曽我物語

巻第三

一 九月十三夜名ある月に一万箱王庭に出て父の事を嘆きし事

 そもそも伊豆の国赤沢山の麓にて、工藤左衛門尉祐経に討たれし河津の三郎が子、二人あり。兄をば一万といひて、五つになり、弟を箱王といひて、三つにぞなりにける。父に後れて後、いづれも母につき、継父曽我太郎が元にて育ちけり。やうやう成人する程に、父が事を忘れずして嘆きけるこそ無残なれ。人の語れば兄も知り、兄が語れば弟も知り、恋しさのみに明け暮れて、積もるは月日ばかりなり。心のつくに従ひて、いよいよ忘るる暇もなし。「我等二十になり、父を討ちけん左衛門尉とやらんを討ち取りて、母の御心をも慰め、父の孝養にも奉ぜん。」と、忙はしきは月日なり。数ならぬ身にも日数の積もればにや、憂き事どもに長らへ来て、一万九つ、箱王七つにぞなりにける。
 折節、九月十三夜の、まことに名ある月ながら、隈なき影に兄弟、庭に出て遊びけるが、五つ連れたる雁がねの、西に飛びけるを一万が見て、「あれ御覧ぜよや、箱王殿。雲居の雁のいづくを指して飛び行くらん。一つらも離れぬ仲の羨ましさよ。」弟、聞きて、「何かはさ程羨むべき。我等が伴ふ者どもも、遊べば共に打ち連れて、帰れば連れて帰るなり。」兄、聞きて、「さにはあらず。いづれも同じ鳥ならば、鴨をも鷺をも連れよかし。空を飛べども、おのれおのれが友ばかりなる事ぞとよ。五つあるは、一つは父、一つは母、三つは子どもにてぞあるらん。わ殿は弟、我は兄、母は真の母なれども、曽我殿、まことの父ならず。恋しと思ふその人の、行方も敵のわざぞかし。」箱王聞き、「親の敵とやらんの首の骨は、石金よりも堅きものか。」と問へば、兄が聞きて、袖にて弟が口を押さへ、「かしがまし。人や聞くらん。声高し。隠す事ぞ。」と言へば、箱王聞きて、「射殺すとも首斬るとも、隠して叶ふべき事か。」「さはなきぞとよ。それまでも忍ぶ習ひぞかし。心にのみ思ひて、上には物を習へとよ。能は稽古によるなるぞ。我等が父は弓の上手にて、鹿をも鳥をも射給ひけるなるぞ。あはれ、父だにましまさば、馬をも鞍をも用意して賜びなまし。さあらば犬追物、笠懸をも射習ひなん。我等より幼き者も、世にあれば馬に乗り、物射る見るも羨まし。」と口説きければ、箱王聞きて、「父だにましまさば、みづからが弓の弦くひ切りたる鼠の首は、射させ参らすべきものを。腹立ちや。」と言へば、兄が聞きて、「それよりも憎きものこそあれ。」「誰なるらん。みづからが乗りつる竹馬打ち候ひつる事か。」「その事にてはなきぞ。父を討ちける者の憎さに、月日の遅き。」と言へば、「習はずとても、弓矢取る身は弓射ぬ事や候べき。」兄が聞きて打ち笑ひ、「わ殿、さやうに言ふとも、手馴れずしてはいかがあるべき。射て見よ。」とて、竹の小弓に箆は薄なる笹はぎの矢さしつがひ、兄、障子をかなたこなたに射通し、「いつか我等、十五、十三になり、父の敵に行き会ひ、かやうに心のままに射通さん。」箱王、聞きて、「さる事にては候へども、大事の敵、弓にてはいかがとおぼえたり。かやうに首を斬らん。」とて、障子の紙を切り、高々とさし上げ、傍なる木太刀を取り直し、二つ三つに切つて捨てて、立ちたる眼ざし、人に変はりてぞ見えたりける。

二 兄弟を母の制する事

 かくて乳母はこれを忍び見て、「恐ろしき人々の企てかな。後はいかに。」と思ひければ、急ぎ母上にぞ語りける。母、聞きて大きに驚き、彼等を一間所に呼びければ、箱王、居なほらざるに、「障子の破れたるを叱り給ふべき。」と心得て、「障子をば損じ候はず。よそのわらんべが破りて候を、乳母が事々しく申す。」と言ひければ、母、涙を流し、「障子の事にてはなきぞとよ。汝等、確かに聞け。殿ばらが祖父、伊東と言ひし人は、君の若君を殺し奉るのみならず、謀叛の同意たりしによつて、斬られ奉りし上は、汝等もその孫なればとて、首をも足をももがれ奉るべし。平家の公達をば、腹の内なるをだにも求め失はるるぞかし。今より後、ゆめゆめ思ひも寄り、言ひも出すべからず。あさましき事なり。未だ上にも知ろしめされぬか、御許しありて、知らず顔にて御尋ねもなき、とおぼゆるなり。構へて遊ぶとも、門より外へ出づべからず。汝等うち連れ遊ぶを、物の隙より忍び見るに、勇み驕る時は、みづからが心も共に勇ましく、うちしをるるを見る時は、わらはが心も共にしをるるものを。親にも添はぬみなし子の、育つ行方の無残さよ。後ろに立ち添ひ見るぞとよ。乳母はかくとも知らせぬぞ。近く寄り候へ。」とて、二人が袖を取り、引き寄せ、小声に言ふやう、「まことや、さしも恐ろしき世の中に、悪事思ひ立つとな。さやうの事、人に聞かれなば、良かるべきか。上様の御耳に入りなば、召し捕られ、禁獄死罪にも行はれなん。恐ろしさよ。」とぞ制しける。一万は顔うち赤め、うち傾きて居たり。箱王はうち笑ひ、「乳母が申しなしとおぼえたり。更に後先も知らぬ事なり。」と申しければ、母聞きて、「今より後、思ひも寄らざれ。構へて構へて。」と言ひて立ちぬ。その後は、人目を忍びて兄弟は語りけれども、人には更に知らせざりけり。
 或日のつれづれに、友のわらんべもなく、軒の松風耳にとどまり、暮れやらぬ日は、一万、門に出て、人目を忍び、さめざめと泣きけり。箱王も同じく出けるが、兄が顔をつくづくと見て、「何を思ひ給へば、兄御は向かひの山を見て、さのみ嘆かせ給ふぞや。」と言ふ。兄が聞きて、「さればこそとよ。何とやらん、殊の外に父の面影思ひ出られて、恋しくおぼゆるぞ。」と言ひければ、「愚かにわたらせ給ふものかな。何程思ひ給ふとも、父は帰り給ふまじ。いざ帰り給へ。わらんべどもの、また参り給はんに、囃し物して遊び候はん。」とて、うち連れて帰る時もあり。また或る夕暮に、夜に近き軒端の、雨のもの哀れなる折節に、箱王、門に立ち出、涙に咽ぶ時は、一万、弟が袖をひかへ、「何を思ひ給へば、四方の梢に眼をかけて、さのみ嘆かせ給ふぞや。」「おぼえぬ父御とやらんの恋しきは、かやうに心のすごきやらん。兄御は何とかおはする。」とて、さめざめとこそ泣き居たれ。一万、弟が手を取りて、「おぼえず知らぬ父を恋しと思はんより、いとほしとのみ仰せらるる母に、いざや参らん。」とて、袖を引きてぞ入りにける。これも人眼を忍ばんとて、互に諫め諫められて、心ばかりと思へども、さすが幼き心にて、忍ぶよそ目の隙々の、洩るるを見聞く人ごとに、舌を振り、哀れを催さぬはなかりけり。
 「良竹は生ひ出づれば直なり。旃檀は双葉より香ばし。」とは、かやうの事に知られたり。されば終に敵を思ふまま討ち、名を万天の雲に上げ、威勢一天に余れり。哀れにもいみじきにも申し伝へたるは、この人々の事なり。

底本頭注
 一 九月十三夜名ある月に一万箱王庭に出て父の事を嘆きし事
 ・箆――矢竹。

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