文学
(大頭左兵衛本)
爰に源氏の御代に出させ給ふべき。由来を委たづぬるに。本は津の国渡辺源氏の大将に。遠藤武者藤房か其子に。遠藤瀧口守藤と申せしに。出家してのかいみやうを。文学とこそ申けれ。其比あらざる大行をくわたて。真言教に心をかけ。ごくねつに笠をもきず。けむとうのさゆる夜ふすまのかずをもかさねず。大嶺かづらき七度とをり。熊野のなちの瀧に三七日うたれ。正心の大聖明王にあひたてまつりしかば。すでに権者とこそ申けれ。其後都へ上り。あたご山のふもと。高雄の神護寺と申古寺に御座ありしが。かゝるばうゑいぶつかくを建立すべき事こそさいはいなれ。まづしゆろうこむりうあるへしとて。洛中洛外を勧進してまはられしが。東山院の御所法重寺殿に参り。これは高雄の神護寺の。鐘つきだうの勧進にまいりて候。御奉加あれと文学は。勧進帳をたからかにこそよみ上けれ。比は卯月上旬の事なるに。遅桜ちる木の下はさむからで。空にしられぬ卯の花の。雪はお庭にちり敷て。山郭公村雨に。ぬれてさはたる折ふしに。雲上の管絃こうは。なかばなり。上らふたちは御覧じて。さうざうなり後日にまいれ御奉加あるべしとの御諚なり。文学聞しめされて。何雲上の管絃こうとや。せうちやくきむくご。ひはねうどうのあそびは一旦の栄花。鐘つきだうの勧進は末世のためにあらずや。管絃こうとゞめ。御奉加あれと文学は。又勧進帳をたからかにこそよみ上けれ。上らふたちは御覧じて。さうざうなりあの法師を。追出せとありしかば。承ると申て。青侍七八人はらりと立て。文学をひつたて。後日に参れ御奉加あるへしとの御諚にて候に。重而参事こそきつくわいなれ。いそき出よといふまゝに。そくびをついて追出す。文学御覧じて。心にあたはぬ事なれば。いかにもしづかにあゆみ出る。いそぎ出よといふまゝに。文学の持せ給へる勧進帳をひむばうて。ふたつみつにひきさき。かしこへかはとなけ捨。又とつてひつたてゝあふ門の外へそ引出す。文学御覧じて。抑是は何事そ。いなゝらはいくたびも。そのよしをこそいふべけれ。黒衣の上のちじよくを。あたふる所はいこむなり。つらつらものをあむずるに千手の二拾八ぶしゆ。薬師の十二神じやうと。がうざむせぐたり夜叉明王の。がうまのりけむをひつさげてあくまを退治し給ふに。なむぞ文学か。たいしたる此けむは。いつの用ぞとおぼしめし。薄墨染の衣の袖をくるくるとくりあけて。めての脇よりも。氷の様なる剣をぬき。おつふせおつふせさす程に。青侍を七八人。時刻もうつさずさしころす。しゆふむのふしともあつまつてたかてこてにいましめて庭上の小庭にひつたてたり。上らふたちは御覧じて。ぼつかうものゝ文学とはあの沙門か事か。いそきうむきをはねよときせられけれは。すでに死罪に及びけり。されども法王よりのせむじには。たとへばあの沙門こそはかいのものといひながら。げだつどうさうの。種々の法衣をみにまとひたるものを。つるきのさきにかくへきそ。七條おほちにどくつをかまへおとし入。百日を待へし。百日過ばほりおこし。跡をばとうてえさせよとのせむじなれは。官人等すきくわをもつて出。七條西の洞院に。二丈五尺に。つちあなをほつて。文学をおとし入。上にも土をはねおゝひ。百日ひかすを。送りしはけにあはれなる次第也。かくて十日計打過て。文学の籠のあたりに声あつて。此内のひじりひじりとありしかば。文学聞しめされて。かやうにどくつにこもりてのち。とひくるものもなきものを。一向に我をうしなはむとのせむじにてありけるな。ぢよくあくせちうなるあいだ。よしそれとても力なし。候とそ仰ける。別の子細にても候はず。中堂薬師いはうぜむせいよりの御諚には。たとへばあの沙門こそ。破戒のものといひなから。あらざる大行をくわたて。いまだ其願成就せず。今一度たすけをき。しよくはむせさせむとの御諚にて。十二神の中よりも。こむびら大じやう御使に参て候。とくつのくらき闇ならば。るりのつぼをえさするぞつぼのひかりて照してゆけ。しよくじののぞみのあるならは。とてもくすりをえさする上。薬をぶくして命をつけ。それ給はれ文学とて。けにあてやかなる御手にて。るりの壺をそくたされける。けにとくらき闇をは。つぼの光で照しけり。食事ののぞみのある時は。くすりをぶくしていのちをつく。なにゝ其身のおとろふべき。やせすくろます。文学は日かずを。をくり給ひけり。又十日計打過て此内のひじりひじりとありしかは。候とこそ仰けれ。中堂薬師いはうぜむぜいよりの御諚には。さやうにどくつにこもらむよりも。わが山に来り。経よみだらにをみて。百日を待へしとの御諚なり。文学聞しめされて。かやうにどくつにこもりては。何としてかは出べきそ。こむひら大じやう腹をたて。さやうの心中にてこそ。かゝる無明のくをうくれ。神通自在たるへくは。などか出ざるへき。文学けにもとおほしめし。ゐたる所をたつとおもへは。其身はけしのことくにて。出られけるそ。しゆせうなる。さてこむひらと打つれて。中堂薬師に参り。経よみたらにをみて給ひて。あかしくらすと。せしほとにはや百日に成にけり。まむじける夜半に。辱も御本尊は。みちやうの内よりあらたに御声出させ給ひ。いかに聞か文学。日数もけふは百日とおぼゆる也。人の心をやぶるは。ぼさつのぎやうにあらずや。いそぎどくつに罷帰。法王よりの御尋にあふべしとの御諚也。文学聞しめされて。承候とて。いそきどくつにかへらるゝ。去間法王よりの御諚には。ありし時のひじりは。日かずもけふは百日とおほえたり。いそぎどくつをあけ。跡をはとふてえさせよとのせむじなれは。官人等すきくわをもつて出。とくつを明て見てあれは。やせもせすくろみもせず。いとゞけしきはあてやかににつことわらつて出給ふ。官人きもをつぶしつゝ東西へはつとにけちつたり。文学御覧じてなふ何とてぎやうてむし給ふそ。是はありし時の。聖にてはなきかと文学に力をつけられ。やうやう心を取なをし文学をしゆごし奉り法重寺殿へそまいりける。上らふたちは御覧して。御目を見合したをまいておちさせ給ふ。法王ゑいらむましまして。殊勝なりとよ文学。爰にたとへの候ぞ。愚者の作る善は善ともにつみ。智者の作るつみは罪ともにぜむとは。今こそおもひしられたり。さらばありし時の勧進帳を。たからかによみ候へ。ちやうもむあるべしとの御諚なり。文学聞しめされて。勧進帳はあらはこそ。時刻うつじてかなはじとおほしめされ。持たる扇ををしひろけ。勧進帳を文学は。たからかにこそよみ上けれ。沙弥文学うやまつて申。殊には貴賤だうぞくのじよじやうをかうふつて。高雄山の霊地に一院を建立し。二世安楽の大りをこむきやうせしめむとこう勧進の状。夫ひそかにおもむみれは真如くわうだいなり。しやうふつのけみやうをたつといへと。ほつさうずいまうの雲あつくおゝつて。十二因縁の嶺にたなびいしよりこのかた。ほむう。しむでんの月の光かすかにして。いまた三徳四万のたいきにあらはれす。かなしきかなやぶつにつはるかにぼつして。生死るてむのちまた。みやうみやうたり。たゝ。いろにふけり香にふける。たれかぎやうざうちようえむのまとへをしやせむ。いたづらに人をほうじ法をほうず。これ。あひゑむらこくそつのせめをまぬかれむや。爰に文学たまたま。ぞくぢむをうちはらつて法衣をかさるといへと悪行なを心にたくましくして。日夜につみを作りせむひよう又みゝにさかつて朝暮にすたるいたましき哉二度三づのくわきやうにかへつてなかく生死の。くうりむを。めくらさむ事を。其故に無二のけむしやう千万ぢく。ぢくぢくに。ぶつしうのゐむをかむずすいえんしじやうの法。ひとつとして。ぼだいのひがむにいたらすといふ事なしかるかゆへに。文学無常の願文になむたをなかし上下のしむそくをすゝめ上品蓮台の縁をむすひとうみやうかくわうの。れいぢやうをたてむとなり。夫高雄は。山うつたかふして。じゆぶうせむの。木末をへうし谷しつかにしてしやうざむとうの。苔をしげりがむせんむせんで。布を引れいえむさけむて枝にあそふ人輪遠してけうちむなし。しせき。ことむなふしてしじんのみありちけいすぐれたり尤仏天を。あかむへし奉加すこしきたり。たれかじよじやうせざらんやほのかに聞じゆしや。いふつたう功徳。たちまちに仏因をかむずいはむや一紙。半銭のほうざいにおいてをや。ねかはくはこむりう成就して金言法力御願円満ないしとひ遠近りんみむしむそぎようしゆむぶゐのくわをうたひちむよう。さいくわいのゑみをひらかむことには又。しやうりやうゆうひ前後大小。すみやかに。一仏じゆもむのうてなにいたり三心万徳の月をもてあそばむ。よつて勧進修行の趣。けだしもつてかくのことし。治承三年三月の日文学坊とぞよみあげける。法王ゑいらむましまして。殊勝なりとよ文学。さては権者にてましましけるや。今日よりして文学上人にふせをき申。いそきわが山へあがり給へ。御奉加あるべしとのせんじは。面目とこそ聞えけれ。然とは申せども。諸卿のこらず一同に。そうもむ申されけるやうは。たとへばあの沙門を。すなをにをかせ給ふならば。らうぜき国にあまるへし。死罪をばやめられて。流罪させられ候へと。そうもむ申されたりけれは。右大将宗盛の卿。此よしを承り。もしさもあつて候はゝ。なにかしに申給はつて。伊豆の大嶋観音だうへ。ながしうしなふべしと。そうし申されたりけれは。法王ゑいらんましまして。其比平家の事を是非をむだにし給はず。ともかくも宗盛かまゝたるへしとのせむじなり。宗盛文学を給り。かまへて本道はむやく也。くまのゝなだを渡し。ふなぢたるへしとの御諚にて。福井の庄の下司。次郎太夫ありはるに仰付。ありはる文学を給はり。上下卅六騎にて文学を守護じ奉り。法重寺殿をそ出にける。あらいたはしや文学。都の内を出し事。今はかりとやおほしけむ。七條おほちに立出て。ひがしをはるかにながむれは。音羽の山のまつかせに。をのれときむやしらむらん。麓に落る瀧つほは。名になかれたる清水寺。本尊は千手千眼。若我誓願の御ちかひもらし給はすは。今一度都へ。かへし給へときせいして。西をはるかにながむれば。丹波においの山。嶺のたうたにのだう。嵯峨法輪寺。うつまさの薬師になをもなこりあり。北には鞍馬せき山。鬼門にあたりてひゑい山。中堂薬師の十二神。さてわか山の十二神。こむひら大しやう七千のやしや。北野を拝し奉り。文学かこのたひのおむるのさいをなためつゝ。いま一度都へ。かへし給へときせいして。南をはるかになかむれは。八幡山に。たつ霧の岩清水にやかゝるらん。がいとくげたつぐせいりき。こがう八幡ねかはくは。けむしをまほりたひ給へと。きせいを申させ給ひつゝ。しつか作りみち鳥羽殿の御さむざう。余所なからふしおがみ。刑阝左衛門なにかしか。其旧跡を。見るからにいとゝなみたもせきあへす。念仏申経をよみ。そのいうれいをとふらひて。淀に津につきけれははや河舟にうつされて。水にまかせてなかれゆく。弓手をはるかになかむれは。琴の音しらふるきむやのさと。かのさいこ中将の。ましろの鷹を手にすへし。かたのゝ原の。かり衣今きて見るそよしなき。めては山崎関戸のゐむ。たれかたてけむたから寺。ひなをそたつる鳥飼のかふりのさとはこれかとよ。絵のぐはげたるふる仏。はや渡部に付しかは海上はるかに梶をとりおいてのかせにほをあけて。なみちはるかに。ふかれゆく心さしこそあはれなれ。文学仰けるやうは。あつはれけむじの世なりせば。かほとのざいによも遠嶋まてはながされじものを。これも平家のやつはらが。てうくわするによつてなり。これより伊豆の大嶋へ。なむ十日にもゆかばゆけ。けむじをまほるしるしには。しよくじをとゞめぶくすまじとて。ふな底に入らせ給ひ。枕とつて引よせ。打ふし給ひて其後は。おきさせ給ふ事もなくまたね入給ふ事もなし。ふしなから仰けるは。さて爰はいづくをとをるそ。天王寺の沖と申す。文学聞しめされて。異国にては南覚大師。わかてふにては聖徳太子。衆生さいどのじひふかし。さりとも仏法がたの文学をば。よも捨はて給はじな。扨爰はいづくを通るぞ。住吉さかひうぢのみなと。わかふき上やたまつしま。布引のまつきみゐてら。ふちしろたうけゆらのみなと。きりへのわうし。ちりのはま。みなへ。田那辺の。沖過てなちの沖とそ申ける。文学聞しめされて。われ此御山にまいり。三七日瀧にうたれ。正心の大聖明王に。あひ奉りし其時ははや権者とこそいはれしに。何とおこなひなしたる文学か行そや。爰はいつくそはまの宮。さのゝまつ原太夫のまつ新宮のみなといたのさと。いせの国嶋の国。おはり三川の。沖過て天龍のなたに付給ふ。去間かのなだと申は。東国一の悪所なり。富士の高根に黒雲か。ふたなみみなみざつとかゝると見えしかば。あはけしきのかはるは。みつなをといてほこもをおろし。ほばしらをたてなをせと。いへる時刻もなかりけり。伊勢の国くづかあらしといふ風か。まむ十文字にふいたりけり。くまのなる新宮嵐はうしろにふく。一方ならす四五方より。もみ合たる風なれは。古木はえだをおろしてふき。もくよくをあらひ。くさのねをかへして。あぐるなみはひとへに。けふりのたつかことくなり。四方のかぜか一度にはつと。もみ合てふく時は。今は此ふねかなふへきやうあらすして。かたはらをたてゝくるりくるりとめくりけり。ふねの内なるものともか。声をそろへて一同に。南無阿弥陀仏と申けれともふな底なる文学は何おもふたけしきもましまさす空いひきしてこそふされけれ。しゆごのぶしかむどりども。此よしを見るよりも。あらふたうなあのひしりや。たとへは便船なむとにて。のつたりと申共。かゝるふうはのなむならは。御経よみたらにをみて。龍神なうじうの。きたうなむどもあるへきに。此おきにてわれわれが。しせむずる事ともはあの文学故とおぼゆるなり。ふな底よりも引出し。海へいれんといふもあり。又あるかたの意見には。わたくしならぬ文学なればいかゝはせむと申もあり。かやうにいろいろさたしけるを。聖は聞しめさるれとも。いよいよきかぬ体をして空いひきしてこそふされけれ。かゝりける所に。ともうつ波かあまつて。文学のつぶりの上をさつとうつてそとをりける。其時文学腹をたて。ふしたる所をかつはとおき。ふねのへいたにつつ立あかつて。大音あけて。いかに此沖を上人かとをるをしらぬかえい。さこそ流人といひなから。龍王だにもあなつりて。此浪風をたつるは。大龍めかわさか。小龍めかわさか。雨風やめぬ物ならは。龍宮とはいふましきぞ。文学分入て。ためしをたつてくれうそえい。龍王め。龍王めとぞいかられける。しゆこのふしかむどりとも。此よしを見るよりも。さればこそ文学にははや物かついてくるはするぞ。龍王めとさうこむせば。いかでなみ風やむべきぞ。これにつけてもわれわれが。死せむずる事ともは。うたかひあらじと申つゝ。いよいよ念仏しけれとも。聖はちつともとうてむせず。龍王めとそいかられける。文学の御心すゑたのもしく覚けり。かゝりける所に。びむづらさうにゆふたる天女壱人なみの上にたゝすみ。上人にむかつて申けるは。われをはたれとかおほしめす。龍宮の乙姫に。こひさい女とはみづから也。聖人の此なみの上をおとをりあるを。おがみ申さむ其為に。つの国わたなべよりも。これまて付そひ奉り。ひまをうかゞひ申せども。ふねの内に御寝あつて。おきさせ給ふ事もなし。かくて大嶋の御堂にあがらせ給ひては。いつの世にかはおがみ申へきとおもひ。此なみかせをたて申。聖人の御すがたをおかみ申事の有難さよ。今は拾六のつのおち。成仏とくだつうたがひなし。いざゝらはこうはの風やめてまいらせむと。かきけすやうにうせけれは。今まてあれておそろしき。闇海のおもてへいへいとし。追手の風かふきければ。しゆごのぶしかむどりとも上人をらいし奉り。ろかいかぢをたてなをし。風に任せてふかすれは。都をたつて文学。伊豆の大嶋まて。五十五日に付給ふに。しよくしをとゝめ。給ひしはげむしをまほるいはれなり。かくて文学。大嶋の観音堂にあがらせ給へは。をくりの人々も御暇申都へこそかへりけれ。爰に文学の御弟子。学文坊と申ておはせしか。一時もはなれ申さねども。今度は流罪の事なれは。力をよばすひとり都にとゝまりて。なげく事かぎりなし。かくてもあられぬ事なれは。御跡をたつね申。本道にかゝり。夜を日についで下る程に。大嶋の観音堂に参。上人にあひ奉りよろこぶ事限なし。かくて師弟の人々。観音堂に御坐有けれども。あたりの里人まいりたつとむ人もなし。何としてかはちかづけむとおほしめし。さうぎやうの法をおこなはせ給ふ。かゝりける処に。ひるが小嶋に御坐有。兵衛のすけ頼朝はつたえきこしめされて。御めのとに盛長をめされて。いかに盛長承はれ。大嶋の観音堂へこそ。都よりうけむちとくの上人の御下りあつて。さうぎやうの法をおこなはせ給ふか。露程もちがはぬよしを承る。いざやまいりて御うらひとつとひ申さむ。尤然べしと。しうしう御ふねにめされ。大嶋の観音堂にまいり給ひ。うしろだうの縁の板を。たうたうとふみならし給ふ。折ふし文学は。初夜のつとめのそのために。高座にあからせ給ひしが。うしろだうのえむの板のなつたるを聞しめし。御でしの学文坊をめして仰けるは。あらふしぎや。唯今うしろだうのえんのいたのなつたるをとを。ひじりはふしんにおもひ。しかむをとつて見てあれは。遠くは百日。ちかくは五十日の内に。日本国のあるじにならせ給ふべき人の。足音と聞たる事の不審さよと。師弟子御ものかたりありけれは。頼朝うしろだうにて聞しめし。あらめでたのうらかたや候。是にましたる事あらし。いざもどらむと仰けり。盛長承り。かゝるうけむちとくの上人にあひ奉り。なをなをゆくすゑめてたかるへき事ども。御たづねあれと申。頼朝けにもとおぼしめし。つとめ一座の過ほと。うしろだうにたちやすらはせ給ふ。かくてつとめも過けれは。唯今のまれ人こなたへと仰けり。頼朝座敷になをらせ給ふ。文学御覧じてあらふしきや御みはたれ人そ。童名は文殊子。元服し給ひてそのゝち。右兵衛佐頼朝にてましますか。さむ候と仰けり。御身の父義朝のなれるはてを見たきかとありしかば。頼朝聞しめされて。見たく候とも見たからずとも。中々申に及はず候。いでいでさらは見せ申さむとて。そばなる笈を引寄。からげなはふるふるとひつといて。上だむよりもにしき七重につゝみたる。しやれたるかうべを取いだし。これこそ御みのちゝのなれるはてよ。見給へよとありしかば。頼朝御覧じて。さらにまことゝおぼさねば。さあらぬ体にもてなし。そばなる机の上にさしをき給ふ。文学御覧じて。程ふりたる事なれば。さだめて御うたがひあるへし。其しるしを見せ申さむとて。机なるかうべにむかひ。右兵衛佐頼朝こそこれまてたつね来り給へ。義朝。義朝と二三度四五度よび給へは。しやれたるかうべの御眼より。御なみだそゝき。それかあらぬかと御声かすかに聞えければ。其時頼朝。机なるかうべ取上。御袖の上にをき。たかだかとさしあけて。たゞいきたる人に物をの給ふ風情にて。さても西坂本までは御供申て候ひしが。くらさはくらし雪はふる。さがりまつの辺にてをひをくれ奉り。夜もほのほのと明るまてりうげの山にまよひしが。北近江くさのゝ庄司にたすけられ。かれが所に年をゝくり。春にもならは御跡をたつね申さむとおもひしに。尾張のくにのまのうつみにて長田にうたれさせ給ひ。御くひのぼり極門にかゝれるよしを承る。せめてはかはらせ給ふ御すかたをなりとも。見まいらせんとおもひ。くさのゝさとを。たち出てしのひ都にのほりけり。今津川原をとをる時。弥平兵衛にいけどられ。うき六原にわたされて。六條。河原にてすてに死罪にをよひしを。いけのにこうにたすけられ。此国へうつされて。廿余年の春秋を。ゝくりむかへて過行とも。すこしもちゝの御事をわすれ申事もなし。いのちの内に御すかたを。見まいらするうれしさよ。あれは文殊か右兵衛佐かと今一度仰候へと。きえ入やうになき給ふ。文学も学文もさて御供の。盛長も声をおしまずなきゐたり。文学此よし御覧じて。それは五ぎやくざいの人なれば。なみたをかけぬ事にて候。それこなたへと仰あり。やがてもとのごとくにおさめ給ふ。文学仰けるやうは。此法師があらん程は。御心安くおぼしめせ。平家をてうぶくすへしとて。やがて十二ヶ條のまき物を書こそしるし給ひけれ。抑拾二ヶ條と申は。第一に天地のきたう。第二に国王のきたう。第三に父母のきたう。第四には源氏のきたう。第五にはげむじをまほるじゆじやうのきたう。かくのことくの五ヶ條は。五体五行五節の。いはひをかたとる所なり。今のこる七ヶ條は。平家をうしなひほろほすべきてうぶくの七ふしきを。あらはす七つのかずなりけり。これは御身のはるばると。来り給へる此たびの御引出物とてまいらせらる。頼朝なのめにおぼしめし。三度いたゞきまほりにかけ。万事はたのみたてまつる。さらば御暇申とて。又御ふねにめされて。なこやの御所にそかへられける。これぞこのげむじのはむしやうのはじめと聞えけり。其後文学はしらきのこしをさゝせ。南のえむにかきすへて。こくうにむかつて仰けり。文学こそたゝいま上洛仕れ。こしかきやあると仰けれは。おつとこたへて程もなく。力者二人来り。御こしをかき。こくうへあかると見えしかは。せつなか間にわうじやうのあふぎおむばやしにつき給ふ。ひるは人目をはゞかれば。夜にいれば文学。四條の町へ立出。かずのぐもつをかひあつめ。祇園林の其中に。三重にたむをつき。七重にたなをゆひ。百八十本のへいぐしをきりたてかすの人形をつくつて。平家のむねとの雲客の。名字名乗を書しるしてうふくの法をおこなはる。三七日にまむずる時。上たむ中たむ下たむの。百八。十本のへいぐしが。一度にばつとみたれあひ。平家のむねとの雲客の御くびきれて明王の。りけむにたつと見えしかば一方は成就したりとてたむをやぶつて出給ふさてこそ寿永の春の比平家都をおとされ。終いくさにかたずしてほろびはてさせ給ひしは。文学のいきとをり。こはきゆへとそ聞えける。
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