新曲
(大頭左兵衛本)
つらつらおもむ見るに。いにしへより今にいたるまで。てうてきを一時にほろぼし。太平を四海にいたす事。武略のこうにしくはなし。されば近代は。いこくしうらいのおそれもなく。ていゐをあらそふ方もましまさず。是しかしながら武運の天命にかなはせ給ふによつてなり。爰にげむこうけんむのむかしをおもふに。せむぢやうにしてかばねをさらすのみにもあらず或は。君臣の儀をまぼつてみをさうかいのなみにしづめ。あるひはいもせのわかれをかなしんで。おもひをこきやうの月にいたましむる。中にもあはれなりしは。一の宮のみやす所の御事と。右衛門のふしやうはだのたけふむがふるまひなり。それをいかにと申に。その比みやすてにうゐかふりめされ。しむきうの内に人とならせたまひしかば。御才覚もいみしく。ようがむもよにすぐれましませしかば。さだめて春宮にたゝせ給ひなむずと。世の人ときめきあへりしかば。おもひのほかに関東の御ばからひとし。後二條の院の御子。春宮にたゝせ給ひしに。こなたへまいりつかへし人々も皆のそみをうしなひ。宮も世中よろづにつけて。うちしほれたる御気色にて。たゞ明暮は詩哥に御心をよせ。風月におもひをよそへさせ給ふ。折につけたる御あそびともありしかど。さしてけうぜさせ給ふ事もなく。さるにつけていかなる宮腹。一の人なむとの御むすめなりとも。かくと仰出されば。御心をつくさせ給ふまでの御事はあらじとおぼえしに。御心にそむ色もなかりけるにや。これをとおほしめしたる御けしきもなく。たゝひとりのみ。年月を送らせ給ひけるとかや。有時関白家にてなまかむだちめてむじやう人さしあつまつて絵合のありけるに。洞院の左大将殿の出されたりける絵に。源氏のうばそくの宮の御むすめ。柱にゐかくれて。びはを引給ひしに。雲かくれたりつる月の俄にいとあかくさし出たれば。あふきならてもまねきつべかりけりと。ばちをあげさしのそきたるかほつき。いみじくらうたげに。にほやかなるけしきを。いふはかりなくふてをつくしてそかきたりける。宮つくづくと是を御覧じてかぎりなく御心にかゝりければ。此絵をしばしめしをかれ。見るになぐさむかたもやと。まきかへしまきかへし御覧しけれと。御心さらになぐさます。むかしりふじんの。かむせんでむのゆかにふしはかなく成給ひしを。ぶていかなじみにたえずしてはむごむかうをたかれしに。りふじんの面影の。かすかに見えしを。にせ絵にうつして御覧せしに。ものいはすはらはす。人しうさずと。ぶていのなけき給ひしも。ことはりかなと今更に。おもひそしらせ給ひける。われなからはかなの心まよひや。誠のいろを見てだにも。世はみな夢のうつゝとこそ。おもひ捨へき。事なるにこはなにのあたし心そや。花山の僧正遍照を。つらゆきが哥のさまはえたれども。誠すくなし。たとへば絵にかける女を見て。いたづらに心をうごかすがごとしと。古今のじよに書たりし。其たぐひにもなりぬるものよと。おもひ捨させ給へども。なをあやにくなる御心むねにみちてそおぼしめす。されはかたへの。いろことなる人を御覧じて御目にだにもかけられず。まして時々のたよりにつけて。事とひかはされし御方へは。一村雨の雨やどりにたちよらせ給ふべき御気色もなくせめて。世中にさる人ありとつたへきこしめされ。御心にかゝらば。玉だれのひま。もとむる風のたよりもありぬへし。又はつかに人を御覧ぜしまての御心あてならば。水のあはのきえかへりてもよるせはなとかなかるべき。これは見しにもあらず聞しにもなく。むかしのはかなき物語。あだなるふての跡に御心をなやまされし御事なれば。せむかたなくおもひわづらはせ給ひて。いたづらに月日をぞすごさせ給ひける。せめて御心をやるかたもやと御車にめされ。かものたゞすの宮にまうでさせ給ひ。みたらし川にて御手水召れ。何となく川にせうえうせさせ給ふ。むかしなりひらか恋せじとみそぎせしの事の。あはれなるやうにおぼしめし出て。いのるとも。神やはうけむかけをたに。みたらし川の。ふかきおもひを。か様にうちずいし給ふ時しも村時雨の過行程。木の下露に。たちぬれて。御袖もいとゝほしあへず。日もはやくれぬと申声に。御車をとゝろかして。一條をすぎさせ給ふに。たが住宿とはしらねども。かきに苔むしかはらのまつも年ふりて住あらしたる宿なれは。物さひしけなる其内に。ばち音。けたかくせいかいはをぞ引ける。あやしやたれなるらんとおぼしめし。すきがてに御車をとゝめはるかに見入させ給ひければ。見る人ありともしらずして有明の月の雲間よりほのほのとさし出たるに。みすたかくまきあげ。いとあてやかなる女房の。あきの別をかなしひて。びわをたむずるにてそありける。せむさむこをくたく一両曲。氷きよくばむにおつ千万せい。かきみだしたる其声は。庭の。落葉にまがひつゝ。余所にはふらぬ。村雨に袖も。しほるゝばかり也。宮つくつくと御目もあやに御覧ぜらるゝに此程そゞろに御心をつくして。夢にもせめて見ばやと。おぼしめさるゝにせ絵にすこしもたかはず。猶あてやかなるかたちはいはむかたなくぞ見えたりける。みや御心空にあこがれ。たどたどしき程になりしかば。御車よりおりさせ給ひ。つき山の松の木陰にたちよらせ給ふに。女見る人ありけりと。びはをばきちやうのかたはらにさしをき内へまぎれ入にけり。ひくやもすそもあからさまなる面影に又たち出る事もやと。夜ふくるまてたちやすらはせ給ひたれば。あやじけなる御所さふらひみかうしおろす音して人みなしつまりければ。かくてあるべき事ならねば宮も還御なりにけり。絵に書たりしかたちにたに御心をなやまされし御事なれば。まして誠の色を御覧じて。いかにせむとこひかなしませ給ふもことはり也。其後より。ひたすらなる御けしき見えながら。さすが御詞にはいだされず。つねに御会にまいりける。二條中将ため冬。いつぞやかものたゝすの御かへさのほのかなりしよひの間の月。又も御覧ぜまほしくおぼしめさるゝにや。其御事ならばいとやすき御事にて候。此女房のゆくゑをくはしくたづねて候へは。今出川の左大臣。きむあきこうのむすめにて候を。徳大寺の左大将に申なづけながら。いまだくわうだいこくうのみくしげにて候なる。せつにおぼしめされ候はゝ。哥の御会に事よせて。かのていへ入せ給ひ。玉だれのひまもみつから御心をあらはす御事にても候へかしと申ければ。宮いつよりも御心よげにうちゑませ給ひ。さらばやかてこよひかのていにて。ほうへむの御会あるべきよしを。左大臣のかたへ仰出されければ。きむあきこう辱ととりきしめき。すきの人あまたまねきよせ。あむ内申せば為冬の。あつそむばかり御供にてかのていへ入せ給ふ。哥の事は今夜さまての御本意ならねば。ひかうばかりにてはうへんはなし。あるじのおとゝ小余綾磯のいそぎ。御かはらけ持てまいりければ。みやつねよりも。けうせさせ給ひ。ゑひきよくけむがのたえだえに。御さかづきたばせたるに。あるじもいたくゑひふしぬ。みやも片原に御枕をかたふけさせ給へば。人みなしづまりて夜すでにふけにけり。中だちの左中将は心ありてよはざりければ。かれに案内せさせ。此女房の住ける西の台へしのびやかに入らせ給ひかいま見給ふに。ともしびのかすかなるに。花紅葉ちりみだりたる屏風引まはし。おきもせずねもせぬやうにしほれふしつゝ。只今人々のよみたりし。哥の短冊とり出しかほうちかたふけたるに。こほれかゝりたるびむのはづれより。にほやかにほのかなるかほばせ。露をふくめる花の明ぼの。風にしたかへる。やなぎの。夕阝の色。絵にかくともふでも。をよびかたくかたるに。言葉もなかるへし。余所ながらほのかに見てしかたちの。世にまたたぐひもやあらんずらんと。あやしきまでにおもひしは。なをかずならざりけりと御覧ぜらるゝに。御心もはやほれほれとなつてしらす。我たましゐもその袖の内にや入ぬらんとおぼしめさるゝばかりなり。おりふしあたりに人もなく。ともし火さへかすかなるに。妻戸をすこしをしあけ。内へいらせたまふに。女おどろくかほにもあらず。のどやかにもてなし。やをら絹引かつきふしたるけはひいひしらずなよやかなり。宮も片原によりふさせ給ひ。ありしながらの御心づくし。あはれなるまてにきこえけれども。とかくいらへも申さず。たゞおもひしほれたるそのけしき。まことににほひふかふして。花かほる月かすむ夜の手枕に。見はてぬ夢の心まよひに。明るもしらずうちかたらはせ給へども。なをつれなきけしきにて露程もなびかぬさまなるに。八声の鳥もつげわたる。なみだのつらゝとけやらぬ。をのがきぬぎぬひやゝかに。たぐひもつらきありあけの。つれなきかげにたちかへらせ給ひぬ。其後よりたびたびの御せうそくありて。いふはかりなき御文のかず。はやちつかにも成ぬらんと。覚る程につもりしが。女もあはれなるかたに心ひかれて。のほればくだるいなふねのいなにはあらずとおぼゆるけしきになむ。あらはれたり。されどもたがひに人目を中の関守にて月比過させ給ひけり。ある時式阝少輔秀房といふじゆしやをめして。貞観政要をよませて聞しめされしに。昔唐のたいそう。てむじむきが。むすめを。こうひの。位にそなへて。げむくわでむにかしづきいれむとし給ふをぎてういさめて申やう。此女はすてに。りくしにやくせりと。そうし申たりけれは太宗そのいさめにしたかつて。宮中にめさるゝ事をやめ給ひきとだむしけり。宮つくづくと是をきこしめし。いかなればむかしのきみは。かく賢人のいさめに付ていろをこのむ心をすて給ひけるぞ。いかなるわれなれば。すてに人にいひ名付事定りぬる中をさけて。人の心をやぶるへきと。むかしのためしをはち。世のそしりをおぼしめして。御心の内にはいかにせむとこひかなしませ給へとも。其後御文だにも書絶ければ。女も百夜のしぢのはしがきも今は我やかすかくましと打佗てあまのかるもにおもひみだれて。たがひに月日をぞすごさせ給ひける。徳大寺此事をつたへ承はり。さやうにみやのおぼしめしたらんを。いかでびむなふ去事のあるべきと。はやあらぬかたにかよふみちありと聞えければ。宮も今ははゝかりなくて。御文をつかはさる。いつよりもくろみ過て。しらせはや。塩やく浦のけふりだに。おもはぬ風に。なびくならひを。女もあまりにつれなかりし事を我ながら。つらき心かなと。おもひかへす程になりしかば。詞はなくて。たちぬべき。うきなをかねておもはずは。風にけふりの。なびかさらめやと。其後よりかなたこなたにむすほうれし。心のしたひほうちとけてさよの枕を川嶋の。水の心も。あさからぬ御中とならせ給ひけり。いきてはかいらうのちぎりふかくしゝては又おなじ苔の下もとおぼしめしかはして。十月にだにもたらざるに。天下の乱いでき。一のみやはとさの畑へながされさせ給へば。みやす所はひとり都にとゞまらせ給ひて。明暮なげきしづませ給ふ。せめてなき世のわかれなりせば。うきにたえぬいのちにて。生あはんずるのちのちぎりをもたのむべきか。これはまだおなじ世なから海山をへたてて。たがひにかぜのたよりの音信をだにもまかせたまはす。年比めしつかへし。せいし官女の壱人もまいりかよはす。よろつむかしに。かはりたる世とこそならせ給ひけれ。住あらしたるよもぎふの宿の露けきに。御袖のかはくひまもなく。おもひくづおれ給ひて。いかになみたの玉のをも。ながらへぬらんとわれなから。あやしき程にそおぼしめす。みやもみやこを御出より。きみのわかれ御みの上。ひとかたならぬ御なげき。みやす所の御なこり。今をかぎりとおぼしめし。みちのくさはの露霜と。きえはつるともおしからしと。おぼしめさるゝ御いのちの。なからへてつれもなく。とさのはたといふ所の。あさましげなるはにふのこや。この世の内ともおもはれぬ。浦のあたりにうつされて。月日を送り給へは。晴るまもなき。御なけきたとへんかたもましまさす。おもひくづおれ給ひしを。御いたはしくやおもひけむ。御けいごに候ひし。ありゐの。庄司情ありてすゝめ申けるやうは。なにかわくるしう候へき。みやす所をしのひやかに。これへくたしまいらせて。御心をもたがひに。御なぐさめ候へとて。いろある御絹一かさね。調進申て其外にみちの。程の用意まて。懇にさたし申ければ。みやはよろこひおほしめし。たゝ一人候ひし。はだのたけふむを御迎にぞのぼせらるゝ。たけふむ御文給りて。いそき都へのほりしに。いく程なきに御座所。見しにもあらず。あれはてゝ。むくらしげりて門をとぢ。まつの葉つもりてみちもなし。音信かはすものとしては。ふるき木末の夕あらし。のきもる月の。かげならては住人もなく。あれはてたり。さてはいづくにかたちしのばせ給ひぬらんと。かなたこなたをたづねけるに。さがのおくなるさとに。まつの袖がきひまあらはなるにつたはひかゝり。いけのすかたも物さびしく。汀のまつかせあきすさまじくふきしほり。誰住ぬらんと見るも物うげなる宿の内に。びはをたんずる音しけり。武文あやしくもおもひ。たちとゞまりてこれをきくに。まがふべくもなくみやす所の御ばち音なり。武文あまりのうれしさに。中々案内をも申さで。かきのやふれより内にいり。縁の前にかしこまりければ。やぶれたるみすの内よりもはるかに御覧じいたさせ給ひて。あれやとばかり御声かすかに聞えなから。なにと仰出さるゝ事はなくて。女房たちさゝめきあひてまづなく声のみそ聞えける。武文みやの御使にこれまてまいりて候と。縁に手打かけてさめざめとなきゐたり。やゝありてたゝこれまでとめさるれば。みすのまへにかしこまり。雲ゐの余所におもひやりまいらするも。余にせむかたなき御事にて候得ば。いかにも田舎へ御下候へとの御迎に。たけふむがまいりて候とて文をさゝけたりければ。いそきひらいて御覧せらるゝに。けにと御おもひのせつなるいろさぞとおぼえて。ことのはことに。をく露も御袖にあまる計也。よしや。いかなるひなの住居なりとも。せめてそのうきにこそたえめとて。やがて御門出ありけれは。武文かいかいしく御こしなむと尋出しまつ。あまか崎まで下しまいらせて。渡海の順風をそ相待ける。かゝりける所に爰につくし人に松浦の五郎と申せしぶし。これも京より田舎へ下けるが。同此うらに風を待てゐたりしが。かきのひまよりもみやす所の御すがたを見たてまつり。こはそも天人の此土にあまくだれるか。此世の人ともおぼえずと。めがれもせすまほりゐたりしが。あなあぢきなや。たとひ主ある人にてもあれ。又。女院ひめみやにてもおはせよ。一夜の程のちきりに。百年のいのちをかへん事なにかおしからん。うばひとつて下らばやとおもひける所に。たけふんがしもべ。はまのかたへ出てあそひけるをよひよせて酒のませ引出物とらせ。さても御辺の主のぐし奉る上らふは。いかなる人にてましますととひければ。下らふのかなしさは酒にふけりひきでものにめでゝ。ありのまゝにぞかたりける。松浦大によろこふて。けふ此比いかなるみやにてもおはせよ。むほむ人にてながされ給ふ人のもとへ。しのびて下給ふ上らふをうばひとりたらんに。さしてさいくわはあるべきかとおもひければ。らうどうともに宿の案内を見せをかせ。日の暮るをそ相待ける。夜すてにふけけれは。松浦がらうどう三十余人。物具ひしひしとかため。たいまつに火をつけ。しとみやりどをけやぶつて前後より打てぞいりにける。はたのたけふむは京家のものとはいひながら。日比てからをあらはして。人にすくるゝものなればがうだう入たるとこゝろへ。枕にたてたる太刀おつとり。中門さいてきつて出。すゝむかたきを三人。手の下にきりふせ。のこるかたきを大庭へ。一度にばつとおひいたし大音あげてなのるやう。右衛門のふしやう。はたのたけふむといふ大かふのもの爰にあり。とられぬものをとらむとて。二つとなきいのちを。うしなふものゝはかなさよとのつたるたちをゝしなをして門の脇にそたちにける。松浦からうどうとも。武文ひとりに切たてられて。門の外へ引たりしが。きたなしかたきは唯一人ぞかへせかへせといふまゝに。そばなる家に火をかけ。おめきさけんでよせたりけり。武文心はたけけれども。けふりを風にふきかけられ。かなふべきやうあらざれば。内へはしりかへつて。みやす所をおひまいらせ。むかふかたきをうちはらひ。みなとのふねをまねきつゝ。いかなるふねにて候とも。此上らふをしばらく。のせてたへとよばはつて。なみうちきはにぞたつたりける。ふねどもおほきその中に。運のきはめのかなしさは。松浦かふねに是をきゝ。一番になきさへさしよする。武文なのめによろこふで。やかたの内へのせ申。御供の女房達をもふねにのせむとおもひて。はしりかへつて見てあれば。ありし宿には火かゝつて。わがかたさまの人々は。ゆき方しらず成にけり。その隙に松浦は。此上らふのわがふねに。めさるゝ事はひとへに。天のあたふる所なり。いそぎふねにのれやとて。家の子らうどう百余人。とるものもとりあへず。みなふねにこそのつたりけれ。ともつなといてをしいだす。武文なぎさにかへつて。舟はととへばなかりけり。見れば沖にぞうかむだるなふそのふねよせられ候へ。やかたの内にのせ申。上らふをあけ申さんと声をはかりによばはれども。順風にほをあけければふねは次第にへたたりぬ。武文余の無念さに。あまの小舟に打乗て。みつからろをゝしていそけとも。追手をえたる大船に。おつつくべき様あらざれば。扇をあげて其舟。とまれとまれとまねきけり松浦かふねに是を見。どつとわらふ声しけり。武文やすからぬものかな。其儀にてあるならば。唯今海底の。龍神となつてやあ。其舟におひては。やるまじき物をといかつて。舟のへいたにつつたつて腹十文字にかききつてさうかいの底にぞ入にける。みやす所はよひのまの。夜討の入たるさはぎより。きも心も御身にそはす。夢のうきはしうきしづみ。ふちせをたとる心ちして。なにと成行。事やらんとなき。ふしてこそ。おはしけれ。ふねの内なる者共が。あつはれ大かうのものかな。主の女房を人にうばはれ。腹をきつつるあはれさよなむどゝいひさたするを。武文か事やらんとは聞召ながら。そなたをたにも見やらせ給はす。絹引かづき屋形の内になきふしておはします所に。見るもものおそろしく。むくつけしたるひげ男の。声いとなまりて。いろのあくまでくろきが。御そばに参り。上らふはなにをかさのみむつからせ給ふぞ。面白き道すがら名所共。浦々をも御覧じて御心をもなくさめ給へ。さやうにてはいかなるものもふねにようものにて候と。とかくなぐさめ申せとも。御かほをももたけさせ給はす。たゝ。鬼人車にのせられ。ぶのさんかうにさほさすらむも。是には。過じとぞおぼえし。むくつけ男もはやばうぜむとあきれはてふなはたによりかゝり。これさへあきれたる体なり其夜はたいもつの浦にいかりをおろし。夜を浦風にたゝよひしか明けれは風よくなりぬとて。同泊のふねとももほを引かぢをとり。をのがさまさま漕行ければ。都ははや跡の霞とへたたりぬ。九国へはいつかゆきつかむすらんと。人のいふを聞しめすにぞ。さては心つくしにおもむく旅なりけりと。御心ほそきにつけても。北野の天神の。あら人神とならせ給ひし。そのいにしへの心づくし。おほしめししらせ給はゝ。我を都へかへし給へと。御心の内にいのらせ給ふ。其日のくれ程に。あはのなるとを過けるに。俄に風かはり塩むかひ。此ふねさうなくゆきやらず。ふな人おどろきほをついて。ちかき浦に。よせむとすれば。おきつしほあひに。大のあないできてふねを。海底にしづめむとす。水主梶取ども。いかゞはせむとあはてて。ほむしろとまをなげ入。うずにまかせて其間に。こぎとをさむとしけれともふねかつてはたらかず。うずのまふにしたがつて。なみとともにめくる事は。ちやうすをゝすよりもすみやかなり。是はいかさま龍神の。ざいほうにめをかけ。なやますとおぼえたり。なにをも海に入よとて。よろひ腹巻たちかたな。かずをつくしていれけれとも。うすのまふ事なをやまず。もしもいろあるいしやうにや。めを見入てもあるらむと。みやす所の御絹と。あかきはかまを入けれは。白浪色へむじこうしつとひたせることくなり。是にうすはしづまりけれともふねは同所に。三日三夜ぞめくりける。船中の人々はや一人もおきあがらすみなふな底に酔ふしてあふ前後もしらずぞ成にける。みやす所は更てたに。いきたる御心ちもなき上に。此なみのさはぎに御心もよはり。今ははや人心ちもましまさず。よしやいきてうき目を見むよりは。いかなるふち瀬にもみをしづめばやとはおぼしめしつれども。さすがに今をかぎりと。なきさけぶ声を聞召て。ちいろの底のみくつとなり。ふかきつみにしつみなむ。後の世をたれかはしりてとふらふべき。あさましさよと。おぼしめす御心の内こそあはれなれ。むくつけ男もはやばうぜむとなつて。かゝるや事なき人をとりたてまつり下故に。龍神のとがめもあるやらん。せむなきわざをもしつるものやと。誠に後悔のけしきなり。かゝりける所に。梶取一人ふな底よりもはひ出て申けるは。此なるとゝ申は。龍宮しやうのとうもむにあたつて候間。なににても龍神のほしからせ給ふものを海にしづめ申さねば。いつもかやうにふしぎある所にて候。是はいか様此。やかたの内にめされたる上らふを。龍神のおもひがけ申されたるとおぼえ候。申も中々じやけむにいたはしくは候へとも。此御事ひとりのゆへに。そこはくの者どもが。非分の死を仕らむ事。ふびんの次第に候へば。此上らふをうみにしづめまいらせ。百余人の命を御たすけ候へかしと申けれは。松浦もとより情なき田舎人なれは。さても我か命やたすかると。やかたの内にまいり。みやす所をあららかにおこし奉り。あまりにつれなき御けしきをのみ見まいらするも本意なくそむし候へば。うみにしづめ申べきにて候。御ちぎりふかくは。土佐のはたとやらむ浦へながれよらせ給ひ。そのみやとやらむだうとやらん。ひとつ浦に住せ給へと。情なくかきいたき申。うみにしつめたてまつらんとす。是程の御事になりてなにの御言葉のあるべきなれば。つやつや御声をも出させ給はす。御心の内には仏の御名ばかりを念おぼしめし。はやたえ入らせ給ひぬと見えたり。かゝりける所に。御僧の一人便船有けるが。松浦が袂をひかへ。こはいかなる御事ぞ。夫龍神と申は。南方むく世界のじやうだうをとげ。仏のじゆきをえたるものにて候得ば。まつたくざいごうの手向をはうくへからず。然に人を。いきながらたちまち海にしづめ給はゝ。いよいよ神いかつて。一人もたすかるもの候まじ。唯経をよみだらにをみて。龍神のほうらくをそなへんこそ。真実のいのりともなるべきなりと仰ければ。松浦もさすか岩木ならねば。げにもとやおもひけむ。みやす所を。あらけなくなげ捨奉り。さらは御僧の儀について。いのりをせよやとて。船中の上下。一句同音に観音の。名号をとなへけるに。ふしぎなる物ともか。海上にうかみ出てぞ見えにける先一番に。太興のじちやうが。長びつをかいて。とをると見えてうちうせぬ。其次を見てあれば芦毛なる駒に白鞍をき。八人のとねりが引てとをると見えてうちうせぬ。やゝしはらくあつて。大物の浦にて。腹きつてしむたりし。はたのたけふむ。ひをとしのよろひき。五枚かぶとの緒をしめ。き月毛なる馬に乗。弓杖にすかつてみなぐれなゐの扇をあけ松浦かふねにむかつて。とまれとまれとまねいてなみの底にぞ入にける。かむどりどもがこれを見て。なたをはしるふねにふしぎの見ゆるは常の事にて候へども。いかさま武文がおむりやうと覚えて候間。其しるしを御覧ぜむために。かこを一そう引おろし此上らうをのせ申。なみの上につきながし。龍神の心をいかにと御覧し候へかしと申ければ。此儀尤申たりとて。小船壱艘引おろし。水主一人と。みやすをのせ申。さはかりうずのまきかへる。なみのうへにそうかめける。かのさうりそくりが。海岸山にはなされて。きかむのうれへにしつみしも。それは人住嶋なれは。たちよるかたもありぬへし。是は浦にも嶋にもなく。いかてなるとのなみの上。みを捨舟の。うきしつみ。しほせにめくる。水のあはのきえなむ事こそ。かなしけれ。されば龍神も。おもはぬ中をばさけられけるにや。風俄にふきはけて。松浦がふねは。西をさいてふかれゆくと見えしが。一のたにの沖にて。むこ山下風にはなされて。ゆき方しらすたゝよひしが。げきらうふねをくつかへして。底のみくずとなるとかや。其後なみかせ。しつまれはみやす所の。御船はむ嶋につかせ給ひけり。此浦と申はつりする塰の家ならでは。住人もなき所なれば。ひまあらはなるあしのやの。うきふししげき住かの内へぞ入奉りける。此四五日のなみかせに。御心もよはり。やかてたえいらせ給へは。心なきあまの子どもまでもこはいかにしたてまつらんと。なきかなしみて御かほに水そゝきなむどし。やうやういきいてさせ給ひけり。なにしにうきいのちの。そのまゝにたえもせで。又憂目を見む事よと。なげかせ給へどかいぞなき。さらでたに。なみたのかゝる御袖は。かはくまもなきおりからに。とまもるしつくあらいその。岩に。くたくる。なみの露きえをあらそふ風情なり。いつまでかくてありあふべき。とさの畑とやらむいふ所へ。送りてもあれかしとうちわひさせ給へば。あまども申けるやうは。か程いつくしくまします上らふを。われらがふねにのせ申。はるはるととさまて送り申さむに。いづくの浦津泊にてか。人のばひ取申さん事の候べき。ゆめゆめかなふまじきよし申けれは。力及はせ給はす。波の立居に御袖をしぼりつゝ。今年は爰にてくらさせ給ふ。御心の内こそあはれなれ。さても一の宮はかやうの事をはいかでかしろしめすべき。みやす所の御むかひに。武文京へのぼせられし後。月日はるかにへたつれとも。なにと御左右を申さねば。いかなる憂目にかあひぬらんと。心元なく思召し。京より下れる人に御尋ありければ。みやす所はこぞの九月に都を御たちましまして。畑へ御下さうらひしとこそたしかに承及てさうらひしかと申ければ。さては道にて人にうははれぬるか。又世を浦風にはなされて。ちいろの底にもしづみぬるかと。一かたならずおもひくつおれさせ給ふ所に。有夜御けいごに候ひける武士とも。中門にとのゐして四方山の事共物語しける中に。ある者の申けるは。さるにても去年の九月。あはのなるとをすきて。当国へわたりし時。ふねのかぢにかゝりしきぬを取あけて見しかば。いつくしかりける事よ。是はよのつねのしやうぞくにてはなし。内裏院の上らふ女房の。田舎へくだらせ給ふとて。難風にあふて海にしづませ候ひし。其しやうぞくにてもやあるらん。あなあはれさよなむどゝいゝさたするを。宮かきこしにて聞召。去年の九月の事ならば。もしそのゆかりにてもやあるらんと心元なく思召。其絹いまだあらは。いさゝか御覧せられたき事あり。もちてまいれと仰けれは。いろこそそむじて候へとも。わたくしに候とてめしよせて参せあぐる。宮つくつくと御覧せらるゝに。みやす所の御迎に。武文京へのほせられし時。有井の庄司が調進申せし絹にてあり。ふしきやとて。のこりたる絹を召寄て指合て御覧すれば。綾の紋すこしもたがはずつゞきけれは。何の御うたがひのあるべきなれば。みやふた目とも御覧ぜす。此絹を御かほにをしあて。なきしつませ給へは。有井も御前に候ひしか。なみたをおさへてまかりたつ。みやす所を今ははや。此世にまします人とは。露もおほしめされずし此絹のかちにかゝりし日をなき人の。き日に定られ。みつから御経あそはして。過去幽霊。藤原のうちの女。ならひに畑のたけふむともに三界の苦海を出て。すみやかに九品の。上せつに。いたれと。いのらせ給ふぞあはれなる。去程に其年より。諸国にいくさおこつて。六原鎌倉九国北国の朝敵。同時にほろびはてしかは。せむていは。おきの国よりも。くわんこうなり給ひ。一の宮は。とさの畑よりも都にかへり入給ふ。天下ことごとく公家。一たうの御代となりめてたしとは申せとも。一のみやの御方には。みやす所のおなし世に。おはしまさぬ御事をふかくなけかせ給ひしに。淡路のむじまに。こさるよしを。風のたよりにきこしめし御迎をくたされ。かくて都に入給ふ。たゝあふしつが。山よりいでゝ。七世の孫にあひはうしが海に入て。やうきひを見たりしもかくやとおもひしられたり。みやす所はおもはすも心つくしにおもむきし。御ありさまの心うさ。なみにたゆたううたかたのきえぬみながらながらへ。ふたとせ過し物おもひ。御をしはかりも猶。あさくやと。御袖をしぼり給へば。みやはまたとはたるふねのかぢのはにかくともつきぬ御なけきわかれの中のわかれとて。なき跡とひし年月の。かずかずつもりしかなしみ。たゝみひとつの物おもひわすれかねにしありさまを。かたりつくさせ給ひけりさしもうかりし世中の。時のまに引替。人間の栄花。天上のごらくきはめすと云日もなく。つくさずといふ御遊もなし長生殿の裏には。利花の雨つちくれをやぶらす。不老門の前には楊柳のかぜ。枝をならさず。けふを千年のはじめと。めてたきためしにあかしくらさせ給ひけり。
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