満仲の内
それ生死のならひうゐてんへんの理は。皆夢幻の世中なり。此しやはの定命おもへはわつかに六十年。けてんのけう老少不定の夢なり。行末とても夢ならさらんや。松樹千年のみとりも霜の後の夢とつゐにさむへし。いかにいわんや槿花一日のさかへも露のまのみたもちかたし。朝にはこうかんあつてせいろにほこるといへ共。夕にははつこつとなつてかうげんにくちぬ。よひにはらふ月をもてあそふといへと暁はへつりの雲にかくれり。わつかなる世中に。何に心をとゝめてかいたつらに明しくらしなん。
(曲節集)
濁水をていの中よりも。法のはちすをかいしゆつす。ちんらうまうさうはむさのかくたいなり。これによつて一代。八万の花はごじの春にひらけ。さんたいそくせの月は。はつけうの秋にあきらかなり。きうせんたうちやうにたつさわり。せつにんたうくわつにんけん。みな一念のうちなり。生死即ねはん。ぼんなうそくぼたひとゝけり。ゐんもちも。みな是無常のめうぎやうなり。浄土もゑともほんらいくうしやくなりとかや。
(曲節集)
彼天竺の浄名居士我朝の聖徳太子も在家に御坐しなから仏法修行したまひぬ拾悪五逆の輩も須臾の念によつて無数劫の罪障を消滅すへきことは疑なく候なり満仲とこそおほせけれ。
(曲節集一本)
それかしはらをきりたり共。若君の御命のたすかり給ふ事あらし。さあらん時は何もむやくなるへし。扨何とすへきそや。まさにうてと仰らるゝは三代さうをんのしう君。又たすけよとおほせらるゝも。しゆくんにておわします。とやせんかくやあらましとかきあつめたるもしほ草。しんたいこゝに。極りて是非をも更に弁へす。
(曲節集)
殊には詩哥。くはんけんの道にちやうし。しゆゑんゆうけう人にすくれ。然間一時のそうきやう。あるひは心を高ねの月にかけ。思ひを志賀の。うら波によせさりけるは。なかりけり。一樹の花を見ては。皆吾家の光を。あらそふことくなり。凡心さしは。さんかくのことく。ぎはわうこんよりも猶かたし。はんにやのかねの声。暁のわかれおうらむ。一たんのはうしはかれもこれもたゝおなし。いつも心に詩をつくり哥をゑいして。かんきよに。日月を送り給ひけり。
(曲節集)
礼儀したるふせひおとなしやかなりけり父つくつくと是を見て。あらむさんやか程まて。そたてをきたるしるしもなく。只今我手にかけん事のふひんさよと。思へは忍ひの涙せきあへす。
(曲節集)
それ鴛鴦のふすまをかさねても。身体のやふれさるあひだなり。亀鶴の契りをいたすも。露のいのちのきえざるほど。いづくの里人か。独として。残りとゞまり候べきたゞとくしやうを。かへんこそ身のよろこびにて候へ。
(毛利家幸若安信一本)
将軍の母聞しめされ。身につもる年月を主たにもおもはぬに。親のよはひのかたふき。老の浪をよせ。すゑのちかくなるをみてなく事よと。あはれにもうれしくもおもわれけると。有文に見えて候を。今更思ひ出されて候そや。寺へまかりのほりし時はくろくわたらせ給ひし御くしの。くたりて見奉れはやうやう白妙に見えさせ給ひ候程に。今いく程か見まいらせんと。かなしくて。ふかくの泪をなかすなり。いつわり申たりけれは。母はまこととおほしめし。ふひんの者の。申事や実子にてなくは何ものか。母かかみの。白くなるをはかなしむへき。ましてなからん後世を。とわれん事のうれしやと。只今さきにたて給はん。事をはしろしめされすし。よにたのもしく。おもはれける母の。心そいたはしき。
(曲節集)
其後ひとま所に立入。御経よみ念仏申。一首の哥にかくはかり。君かため。命にかはる後世の。やみをはてらせ山の端の月。かやうにかきとゝめ。師匠同宿こじの坊へ。かすかすのかたみの文をまいらせたくは思へ共。それさへかなふへからすと。たゝ文一つうにいつわりかうそかゝれたる。扨も扨も此度罷下事別の子細ならす其ゆへは。しゆくんひちよ御前の。満仲の御意にそむかせ給ひ。じしん御手にかけ給ふを。とふらひ申せとてよひくたして候程に。若君の御最後のていを見るに心も心ならす。あまりのいたわしさに御こつをとりくひにかけ。高野の嶺とやらんに思ひたちて候そや。みとせか間の春秋を送りむかへ。かならすまいり御目にかゝり候へし。師匠同宿こしの坊へ。かうしゆ丸とかきとゝめ。ひんのかみをすこしぬいて。文の奥に。巻こめてこそをかれけれ。吾文なから。一しほに名残のおしさ。かきりなし。
(曲節集)
悲哉や春三月の花も無常の風の吹さるほと三五の夜の月も雲の覆はさるほとなり無常の剣をぬき一度身ふれなは一気の位を転して即得脱すへきなり何の人か親となり何者か子と生れ様なき事をもらすへき命葉落安し秋一時の雷光の影の内に剣をふるとみえしかは首は前へそ落にける。
(曲節集一本)
其後首をとり吾宿所に帰。女房をよひ出してくはしき事をかたり。かうしゆか首を見せけれは母はかうしゆかくひをみて。やかて消入ものいわす。それようてうたるくれなゐのかふはせ。花にそねまれしすかたも。夕の風にさそはれ。せんけんたるみとりのまゆすみ月にねたまれしかたちも。暁の雲にかくれ。会者定離は人間のならひ。生死無常のことはりは。さまさまおほしと申せ共。取分。あはれ。なりけるはかうしゆか事にとゝめたり。やゝありて母御せんはおつる涙の隙よりも。されはこそかうしゆ寺よりくたり。さこそよろこふへき身か。我をみてなきし程にふしんをたてゝさふらへは。いこくの事をかたり出してみつからか心を慰めしを。夢にもみつからしらぬなり。たとへは御しうの命にかわるへき事を。身つからいかてとゝむへきそ。かくとしらするものならは。ともにかいしやくして最後の。ていを。見るならはかほとにものはおもふまし。情なの仲光やと。くひにいたきつきふししつみてそ泣にける。
(曲節集)
かゝるけだものまでも子をばためすならひあり。わか君を御かんだう候事を。うらみとばしおぼしめされ候な。おいとま申てわか君。びぢよごぜんは聞しめし。はや帰るか中務。うき世は車の輪のごとく。命のうちに。いま一度めぐりあふべきよしもがな。なごりおしやとのたまひて。はるはる見をくりたゝずみたまへば行道さらに見もわかず。たまたまこととふものとては。みねにさわたるさるの声も。わが身の上とあはれなり。ふり帰ふり帰見をくりて。あとにこゝろは。とゞまりてたゞの。里にぞ。つきにける。
(毛利家幸若安信一本)
今生におもひをく叓候はすいとま申て女房と腰の刀を引抽て弓手の脇に突立てんとせし時。女房刀に捫つき。しづまりたまへ仲光よ。誰も思ひは劣らぬそ先自をかひしつゝ其後腹を切玉へ実まこと忘れたり我々なからん其あとに幸寿丸か最後の体君のおみゝに入ならば痛や若君の陰れ忍て御坐を撏し出させたまふならは草の陰にて幸寿丸嘆かん叓も无慙なりしかるへくは仲務自害をおもひ留りて我々夫婦一筋に念仏申し幸寿か菩提を吊てとらせなはなとかは得脱ならさらん加様に申せはみつからか命を惜むに似たるへしともかくもよきやうに計らひ玉へといひけれはおもひきりぬる道なれとも至極の道理に仲務自害を留りけるとかや。
(曲節集一本)
時しも比は九月十三夜の。明月隈もなかりしに。山ありとしらする鹿の遠声も。心すごく聞なして。千種にすだく虫の音までも。我ありがほに物哀なる折からに。円覚。貴き御声にて。じやくまくむにんじやう。どくじゆしきやうでむ。がにじいげん。しやうしやう。くわうみやうしんと。たからかにあそばせば。誠に人倫のじうしよなりといふとも。寂寞にして。人の声もなし。しめいのほらにはあらねども。読誦の御こゑは。凡天たうりてむの。雲の上にもきこゆらん。貴しと申すもあまりあり。心の有も。あらざるも袖をしほらぬ人そなき。
(幸若正信本)
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