ほり川
(内閣文庫本)

去間判官殿。あけけれは参内申さるゝ。御門ゑいふんましまして。幾程なくて上洛は。心もとなくおもへとも。御門守護せん為ならは。相坂より西。卅三ヶ国をとらすると。せんしを蒙りたまひて堀川殿に移らせたまふ。かくて近国の大名小名。関東よりの御上洛と承り。くんこうけしやうにあつからんとて。門外に駒のはなゆるす事こそなかりけれ。されとも関東よりの御ゆるされもなきあいた。おこなひたまふ事もなし。四国西国は皆此君におもひつき申。今こそかやうにましますとも。終には日本半国の。御大将にてましますと。いつきかしつき奉る。すてにはや此事関東にかくれなし。梶原今はかうそとおもひ。君の御前にかしこまり。すてにはや御さうし。御ゆるされもなけれとも。相坂より西。卅三ヶ国を我かまゝ成とのたまひて。四国西国よりも関東へ参るつわものを。ことことく都にて押とゝめたまふ。其上此君。かくて都に御さあらは。終に日本は此君の。御はからいと成へし。いたはしくは存れとも。此君をうちまいらせ。御きやうやうを懇に御とひあれと申す。頼朝聞めされて。実々それはさそあるらん。急き討手をのほせよ。梶原おもふさまにしすまし。御前を罷立。たれを討手にのほすへき。是ににくき相手あり。御内の土佐正存は。心も剛にて智恵ふかし。やゝともすれは某に。敵をなすものなれは。かれを討手にのほすへき土佐を討手にのほするならは案ふかき者にて。きけいもうたれたもふへし。たとひうたれたまはすと土佐をは終に討るへし。土佐たに討れて有ならは。義経もほろひたもふへし。両敵なからほろほして。浮世の中を楽々と。すまはやなんとおもひけれは。あんしすまして梶原はしやくとりなをし。申けり。けふこの比関東に。弓矢をとつての名仁。其かすおほしと申せとも。御内の土佐正尊は。心も剛にて智恵ふかし。かれを討手におのほせあれ。頼朝きこしめされて。実々此者十九の年。いまたこんわう丸と有し時。かうの殿の御供申。尾張のおさたかたちにて。長田か子とも。その数人をほろほし。その名を得たる者なれは。かれを討手にのほせよ。はやとくとくとの御諚なり。梶原承り。御判をたまはつて仰つけんと申。頼朝御判を出させたもふ。土佐か宿へそつけにける。土佐は御判をたまはり。あらあさましのことゝもや。日本かよつてせむるとも。やわか討れ給ふへき。義経の御討手を。土佐一人に仰つけらるゝ事。御前へひき出され。頸をきらるゝ程のこと。ちたい申たけれとも。御意にもれても正尊か。命生てもかひあらし。たとひのほると此事を。ふかくつゝめといふまゝに。むねとの兵を。八十三騎揃へつゝ。鎌倉内を忍ひ出。道にて出立けるやうは。鎌倉殿の御代官に熊野へ参ると披露して。上から下に至るまて。しやうゑひさふりたちきせ。いちめかさにして付させ。よろひいれたるなかもちに。をはけたてしめひかせひき馬ともの。尾かみにも。ゆいして切て付させ。渡る瀬毎にこりをかき。夜を日についてうつほとに鎌倉を出て廿日には都入とそきこえける。五條油の小路に宿をとり。土佐はきこふる名仁にて。まつてうをかたらひ。御所のけこをみする。てうは走帰り。いついつよりも御所様には。御用心もましまさす。よきをりからと申す。正尊聞て。扨はをりこそめてたけれ。明明日の暮程に。せひにおひてかゝるへし。つめかゝせたる駒共の。すそをひやせと下知すれは。さつしきともか乗つれて。堀川おもてへ打ひてゝ。駒のすそをそひやしける。かゝりける所に所に大将の御内成。伊勢の三郎吉盛は。堀川おもてをみてあれは。かうたる駒のけよけなるをのりつれてこそひやしけれ。吉盛是をみて。都にをゐて。大将の御内にもかほとの馬はなし。いか様是は東国方の大名の。上洛にて有けるや。とはゝやとおもひ立寄物をとふに。つゝみてさらにあかさす。やうありけると存れは。舎人おほき其中に。口のきいたる舎人有。かれかそはに立寄。きたる笠をひんぬいて。物をはとはすしてのつたる馬をそほめにける。あつはれ御馬さふらふや。つめかみの切やうは鎌倉やう候な。追様むかふよこはたはり。尾口さうとうつまねのくさり。しゝあひ骨なみよめのふしは。つくり付たることくなり。あつはれ御馬候や。か程におほき御馬の中にうり馬なんとや候覧。けうかるかわりにひきかへて。参らせんとそいふたりける。舎人此よし聞よりも。御身いかなる人なれは。そゝろに口のきゝやうは。あやしゝとそとかめける。吉盛聞て。ちたひ我等かならひにて。くちをきかてはかなはぬなり。景と田舎を家として馬をあきなひ身を過る。本は丹波の国の者。いはらのことうさことて。薬かひの針つかひ。すその血をも出すへき。御馬なむとや候らん。御ひけいあれとそいふたりける。舎人此よし聞よりも。扨はくるしくなき人や。此御馬ともこそ。明明日の暮程に。大事にあはんす御馬てさへ。すその血をも出すへし。宿を尋て御入あれ。御宿はいつくて候そ。五條油の小路にて。土佐殿の御宿と。尋ねて御入候へよ。土佐殿と申は。法師の御名さふらふか。又俗の御名にてましますか。とねりかきひてうちわらひ。けふこのころ関東に。鎌倉殿の御内成。いほうきほう土佐坊とて。三人の法師武者の。ありとは国にかくれもなし。しらぬはいこく仁かなとてからからとわらひける。吉盛聞て。さほとならん大名の。上洛ましまし候か。国に披露のなきことは。そらこと成とそいふたりける。披露なきこそ道理なれ。大事のかたきを討たん為め。忍ひて上洛ましませは。扨こそ披露は世になけれ。大事の敵とのたもふは。天下の御敵候か私のしゆい候歟。土佐殿の御身にあてゝなんてう敵の候へき。鎌倉殿の御身にあてゝ討へき御敵候ようたれたまひて其後。名字かくれよもあらし。南無阿弥陀仏と申けれは吉盛ともに念仏して。扨は義経の御事と聞すまして吉盛は堀川の御所にそ参りける。君の御前にかしこまり。東国の土佐坊か。君の御討手に罷のほりて候。判官きこしめされて。何と申そなにかしか討手に土佐なんとをのほせらるゝ事は。たうらうかをのをとつてりうしやにむかふかことし。時刻うつしてかなふまし。いそひてくして参れ。承ると申て。土佐か宿へ尋行。物申さんとありしかは。人を出してたそととふ。くるしうも候はす。大将の御使に吉盛成とそこたへける。土佐此よしを聞よりも。されは人の耳はかへにつき。眼は天をかけるとは。今こそおもひしられたれ。たれ夕阝着たる正尊を。たれやの者か参。御所にてかくと申つらん。対面せてはあしかりなん。いそきこなたへしやうせよ。承ると申て。若堂あまた出相。吉盛をていへしやうする。やゝあつて正尊は。おうひやくへにひやくたんし。わたほうしにてひたひをつゝみ。わつは二人に手をひかれていへよろほひ出て。吉盛か対座にとうと居て。如何に候吉盛。久しう御目にかゝらす候。某只今の上洛。別の子細にて候はす。関東の君のいれいもつての外にましまして。伊豆箱根三嶋。若宮の御ほうへい中々申におよはれす。又都の内の神々にも。様々の立願をこめたもふ。ことにとりはき候て。人数ならぬ正尊は。三の御山の御代官を給り。熊野へ参候か。はや老体に罷成。あふみあたりよりいれひし。行歩心にまかせす候へとも。のほらて叶ぬ道なれは夕阝上洛仕る。頓て出仕を申。此由申上んすると。随分存て候へ共。いれいもいまたすまされは。不参申て候所に。おもひもよらす吉盛の。御目にかゝり候こそ。何より以嬉しけれ。何様御酒を申さんと。三々九度とそしいたりける。酒もなかはなりし時。正尊申けるやうは。めんめん御中へ。いなかつとの有けるを。とりこしぬると存るなり。何かある御めにかけよ。承ると申てくら具足をそひいたりける。正存是をみて。あらみくるしのくら具足や。馬にそへてはなとひかぬ。兼て申せしよし盛の。りうの御馬はこしらへたるか。承ると申て。黒鴾毛なる名馬の。いつきにゆりたるを。宿の小庭へ引出す。さきひいたるくら具足。目の前にてとりをかせ。此間の長旅に。つめをかゝせてそんずれとも。是に乗て御かへりあれや。御所様の御機嫌を。万事はたのみ奉ると。まことしらかにたはかりけれは。酒にはたけき鬼神も。とらくるならひなりけれは。さしもにたけき吉盛も。やすやすとたはかられ。なに事もか事も。吉盛かくて候へは。御心やすく思召せ。御在景の間に。重而参候はんと。暇をこうて吉盛は堀川の御所にそ参りける。義経の御前にかしこまり。関東の君の御代官に。熊野へまいると申す。熊野参りのたうしやなれは。さしも御置候へかし。わか君とこそ申けれ。義経きこしめされて。いやいや日本一の義経を。討にのほりたるくせものに而。万事にきよくをかへへし。いかさまにも吉盛は。正存にかたらわされたとぞんするなり。いふしうさうおたちあれ。向後対面申ましいと。御座をたゝせたまへは。吉盛めんほく失ひ。ひきて物こそ敵よと。馬をは尾かみを切て河原おもてへをつはなし。只壱人切て入。正存とさしちかへしなんとこそはくるひけれ。其後義経武蔵をめされ。まことやきけは東国の土佐坊か。名にかしか討手にのほりたるか。五條油の小路にありと聞そ。いそひてくして参れ。まいれといふにまいらすは。くひを切てまいれ。弁慶承り。あつはれ大事の御つかひかな。さりなからあんの内に存れは。黒糸縅の腹巻を。草すりなかにさつくとき。上帯ゆつてちやうとしめ。一尺八寸のうちかたなを。十文字にさすまゝに。黒き馬にしろくらおかせ。かるけにゆらりと打のり。わつは壱人あひくし。土佐か宿へ尋ね行。駒をかしこに乗はなし。おちゑんにつんとあかり。事のやうをきけは。土佐は吉盛をたはかりおうせ。いまはとゆるすこゝろにや。てういろこのみなみすへて。酒もりなかはとそみえにける。弁慶是をみて。あひの障子をさつとあけ。随分は正尊の。うしろをそしらぬ弁慶にて。時すいさん申て候。何様御意の通りを。まちかく参て申さんと。大勢の兵を。のりこへのりこへとをり。土佐か対座にとうと居て。妻手の小うてをむすと取。申せと御諚の候ひつる。いれいときこしめされて。もりに武蔵を参らせらる。はやはや御参り候へと。こかひなとつてひつたてゝちゝめかひてそ出にける。大勢の兵とも。そは成るうち物を。ひつたをしひつたをし。はゝきもとをくつろけ。すてにたゝんとしたりけり。土佐はきこふる名仁にて。手こめにはせられつ。かなふへきやうあらされはやあ。何をさわくそわとのはら。いまにはしめぬ武蔵殿にてさけうことなくましますそ。しはらくそれにて酒盛せよ。やかて帰らん人々とて。宿の小庭へ出にけり。土佐か郎等つゝいて出て。あれまておとも申さんと。我も我もとすゝみけり。弁慶是をみて。きやつはらにすくめられ。あしかりなんと存れはやあめしもなきに推参して。むさしめうらむるなかたかたと。大のまなこににらまれて。すこしひらむ其隙に。土佐かよわ腰むすとだいて。鞍つほにとうとをき。我か身もやかてとひかゝり。後馬にのつたりけり。弓手の手にて正存か。はかまのきゝわむすととり。めてに刀をぬきすかし。さもあれ御へんはいれひして。行歩心にまかせすと。承はつて候か。おもひの外にひきかへて。ちよいろこのみなみすへて。酒もりしたまふあやしさよ。何事にのほりたるそしいしゆを残さすはやかたれ。いかにいかにと云けれは。土佐はきこふるめいじんにて。爰にて御へんと某と。問答たいけつしたれはとて。りひをわくへきなかてなし。迚御所へまいる上は。あれにてしいしゆを申すへし。しはらくまてや武蔵とて。こまをはやめてうつほとに堀川の御所にそ参りける。門外に駒をのりはなし。はやくして参つたるよしを申上る。さすか正存も。鎌倉殿の御代官に。熊野へ参ると申。熊野参のたうしやなれは。ちかふめせとの御諚にて。ちうもん迄めされ。さぬき円座をなけ出す。正存をめすなをりしきたひし。かうへを地につけ赤面す。義経御覧して。いかにめつらしや土佐坊。まことやきけはなにかしか討手にのほりたるときく。勢はいかほと持たるそ。いつくにかくし置たるそ。ありのまゝに申せ。いつわる気色あるならは。まつたくそこをはたゝすましいそ。いかにいかにとの御諚なり。正存しやくとりなをし申す。さん候某只今の上洛。別の子細にて候はす。関東の君の御いれい。もつての外にましまして。伊豆箱根三嶋。若宮の御ほうへいなかなか申にをよはれす。又都の内の神々にも。様々の立願をこめ給ふ。ことに取わき候て。人数ならぬ正存めは。三の御山の御代官をたまはり。熊野へ参り候か。はや老体に罷成。瀬々のこり水身にしみ。あふみあたりよりいれひし。行歩心にまかせすさふらへとも。かゝる御きたうの折節。いれひと申て関東への。きこえもおそれと存夕阝上洛つかまつり。頓て出仕を申此由申上んとすると。随分存して候へとも。いれひもいまたすまされは。不参申て候所に。おもひもよらす吉盛を御つかひにたまはり。参候はんと出立候所に。いまにはしめぬ五條のちよいろこのみ酒もたせ。門出いわひ候を。あのむさしとのゝ御出あつて。おさへてつれて御参りある。関東より御言伝の御状なんと候を。持て参候はんと。すいふん存候へ共。おく病至極のくわしやはらにて。武蔵殿の御いきをひにおそれ。かなたこなたへにけさり。どうてんの間にとりまきれ持てまいらす候。諸事の次第をは武蔵殿と吉盛の。御覧せられて候うへ。私曲は努々候はすとまことしらかに申す。日本一の義経も。二さうをさとる弁慶も。まさる土佐にたはかられ。けにけにそれはさそあるらん。みえたる事もなきさきに。きりてすつるもむさんなり。まことになんちすこらすは。しやうしついてに起請をかけ。ゆるすへしとの御諚なり正存承り。御ゆるされたに候はゝつかまつらんと申す。義経きこしめされてそれそれ武蔵と仰けれは。弁慶承り。熊野の牛王一枚に。硯を添てそ出されたる。土佐はきこふる文者にて自筆にかうこそ書たりけれ敬白天罰を起請文の事。上は梵天たいしやく下は。四大天王ゑんまほうわうこたうの冥官。下界の地には。伊勢天照大神を初め。奉り。熊野白山。金峯ぜん。わうしやうの鎮守。稲荷祇園。賀茂春日八幡は。正八幡大菩薩松の尾平野。梅の宮惣して。ゑんふたいのうちの有精むせい。かうかうたんのもうりやう鬼神きゝいれなうしう。たれたまへ今度。正存か。君の討手にまかり。のほりたる事。候はゝすまた。私のしゆくいさらに。候はす。もし偽り申て。候はゝ只今申おろす神罰。みやう罰を。正存か。四十四の継目八十三のわうわうことに罷蒙り。候ひて今生にては正存か弓矢の冥加。なかくすたり。来世にてはむけんのそこにたさひし永劫うかむ世さらに候まし。仍状如件。文治元年。卯月廿日藤原の正存判と書たるは扨身の毛もよたつはかりなり。義経こまこまと御覧して。誠に起請のおもてはこまやかなり。神慮にまかせてかへすそとて。正存を宿へそかへされける。正存我宿にかへり。されはゆみとりはとにもかくにも物をは書へきもの也。正存まんもうなりせは。かたかたの御目にふたゝひかゝるへきか。あつはれ法師。よひ法師とそゝろに身をそほめにける。堀川殿の案内を。みおほせぬるこそ嬉しけれ。夕さりの夜半にせひにおいてかゝるへし。名残惜みの酒もりせよ。承ると申て。たりはらとうがうかきすへて。すてに酒盛をそ初めける。夜既に更けれは。時こそよけれ人々。はやうつたてといふまゝに。てんてにたい松をとほしつれ。堀川殿に押よせおもての門のうちやふり。大庭さして乱れ入。その夜堀川とのには。御用心もましまさす。十二人のおもひ人をめされ。夜とともの管絃なり。かゝる遊の折節。との原たちはむやくとて。みなみな宿へそかへされける。武蔵坊弁慶も。北白川に宿ありて私にかへりて居たりけり。適々有やう人とては。女房達に。中居の人。扨は諸職の者計。者計うたて。かりける時分かな。荒口惜や酒宴に草臥て前後もしらすふさせ給ふ。十二人のおもひ人のなかに。礒の前司か娘。司土御前はかりこそ。宵の間にしらぬ女の。けこをみつるとあやしめ。夢もむすはすまとろます。相まつるところに。夜討うんかにみたれ入る。義経のすかたをみ申に。前後もしらすふさせ給ふ。なうなうとおこし申せとも御返事もましまさす。司土心におもひけるは。実やたけき弓取は。物の具の音にをとろきたまふと聞てありとおもひ。御きせなかをとり出し枕かみにさくと置。義経かつはとおとろき。ことさうさうや司土こせ何事にやとありしかは。夜討か入てさふらふにをき相たまへと申す。義経きこしめされて夜討といはんにことことしく。正存にてそあるらん。何程の事のあるへきそ。あまり草臥。まつしはらく。いややすまんとのたまひて。又こそやすみたまひけれ。司土みまいらせなう。既にましかく参るなり。をき相たまへと申時。義経かつはとをとろき。さらはきせなかまいらせよ。承ると申て。御きせなかを奉る。弓手の小手をさしたまへは。妻手をしつかまいらする。妻手のすねあてしたまへは。弓手をしつかまいらする。はいたてとつてをしあつれは。物の具のわたかみつかんて引立。草すりなかにざつくとめし。上をひしむるその隙に。甲をとつてまいらする。しのひの緒をしむるひまに刀をとつてまいらする。さやからみしたまふ間に太刀をとつてまいらする。帯とりしむるその隙に。えひらをとりて参らする。かけ緒をとゝむる其ひまに弓をは司土押はつて。すひきつる音ちやうとして義経に是を参らせけり。義経此よし御覧して。あつはれ司土は弓とりのおもひ物やとのたまひて既にすゝむて出られけり。しつかもつゝひて出たりけり。義経御覧してやあ。さたうなり司土こせ。しのへしのへと仰けれとも耳にもさらに聞いれす。まつさきにこそすゝみけれ。すゝむ姿を御覧すれは。もえきにほひの腹巻を。きぬの下にそきたりける。義経秘蔵の白柄の長刀弓手の脇にかいこふて。たけ成髪をはつとみたれは黒母衣やらんとみえたりけり。義経御覧して。荒面白の合戦や候。四国西国のたゝにも。かほと面白き軍はなし。とてもの事にてあるならは。庭へ出てのあそひに花と蝶とのみたれ足。みてこそ心はすみ候へや。あこなたへこよや司土とて西の小庭に。出たまふ。ころはいつその比そとよ。文治元年卯日廿日の夜の事なり。藤花は松にかゝりて。色々の草花のらんてんしたる。あり様は錦をさらすことく也。池のみきわにのそむとき。しつかか姿は。花に似て。いまた秋にはあらねとも。女郎花かとうたかはる。義経中さしを打つかわせたまひ。矢さきにかたきはきらうましいと。指とりひきつめさんさんにあそはす。おもてにすゝむ兵を。十七八騎はらはらと射られ。すこしやころをひきしりそく。弓矢をからりとなけ捨たまひ。御帯刀ひんぬいて切て出させ給へは。司土もつゝいて切て出る。弓手を義経切給へは。妻手を司土そきつたりける。二人の人々。爰をせんとゝきり給へは。手もとにすゝむ兵を。二十七騎きつて落したまふ。残る兵。風に木の葉の散やうに。むらむらはつと引たりけり。義経司土か手をひいて。をちゑんにつんとあかり。ことの子細を御覧すれは。手負死人の伏たるはあうさんをみたしたことく也。かゝつし所に大将の御内成。伊勢の三郎吉盛は。君の御ふしん蒙て。七條しゆしやかに有けるか。夜討の由を承り。とう丸とつて打かけ。上をひゆつてちやうとしめ。一尺八寸の打刀を。十文字に指まゝに。三尺八寸のいか物作りのうち物を。するりとぬいてうちかたけ。もみにもうてはしりしか。堀川殿につきしかは南の門につつ立て。大音あけてよははるやう今夜の夜討の大将は。土佐坊にてましますか。かう申兵を。いか成物とおもふそ。大将の御内成。伊勢の三郎吉盛なり。御身ゆへに某。君の御ふしん蒙る上。手なみの程をみせんとて。おもてもふらす切て入。土佐からうとうともしうをかたきにうたせしとて。まんなかにとりこむる。吉盛此よしみるよりも大勢の中へわつて入。さんさんにきつたりけり。くひ二つとつて。大勢に手をおほせ東西へはつとをつちらし君はいつくにおはします。義経是にひかへたり。是へ是へとありしかは承ると申て。をちゑんにつんとあかつて。二つの頸をさしあけ。義経に是をみせ申彼吉盛かふるまひはたゝはんくわいもかくやらん。其後義経。敵にいきをつかせて何かせんと。またきつて出んとしたまへは。弓手に司土妻手に吉盛すかりつき。しはらく御待候へ。今は武蔵も。くまいも源八も。定て参候はんと。申もあへぬに。門外によははる声そきこゆる。武蔵坊弁慶は。北白河に有けるか。生れ付たるすいさうのあり。ことのあらんするとては。むなさわきしきりにし。左の手をだにかきぬれは。はやことありとさとりをなすか。今このすいさうのしきりなるによつて。堀川殿に何事かましますらん。みて参らんといふまゝに。とうまるとつて打かけ。上帯ゆつてちやうとしめ。一尺八寸の打刀を。十文字にさすまゝに。れいの大太刀さけはいて。夜は杖こそよけれとて杖をもつてそ出にける。堀川殿の門外に。せつなか間にはしりつゐて。ことのやうをきけは。夜討うんかにみたれ入る。よの者にてはあらし。正存にてそあるらん。是はきこふる名仁なれは。もし君やうたれてましますらんと。あまりの心もとなさに。君はいつくに御座候とよははる声にて候ひけり。義経きこしめされて。武蔵かやあ是にありとの御諚なり。さては心やすふ候。かくあるへしとごしたらは。長刀持てこうするものを。持もならはぬばうつゐていかゝせん。去間武蔵。ばうにて人をまたうたす。されとも人の持程に浦山敷てこしらへたり。武蔵かはうと申は。嵐はけしき高山の。岩間より生出たる白つけを。八尺五寸につつきつて。はしをひらく中をあつくとうかい渡るふなろなりにこしらへ。しさうかねをのへつけ。はみねにやつてやいばをつけ。八尺五寸の其内に。八十三のいほをすへ。くきのかしらをみかきたて。はさまを黒くぬつたれは。いほはかゝやく地はくろし。やいははしろし物によくよくたとうれは。ひとへにつるきのひしほこてつちやうなんとのことく成。かゝるめいよの杖ついて。南の門につつ立て。大音あけて名乗様。唯今爰もとに。すゝみ出たる兵をいかなるものとおもふそ。めつらしからぬ。大将の御内成。武蔵坊弁慶也。夜討の大将に見参せんやつとそよははりける。かゝりける所に。あらいかわのとう丸に。ひおとしの袖つけたるか。三ヶ月のことくに。ひとそりそつたる長刀を。ひらりくるりとまはひておもてもふらすかゝりけり。弁慶是をみて。武蔵と名乗にをこのけなくもかゝるは。只者にてはあらし。名字をなのらせきかはやとおもひ。唯今爰もとにすゝむたるは。たうかかうけか名字をなのれきかんと云。ちたひ夜討のならひにて。なのるほうはなけれとも。私ならぬ夜討なれは。しんてもめいよをせんためけみやうはかりなのるなり。むつの国の住人。あねはの平次光景。年つもつて廿八。八十五人か力なり。武蔵殿のてなみの程をうけてみんとそいふたりける。弁慶聞て。扨はなんちは。正存か郎等よな。なんちかしうの正存をたにも。あはぬ敵とそんするなり。そこをひけとそいふたりける。光景聞て。さしもかくれぬ武蔵殿の御諚ともおほえぬものかな。世にある人をたのむはみなよのつねのならひなり。戦場にてのそくしやうたてさらにきかれぬことさうそ。心のかうなる者をこそ。武者とは申候へ。賤しき者の打太刀か。世に有人の御身には。たつやたゝすや。うけてみたまへ武蔵殿といふまゝに。長刀の石つきくきなかにをつとりのへ。弁慶かひさのあたりに。小風を吹せてさらりさらりとないたりけり。弁慶是をみて。あつことそんすれは。はうを庭へさしおろし。石つきをおとらせ。このはかへしといふ手を出し。すそをはらつてすねあての。をくひやうかねまねきのいた。はうの石つきからりとあて。やゝもすれは光景はあゝうたれつへうにみえにける。去間光景も長刀は一手ならふたり。はうにあいては大事のもの。あしかきてはかなはぬわさ。いかにもかたきをなふりて。ひらまんところを一太刀と。心の内に存れは。敵かかゝれはとひさる。長刀の切つてには。おもてかへし芝なき。うしろをきるはなか切。さゝ浪切に水くるま。やあ。きりこみわきこみたゝくやみうちすて刀。随分大事の秘書の手を。のこさすこそはつかひけれ。弁慶あまりのやさしさに。しはらくうたてあひして。おもしろい手をやつかふと。めをすまひてそみたりける。されとも今は武蔵にまし。ひしとおもふ手もなけれは。いつ迄をいてつみ作りに。いとまとらするさらはとて。はうの石つきをつとりのへ。おかみうちにちやうとうつ。甲のからくりはらりとくたけ。落花のことくちりけれは。首の骨か打こまれ。とうへくつとそにへ入たる。五十四郡にかくれもなき。あねはの平次光景も。武蔵坊か手にかゝりみちんになつてうせたりけり。残るつわもの是をみて。武蔵坊にてあれはとて。鬼神にてはよもあらし。もらすなうてや尤とて真中にをつとりこめ。ひみつになれともうたりけり。弁慶是をみて。ほうの石つきをつとりのへ。はつはうをさしからんて。一方へをんむけ。ひしほことをしやすつき。さてくしさしといふ物に。さしつらぬいてゑいとなつた。柳桜松楓。四本かゝりの庭の内。くるりくるりとおいめくる。池のみきわのたゝかひには。山鳥水鳥けたてつゝ。けんさんところたいのや。ちうもんめんらう遠侍。こゝみいつゝこみたいつ武蔵かはうにあたる者。いきてかへるはなかりけり。鎌倉にて正存は。一騎は十騎十騎は百きに。むかふほとの兵を。八十三騎揃へしか。唯十七騎にうちなされ。行方しらすおちて行。むさんやな正存は。からから命たすかつて。河原をさして落けるを。吉盛と弁慶か。あとをもとめて追つめて。からめてつれて参りけり。義経此よし御覧してやあ熊野まいりの正存に。縄をかくるはもつたいなし。いかに如何にとありしかは。正存ちつともさわかす。いたけたかにのひあかり。大音あけて申様。命は。義によつてかろし。命は恩の為に奉る。頼朝の御為にすつる命はをしからし。君もにくしとおほすなよとくとくいとまたひたまへ義経不便におほしめし。泪をなかしたまひて。あつかうなりや正存。たすけたくはおもへともなんち二君につかへし。さらは暇をとらせよ。承ると申て。いや六條河原て切に。けりかの正存をみし人。きせん上下をしなへ。かんせぬ人はなかりけり。

前頁  目次  次頁  校訂版