまいりて候に御自害あれと申。義朝聞しめされて。長田か事は兼てよりおもひまふけつる事。情けなし鎌田。たとひ舅と一所になり。我にかはるとも。三代相恩の主になと最後をはしらせぬそや。如何にえひ長田。刀まいらせよ自害せん。承ると申て。刀に鎌田か首をそへ。湯殿の内へまいらせ上る。義朝鎌田か首を。御膝のうへにかきのせ給ひて。あゝらはかなの只今のうらみ事や。我より先に立けるそや。死出の山にて待よへひ三途の川てをひつかん。腰の刀をするりとぬき。弓手の脇にかはとたて。妻手へきりゝと引廻し。返す刀を取なをし。心もとにさしたてゝ。袴の着きはへをしをろし。臓をつかんてくり出し。四方の壁になけつけ。ゆふねにて御手をすゝき西にむかつて手を合せ。何とて義朝しなれぬそ。さる事ありや父為義。天台山月輪の御坊に。ふかく忍ひておはせしをたはかり出し申て。御首をきり申す其因果忽むくふて。死なれぬ事は口惜し。如何にへひ長田。急き参りて頸をとれ。長田さふなくまいりへす。長刀にてさしまいらせ。をつをつ御首たまはり。知多の郡てうたれ給ふ唯人間の。因果はめくるにはやき物てあり。角て長田は。義朝の御首をも安々と給はりぬ。今は金王か首をゝそしと待る。扨も金王は。内海の沖に有けるか。れいならすむなさはき頻り成は。何叓か君にましますらんと。心もとなく存すれは舟をよせよと下知をする。力及はぬ次第とて。さふなふ舟をさしよする。金王ゆらりととんてをり。暇申て面々とて。五十町の所成をもみにもふてそ走りける。爰に鎌田かめしつかひし下女一人走り向ひ。なふ御身はいつくへ行てましますそ。鎌田殿は夕部うたれ給ひぬ。君は只今。たかみの湯殿にて御腹めされさふらひぬ。今は御身の頸を遅しと待させ給ふに。いつくへも一先しのはせ玉へと申す。金王聞あへす。泪をはらはらとなかし。さはかり某か申つる事を御承引なくして。うたれさせ玉ひて候や。扨は鎌田は。御心替りをは申さゝりけるや。あふ尤かふこそ有へけれ。定而長田は。我舘にはよもあらし。君の御最後所。田上の湯にそ有らん。某かうたれん事を一定と心得。うちとけたらん所へつゝと行。長田か首を打落し。御教養に報せんと。心の内に存すれは。田上の心かけてゆらりゆらりとあかりけり。長田是を見て。すはや金王か。内海にて討もらされ。是まてきたつたるは。あますなもらすなとて。真中に取籠る。金王是を見て。面白し長田。そなたは猛勢なり。我は只一人。まいりさふと云儘に大勢の中へわつて入。さんさんに切たりけり。去間長田。叶ふへきやうあらされは。我舘をさひて。もみにもふて北にけり。金王是を見て。いつくまてといふ儘に長田を目にかけて走けり。去間長田。我舘へつゝといり。堀の橋をひゝて四方の城戸をちやうとうつ。金王是を見て。あら物々しけらのたけりといふまゝに。三重の堀をは。ひらりひらりとはねこして。八尺築地の有けるに。手をかくるこそをそかりけれかけすゆらりとはねこへ。中門めんらう遠侍ひ。長田ををふて走りしは。あら鷹か。とやをくゝつて。雉子ををふかことくなり。去間長田。妻戸よりもつつとぬけ。行方しらす成にけり。金王是を見て。力をよはぬ次第とて。又取てかへして。大勢の中へわつて入。西東。北南くもてかくなは十文字。八はなかたといふ物に。散々にきつたりけり。手元にすゝむ兵を五十三騎きりふせ。大勢手を負せ東西へはつとをつちらしうみの渡りをさふなくし都をさひて上りける。金王か心中をは。貴賤上下をしなへ。かんせぬ人はなかりけり。
元和第四暦戊午孟秋吉日
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