曽我物語

巻第二

一 大見八幡を討つ事

 三千世界は眼の前に尽き、十二因縁は心の内に空し。憂世に住むも捨つるも、安からぬ命。いつまで長らへてあらましの身に暮らさまし。伊東入道は何につけても、身の行く末のあぢきなくして、子息九郎祐清を呼び寄せて、「入道が生きての孝養と思ひ、大見、八幡が首を取りて見せよ。」と言ひければ、「承りぬ。この間も内々、案内者を以て見せ候へば、他行の由申し候。もし帰り候はば告げ知らすべき由、申す者の候によつて、待ち候。余し候まじ。」とて座敷を立ちぬ。幾ほどなくして、「来りぬ。」と告げければ、家の子郎等八十余人、ひた兜にて、鹿野といふ所へ押し寄せたり。八幡三郎はさる者にて、「思ひ設けたり。いづくへか引くべき。」とて、親しき者ども十余人、籠め置きたりしが、矢ども打ち散らし、差し詰め引き詰め、取り取り散々に射ける。やにはに敵あまた射落とし、矢種尽きしかば、さし集まりて、「主のために命を捨つる事、つゆほども惜しからず。所詮の望み足りぬ。」と言ひて、刺し違へ刺し違へ、残らず死にけり。八幡は腹十文字にかき破り、三十七にて失せにけり。
 則ち大見小藤太が元へ押し寄せたり。この者は、元より心さがりたる者にて、八幡が討たるるを聞きて、取る物も取りあへず落ちたりしを、狩野境に追ひ詰めて、搦め取りて、川の端にて首を刎ねけり。九郎は二人が首を取りて、父入道に見せければ、「ゆゆしくも振舞ひたる。」とぞ感じける。曽我にありける河津が妻女も、喜ぶ事限りなし。祐清は、入道が憤りをやめ、兄が敵を討ちし孝行、一方ならぬ忠とぞ見えける。
 さても八幡三郎が母は、萳美入道寂心が乳母子なり。八旬に余りけるが、残りとどまりて、思ひの余りに口説きけるは、「主君のために命を捨つるは本望なれども、この乱の起こりを尋ぬるに、過ぎにし親の譲りを背き給ひしによつてなり。しかるに、寂心世にましましし時、公達、あまた並み据ゑて酒宴半ばの折節、持ち給ひたる盃の中へ、空より大きなるいたち一つ落ち入つて、御膝の上に飛びおりぬと見えしが、いづくともなく失せぬ。『稀代、不思議なり。』とて、やがて考へさするに、『大きなる表事。慎み給へ。』と申したりしを、さしたる祈祷もなくて過ぎ給ひぬ。幾ほどなくして寂心は隠れ給ひけり。さればにや後白河法皇も、鳥羽の離宮に渡らせ給ひし時、大きなるいたち、参りて鳴き騒ぎけり。博士に御尋ねありければ、『三日の内の御喜び、または御嘆き。』とぞ申しける。それに合はせて申す如く、次の日、鳥羽殿を出し奉りて、八條烏丸へ入れ奉りて、『これ御喜び。』とぞ申しける。次の日、皇子高倉宮御謀叛顕はれ、奈良路にて討たれさせ給ひぬ。かやうの慎み、不思議なりける次第なり。」

二 泰山府君の事

 昔、大国に大王あり。楼閣を好み給ひて、明け暮れ宮殿を造り給ふ。中にもしやうかう殿と号して、高さ二十丈の高楼を建て、柱には赤銅、桁梁は金銀なり。軒に珠玉瓔珞を下げ、壁には青蓮の華鬘を付け、内には瑠璃の天蓋を下げ、四方に瑪瑙の幡を吊り、庭には珊瑚琥珀を敷き満てり。吹く風、降る雨の便りに、沈麝の匂ひ、漂へり。山を築きては亭を構へ、池を掘りては舟を浮かべ、水に遊べる鴛鴦の声、ひとへに浄土の荘厳に同じ。人民こぞりて囲繞す。仏菩薩の影向も、これには如かじとぞ見えし。されば大王、玉楼金殿に至り、常に遊覧す。
 或る時、大講堂の柱にいたち二つ来りて、鳴き騒ぐ事七日なり。大王、怪しみ給ひて、博士を召して占はしむるに、考へて奏聞す。「この柱の内に、七尺の人形あり。大王の形を悉く造り写して、調伏の壇を立て、幣帛供具を備へたり。割りて見給へ。東夷七百人ありぬべし。滅ぼすべし。」と言ふ。即ち大王、かの柱を割りて見給ふに、違はず。事も凄まじきと言ふも余りあり。やがて壇を破り、勘文に任せて、色々の諸人を集め、その中に怪しきを召し捕り拷問しければ、悉く白状す。よつて七百人の敵を悉く召し捕り、三百人の首を斬り給ひぬ。残り四百人斬らんとする時、天下暗闇に成りて、夜昼の境もなくして、色を失ふ。人民、道路に倒れ伏す。
 大王、驚きて曰く、「朕、つゆほどの私ありて、彼等が首を斬る事なし。下として上を嘲り、下剋上の戒め、後の世を思ふ故なり。もし又、朕に私あらば、天これを戒むべし。これを測らん。」とて、三七日飲食を止めて、高床に上り、足の指を爪立てて、「一命をここにて消えなん。もし誤りなくば、諸天、憐れみ給へ。」と祈誓して、上人に申して、めでたき聖を請じ奉り、仁王経を書かせられけり。三七日に満ずる時、七星、眼前と天降り見え給ふ。ややありて日月星宿、光をやはらげ給ふ。「さればこそ、政に横儀はなかりける。」とて、残る四百人をも斬り給ひぬ。ここに又、博士参内して奏する。「大敵滅び果て、御位長久なるべき事、余儀なし。されども調伏の大業、その功残りて恐ろし。所詮に、天降り給ふ七星を祭り、しやうかう殿に宝を積み、一時に焼き捨てて、災難の疑ひをとどむべし。」と申しければ、「左右に及ばず。」とて、忽ちに上件の曜宿を繰り、諸天を請じ奉りて、かの殿どもを焼き捨てられにけり。
 さてこそ今の世までも、いたち鳴き騒げば、慎みて水をそそぎ、まじなふ。この儀によつてなり。されば、七百人の敵滅び、七星眼前に降り、光をやはらげ給ふ事、七難即滅、七福即生の明文にかなひぬるをや。今の泰山府君の祭、これなり。大王、かの殿を焼き、政をし給ひて、御位、長生殿に栄え、春秋を忘れて、不老門に日月の影、静かに巡り、吹く風、枝を鳴らさず、降る雨、土くれを動かさで、永久の御世に栄え給ひけるとかや。めでたかりしためしなり。

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校訂者注
 一 大見八幡を討つ事
 ・狩野境に追ひ詰めて――底本、「彼の境に追ひ詰めて」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・さればにや後白河法皇も――底本、「さればにや白河法皇も」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 二 泰山府君の事
 ・沈麝の匂ひ、漂へり――底本、「沈麝の匂に漂へり」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・即ち大王、かの柱を割りて…諸天、憐れみ給へ。」と祈誓して、上人に申して、めでたき聖を請じ奉り、仁王経を――底本、「即ち大王上人に申して、めでたき聖を請じ奉り、かの柱をわりて…諸天憐み給へ』と祈誓して、仁王経を」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。