三木
(毛利家本)

爰に尾張の国の住人。織田の弾正忠平の朝臣信長。若きより昼夜弓箭を捨ず。武勇を好み給ふ。是に依て去永禄の初つかた。美濃尾張両国の敵をきり随へ。江州佐々木の一党を追伐し。程なく上洛あつて。此比都を守護し。おごれる三善家の輩を悉く退治し玉ひ。五畿内は申すにをよばず。丹波幡磨の国まで。こんくわんをいれずと云人なし。然れば禁中をおもんじ。平家の元をつとめて宰相の中将にて参内ましまし其後だいしやうをけんじ右大臣にへあがりて栄花の春をむかへゑいようの秋をきはめ給ふなり。去乍御心に少し。御不足の事やおはしましけんじじやうをかいて。禁中へ挙玉ふ其詞に曰く。たうぐわんのこと。しだいの昇じんいよいよおんたくによくすべきといへどもせいはつのこういまだおはらざるのでう先一くわんを。じせんとす東夷北狄既にほろびぬ南蛮西戎なんぞ属せざらん万歳安寧四海平均の時にあたつて重て勅命にとうようし棟梁塩梅の忠をいたすべし然ばけんしよくをもつて嫡男信忠の卿に譲りあたふべきの旨宜くそうたつに。預るべき者なり卯月一日信長判とうの右大弁殿へとぞかき給ふ。角てぶくわんにましまして。日本をたいらげたまはんとの御心中とぞ聞えける。扨諸国へ軍卒をつかはし給ふ。東国ゑわ徳川参河守家康。瀧川左近将監一益。北国ゑわ柴田修理亮勝家。佐々内蔵佐成政。前田又左衛門利家。丹波の国ゑわ惟任日向守光秀。南方大坂表へは佐久間右衛門尉信盛。西国ゑわ羽柴筑前守秀吉なり。扨幡州東八郡の守護。別所小三郎長治。秀吉にたいし。牟楯の濫觴を尋るに。天正六年三月の始秀吉御下知に任て。彼地に下向の叓は。長治一味同心の故なり。同き月の七日に秀吉幡州国衙のかすやが舘に陳を布く。爰に長治が伯父別所山城守賀相と云侫人あり。長治にあいかたつて云く。秀吉此地に入て自由の働あり。殃い終に我身にをよぶべしとて。戈を逆にして味方の勢に陳ぶれし。中途より立帰り。三木城墎に楯籠り一夜の談合さまざまなり。中に就て。此旨上聞に達するならば。程なく上勢下るべし。さあらん時は。要害の普請。出城の始末不覚たるべしとて。先たばかり状をかいてのぼせらるゝ。公義にたいし牟楯にあらず。秀吉乱入狼藉のあまり有。一旦城墎にたて籠り。御気色を伺奉るべきよし使者をたて。其間に居城を構ゑ。出城の普請をぞきはめける。今度大敵を防べき。城々はしかたには櫛橋左京進神吉にわ神吉民部少輔。高砂には梶原平三兵衛。野口にわ。長井四郎左衛門淡河にわ。淡河弾正忠。はじ谷には。きぬがさ豊前守。是みな要害主人堅固なり。残る小城をば。悉く引払ひ。かうづき中村高橋党。服部後藤長谷川神沢大村三枝。上原魚住賀古賀須屋。きしのたるゐ飯尾党。扨亦藤田の六十三騎此人々を先として。人質誓紙とりかはし。いさみにいさんで。三木の城ゑぞ籠りける。たとへば異国のかんしん。はんくわいがよせたり共あやうかりとは見えざりけり。秀吉此由きゝ玉ひ。荒思ひよらずの事共や。小三郎長治をば。此行末の案内者と頼み。一廉の受領をもなし。心をへだてじとおもひしにより。当国の人質は申すにをよばず。他国の人質迄取あつめ。長治に預けるこそ不覚なれ。咋日の花は今日の塵。昨日の友は今日の怨。あすかの川の淵ならで。瀬にかはりゆくならひとはいまこそおもひしられたれ。よしよし当国の面々。悉く敵に成共。何ほどの事の有べきぞ。有馬中務少輔小寺明石は心替りにてはなきか。別所孫右衛門重棟は。そうりやう兄弟の義について一味するかととひ給ふ。中務少輔小寺明石はもとより異儀も候はず。重棟わ秀吉の御前に畏り。左右眼に泪をうかべ。唯面目を失ひ奉ると計也。秀吉御らんじて。汝が兄山城守賀相が。偏にはかりことゝ覚たり。長治にたいし状をつかはし。ことの子細を尋よと仰ければ。重棟承り。則状を調へてぞ遣しける。使両三度にをよぶといへ共。賀相にいさめられ。終に。返答にあたはず。扱既に破れたり。秀吉此由きこしめし。軍兵を引卒し。三木の城へぞよせられける。彼城墎と申すは。前には河水漲て後に高山そびへつゝ。林に続て人家あり。岩そばたつて道せばし。殊更こうしやの拵へて。くろみくろみに人数をふせ鉄炮軍を先として弓弦をならして待かけたり。秀吉御らんじて。谷々を放火させ。先手の者ををひはらはせ。其月は先本の陣へぞ引給ふ。翌日にわ長井四郎左衛門がふまへたる。野口の城へぞ寄られたる。是非此城を攻とり。軍の先兆とすべきとの儀定なり。城にわ待儲たる事なれば。櫓上。塀の狭間より射出す鏃鉄鉋。雨の如く霰に似たり。一陣少し引退く。二陳には石俵竹手把てつほう楯をかざしつれ。堀ぎわへよせきたり。則土手を。つかせらる彼所と申すは。幡州にての広みにて山遥に海遠し中に田地漫々たり比は三月中旬に。あをみわたれるばくばうの風になびきて散乱す。数万人の人足にて。彼麥をながせつゝ。堀の。埋草にぞしたりける。せいろうをたかくあげ。三日三夜。入かへ入かへ攻給ふ。八方に螺を吹き。鐘を鳴して大鼓を打。鬨音城拍子。只雷電に異ならず。物によくよくたとふれば。風に吹るゝ小船の。逆浪に浮沈み。ひやうはくするが如にて城の内なる輩は。あう前後を忘じて居たりけり。長井堪ずや思ひけん。降参申命を助られん叓をのぞむ。秀吉弓矢の墓をやらんが為に。赦して城を請取給ふ。然に別所中国の守護。毛利家と契約をなす叓年久し。此時飛脚早打隙もなく。合力勢をぞこはれける。毛利右馬頭輝元。もとより律儀をたつる方なれば。援兵をつかはすとて。小早川左衛門佐隆景。吉川駿河守元春に。貳万騎をさし加へ。備州作州の境に陳をはり。けいさくをめぐらす。此旨右大将きこしめし。後詰の其為に御出勢とぞきこへける。御嫡男信忠卿を大将とし。都合其勢一万五千余騎。幡州なだにをりくだり。所々に陳をぞとられける。彼堺目より。中国の人数ものぼらず。くわんぐんもくだらず。互に行を見あはせらる。信忠の御諚には。某加勢のしるしに。別所がよりきの持し神吉の城。此要害を攻破り。きほひをとらんとおぼしめし。即時に人数をうちよせ。四方八面に楯をつき。火水になれとぞ責たまふ。城のうちにはをししづめ。人をうたんの謀ちかぢかとひきつけたり。美濃尾張の人々は。本より心かうにして。手負死人をふみつけ。数千人の者共。堀の埋草と成まで。無理にかゝつて攻たりけり。もとより小城の事なれば。大軍をうけたもたん事。蟷蜋が立車にむかつて。長譬を頼むに似たり。かゝりける所に。神吉民阝が同名に。藤太夫と云者あり。そうりやう民部が首をきつて。御味方にまいるべき由を申す。信忠きこしめし。急ぎまいれとの御諚にて。民部は首をぞうたれける。爰に三木よりの加勢に。梶原の重衛門。入道してとうあんと云者有。藤太夫が心替の由をきき。荒頼ても頼がたきは人の心や。をいと云そうりやうと云。三世のきゑんをむすびこし。其甲斐もなく心替をしけるぞや。殊更人質を。長治にまいらせて。まだいわげなきみどり子を武士の手にかけてひきさがさせんむざんさよ此行末にながらへてたとひ身をもつよなり共義理をちがへし人なりとうしろゆびをさすならば生たる甲斐は有まじとひとりごとにぞ申ける。其後寄手の兵は。城大将が首をみて。落居したると心得。内へいつてみんとて。あう我も我もと乱入とうあん此由みるよりも。爰にて切て出寄手の兵共を。いちいちに乙乱し。高名せばやと思へ共。とても討死すべき身の。余多の人をほろぼし。つみをつくりて何かせん。さらば最後を急ぐべしと。大手の櫓にとりあがり腹十文字にきつたるをほめぬ人こそなかりけれ。信忠の卿は。此きほひを以て。三木の城にをしよせ。其辺見をよばせ給ひ。二里三里の間に。相城二つ三つつけさせ。夫より御馬を入給ふ。秀吉は平山と言峯を拵へ。居城と定め。敵城をこそまぼられけれ。其後三木の城内の各評義して。敵の人数は三千四千に過ず。城の内に楯籠士卒七八千。誠に大軍を以て。小敵の擒となる叓無念きはまりなし。是非引出し一軍し。勝負を決すべきよし儀諚して。長屋表に取出。平畠に人数を立る。平山より是を見て。先勢五百計打出し。秀吉も物具したまひ。平山のこしひらみをぢんどり。先勢を谷あいにをろさるゝ。三木方には室田ほずみ。岡村がたうをけいしへいと定め。先手の見合せしたりけり。其日の大将は。山城守賀相。長治が舎弟。小八郎治定。是両人とぞきこえける。鉄炮軍はじまれば。川をわたりてかゝらんと。馬一面に揃へつゝくつばみをならし。ざゞめかいて向のきしにのりつけいさみかゝれる威ひ。天魔をもしりぞけ。波旬をも欺けり。谷に陳取先勢。錣を傾け待懸しに。其陳へはかゝらずし。本陳の山を目にかけてうつて。のぼるこそやさしけれ。秀吉御覧じて。今日の軍に勝べき叓は案の内。走りかゝる敵相。十町に過たり。人馬の息相限り有。ちかぢかとひきつけ。残らずうたんと下知しけり。羽柴小一郎秀長。此由を承り。人に先をこされじと。はやるな面々と。人々をいさめをき。一番鑓をぞいれられける。秀長の人数。一度にはつときりかゝる。秀吉つゞいてこみかゝる。三木方の兵に。久米の五郎久勝。志水弥四郎直近。一足もさらず大将はいづくにぞ討死せんと名乗つゝ大勢の中へわつて入る。され共物の数ならず此両人もうたれけり。残の兵共。むかふをばきりふせ北をばをひうつ。山城名馬にのつてひく。小八郎治定。とつてひきかへし。馬よりもおりにけり。ひぐちの太良をりあひて。ほそ首中に打落す。其外の兵共城の内迄をつこみ。をもとの人の首数を二三十うつとつてあう凱歌挙てぞひかれける。其比接津国の守護たりし。荒木接津守村重。信長公にたいし。謀反して天下をくつがへさんとや思ひけん。先京都より幡州への通路をとむる。秀吉此由聞玉い。急き村重が舘に至り。こわいかに村重望のあらば秀吉に申されよ。公儀にをいてわはからふべし。御身かくなりあがり。此国の守護といはるゝ叓。誰が恩とか思うらん。恩を怨にて報ずるかや天道の有ならば後のむくひのいかならんなう村重と仰けり。村重少も同心の気色見へざりければ。夫より京都に馳上り。御人数を引下し。高槻茨木の両城。調略を以て御味方となし。有岡一城に攻なし。扨幡磨へのつたひの城。節所節所に付双べ。都よりの通路をば心易ぞしたまひける。其後毛利の輝元。小早川の隆景。三木の城みつぐべきてだてとして。数百艘にふなよそほひして。明石の浦魚住にをしあぐる。軍使には乃美兵部丞。児玉内蔵太輔。其外紀州雑賀の士卒。海ぎはに要害構へ。船引付てぞ居たりける。秀吉此由きこしめし。三木と魚住の通路をとゞめんと思し召し。君が峰を初め。四方八面を。かこまれけるとかや。廻りの付城。三十ばかり。其透々に番屋をたて。塀柵乱杭逆茂木表にわ荊棘を引つゝ。裏にわ堀をほらせけり。飛鳥はそもしらず地を走る獣ものがれつべうはなかりけり。城の内には此由をみて。敵の人数。たとひをひをひくはゝる共。五六千にわよも過じ。其勢を以て。六七里の間をかこまれけるこそ不思義なれ。西国よりの兵粮。魚住についてあり。いかにもしていれんとて。精兵百人すぐつて。弓に手矢をとりそへ。しのびにかかつて。魚住ゑ出し。此者共を案内者とさだめつゝ。天正七年九月十日。芸州の住人に。生石中務少輔。手嶋一介。並に紀州の住人。土橋平丞。渡辺藤左衛門を先として。七八千の士卒をひき表ては要害きびしとて。後の方へまはつて。兵粮をはこばする。宵よりも出ぬれど。はやあけがたになつて。大村坂ゑつきぬれば。あいづのゝろしあげさせ。塀柵をきりくずす。三木の面々かけあはせ。兵粮をばいれずして。谷の大膳亮が付城ゑ攻あがり。数刻防き戦たり。大膳は外構をとられじと。乙の丸へぞおりたりける。先懸したる三木の者。あうはや外構にをしよする。大膳此由見るよりも。大手の門をひらかせ太長刀のさやはづしいさみにいさんで切て出。手本に進む兵を。七八騎なぎふする。然れ共大膳が。運のつくるかなしさは。長刀のつばもと。二三寸をいて。づんどをれて力なし。其後打物ぬきもつて。大勢の中へわつていり。数十人に手をおほせ。刀の刃つきぬれば。脇指ぬいて腹切て。そこにて討死したりしをおしまぬ者はなかりけり。三木方の兵共。其儘にひくならばなんもなからん所に。かさの丸をとらんとて。人数をばひかざりけり。秀吉早々かけつけらるべき所に。敵一手には働かじ。北方の襲にて。南方よりの行かわあるべきと。見合らるゝ所に。如此の住進有。すは。やつと云儘に。風にしたがふ旗先。敵陣ゑさしむけ。馬に鞭をあらくあて。一刻にかけつけ。声をどつとかけにけり。敵も名有侍にて。さうなく太刀場をとられじと面もふらずかゝりけり。秀吉御らんじて。三木の城と。大村の間を。をしへだてんと思召し。かさざかの上よりも。すくに人数ををろさるゝ。山城は。三千余騎にて大村前にそなへけり。其中へ秀吉。三百計にて。御馬を入給ひ。わつたてをんまはし。散々にきり玉う。三木方の者共は。風に木の葉の散ごとく四方へばつとにげにけり。そこにてとつてひつかへし鑓前にて討死する者二三百。其中にとつても。別所甚太夫。同三太夫。同左近の将監。光枝小太郎。同名道夕。櫛橋弥五三。高橋平左衛門。三宅与平次。小野権左衛門。砥堀孫太夫以上軍の大将。此外雑兵。六百余人うたれつゝ。首墳にこそつかれけれ其外撫切打捨わ数をもしらぬ計なり。角て弥城のよはるをみて。又付城をよせらるゝ。南わ八幡山。西わ平田北は長屋。東は大塚。城へのちかさは五六町。ついぢの高さは一丈余。うへには二重塀に石をいれ。摸雁舁楯。高くいゝ重々に構をつき。川の面に虵籠をふせ簗杭うつて楗掻橋の上にも番を居へ巴巻水の底迄も人の通を用心す。裡には大名小名の陳屋を宿屋作にたてさせ小路をとをし辻々に門をきり昼夜によらず往来の人をゑらみてとをしけり。暗夜になれば町々の篝火。灯明の光わ月の如くにて数は星に異ならず。秀吉近習の人々を。六時にわかつて三百人。番屋番屋の名字をかきつけ。付城の主人に。判形すヘさせまはされたり。若も油断輩は。上下によらず成敗し。重き者をば磔。軽わ誅殺す。人々是をみ舌を掉て恐れけり。荒むさんや城の内には旧穀悉く尽き。既に餓死する者数千人。初は糠蒭を食とし。中比は牛馬鶏犬をころしくらう。後にわ手負死人の。しゝむらをさいてくうとかや。異国の楽羊ならでは。人をくらう様のありとは更にきかざりけり。天正八年正月六日。宮の上の要害。調略を以て秀吉自身のりこみ。其日又諸軍をよせらるゝ。堀ぎは三町に過ず。秀吉宮の上より下墨玉い。同十一日白昼に。南構に人数をつけ。山下を放火し。秀吉秀長は。彦の進が持し鷹の尾。ならびに山城がかまへにかけ入。敵数輩うつとり。爰を詮度と戦たり。敵の士卒は。詰の丸にぞ籠りける。是が譬へかや神無月。神無月時雨の雲の立田山梢まばらにちりはてゝ下枝に残る紅葉ばの嵐を待にことならず。長治是をみて。舎弟彦進をちかづけ。やあ何とかおもふ。とても此城久しくたもつべきにてもなし。今夜腹をきらんとおもへ共。敵陣へ案内し。残士卒共とがなふしてくみする族。助てたべと懇望の状をかひて出すべし。いかにと有しかば。彦進承り。尤と申しつゝ。則状を調へて敵陳ゑこそ出されけれ。唯今申入る意趣は。去々年以来敵対の事。ゆへなきにあらずといへども。今更疎意を述にあたわず。併時節到来天運既にきはまれり。なんぞほぞをくふにたへん。長治並に同名。山城守同。彦進。両三人。来。十七日申の刻腹を。きるべきに相定め畢ぬ。残る士卒雑人巳下。とがなうして。悉く首を。刎られん事わふびんの題目也。御憐愍を以て扶け。をかるゝにをいては。今生の悦び来世のたのしみ。何事か是にすぎん。此旨宜く。御披露にあづかるべし。仍恐々謹言。正月。十五日別所。小三良長治。浅野弥兵衛尉殿ゑとぞかゝれける。此旨則披露の所に。秀吉是を見給ひ。真に文武二道の侍なりと。しばしかんじ給ひつゝ。雑兵を扶けんとの返答にそへられ。酒肴用意し。最後の遊宴あるべしとて。城の内へぞをくられける。長治は秀吉の返答をきゝ。荒うれしの事共や。いざさらば酒盛せんとて。両日両夜の遊山こそいつにすぐれて覚へたれ。嘆の中の悦とは。今此事をや申すらん。小蝶の夢のたはむれ槿花一日の栄。たとひ千年をふるとても。限なくては叶はず。なまじいに某ら。弓馬の家に生れつゝ。名をくたさじと思うこそ。実に哀なる心なれ。今夜計を名残とて。夫婦の人は。閨の戸の。とぼそもさゝでいざよひの月やあらぬとこしかたを思出つゝもろともに十四十五の春よりもはかなきちぎりをむすびそめ連理の枕水鳥のをしのふすまの下にたゝおきふしなれし呉竹のよは定なき習とわしらざりけるぞをろかなる。しばしまとろみて。明ければ十七日。早朝にをきいで。行水し香を焼。かみをあげさせ。ひたけゝれば。彦進をめしよせ。山城に使をたて。兼日に定むる如く。今日申の刻生害あるべしと申せ。彦進承り。此旨山城に云渡す。山城返答には。我等両三人腹をきり。諸卒を助て何にかせん。城の内を焼破り。もろともにほのをとなつて。骸骨を蔵すべしとぞ申しける。城の内の者共此由をきくよりも。すはや山城先約をへんずるぞ。山城壱人の覚悟にて。残党をころさんとや。諸卒はみな一統したる叓なれば。山城をうたんとてこそよせにけれ。山城櫓にあがつて。火をかけて焼くずさんとしけるを。けらいの者も敵なれば。首をうつてぞ出しける。長治は是をきゝ。もとよりも覚悟の前。我等一類の末後此時にきしたりと。三歳の緑子を膝の上にかきのせ。荒果報つたなの叓共や。かゝれとてしもうばたまの。このくろかみはなでずして。一筋をちすぢになれとねがひこし。其行末をひきかへて。あまつさへたらちねの。手にかゝる叓のむざんさよと。心のたけき長治もしばし泪にむせびけり。角ては叶はじとおもひきり腰の刀をひんぬいて心元を一刀あつと計を最後にて朝の露ときえにけり女房が是をみて自害をせんとしたりしを長治は見るよりもとつて引よせさしころし同じ枕にをしふせ絹ひきかづけをかれけり友之が女房も同じ如く生害し今はおもひも残らずと。兄弟はうちつれておもてをさしてぞ出にける。扨客殿の縁の板に畳一帖しかせつゝ左右に。居なをりて皆人々をめし出し暇乞をすべしとて気色を違ヘずにつこと笑ひ此三年が間の籠城を相届くる志のせつなさは海よりもふかく。山よりも猶高しいづれの日か此恩を報ぜんとおもひこし其甲斐もなくして角なりはつる無念さよ去乍それがしら両三人が生害し扨各を助くるこそうれしかりける次第なれ。さらばかたがた。最後の名残是迄と。脇指とつてなをし。弓手にかはとつきたて。妻手へさつとひきまはす。三宅肥前治忠入道。首をちやうど打落し。治忠が。申しやうこそ哀なれ。此先御恩に。あづかる人は多れど。此度の御供を。申す人は更になし。某も。当家譜代の。年寄と云なから。述懐の子細有。出頭にもをよばず。ある甲斐もなくして。人がましき事なれ共。御介錯のあらされば。御供申すさらばとて。腹切てしんだりけり。友之此由見るよりも。あつはれ清き自害かな。友之も腹切て。名を後代にとゞむべし。皆見給へと云儘に。腹十文字に切破り。臓腑をくつて捨にけり。長治年は廿三友之は貳拾一。惜べし惜べし。扨山城が女房も自害をせんと思ひきり。男子二人女子一人三刀に差殺し剣を含み死たるは哀れなりける次第也。翌日には城の内の者共を出し。悉く助けられたり。其中に小姓一人。短尺を持て来る。よみて見れは辞世なり。先長治哥に角ばかり。今はたゞ。恨もあらず。もろ人の。命にかはる我身とおもへば。同友之。命をも。おしまざりけりあづさ弓末の代までの名を思うとて。三宅治忠入道も。君なくはうき身の命なにかせん。残りて甲斐の有る世なりともとかやうに詠ず。げにも文武の誉れ。なのした豈むなしからんや。秀吉は別所三人の首を京都へのぼせ。信長公の御実検に備へ。幡州にては御着志方。魚住。此城々を同事に攻ふせ。但馬一国一篇に属す。備前美作此先に一味せり。其外西国四国懇望の使札。日々に到来の旨。上聞に達す。武勇と云調略と云。比類なきよし御感状。誠に弓矢の面目。何叓か是にしかんや。其後秀吉。三木の城にうつり。地を清め。堀を䟽ゑ。今度退参する。人民を引直し。法度を定め。当国の面々わ。云々をよばず。但州備州の諸侍。着到の。旨に任せ。在城すべきよし。厳重の間。人々屋敷を構ゑ。門を双べ。日を経ざるに数千間の家をたつる。皆人。耳目を驚す。或人の曰く。秀吉に十徳有。君に忠心あり。臣に賞罰有。軍に武勇有。民に慈悲有。行うに政道有。意に正直有。内に智福有外に威光有。聴に金言有。見に奇特有若輩の時よりも人間抜群の主人。猶行末の繁昌。仰ぬ人はなかりけり。

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