九穴の貝
(藤井氏一本)
さる間、頼朝の御諚には、「浪の上、舟の内にての遊びには、何々と申すとも、海士のかづきに、よもしかじ。海士を召し寄せ、海へ入れ、生きたる貝を取り上げて、肴にせん。」との御諚なり。梶原、承り、「海士を召さんは、時刻の候。我と思はん若侍、この海へ跳んで入り、海藻取り上げて、君の御目に懸けよ。」と言ふ。本間の弥二郎、聞きあへず、紐引つ切つて裸に成り、海へざんぶと入つたりけり。余り慌てて入る程に、烏帽子着ながらつつと入り、螺に海松布のついたるを、取り上げて参らする。頼朝は御覧じて、「あつぱれ、祝ひの曲かな。」とて、よかりける所を百町、下し賜びにけり。これを見ける若侍、「我劣らじ。」と海に入り、或いは螺、栄螺、海松布、若布なんどを、取り上げ取り上げ参らする。頼朝、御感に思し召し、百町、二百町、鎧、腹巻なんどを、梶原を奉行にて申し下されけるとかや。
ここに秩父の六郎殿、真時ばかり海に入り、未の下がりもとまでは、その身も更に浮出ず。頼朝の御諚には、「あの秩父の六郎は、歳にも足らぬ初冠なるが、逸り雄のままに海に入り、何とか成りけん、おぼつかなし。重忠の若者ども、入つて探せ。」なんどと、再三、御下知下る。秩父殿、申さるる、「御諚にては候へども、弓取の子どもは、海山川に達者にて、馬にもよく乗つてこそ、君の御前に罷り立って、勲功、勧賞に預かるべき。かかる遊びの水錬に、溺れん程の不覚人、取り上げたりとも御前には、立つべきにても候はず。只々置かせ給ひて、成り行くさまを御覧ぜよ。」と、あざらへ笑つておはします。
その後に六郎殿、いかなる術構へけん、元結の先をも濡らさずして、猛なる貝を三十取つて、肌にひつしと取り付け、溜息ついて浮き上がる。頼朝は御覧じて、「さながらそれへ参れ。肌に貝の付きやうを見物せん。」との御諚なり。恐れ入つて参らず。重ねて御諚下りければ。斎院次官親能が、手を引いて参りけり。頼朝は御覧じて、「今日の水錬は、いづれおろかに思はねど、秩父の六郎が肌に貝の、さても付きやう。希代の不思議におぼゆるものかな。」と、御盃に差し添へ、常陸国鹿島庄開発の郷とて、八百町の所を下し賜びにけり。一門残らず引き連れ、所知入りとこそ聞こえけれ。
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