「伏見常葉」の内

 その頃常葉は十七歳、義朝は三十一。仮初ぶりに馴れ初めて、今三人の子を儲け、かかる思ひに伏し沈む。
(短中之部)

 御室の御所を御出あり。五條辺りの黒土を、初めて踏むぞ哀れなる。頃はいつぞの頃ぞとよ。永暦元年正月、十七日の夜の事なり。清水参りと申して、諸人かずをも知らざりし、上下の道者にうち紛れ、清水に御参りあり。左の隔子に通夜申し、十の蓮華を揉み合はせ、八分の頭を地につけて、そもそも御山は田村麻呂の御建立。大同二年に建てられし。山より瀧が落つれば、水上清きみ寺とて、さてこそ額にも、清水寺とは打たれたれ。みづからが十七より、今まで参りの利生には、三人の若どもが、行方守りて賜び給へ。南無大悲観世音と、鰐口ちやうど打ち鳴らし、涙に咽び給ひけり。まことに御本尊も、御納受やましましけん。御簾も几帳もさざめいて、坊舎もゆるぐかと、思へばいとど殊勝なり。
(曲節集)

 三十三間今熊野、一二の橋法勝寺。明くれば正月今日は早、十八日の事なるに、宇治は春雨降りけれど、木幡の山は雪ぞ降る。いつ君がたまさかに、歩みも習はせ給はねど、降る白雪を御手にて、うち払ひうち払ひ、足に任せて常葉御前、迷はせ給ひけるとかや。木幡の山に限らずし、いづくも山の習ひにて、峯高ければ谷深し。やうやう嶺に御上がりあり。人はなきかと問ひ給へば、谷に山彦答へけり。又谷に御下りあり、山人やあると問ひ給へば、嶺に木魂ぞ響きける。嶺よ谷よとし給へば、木幡の山に日は暮れぬ。哀れなりける次第なり。
(曲節集)

 柴の折戸をはたと立て、木幡の里の事なれば、皆くちなしと音もせず。
(短中之部)

 あらいたはしや常葉御前。先へと行けば道見えず。後へ帰るも山路なり。辺りに人の住まばこそ、かなたこなたと借りもせめ。さてあるべきにてあらざれば、大爺が屋蔭に立ち寄らせ給ひ、辺りの雪を払ひのけ、御小袖を脱いでさつと敷き、若君達を据ゑ並べ、人の親の、子を思ふ道程に、哀れなる事よもあらじ。市女笠をそば立てて、風吹く方の墻と成し、寒風を防ぎ給ひけり。
(曲節集)

 この理を聞く時は、只若どもとみづからは、妙の一字にあらずや。さあらん時は十方の諸仏も、などか憐れみなかるべき。恨めしの浮世やな。南無阿弥陀仏弥陀仏と、十返唱へ給ひつつ、又若達にうちかかり、流涕焦がれ給ひけり。
(短中之部)

 常葉聞こし召されて、うち恨みたる御声にて、さればこそ山人よ。風には脆き露の身の、消えぬは人の哀れにて、いまだ長らへて候ぞや。
(曲節集)

 大爺なのめに喜うで、あひの障子をほとほとと音づれ、一首はかうぞ聞こえける。木幡山、下ろす嵐の激しさに、宿りかねたる夜半の月かな。
(短中之部)

 わらはも腰折れ歌なりとも、詠まばやと思し召し、返歌にかくぞあそばしたる。木幡山、裾野の嵐険しくて、伏見と聞けど寝られざりけり。
(短中之部)

 かやうにわりなしとは申せども、あら頼みなの夫の心や。
(短中之部)

 あら無残やこの女。これをば夢にも知らずして、持仏堂に参り仏前に向かひ、香を盛り花を摘み、夜すがら琴を弾きそばめ、恨み泣いてぞゐたりける。夜半ばかりにこの女、白きひさげに水を入れ、胸の間に置きければ、必ず湯にぞ成りにける。捨てては水を替へ、夜すがら胸を冷やしけり。これは三年がその間、妬しと思ふ心ざし、色には出さざりけるが、焔と成りて煮えにけり。
 既に暁の、鐘聞く頃にも成りしかば、苦しげなる息をつき、これより河内の高安へは、龍田越えと申して、悪所のありと聞くものを、いつの日の何時か、この山にて我がつまの、死せんず事の悲しやと、思ひ連ねてこの女、一首の歌をぞ詠じける。風吹けば、沖つ白浪たつた山、夜半にや君が一人越ゆらんと、かやうに詠じたりければ、夫この由聞くよりも、賢臣二君に仕へず。貞女両夫にまみえずと、今こそ思ひ知られたれ。姿掛かりのまさる女はありとても、心のまさる女房の、ありつべしとはおぼえずとて、河内通ひを思ひ切り、古き妻にぞ契りける。これを誰そと尋ぬるに、在五中将なりとかや。
(彰考館幸若安信本)

 恨めしや。天に住まば比翼の鳥。地にあらば連理の枝。神ならば結ぶの神。仏ならば愛染王。五道輪廻のあなたなる、釈迦大悲の弓手に候、涅槃の岸は変はるとも、我等が妹背は変はらじと、深く頼みを懸けつるに、夫の心と川の瀬は、一夜に変はると伝へしも、今より思ひ知られたれ。
(曲節集)

 わ御前達も若ければ、少々妬き事ありとも、夫の元を粗忽に出て、後悔すなと宣ひて、余りの事の悲しさに、忍び忍びの涙なり。
(曲節集)

 牛をば桃林の野に放し、馬を花山の陽に帰す。鴨寒うして水に入る。鶏寒うして木に上る。諸法実相と聞く時は、峯の嵐も法の声。それをなりとも一つづつ、申せ申せと仰せけり。
(短中之部)

 時ならぬ田歌を、はつたと上げて歌うたり。田植ゑよや、田植ゑよ早乙女。皐月の農を早むるは、勧農の鳥時鳥、山がら小がら四十から。この鳥だにもさ渡れば、皐月の農は盛りなり。しどろもどろに歌ひ成し、舞を一手舞ひ納め、一声をこそ上げにけれ。めでたやありがたや。天照大神熊野の権現、鹿嶋香取諏訪熱田、住吉賀茂の下上、祇園精舎に梅の宮、八幡大菩薩。惣じて神の御数は、九万八千七社とぞ聞こえける。高天原に神ぞまします。神の父神の母、伊弉諾伊弉冉の御事なり。わらはが故郷、出雲の国に立ち給ふ、素戔嗚尊。されば神の御ために惣政所。この度歩みを運ぶ輩、誰か利生を受けざらん。この利生を受け取つて、只今のみ座敷の、上臈に参らせん。あらめでたやと歌うたり。
 その次を見てあれば、播磨の国の女房、づんど立つて歌うた。播磨なる高砂や、高砂や。尾上の松は高からで、下に住むは何やらん。富と幸ひと、ざつと受け取つて、只今の上臈に、これを添へて参らせん。あらめでたやと申して、盃を押つ取つて、やがて御酌に参りけり。
 その次を見てあれば、丹後の国の女房、かうこそ歌うたれ。丹後の国には久しき人を尋ぬるに、浦嶋の明神、七百歳を保ち給ふ。億劫成りあひ天の橋立。久世の戸の文殊の智恵と才覚を、ざつと受け取つて、只今の上臈の、若君様に参らせん。あらめでたやと歌うたり。
 その次を見てあれば、和泉の国の女房、年を申せば十八歳に罷り成る。顔に紅葉を散らして、歌ひかねつつ、うち俯いてゐたりけり。歌うたる女ども、この由を見るよりも、わ御前は人に歌を歌はせて、われは何しに歌ふまじきと申すぞ。やあ歌へ歌へと言ふままに、袂を取つて引つ立つる。それまでも候はず。歌はんと言ふままに、居たる所をづんど立つて、長柄の銚子をきつと翳いて、柄杓取つてうちかたげ、座敷を二三度廻り候て、はつたと上げて歌うた。めでたやな、わらはが故郷。和泉の国の者なれば、その名によそへて泉が湧いて候ぞ。残りの女ども、拍子を打ち揃へ、や御前わ御前。粗忽なる事な申しそ。いづくの程に湧いたるなう。ここの程に湧いて候。長柄の銚子、しろがねの柄杓にて、酌むともや、取るともよも尽きじ。かかるめでたき泉をば、誰にか参らせん、誰にか参らせん。なうそよまこと忘れたり。只今のみ座敷の、上臈に参らせん。あらめでたやと歌うたり。
 その次を見てあれば、遠江の国なる浜名の橋の詰の者。名所の者なれば、いかに面白く歌はんずらんと、心を澄まし目を澄ます処に、この女が居たる所をづんど立つて、舞をば舞はずして、しも内指いて走り入る。歌うたる女ども、この由を見るよりも、わ御前は歌を歌はずし、いづくを指いて逃ぐるぞ。やあ出よ出よと責めければ、さはなくしてこの女、着る物の褄を高々とさし挟み、袂よりも襷取り出ざつと掛け、つりたる笠の所々破れたるを、きつと引つそばめ、つつと出て、曲にかかつて歌うた。遠江なる遠江なる、浜名の橋の下なるは、鯉か鮒かはえの子か。いかに汝等が、驪龍めくとも臥龍めくともあう。しや取つてうち上げて、只今のみ座敷の、御肴に参らせん。あらめでたやと申して、曲にかかつて狂ひけり。若君様の繁昌、申すばかりもなかりけり。
(短中之部)

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