「堀川」の内

 義経も討たれ給ふべし。たとひ討たれ給はずと、土佐をば終に討たるべし。土佐だに討たれてあるならば、義経も滅び給ふべし。両敵ながら滅ぼして、浮世の中に楽々と、住まばやなんど思ひければ、案じ済まして梶原は、笏取り直し申しけり。
(短中之部)

 宗徒の兵を八十三騎揃へつつ、鎌倉内を忍び出づ。道にて出で立ちけるやうは、鎌倉殿の御代官に、熊野へ参ると披露して、上から下に至るまで、浄衣膝振裁ち着せ、市女笠に四手付けさせ、鎧入れたる長持に、おはけ立て標引かせ、引き馬どもの尾髪にも、木綿四手切つて付けさせ、渡る瀬毎に垢離をかき、夜を日に継いで打つ程に、鎌倉を出て二十日には、都入りとぞ聞こえける。
(短中之部)

 弁慶承り、熊野の牛王一枚に、硯を添へてぞ出されたる。土佐は聞こゆる文者にて、自筆にかうこそ書いたりけれ。
  敬つて白す、天罰を起請文の事。上は梵天帝釈、下は四大天王。閻魔法王五道の冥官。下界の地には、伊勢天照大神を始め奉り、熊野白山金峯山。王城の鎮守、稲荷祇園賀茂春日。八幡は正八幡大菩薩。松の尾平野梅の宮。惣じて閻浮提の内の有勢無勢。曠劫誕の魍魎鬼神。聞き入れ納受垂れ給へ。今度正尊が君の討手に、罷り上りたる事候はず。又私の宿意、更に候はず。もし偽り申して候はば、只今申し下ろす神罰冥罰を、正尊が四十四の継目、八十三のわうわう毎に、罷り蒙り候ひて、今生にては正尊が、弓矢の冥加長くすたり、来世にては無間の底に堕罪し、永劫浮かむ世更に候まじ。仍つて状、件の如し。文治元年卯月二十日。藤原の正尊判。
と書いたるはさて、身の毛もよだつばかりなり。
(短中之部)

 たまたまあり合ふ人とては、女房達に中居の人。さては諸職の者ばかり、者ばかり。うたてかりける時分かな。
(短中之部)

 あまりくたびれまづ暫く、いや休まんと宣ひて、又こそ休み給ひけれ。
(短中之部)

 やあ、こなたへ来よや静とて、西の小庭に出給ふ。頃はいつぞの頃ぞとよ。文治元年、卯月二十日の夜の事なり。藤花は松に懸かりて、色々の草花の、乱顛したる有様は、錦を晒す如くなり。池の汀に臨む時、静が姿は花に似て、いまだ秋にはあらねども、女郎花かと疑はる。
(短中之部)


「四国落」の内

 十二人の北の方も、御供なりとぞ慕はれける。義経聞こし召されて、こはいかに義経は、関東の頼朝より、不興の身にて候へば、いづくにても義経が、討たれん事は治定なり。
(短中之部)

 十二人の北の方は、この由を聞こし召し、たとひ龍立つ山の奥、死出三途の川なりとも、共にこがれば憂かるまじ。とどまるまじの都やとて、先にぞ立たせ給ひける。
(短中之部)

 誰を頼みて松浦姫、都にとどめ置くならば、道の障りと成るべし。切るとも切られぬ愛欲の、憂き身の障りはこれなりとて、二百余騎の人々は、御輿を中に取り籠めて、涙と共に立ち出づる。これや延喜の聖代に、家を離れて三四月。落つる涙は百千行。万事は皆夢の如し。よりより彼蒼を仰ぐと、詠じ給ひし旧跡と、今の義経の配流の旅。姿はいづれ変はるとも、思ひはさながら一つなり。末は山崎宝寺。神内楫折過ぎければ、しどろもどろに乱文し、あら難しや芥川。豊嶋瀬川万乗寺。箕面山の紅葉に、心の留まる折節、又うち出づれば西の宮。南宮の、御前の沖の荒夷。松原殿の御山荘。昔恋しとうち眺め、霞む浦路は住吉の、霧の隙より松見えて、浪に漂ふ海士小舟。心細しとうち眺め、はや大物の浦に着く。
(曲節集)

 二時ばかりの事なるに、音に聞こえたる和田の岬を、心細くも走り過ぎ、弓手を見れば絵嶋が磯。妻手は明石の人麿の、雨の降る夜も降らぬ夜も、風の立つ夜も立たぬ夜も、嶋隠れ行く海士小舟。心細しとうち眺め、尾上高砂過ぎければ、室の沖にぞ着きにける。
(高野氏幸若安信本)

 風に取られて舟どもが、思ひ思ひに落とさるる。四国へ落とす舟もあり。西国へ落とす舟もあり。土佐の湊へ落とすもあり。或いは元の明石灘。兵庫が沖へ落とすもあり。八艘の舟どもが、皆散り散りに成りにけり。
(曲節集)

 あらいたはしや。大将の御座舟には、十二人の北の方。近習の人々三十人。荒き浪には当てられつ。さながら前後も弁へず。やうやう残る人とては、義経弁慶只二人。舟の前後を扱ひて、風に任せて落とさるる。心ざしこそ哀れなれ。
(短中之部)

 弁慶申しけるやうは、それ風は龍王の、出し給へる息として、時の不思議を成し給ふに、宝を沈めて御覧ぜられ候へ。義経聞こし召されて、さらば宝を沈めむとて、十二人の北の方の、襲の小袖紅の、千入の袴判官の、黄金造りの御佩刀。海底に沈め給ひけり。元よりもこの人々、寺育ちの学匠にて、法華経の一の巻、時移る程こそ誦せられけれ。まことに龍王も、御納受やましましけむ。浪風少し静まれば、舟は小浪に揺り据うる。
(彰考館幸若安信本)

 翁承り、御返事に及ばずし、舟ほとほとと音づれて、一首はかうぞ聞こえける。漁り火の、藻塩の煙風に消えて、吹き明かしたる荻の一叢。
(短中之部)

 されば、荻にあまたの異名あり。よしとも申しあしとも言ふ。村と言ふは里の名。その上古き歌にも、漁り火といふ事は、難波入江に寄せられたり。いかさまこの浦は津の国の、芦屋の浦の事やらん。なう我が君と申しけり。
(毛利家幸若安信本)

 さては疑ふ処無し。辰巳の明神の、義経を憐れみて、教へ給へる尊さよと、潮で手水うがひして、そなたを礼し給ひけり。
(短中之部)

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