「静」の内

 女手綱を引き向けて、大和大路にさしかかり、一二の橋うち渡り、法性寺をもさし過ぎて、伏見と深草の境なる、浄等寺へ乗り入れて、ここぞと言ひて馬を止む。
(彰考館幸若安信本)

 或いは貪に堪えず、親しきを失ひ疎きを滅ぼすは、愚痴の致せる処なり。今は人を殺すとも、因果は身に積もるべし。一世に物を殺して、七生まで殺さるる。蝸牛の角の上にして、何事をか争はん。石火の光水の泡、只幻の夢の世に、一旦の貪に耽つて、殺生をするぞはかなき。
(彰考館幸若安信本)

 東方朔が三度まで、仙の桃を盗み、仙宮に籠められしも、さこそは悔しかりつらめ。遠山鳥の花の色、霞に籠めて見えねば、匂ひを盗む春の風。同じその名は立ちながら、咎には落ちじとぞ思ふ。押さへて殺めらるる事、三更の、深き夜に鳴くほととぎす。音を盗み、冥途の鳥と成りにけり。あらあさましや。仮にも、偸盗を犯す事なかれ。
(彰考館幸若安信本)

 されば北野の天神の、菅丞相にておはせし時、時平の大臣に讒せられ、心筑紫へ流されて、榎寺にて失せ給ふ。その咎に大臣は、奈落に沈み給へば、菅丞相はまさしくも、今の北野の神と成り、孟嘗君がいたづらに、鳥の空音に関を開けて、敵に討たれ給ひけり。猶戒めの深き事は、妄語戒でとどめたり。
(曲節集一本)

 聖涙を流し、廻向の鉦打ち鳴らし、灯明を消し、庵室に入らせ給へば、静は武士の手に渡る。灯し火暗うしては、数行虞氏が涙。夜更けぬれば四面楚歌の声とは、虞氏が別れを悲しみて、作り給ひし詩にてあり。それは異国の物語。これは静が身の嘆き。漢土和朝は変はるとも、思ひの色は一つなり。上は玉楼金殿、下は賤が伏せ屋まで、静を惜しまぬ人ぞなき。見目と言ひ能と言ひ、心の情けの一と言ひ、類はやはかあるべきと、人々の嘆き愁嘆は、四方にも余るばかりなり。
(曲節集一本)

 母の禅師も、泣く泣くかちにてあくがれ出る。静この由見るよりも、母をかちにて歩ませ申し、我が身が輿に乗りたればとて、安き心のあるべきか。年寄りたる母を、乗せて舁けとてこぼれ落つる。げにげにこれも道理とて、馬を立て母を乗せ、都に名残憂き思ひ。物憂き事に粟田口。我をば止めよ、関山科のすさまじさに、過ぎ降る雪の下道を、後よりも誰か大津の浦。消えばやここに粟津が原。思ひは猶も瀬多の橋。野路に日暮れて篠原や。起き臥し繁き仮の宿の、夜毎に物や思ふらん。この程は、心の闇にかき曇り、鏡の山も見も分かず。名は醒ヶ井と聞くからに、深き心は泉かな。いとど涙の多かるに、雨山中や通るらん。嵐凩不破の関。月宿るか袖濡れて、荒れたる宿の板間より、露も垂井と聞くからに、絞りかねたる袂かな。夜はほのぼのと赤坂や。うちこそ渡れ杭瀬川。植ゑし早苗のいつの間に、黒田とは成りてはらむらん。夏は熱田と鳴海潟。三河に架けし八橋の、末をいづくと遠江。恋を駿河の富士の嶺の、煙は空に横ほれて、くゆる思ひは我ばかり。伊豆の三嶋や浦嶋が、開けて悔しき箱根山。相模の国に入りぬれば、猶憂き事を菊川の、宿にも早く着きにけり。
(幸若直房本)

 静うとまし顔にして、袂を顔に当てながら、泣く泣く申しけるやうは、人の契りと申すは、定め無しとは言ひながら、生々世々旧縁の、尽きせず朽ちぬ機縁にや。昔源氏の大将も、桐壺帚木空蝉の、もぬけの衣着たりし、尼にも契り給ひぬ。若紫末摘花。紅葉の賀花の宴。葵賢木花散る里。須磨や明石澪標。関屋蓬生絵合はせ。松吹く風や薄雲。それのみならず源氏は、六十帖の物語、はかなき契りこれ多し。一樹の蔭、一河の水を汲む事も、他生の機縁とこそ聞け。富める人もいつまでぞ。いつまで草のいつまでと、霜枯れ行くを知らぬぞと、袂を顔に押し当てて、泣くより外の事は無し。
(高野氏幸若安信本)

 とても叶はぬ訴訟故、今朝御所中へ出られつる、面影ばかりの立ち添ひて、今朝の別れを限りぞと、知らで待ちつるはかなさよ。親は一世と聞くなれば、冥途に又も会ふべきか。それも後悔すべからず。それ人間の習ひにて、進み退きとにかくに、物憂かるべき浮世かな。心に任せざりけるは、生死無常の世なりけり。
(曲節集一本)

 静この由見るよりも、これや冥途の呵責か。逆浪の旅もかくやらん。かねて一世と聞いたりし、親には生きて別れて、又も会はぬに蘇り、暗き闇路を又行くや。当鎌倉の貞神は、かの若宮に如くは無し。しかも八幡大菩薩、宗廟の神として、放生会を成し給ふ。毎年八月一日より、一切の有情の、捕られて死すべかりしを、値を報じて買ひ集め、同じき月の十五日に、石清水の流れに、放ちて助け給ふなり。この理に任せて、放生会とは申すなり。神々ならば聞こし召せ。人こそ人を殺すとも、和光の影の遍くは、我を助けて賜び給へ。たとひ命は露の身の、消え易き習ひにて、嘆くしるしのあらずとも、生きて別れし母上を、今一度見せて賜び給へ。
(曲節集一本)

 あら情けなや源太。由比の汀にて取り外したる体にて、浪打ち際にぞ落としける。磯打つ浪泣く声、浜松を誘ふ風の音。身にしみじみと思へども、取りもとどめぬ事なれば、辺りにまろび臥し焦がれ、声を並べて嘆けども、源太は少しも憐れまず。沖より浪がどうど来て、玉のやうなる若君を、落花の如くに打ち砕く。その後鞭をしとど打ち、源太は家に帰りけり。静も母も諸共に、散りたる死骸を取り集め、袂に包み顔に当て、泣涕こがれ泣きけるが、静思ひに堪えかねて、身を投げんとせし時に、母の禅師これを見て、道理なり静御前。何に命の惜しからむ。我をも連れて行けやとて、二人手に手を取り組んで、身を投げんとしたりしを、折節あり合ふ人々が、すがり付いてぞとどめける。思ひ切りぬる道なれども、心に任せぬ事なれば、この人々の愁嘆を哀れと問はぬ人ぞなき。
(曲節集一本)

 かの若宮と申すは、後ろは山前は海、左右には軒を並べ、民家の門家々、棟の数多うして、大唐の、明州の津とも言つつべし。あら面白や寺々の、楼門は雲根にさし挟み、峯の嵐は松に吹く。汀の浪は寄せ引いて、無数の罪業を洗ひけり。沖の鴎は海上の、白浪よりも立ち居けり。等覚真如の沖の浪、法性の岸を寄せて打つ。大慈大悲の若宮は、無明の闇を照らさむと、神楽男の鉦鼓の音、きねが袂に鳴る鈴、いづれを聞くも潔く、和光の影も涼しし。
(幸若長明本)

 見渡せば、歴々と座せられたる人々に、和田秩父殿江戸葛西、千葉小山宇都宮。いづれか日頃我がままに、振舞はざりし人やある。義経の妻とありし程は、大名高家恐れを成し、舞舞はせて見るまでは、思ひも寄らでありつるが、昨日は人を従へつつ、今日は人に従へり。天人の五衰の、今日さめぬると思へば、よその見る目も恥づかしし。
(彰考館幸若安信本)

前頁  目次  次頁  翻字版