緒言

 義経弁慶の武勇談、曽我兄弟の敵討は、我が国民の間に語り伝へられたる物語の中、特に勇ましく、特にあはれ深く、よく国民性に契合して人気あるものの一つにして、随つて、古来の文学美術の材をこれに採りたるもの、ほとんど指を屈するに堪へず。しかも初めてこれを結構塩梅して、趣味豊かなる一篇の詩的物語と成し、この英雄譚をして永く国民の間に不死ならしめ、後世の文学者美術家のために、好箇の題材を提示したるは、実に本巻収むる処の義経記曽我物語の二書なりとす。
 二書共に、従来室町時代初期の作物として認めらるれども、いづれもその作者を詳らかにせず。曽我物語は、真字本以下異本類本すこぶる多く、そのいづれが最も原作に近きかは、なほ大いに学者の討究を要すべき処たり。今は貞享四年の刊本を以て底本とし、参するに寛文三年本、和田信二郎氏の和州忍辱山本等を以てせり。義経記に至りては異本と称すべきものなく、類本も又稀なり。今は元禄十年の刊本を底本とし、同二年刊行の別本を以て参照せり。その他復刻につきての用意は、一に他の本文庫本に同じ。
 鳥野幸次氏は、本書の校訂につきて助力せられたる処多く、黒川真道和田信二郎二氏は、秘籍の借覧を快諾して校訂上多大の便宜を与へられたり。時に記して謝意を表す。

    大正二年一月    校訂者 武笠三