夜討曽我
(大頭左兵衛本)
去程に頼朝。信濃の国みはらのゝ御狩過。其よりして相沢の原の射鳥狩三日過。駿河の富士のすそのへ御出と聞る。御領の其日の御しやうぞく。いつにもすくれてはなやかなり。青かりぎぬにたて烏帽子。尾花あしげの逸物に。白鞍をかせめされけり。御馬揃には五郎丸。赤地のにしきのひたゝれを下し給はつてこれをきる。力は八十五人が力。もえぎの腹まきをきごめにし。君を守護し奉る。ちゝぶどのいしやうぞく。鷹すへて御供也。和田の義盛かりしやうぞく。たかすへて御供なり。ちば小山宇都宮。いづれもかりばの出立にて。たかすへて御供也。惣して鷹は五拾もと。犬は八拾四疋。いぬのすゞたかのすゞ。くつはの音かざゞめいて。上下六万六千余騎。さしもにひろきふじのすそ野に。駒のたてどはなし。抑かのふじ山と申は。仁王二拾七代のみかど。継体天王の御代の時。善記三年三月十五日に。一夜が内に。こむりむざいより。涌出したる山也。あら面白の名山や。南は田子の浦浪や。やかのしほやのけふりたつ。西は海上万々としてきはもなし。されは余の山を。下にするがの富士なれは。雲より上の。八ようはみな金銀のいさこにて。まなごにつもる白雪の。所々は村消て。嶺にはけふりたえもなしふもとに霞。たなひきて山のおひかとうたかはる。山は八よう九そむにて。りやうがいをへうせり。嶺にはくしやく明王の。住給へるいけあり。ふもとにせむげむ大𦬇の。いらかをならへてたち給ふ。しやうじやうけむごの霊地として。せつしやうかいをきむだむし。れうしのいらぬ山なれはかせきのかすは多かりけり。三千余人のせこのもの。三日かけていぜんより。嶺へわけのぼり。ぜんぢやうをまつくたりに。岩をおこし枯木をたゝきおめきさけむでかり下す。おゝくのかせぎけだもの。すそのを指てそ落にける。鹿か射手にうちましつて。かけみだしてぞ入くむたる。すははや射てこそとつたりけれ。ゆむですがひめてきれ。すかふゆみ送りや。手先まかせぬむかひ鹿。面五寸の木の上を。中にて返すはしもとり。かゝたる山のそはづたひ。爰をせむどゝ見えたりけり。けふ三日のまきがりに。かせぎのかすをとゞむる事は三千七百余かしら也。天竺しだむはそはしらず。あきつしまが其内にも。か程の見物よにあらじと。諸人けうをもよほしけるは理とこそ聞えけれ。此度富士野のまきかりに。東八ヶ国の大名小名。あるひは鹿の四頭五頭とゞめ。御所領給はつてみな所知入ときこふる。あらいたはしや曽我兄弟の人々は。鹿に心のいらざれば。かの子のひとつもとゝめす。いかにもしてかたき祐経に。めくりあはでとたくみけるに。爰にゆむでのそは。柏木原の中を見るに。射てのあまたある中に。四十計なる男。ひやうもむのゆごてさし。なつげのむかばきひつこうだるが。みつある鹿に目をかけ。かりまたつがつておつかくる。時宗たそと見るに。あは祐経と見るからに。気もそゞろきみふるひ。うどむげも海中に。ひらけけるよとうれしくて。鹿矢をばそろりと捨。たのみし中ざしぬき出し。ゆみをふせてうちつがひ。矢つほは多しと申せども。われらがちゝの河津殿。くらのまへはのはづれ。むかばきの引合を。射られ給ふと聞ものを。むくひのやなれば祐経をも。おなじやつぼを射ておとし。かはつがやめにたかはずと諸人に見せ。拾八年がちそくはおなじからされど。かりばとやめはたかはずや。うてはひゞき。たゝけばなる。おもひは余所になかりけり。みのせしとがのむくひぞと。しらせばやとおもひて。はやあらはれて出けるが。待しはしわがこゝろ。五郎一人無念をはれ十郎殿をむなしくせば今生のうらみのみならすくわうせむまでも晴かたし。父母けうやうの矢なれば。兄弟して一矢づゝ。とふらふにそとおもひ。あたりを見けれはさいはいに尾をひとつへたて十郎殿余所目してこそおはしけれ。五郎余のうれしさに。鹿こそとをれ十郎殿は御覧せられてさうか。鹿といふに心え。東西をきつと見る。尾をへたてたるかたきなれば見つけぬもひとつだうり。五郎余にたえかねて。夏山やしげみの鹿は射にくうさう。其尾にあかつて。せこにあひてゆき方を。とはせ給へと申時。さては此尾のあなたに。かたきのあるぞと心へ。そはをのぼりに駒かけあけてむかひの原をきつと見るにげにも祐経爰にあり。しかもあたりに人はなし。天のをしへ仏神の。あたへ給ふとうれしくて。十郎はあになれは。一の矢をば何者か。さまたぐべきとおもひて。うつぼの底の秘蔵のとめやとつてからとうちつかひ。矢さきをさゝへはずかへし。定の矢をと心えかたきの矢つほはかりに目をかけて。馬の足は見ざりけり。心ははやれとも。人に色をさとられしと。こがけにすゝめあゆませゆくにのつたる馬は国もとよりもかうはまれなりのりしけし。よはき馬につよくたつなをのる程に。とあるふしきにむねをつき。屏風をかへすことくにはやまつさかさまにとうとおつ。五郎余のかなしさに。いそき駒よりとむており祐成をとつてひつたて申馬おこさむとひしめくまに。祐経名馬にのつたれば。谷嶺へたてゝうちのひぬ。ゆき方しらねはいづくをさしてたつねてゆくへきかたもなし。兄弟の人々。たからの山に入なからむなしくかへるふせいしうたてやみぬるきやうたい心さしこそ無念なれ。祐成仰けるやうは。あらゆゝしのかたきのくわほうや。うたてのわれらが運命や候。くわほういみしき祐経を。ねらへどさらにかなはず。爰まてのきはなれば。いざや爰にて腹きらむ。時宗承て。誠にゆみおれやつくるとやらんも。かやうの事をや申つらんさりながら。爰は人目もしげく候へば。かむじよを求て御自害あるべきなりと申て。兄弟つれてかへる。かゝりける処に。ちゝぶどのと和田殿。此よしを御覧じて。重忠仰けるやうは。あれあれよしもり御覧ぜよ。河津が子共のありさまは。みなし子と成はて。中々とむぜいろうきよもせで。おやのかたきやうたむとて。年来つきそひねらふぞや。此かりくらへも。見えがくれの御供申てありつるが。御供のためにはよもあらじ。便宜よくはかたきに。ながれやひとつと心ざす。のぞみにてこそあるらめと。おもひつるにたかはず。唯今のありさま目もあてられぬ風情なり。あきの雁にかりまたを。さかさまにはむるならひは候へども。弓矢とるみの心さし。誠やさしきもの哉。あの殿原が分として。祐経をねらふ事は。たうらうがをのとかやちゝうかあみにあひおなじ。われらもわかき子共の候へば明日はみの上にてや候はんずらん。いざやかれらに心をそへゆふさり夜うちにせさせむ。尤然べしとて。むかはきつゝみうちならし。重忠発句をこそ出されけれ。夏山や。おもひしげみのこかるゝは。よしもりやがて付給ふ。こよひ富士野にとぶひもえいづ。か様に詠し給へば。曽我兄弟は承て。かりばの庭の云捨は事さはかしき御事哉。されども此云捨はわれらをとふらひ給ふぞや。よしもりのこよひふじのに。とふひもえいづとあそばしたるは。夕去の暮程に夜うちにせよとの詞也。それをいかにと申に。むかし大唐に諸国のぶしをめさむため。町のつゞみと申て。町にひとつつゝのたいこをかけ。ほうくわをそへてをかれたり。だいりに事のあらんとては。ほうくわをあげたいこをうてば。遠嶋遠国までも一度におこり。即時に都へはせのほり。ていとをしゆごし申也。此ほうくわをば名付てとぶひとこれを申なり。ひやうがくの時のかゞり。吾朝にて夜うちの時。たいまつと云事此みよゝりもはじまれり。いこくの跡を語出し。我等をとふらひ給ふは。狂言なから誠なるへし。いざやわれらもつらね哥申さむとて。十郎殿とりあへず。上もなき。恋のけふりのあらはれて。時宗やがて付にけり。あまの岩戸を明てとへきみ。重忠よしもり聞しめし。扨はこよひをかぎり。明なば跡をとふらへとや。あはれなりいたはしゝ。世にはゞかりのなかりせば。とふらひやをも射つべしと。なみたをなかし日くるれは野宿にかへり給ひけり。此人々もうれしくて柴折むすぶ。くさやかたになくなくかへり給ひけり。馬よくかへ鬼王。だう三郎と人なみなみに下知し給へと。のべの草より外に何をかさしてくはすへき。すかうわうばむよのやかたにはみちみちたりと申せとも。曽我兄弟のやかたには水より外はなし。夕去かたきにあふべきみが。つかれなをさていかゞせむ。まちやへ出て宿をとれ。だう三郎承ると申所へ。長持あまたかいてきた。これはどれより。三浦殿ちゝふとのよりそがどのへのおざつしやうと申。めてたしめてたしかき入よ。此間人の酒をえてのふて。其ふるまひのなかりつるに。わむれい爰にてあるべし。そがとはだのはりむけ。まねきよせしばゐにゐ。三々九と五度七と。情をかけてもりながす。もとより祐成時宗は。ようしむなれば。よはざりけり。馬かひつかれなをして。酒もすくれは十郎殿。時宗に暇をこひけご見むために出給ふ。太刀脇ばさむで。かたきのけごをしつかに見てぞとをりける。あるやかたを見てあれば。明日鎌倉入あるべしとて。馬のゆあらひ庭のりし。ひしめくやかたもあり。又あるやかたを見てあれば。つゞみたいこうちならし。どめいてあそぶやかたもあり。かくみてとをれは余こくうに存。ひがしへまはつて家々のまくのもむをそ見たりける。先一番にくぎぬきまつかは木村こ。此きむらこは三浦の平六兵衛よし村のもむなり。石だゝみは信濃国の住人に。ねむいのたいふ大やた。扇はあさりの与一。まふたる鶴は。いはら左衛門庵りの中に。ふたつ頭のまふたるは。駿河の国の住人天智。天皇の末孫。たけの下の孫八左衛門。いたらがいは岩永たう。あみの手はすがひたう。おほすながしはやすたの三郎。月に星はちばとの。からかさはなこやどの。うちはのもむはこだまたう。すそぐろにいろこかたは北條殿のもむなり。つなぎ馬さうま。折烏帽子。たて烏帽子。大一大満大吉。白一もむじ黒一もむしは山の内のもむなり。十もむしはしまづのもむ。車ははまのれうわうのばつそむさとうのもむ。たけかさは高橋たう。きつこうわちかひはなうつぼ。三本がらかさ雪おれ竹。ふたつへいじ川越。三つへいしはうさみの左衛門。ふたつかしらの右ともへ小山の判官みつかしらの。左ともへ。うつの宮の弥三郎友綱。かぶらやいせのみやがた。水色はとき殿。よつめゆひはさゝき殿。中白は三浦のもむ。ちゝぶ殿はこ紋むらご。わりびしは武田の太郎梶原は矢はずのもむひた白は御所の御もむてあり。爰に庵りの中に。もつかうをありありとうつたるは。われらが家のもむぞとおぼしめし。今一入なつかしくて。十郎殿時をうつしてたゝせ給ふ。かゝりける処に。かたきのちやくし犬房と申すわつは。まくの内より一目見。父の御前にまいりなふ。十郎殿のおとをりと申。祐経聞て腹をたて。十郎とはたか事ぞ。相沢の十郎か豊後にうすきの十郎か。遠江にかつまだの十郎か。此度の御供に十郎のけみやうかずをしらず。えゝなむぢはこくうなる事を申者哉と父にしかられ。時ならぬかほに紅葉をさつとちらし。いつぞや三浦殿にて乱舞せさせ給ひたる。さがみの曽我の十郎のおとをりと申。祐経聞てあふ此者どもかおうち伊藤殿こそ。人のさかふるをにくみ。ほろぶるをよろこびし人の末なれは。さやうになりはてて候ぞや。昨日もそれがし。谷越に見て候へば。自体曽我殿は。ふそくの仁とおほしくて。やせたる馬に腰はり鞍。ざう人の其中に。うちまぎれゐたるありさまは。山田のあせのかゞしもこれにはいかてまさるへき。国本よりも用のものはなし。つかれにはのそむづ。すいさむのためかよふて酒ひとつもれ。犬房承つて。まくつかむてうち上。十郎殿の袂にすがり。父の仰にて候御入あれと申。見ればかたきのちやくしいぬばうなり。尤とどうじ。犬房と打つれて。まくの内へぞ入にける。祐経かたひざをしたて。しのひに刀のつかに手をかけ。態かびむぎざうかこれへこれへとしやうず。備前のわうとう内。祐経のしきだいのちつとやうある人とおもひ。たゞ客はこれへとしやうず。あなたへなをらばやとおぼしめすが。いやいやあれは他門にて。以前より座上す。こなたは一門の事。くるしからじとおもひ。祐経かめてのざしきになをらせ給ふ。あらいたはしや祐成の。未左右のひざもなをらざりけるに。祐経が初対面の言葉こそ。何よりもつて無念なれ。めむめむそれがしをおやの敵との給ひて。ねらひ給ふよしを承る。それはもつての外のひが事なり。御身の父の河津殿。よしなき事によつてうたれさせ給ふを。ながなが敷は候へどもかたつてきかせ申さむに。よくよく御聞候てつねは御入候へよ。たとへば此君拾三にて。伊豆の田中へはいしよある。いづさがみの人々。よりあひ評定するやう。たれか此きみ父さまのかうのとのゝ。御恩にあづからぬ人やある。世にある人をなぐさめ申は。其は時のけう。花をかざすならひ。世になき人をなぐさめ申こそ。侍の本にて候へ。尤とどうし。山こえよりも頼朝を。伊藤のたちへいれまいらせて。三日三夜の酒宴は殊ふれたる遊哉。あげくには若さふらひ。庭の懸におりたつて。小声をあげてまりをけ。君の御目にかゝる時。頼朝南を御覧じて。南にあつて。山のたかく見えたるは。いかなる山ととひ給ふ。若侍承て。山の見えて候は。柏がたうけと申候。たぎつて瀧のおつるをはまつかえか淵とも申なり。伊藤川の川上。かまたが淵とも申さう大善寺山につゝひて候めいよの鹿のかよひ所。鹿をからせて御見物。わがきみと申されたり。頼朝聞召。鹿は所望とありしかば。伊豆相模の人々。赤沢山にて。三日のかりくらは。心言葉もをよはれす。あげくには人々。名残おしみの酒宴する。しばゐの事なれば。爰に座敷中に。青めな石のたけ。五尺ばかりに見えたるを。相模の国の住人に。本間が年は十九。にくひ石のありやう哉。ざしきの煩すてむとて。此石をおつたて。もちは持て候へども。たもつ所をしらすして。本の座敷になをりけり。かゝつし所に。同国の住人。大ばかしやてい。またのゝ五郎かけひさ。此よしを見るよりも。ゐたる所をづむとたつてひたゝれぬいてふはと捨。此石をおつたて。ちうにづむとさしあけ。座敷を二三度。持てまはり候て。是程の石をば。よのつねのつぶてにこそうつへけれもたぬは国の名折とてはるかひかしへすてむとす。かゝつし所に。同国の住人。おかさきの悪四郎。よしさねのちやくし。さなたの与一よしさだ。其比年は十三也。父の代官に。やさしく見ゆる花うつほ。けちやうのひたゝれに。あかねのゆかけしちくのむち。あしかふちなる駒にのつてはるかひかしをうつてとをる。またのきつと見てなふ爰元とをらせ給ふをは。さなた殿と見申たるぞ。此石をまいらせむず馬の上にてめされうずか又折立てめされうずかなふさなた殿とそかけたりける。さなだ聞て。あらとこともなや。かさよりもなぐる石を。下にて給はるをこのものやはか候べきとわらつてとをる。またの此よし聞よりも。ふかくなりさなだとの。三浦に取てふるこほり。へむみの七郎おか崎の悪四郎。大たうみさき。一門九十三騎が其中に。さなた殿はきこふる。きりやうの仁と承るが。此石めされぬものならば。それは三浦の名折にては候はぬか。いかにいかにとぞかけたりける。さなだ無念に存すれば。駒をかしこにのりはなちて。竹笠ひたゝれかなぐり捨。それ程の石をば。ふたつもみつもとつてなげよとらむと申。めのとのぶむざう御袂にすがりつき。いかなる事を仰候ぞ。めのとや御供申。此石めされ。めされそむずる物ならば。大殿よりの御ふけうは。ひとへにぶむざうめがかふふらふずるにて候。いかなる事とけうくむす。さなだ聞てやうけうくむも事による。三浦の難とかくるは無念なりそこはなせといふまゝにひかふる袂をふり切て此石を待かけけり。自体またのはをこのものえいやつといふてなくる。五尺計の大石が。花のことくな与一か上へひらめいておつるを。ゆむでに相付きつと取て。めてのかたにとうとをひてなむほうとつたぞまたのとの。いていて此石。やがてかへし申さむに。侍の本領に付てめせや。えいやつといふてなぐる。またのゆむてに相つけ。取はとつて候へとも。ちからのおつるしるしか。はるかひかしへ捨たりけり。伊豆相模の人々。此よしを御覧し。またの十人が力を。さなたはもつてありやとて。一度にどつとそ咲ける時にとつてさなた殿はあつはれゆみやの面目哉。去間またのどつとわらわれ。ちつともとがもなき四方をはつたとねめまはし。面々はなにをわらひ給ふぞ。かゝる力わさは時による。すまひをとつて伊豆相模の人々を相手にもつならば、百日百夜うつとも。やはかわらはれ申べき。伊豆の人々これを聞。こは無念の次第哉。同国の者が渡合。石をなげ取そむじ。他国をかくるはいはれぬ所。やがてこゝろへたり。伊豆は四郡さがみは八郡。小国とおもひなし。伊豆をかくるはだうり。いづさがみはねぎりのすまひたるべし。すまふをめされぬほとならば。ゆみやをまいらんとひしめかるゝ。伊豆方にかのゝすけもちみつ。さがみ方には土肥の次郎実平。二人ぎやうじにたち給へは。已にすまひははじまりけり。先壱番に宇治川の十郎。よきすまひ九番うつている。いばや川の弥二郎十七番打ている。ねぶ川廿三番うつ。くぬいの太郎九番打。またの此よし見るよりも。君の御坐にて候に。いつまでそれかし出ざるべき。唯今罷出。独ころびしてあそばむといふまゝに。こむの手綱に白きおひ。二筋えつてつじにとめ。ばなかへおどりいて。げにとちせうのごとく。よかつしすまふがつつといつればつきたをし。つつといつればはたとけたをし。手にもためすしてはや五十九番うつたりけり。またの申。今は諸方にすまふがつきて候はぬか。うちどめはかけひさざうといふ。土肥の次郎実平は。さがみ方のきやうじにてましませば。するすると立寄て。あつはれすまふ。とつてきいて目はやきすまふ。心もきいたり力もつよし。けにやすまひつくれは。ぎやうし出てころふよし承れと。かの殿は年寄せ給ふ。あつはれといが年を。十も廿も取て捨たらば。またの殿と一番はなはなとまいらぬかとて。からからと咲給ふ。去間またのは。おとなの返事をこはく申。なむざう土肥殿。座敷座上にて盃とくめされむこそ。おとなにてましますとも。かゝるあそびは老若をきらはぬならひ。あはれ土肥殿にても御坐あれ御出候へ。はなばなと一番まいつて。老のなみに柏がたうげのあかつちをつけ申さむと申。土肥殿聞しめし。わかきやつに言はをかけ。はぢかいたりとおもはれけれども。物の上手にてましませば。さあらぬ体にもてなし給ふ。其比伊藤の姫を土肥にをかるゝ。土肥の姫を伊藤にをかるゝ。伊藤殿御覧じて。此辺に川津はなきか。土肥の次郎実平の腹たて給ふ色をば見ぬか。是非川津出てとれ。川津出てとらずは。伊藤出てころばむとそくるはれたり。川津承て。せむなきよと存れ共。父の仰にてある間。おつとこたへて御前をたち。すまひのこしらへおもふさまに仕り。またのをひつたてつれてばなかへ出る時。げにや人の力をばしるものを。むげにまたのはよはかりけると。心の内に存れば。かたてをはなつてばなかてうつて。いづさがみの人々の。しむいのいかりをやすめばやとおもふが。いやいや名人にふかくをかゝするは。かへつて川津かふかく也。とつての様をも人々に見せはやなむとおもひつゝ。はらりとひらき手さきをとつてくるりとまはる。すまふの手にはむかふづきさかづき。鴨がいれくび水車。かくれははつしいるれはあます。たうくわの節会のとり合。いさむこゝろは春駒の。たちとゝめぬがふぜいにて。四十八手のとつてをば。百様にみだしたれば。いづさがみの人々は面白やとざめかるゝ。いつまてと存れは。またのを人きはへ。かつはとつきたをし。とつてひつたておくる時。かくても入たらば。いしかるへき事共を。うてたる跡をきつと見て。只今のすまひには。まくまじきすまひなれともこれなる木の根にけしとうて。またのは一期の。ふかくをかいて候ぞ。あにの大ばかこれをきゝ。すまひのかちまけしらねども。木の根は爰にありといふ。伊藤殿御覧じ。やあいかに川津。よのつねの辻すまひなむどこそ。人ぎはなむと。申事は候へ。すでにまたのははむとう国にきこえたる。すまひの上手。物そのかすにはなけれとも。関よりひかし三十三ヶ国か其内に。すまひをとつて名人と。よばれ申はみのふしやう。まつはなしろに勝負をつけよかはつとそいかられける。川津承て。人の情の有時ぞ。われも情はこめらるれ取所とおもひて。はらりとひらき手さきをとつてくるりとまはすまたの川津にふかくをかゝせむ其為にくみ入につつといる。あましておくれをむすと取て。前のつじ一しめしめ。かたてをはなつてつゝけて二番とうとうとうつたるはあふ中々いきたるかいぞなき。あにの大ばかこれを見て。すまひを取はつねの事。かたをはなつてとるはうか。それはあひてをいやしむる所。いきてはかへるましいといふ。といと伊藤がひとつになつて。やうないはせそたゝうちころせとひしめかるゝ。頼朝聞しめし。いかなる事そと御けうくむあれば。御諚そむきかたきによつて。ゆみやはとまりぬ。其すまひの遺恨によつて。御みのちゝの川津殿をば。いはう山のこなたなる。赤沢山のふもとにて。あにの大ばがうつたとも申。またおとゝのまたのがうつたりとも申。其比それがしは都にてつたえ聞。こは無念の次第哉。其儀にてあるならば国に下。大ばがたちへ押寄一や射て腹きらむとおもひしに。御みのおうち伊藤殿。某が代官のしわざなりとの給ひて。国の留守にとゞめをく。あふみやはたをめしとつて。りふじむにきられ申。うらみのやをも射たけれども。ひとつにはやうしの父母。ふたつに烏帽子おや。みつにはくふ。四つにしうと。おもひなからもさてありぬ。それをこそあらんめ。とがもなき祐経を。おやのかたきとねめむより。つねはさし入給ひて。駒に水をけさするならは。郎等とはよもいはし家の子とこそいふべけれ。馬なくは面々。さかへにおゝきあら馬を。一疋とつてのらぬか。ひたゝれなくは。犬房かぬきかへをとりてき給へや。けふよりしては祐成と祐経と。中にいしゆはあるましい。わゆのさかづきさすぞとて。さかつきにひとつうけ。十郎殿にさいたるは。ざしきのはぢと。おもはれて無念たくひはなかりけり。あらくちおしやとふにつらさのまさるとはかやうの事をや申らむ。恩してをかむ家の子にせむなとゞいわれ。親のかたきならすともしなではなむの曲あるべき。くむだる酒を祐経が面にさつといつかけ一刀うらみ。ともならばやとおもへども。まてしばしわが心。時宗一人のこしをき。同じよみちといひなから。本望をばとげさせで。さうひやうの手にかけ。うきなゝがさせむ事のむざんさよ。とやせむかくやあらましと。くむだりし酒をはほしかねてぞ見えにける。二人のちよはいろをみて。御盃の長持は。おさかなの所望かや。ざしきに女のありなからいさやうたひて参らせむ。尤然へしとて。いま様なむとうたひけり。祐成おもひなをして。時はかはると日はかはらし即今夜。二人つれ夜討にせむつ敵なり。此世の中のおもひでに。何とも申とかむまし。されども心くるしきは。わうとうないか見る目は。西国ぶしの見るめ也。二人の女の聞みゝは。東国の人々の聞しめされむ所にて。げむざいおやの敵を。まの前にをきながら。かゝるじさむをいはせつゝ。聞ながらへて。たちぬるといはむ後日の口惜き。よしよしそれも夕去。今のはちをばすゝぐべしかくて座敷に永居し。無念たびたび重り。所々のしにをし。時宗にうらみられむよりも。とくしてたつにこそとおもひ。三献くむでうけなかし。夕去はこれにて御物語申たくは候へども。北條殿のかたさまへ。申たき事の候。明日は五郎をともなひ。まいりて御目にかゝらむと。ざしきをたつていてさまに。かたきのけこをおもふやうに見すまして。わがやかたにぞかへりける。あらむざんや時宗。くさやかたに有けるが。十郎殿を待かね申。太刀おつとりいづる。あらいたはしや祐成。しほしほとして出き給ふ。時宗見まいらせ。祐成のなみだの風情は。何事をおぼしめし出されて候。祐成聞しめされて。某がなむだのふせい。別の子細ならす。かたき祐経に対面し。初対面の言葉のこはかりし時。さしちかへともにいかにもなるへかりつれとも。御辺に名残おしうしてふたゝひあふたるかうれしさに。さてぞなみたのこぼるらん。時宗承て。あら有難の御諚や候。慈悲は上よりくだるとは今こそおもひしられて候へ。かく申時宗ならば。たまにあふたるおやのかたきぞとおもひ。座敷になをらぬまに。さしちかへとにもいかにもなるべき物を。五郎が事をおぼしめし出され。是まての御出は返々もありかたふこそ候へ。同はかたきの体御物語候へ承たく候。祐成聞しめされてあふやすき間の事いていてかたつてきかせむ。さても我君頼朝は御くわほういみしく御座あるによつて。伊豆北條殿の給はりにて。うすひはた拾八間にひた白のまく打て。ふじおろしにもませたるはたゝ白雲のたつたるがことし。内の陣を相見るに。きみの御家の子しゝとのあきの四郎殿。前後をしゆごし申す。そとの陣を見てあれば。いほうぎほうさいのしくわんちかよし。前後をしゆこし奉る。さて国々の大名には。先駿河の国にきつ川ふなこし高橋たう。遠江の国によこぢかつまだ猪の八郎。三川の国にあすけ中條ほしのぎやうめい。おはりの国にほむふかいとうあつたの大ぐし山田の左衛門。みのゝ国にとき遠山。ひらのゝ平次はちやの冠者あしゝの次郎。あふみの国に。西こりさゝき山もと柏木木村源三。なりつねやかたをならへひつしとうつて君をしゆごし奉る。いせの国には。加藤の弥太郎。伊賀の国にはつとりたう。大和の国には。うのがいつたう三千余騎。つくし大名に。大ともしよきやう。きくち原田松原たう。これたうこれずみべつき山ずみやかたをならべひつしとうつ。丹後の国には。たなべの小太夫。大内のすゑたけ。わかさの国には。あがのこけむちやう国まさかばつし。あをの太郎鳥羽の兵衛。越前の国には。あまやしろ崎。堀江本城。加賀の国にはとかしのふむせい。林の六郎。井上左衛門。能登の国につちたたけへ。越中の国には。石黒宮崎なむぶの殿原むく田のひやうへ宮路の左衛門。越後の国には。いからしのこぶむじ。信濃の国にはにしなたかなし。うむのもち月。くばらぎのあむどうじあむどうない。ねちの甚平これゆき。上の宮のすはのほうり。下の宮のすはのほうり。むやまかくれのかいげむし一條板垣なむふ下山へむみたけた小笠原。下野の国には。なすしほのや。しゝとさたけの人々。上総の国には。いほういなむ。てうふくちやうなむあひろ川上うさ山野辺。下おさの国には。あむざいかなまりまるとうでう。むさしの国には。横山たう。平山たう。しむのたう。たむのたう。せいのたうこたまたう。七たうこれたう惣して四十。八たうの人々はやかたをならへひつしと打て。君をしゆこし奉る。さかみの国には土肥つちや。ざむまおかさき。さてもふところ嶋。山の内の人々。ひたばらきのものとも。件の祐経きみのまちかきやかたには。われらか一族に。武州にちゝぶ殿。相州に和田殿。諸侍の別当に。かぢはら平蔵景時。其外は。なしたほしだ。ゐむだとむたすはうちの人々は。やかたをならへうちつゝけ。君をしゆこし奉る。敵の屋形は。八千やながれなり。馬はついち人はらむぐい。きまむ国のきわう。らせむこくのらわう。鬼をからめしはくたわう。つなきむ時やうゆう田村とし人よこしやうくむ。二さうをさとる人なりと。たやすく此陣ておやの敵をうつて。やすやすと出ん事おもひもよらぬ事なれと。はとのとそれかしが心ひとつてあらふぞと。べむぜつはたらふつ。言葉に花をさかせ二時はかり物語おくゆかしうぞ聞えける。時宗委承て大いきつゐて聞ゐたり。扨は安内曇なし夜ふけはおもひたつへし。宵の間のなぐさみに文とも書したゝめ。ふるさとへことつてむ。尤然へしとて。やたてまきもの取いだし。あふらひすごく書たて。ありしむかしのおもひより。今のうきみのはてまてをこまかにこそかゝれけれ。十郎殿はともすれば大いその虎がなごりをかゝれけり。五郎がふでのすさみには。箱根の別当の御事。さて其外はいつれもおなし文章なりけり。時宗か悦申ける事は。ふしぎに最後の時大方とのにまいり。ふけうゆるされ申。父母けうやうのいのちをばふしのすそのに捨をき。骨を野外にうつめとも。名を万天にあぐる事。ちゝが子たれは取つたふ家引おこすゆみやの名龍門に骨はくちなから。家門の名をうつます。きむぎよくの声はさむしよぢくゑむたうまて曇なし。ひそかにこれをおもむ見るに。たうをにぎりけむをたいしきうばのみちにたづさはり。せむぢやうに出て命をすつこれこうめいのためなりき。ほゞしうねむのなげきには。かなしみを三五の時これをうけ。十八歳のしうたむは。たゞふたりのみなげきあり。年たけ月日去て後。時に建久四年。五月のすゑのいつの夜の。天はくらしと申せども。おもひは今宵晴る也。祐成判。時宗判と書とゞめ。次第のかたみをとりあつめふてを捨てぞなきゐたる。祐成には鬼王丸。時宗にはだう三郎。二人のものをめされ。ふみをば御上へまいらせよ。弓うつほをば曽我殿へ。むちとゆかけを二の宮のあねごぜむの御かたへ。はたのまほりとびむのかみをば箱根の別当の御かたへ。馬と鞍をばわとの原。恩なひしうのかたみそと。おもひ出さむおりおりは念仏申えさすへし。わざと文にはかゝぬぞ。おうへにて申へき事は。給はつたる御小袖。みにまとひてしなむ事。いきての面目しゝての名。たゞ最後に母上を。おがみ申心ちしてと。かやうにきて出つると。語り申せといひなからまたはらはらとなきゐたり。鬼王もだう三郎も。なみだにくれて御返事を。申かねたる計也。さのみなみたにむせびても。憚多き事なれはしやく取なをし申やう。いづくにていか程に見おとされまいらせて。かゝる御諚の下るそや。きやうたいの人々の。あれ程多きかたきを。うたむといてたち給ふ所に。たゝ二人ある下人が。見捨てかへるはうや候。あらうらめしい殿の御諚かな。たとへば仰に随てかたみの物を給はりて。曽我ふるさとに下りつゝ。はじめて人をたのむとも。普代のしうを見捨て。しなぬ程のいひがひなしは何の用にたゝむとて。たれやの人か目をかけむ。たとひ入道仕り。世をいとふみとなりたりと。恩をしらぬやつばらが。道心いかゝあるへきと。うしろゆびをさゝるゝならば出家しても面目あるまし。上らふも下らふも死へき時にしなねばいきかひはさらに候はす。いかにやとの鬼王。夜うちの御供こそ申さずとも。おくびやうしごくのくわじや原が。腹切様を見せ申さむに。爰へよれやと云まゝに。大はだぬぎにはだぬき。腰のかたなをひむぬいて。さしちかへむとそしたりける。
祐成も時宗も。あはてて中へとむでいり。二人を左右へ押分あふおもひきつたりなむぢら。さればせむだむのはやしは。けいきよくまでもかうはしゝ。ほうちのいさこはみなきむぎよくとなるふぜい。われらがおもひ切たれはなむぢらもおもひきりけるかや。見おとす事はなきぞとよ。心ざしにたゞくだれ。国へかたみとゝけずは。時のちむし一但の。口論にもしゝたりと人もおもひ母上の。おぼしめされむずる口惜さに。わざと下すそたゞくだれ。たとひ千騎万騎がみかたにありといふとも。此ふじ野にてはおもひもよらす。たゝ一人なりともしのひいらばうちえなむ。人あまたにてかなふましはやはやとくとくと仰けれは。あかぬは君の御諚とて。かたみとふみを給はり。主なき駒のくちを引。ゆかむとすれど。五月闇なみたにくれてみち見えす。おもひ駿河のふじの根の。煙は空によこおれて。へたての雲となりにけり。すその野くさは露しげく。まだあきならぬみちのへにほたるかすかにとひつれて。みよりおもひの余にむしさへむねやこかすらん。いとゞなみだのおゝかるに何とかはつの。なきそひてゐでのやかたをわかるらん。馬も心かあれはこそ。北風にいはひけめ。けに心なき畜類も。なるればしたふならひあり。ましてやいはむ人倫に。かたちに影のそふことく。普代相伝めしつかへ。明れは鬼王くるれは又。だう三郎と。めしつかはれ申せしか今宵はなれて明日よりも。祐成とも時宗とも。たれをか申てなくさむへき。おなし憂世に生るゝと。曽我の十郎時宗の。其との人てなかりせはか程にものはおもふまし。われらばかりとおもへとも。むかしを伝て聞時は。七陀太子は十九にて。王宮をしのひいて。だむどくせむのほうれい。あらゝせにむを師とたのみ御出家ならせ給ひし時。たまのかふり石のおび。御衣もろともにぬき捨て。金札を書そへて。こむでい駒もろともに王宮へかへし給ひけり。こむでい駒もしやのくも。君のわかれをかなしみて。せむこくにいはひひるいていきうせしことに。今のわれらも相おなし。それは仏の済度にて。終にはめくりあひ給ふ。かの祐成や時宗に。こよひばなれてあすよりも。又もあふべき君ならす。名残おしとも。中々に申もおろかなりけり。兄弟の人々。あらうれしや此者どもは今ははや。ふじの原をば過ぬへし。いざや最後のいてたちせむ。尤然るべしとて。祐成の其夜のしやうぞくには。はだに御上より給はつたる小袖。ひつちかへてきるまゝに。村千鳥のひたたれ。下はこむのこばかまの。そばたかたかとさしはさみ。別当より給はつたる。黒ざやまきのかたなをさし。三尺五寸のしやくどう作りのたちはいて。まきのたいまつ一尺二寸にたばねたるを。弓手の脇にかいこうて。火はもつたるか時宗とてさきにすゝんでいてられけり。五郎が其夜のしやうそく。これもはだにはおうへより給はつたる小袖。ひつちかへてきるまゝに。かみにはさよみに。墨絵にてうをみつふたつ。所々に付させ。下はこむのこばかまの。そばたからかにさしはさみ。あかぎのつかの刀さし。別当より給はつたる。二尺七寸の兵庫ぐさりのたちはいて。どうのひもつてぞ出にける。しのびてかたきをねらふ夜は。くらきにしくはあらねども。辻々のかゝり火は。天をもてらすばかりにて。くさの下なる細道まても。かくるへきやうあらされば。唯日中のごとくなり。されともとねりくさかりの。馬かふ体にもてなし。やかたやかたの前をすぐる。あやしやたそととがむれば。是は御内のくさかりなりとこたへ。かりやの御所中へ。しのびいるこそあぶなけれ。ことによつくしづまつて。人げもさらにせざりけり。あふ心にくしいぶせし。用心はたれもかうするものや。さだめて人の待らんに。とかめばやがてみだれ入て。めぬきをかぎりにうちやうべし。それまではしのべとて。たいまつに火を付。しづかにふつて見たりければ。あらなにともなや。わうとう内にいさめられ。やかたをかへて爰にねす。惣じて人をゝかざれば。二人ながらあきれはて。さていかになりなむ。弓手はやかて御所也。めてはちゝふ前は和田。うしろの陣はよこ山。けいこのふしはかゝりたき。矢前をそろへたてをつき御用心とよははるはたゝなるかみのことく也。運かつきてさとられかだきやかたをかへにけり。兄弟の人々はぬけの鳥の。なか空にたちわづらふぞあはれなる。かゝりける所に。腹まき着たる男の。なぎなたもつてよりければ。きやうだいの人々。あはかたきぞとおもひ。たち取なをしかゝりあふ。されども此おとこ。長刀取もなをさずし。小声になつて云やうは。いやくるしうも候はず。ちゝぶとののこうけむ。本田の次郎ちかつねと申ものにて候。昨日かりばの云捨。ゆみやの情とはむため。本田を出したてられて候。祐経宵まては此やかたに候ひしが。わうとうないにいさめられ。御所の左の妻戸の脇に宿して候。まつたいまつをもふみしめし。たちをもさやにおさめよ。たそととふと物いふな。ちかつねにいはせよ。こちへこちへと手をぞ引。うれしさたぐゐかぎりなし。中門わたり籠。馬の前ゆき過。あやしやたそととがむれば。ちゝふ殿のこうけむ本田の次郎ちかつね日番なりといひけれは更にとかむる人はなし。和田の手の人々よしもりかねて今夜は。ひそかなれとしめされ人をもさらにとがめす。御しうと北條殿五郎が烏帽子親なれば。色かねてさとり。何事ありと今夜はさうなくはしり出るなと。しのびしのびにふれらるゝ。心得たるやかたには。東西ひつそとしたりけり。かくはすれともとさまの者。何事もあれかし。時の高名仕り御感にまかりあつからんなむとゝおもふ者とも。いれちがへまはれとされとも本田付そひ引廻しとをれはさらに子細はなかりけり。祐経がふしたりし妻戸の脇へをしへいれ。人かすにちかつねもおともせむと云けれは。祐成聞しめされて誠の時の心ざし。ちゝぶとのゝ御芳志。本田殿のおなさけはとかう申にをよはれす。もしも此事しおふせず。ざうひやうの手にかゝらむ時御手にかけなき跡を。とりかくして給はらは最後の供にはまさりなむ。人あまたにてかなふまじはやとくとくと仰ければ。げにげにこれもいはれて候。さらは御暇申とて。本田ははやかへりぬ。たがひに取つたえたる。ゆみやの情こゝまでと。二人目と目を見合て。風はいつもふけども。こよひの風ぞみにはしむ。なごりはいつもおしけれとこよひ殊更おしき也。一日か間に。一千歳をふるとはいふとも。万年が其内にもきやうたいとなる事かたかるへし。七度ちぎりてあにとなる。六度むすひておとゝなる。こよひはなれて其後に。未来のちきりさためなし。いまたかたきにあはぬまにわかれのすかたよく見む。ちゝゆふれいが見たくは。祐成を見給へや。母かうそうとおもひて。時宗を見むとて。たいまつばつとふりたてて。たがひにかほを見合てもろきは今のなみた也。かゝりける所に風もふかぬに妻戸かきりきりはつとひらいた。きやうだいの人々あはかたきそとおもひ。左右の脇にひつそうてすまいてものを見たりければ。女にてこそ候ひけれ。たれなるらんとおもひしに。おほいその虎かいもうと。ぎじゆと申て十六歳になりけるが。君の御家の子。ししとのあきの四郎殿にさいあいせられ申。御所中に有けるが。そが殿原の夜討のよしを夢ばかりほのきゝ。さもあらば此妻戸の。かけかねをはつさむため。宵より待こそ久敷候へ。なふこなたへ入せ給へとて。かきけすやうにうせにけり。つまどはあいつ人はなし。さらばたいまつたてよとて。たいまつに火をつけ。しづかにふつて見たりければ。らうどうともはおそれて。よりもつかさるざしきに。わうとうないと祐経たゝ二人宿したり。祐成御覧じてかたきを見るに二人。われらもきやうだい。御辺はそばにふしたるわうとうないをきれ。祐成は祐経をきるべしとこそ仰けれ。時宗承はつて。こはくちおしき御諚哉。五つやみつの年より。拾八年が間心をつくしねらひたる。親のかたきをばさてをひて。ゆくゑもしらぬやせ男を。きつては何のゑきあるべき。そうりやうにてましませば。一のたちをばあそばせ。二のたちにをひてはそれかしが仕らんと申。祐成聞しめされて。あふおもひあやまつて候たゝし。ねいりたるものをきるは。死人をきるに似たるべし。あつたらおやのかたきの。いきがほ見ていざきらむ。尤然べしとて。跡や枕にたち寄て。たちをさかてに取なをし。申けるこそあはれなれ。三千年に一度花咲みのなるせいわうぼがそのゝもゝ。たうくわの節会うどむけ。おやの敵にあふはまれなりといへども。おもへばやすかりけるぞや。いかにやとの祐経。大事のかたき持身か。かくふかくに見ゆるか。おきあひてじむじやうにしね。わうとうないかさかしら。今こそする所よ。おきあへやつといふまゝに。あゆみの板をとうとふむ。祐経が最後もよかりけり。さつしつたりといふまゝにおとろきさまに枕なるたちおつとりすはとぬき。おきむとしける所を。祐成是にありやとてもつてひらいてちやうとうつ。ゆむでのかたからめてのちの下へはらりつむときつた。時宗これにありやとてもつてひらいてちやうとうつこしのつがいをきりはなす五郎がたちはつるぎにてたゝみ三畳うらかへしあゆみのいたにきりつけえいやつといふて引まに。祐成又はたときる時宗つはをかへし取てなをしちやうときるせめては切てなくさみ日ころの念や晴るゝと。おどりあかりとびあかり三かたなつゝきるほとにくわほういみしき祐経もむなしくなるそむさんなる。そばにふしたるわうとう内たちかせにめをさましかつはとおきてにけけるが。にけばたゞもにけもせて夜うちはそがの殿原。明日のしよけむわうとうないとのゝしつてもみにもうでぞにげにける。祐成御覧しにくいやつか唯今の言葉かなにけはにがさむとおもひしに。しよけむといふがにくけに。人とちぎるはさはなひぞ。ともにつれてごくそつの。かしやくのせめのしよけむに。罷立との給ひて。すけなりの太刀にてたかもゝ切ておとされ。のつけにかへす所を時宗これにありやとてもつてひらいてちやうとうつほそくひ中に打おとす一昨日あむと給はり。せむなひ人にかたらはれひごうのしにをしたりし。わうとう内が最後をば。貴賤上下をしなへ。にくまぬものはなかりけり。
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