九 畠山重忠請ひ申さるる事

 ここに武蔵の国の住人畠山庄司次郎重忠、在鎌倉して筋違橋にありけるが、この事を聞き、取るものも取りあへず、急ぎ御前に参られけり。君、御覧じて、「重忠、珍しや。」と仰せ下されければ、「さん候。」とて、深く畏りぬ。ややあつて重忠、申されけるは、「伊東が孫どもを浜にて斬られ候なる。未だ幼く候へば、成人の程、重忠に御預け候へかし。」君、聞こし召し、「存じの如く、伊東が振舞、條々の旨、忘るべきにあらず。彼等が子孫に於きては、いかに賤しき者なりとも、助け置かんとはおぼえず。これ等はまさしき孫ながら、嫡孫ぞかし。頼朝が末の敵となるべし。されば、誅しても足らざるものを。頼朝怨み給ふべからず。」と仰せられければ、「叶はじとの御諚、重ねて申し上ぐる條、恐れにては候へども、成人の後、いかなる振舞仕り候とも、重忠、かかり申すべし。その上、一期に一度の大事をこそと存じ候て、常には訴訟を申さず候へ。これ一つをば御免わたらせ給へ。」と申されければ、君の仰せには、「彼等が先祖の不忠、皆々存じの事。何とてかほどに宣ふ。この事かなへぬ怠りに、武蔵の国二十郡を奉らん。」と仰せ下されしぞ、まことに忝くはおぼえける。
 重忠、承り、「御諚の趣、畏り存ずれども、国を賜はり、彼等を誅せられては、世の聞こえ、重忠が恥辱にて候べし。某が元賜はりて候所領を参らせ上げ、彼等を助け候ひてこそ、人の思はくも候へ。」と申されければ、君、御返事にも及ばせ給はず。重忠、居丈高になりて、「畏れ多き申し事にて候へども、平治の乱に、義朝討たれ給ひき。その御子として清盛に取り籠められ、既に御命危ふくわたらせ給ひしに、池殿申されしによつて、助かりましましぬ。御喜びを思し召し寄り、彼等を御助け候へかし。」君、御顔色変はり、事悪しく見えければ、暫く物も申されず。「悪しざまなり。申し過ごしぬる。」と存じて、ただ謹んであり。やや暫くありて、君、いかが思し召しけん、御扇をさつと開き、「げにげに、重忠宣ふ如く、平家の一門、頼朝に情けをかけ、助け置きて、頼朝に退治せられぬ。その如く、彼等を助け置きて、末代に頼朝、滅ぼされぬとおぼゆる。されば彼等をば一々に斬りて、由井の浜に懸くべし。」と、荒らかにこそ仰せけれ。
 重忠も、申しかかりたる事なれば、言葉も賜ばはず伸び上がり、「さん候。滅びし平家の悪行、いかばかりとか思し召す。仏法にも恐れず、王法にも従はず、官をとどめ職を奪ひ、子孫に伝はるといへども、邪なる沙汰は、天これを許さざるによつて、自滅す。政道順義にして、政もつぱらなれば、末代までもいかでか絶え候べき。ただ神慮に背かで、邪なる事さへ候はずば、位は転輪聖王と等しかるべし。」と申されければ、御寮、聞こし召して、「忠を高く感じ、咎を深く戒むる事、邪なるべきにや。」「その義にては候はず。ただ御慈悲わたらせ給へとこそ候へ。御敵の末不忠の至り、陳じ申すにはあらず。さりながら、幼く候へば、成人のほど御預け候へかし。忝くも君の御恩に誇り、栄華にそなふる事、世の人に優れたり。されば、『重忠が訴訟、何事も叶ふべし。』と、人々存ずる処に、御許されなくば、命生きても無益なり。御前にて首を召され候へ。それかなはずば、浅間も御照覧候へ。重忠自害仕り候べし。ものその身にては候はずとも、『某、御前にて失せぬ。』と聞き候はば、自害とは申し候はじ。一門馳せ集まり、御不審の嘆きを申し上げ候べし。しからば、今日の訴訟人、定めて同意ありぬべし。さあらんに於いては、諸国の煩ひとこそ存じ候へ。」
 君、聞こし召し、「さやうの義に至りては、頼朝、裁くべきにあらず。ただ天の照覧に身を任せ候べし。」とて、御返事もなかりけり。

十 ちやうしが事にて兄弟助かる事

 重忠、畏つて、「恐れ存ずる次第にて候へども、昔、大国に大王あり。武勇の臣下を集めて千人愛し、玉の冠、黄金の沓を与へて召し使ふ。その中の臣下に、ちやうしといふ賢人あり。大王、これを召して仰せけるは、『朕が七珍万宝、一つとして不足なる事なし。しかるに、並びの国の市に、宝の数を売るなり。汝、かの市に往きて、我が蔵の内に無からん宝を買うて来るべし。』とて、多くの宝を与へぬ。ちやうし、これを受け取り、かの市に往きて見るに、一つとして洩れたる物なし。しかれども、王宮に善根、長く絶えてなかりけり。『これを買ひ取らん。』と思ひ、保つ処の財宝を、かの国の貧人どもを集めて悉く施し、手を空しくして帰りぬ。大王、問うて曰く、『買ひ取る処の珍宝はいかに。見ん。』と宣ふ。その時ちやうし、答へて曰く、『王宮の宝蔵を見るに、金銀珠玉を始めとして、不足なる事なし。されども、善根のなかりしかば、買ひ取りぬ。』と答ふ。大王、歓喜して、『その善根見ん。』と宣ふ。ちやうしが曰く、『かの国の貧者を集め、持つ処の宝を取らせぬ。』と答ふ。大王、不思議に思ひしかども、賢人の計らふ事なりしかば、さてのみ過ごし給ふ。
 「その頃、国のえびす起こりて、大王を傾く。合戦にうち負けて、並びの国に移りぬ。その時、千人の臣下、さしも愛せし恩を捨てて、一度に逃げ失せにけり。王一人になりて、既に自害に及びける時、ちやうしが暫く抑へて曰く、『待ち給へ。この国の市にて買ひ置きし善根、この度、尋ねて見ん。』とて行く。その宝を得たりし非人の中に、しばうといふ武勇の達者、かの深き志を感じて、多くの兵を語らひ、この王のために城郭を拵へ、暫く引き籠りぬ。時あつて運を開き、再び国に帰り給ふ。『これ、ひとへにちやうしが買ひ置きし善根の故。』と、国王感じ給ふ。一人当千といふ事、この時よりも始まりけり。その時、元逃げ失せし千人の臣下、また出て、『仕へん。』と言ふ。大王、聞き給ひて、『また事あらば逃げぬべし。新しき臣下を召し使ふべし。』と宣ふ。ちやうし、諫めて曰く、『始めたる臣下は心知り難し。ただ、元逃げ失せし臣下を召し使ひ給へ。再びの恩を忘れんや。』と言ふ。大王、理を聞き、逃げ失せし臣下を悉く尋ね出して召し使ふ。時にまた国、大きに起こりて、王の宮を傾く。帰り来る処の臣下、再びの忘恩を恥ぢて、身を捨て命を惜しまず防ぎ戦ふ。されば、勝つ事を千里の外に得、位を永久に保ち給ふ、と申し伝へて候。彼等も、さる者の子にて候へば、御恩を忘れ奉るべきにあらず。終には御用に立ち申し候はんずれ。」
 君、聞こし召し、「それも、臣が貴きにはあらず。ちやうしが賢なるによつてなり。」「さらば、某をちやうしと思し召し、彼等を臣下になぞらへて、御助け候はば、後の御先途にもや立ち候ひなん。『君君たる時は、臣礼を以てし、臣臣たる時は、君憐れみを施す。』とこそ見えて候へ。」頼朝、聞こし召し、「彼等、何の礼かありし。」重忠、承つて、「御助け候はば、いかでかその礼なかるべき。君、御許しなくば、我々までも栄華に誇るべきにあらず。さあらんに於いては、合はざる訴訟なりとも、一度はなどか御免なからん。」「理を破る法はあれども、法を破る理は無し。罪科といひ法といひ、いかでか彼等逃るべき。」
 重忠も、申しかかりたる事なれば、身をも命をも惜しまず、高声になりて申しけるは、「『国を滅ぼすてんげんも、三世はきかず。』とこそ承りて候へ。釈迦如来の、昔、せんゑ仙人と申せし時、道を作り給ふ時、燃灯仏通り給ふに、道悪しくして、行き煩ひ給ふ。時に仙人、泥の上に臥し給ひて、御髪を敷き、仏を通し奉る。薩埵王子は飢ゑたる虎に身を与へ、尸毘大王は、鳩の秤に身を掛くる。これ皆、末代の衆生を思し召す御慈悲の故ぞかし。なかんづく諸国を治め給ふ事、理非をただし、情けを旨とし、憐れみを本とし給ふべきに、これほど面々の申されて、彼等を御助けなくば、人、頼み少なく思ひ奉るべし。重忠が一期の大事と思し召し、助け置かれ候へかし。」と、まことに思ひ切つたる気色にて、仏法世法、唐土天竺の事まで、引きかけ引きかけ申されければ、君、御思案ありて、「まことにこの人は、内には五戒を保ち、外には仁義を本とす賢人ぞかし。この重忠を失ひなば、神の恵みに背き、天下も穏やかなるまじ。」と思し召しければ、「さらば、この者どもを助け候へ。但し、御分一人には預けぬぞ。今日の訴訟人どもに悉く許す。」と仰せ下されけり。
 御前伺候の侍ども、思はずに、「あつ。」とぞ感じける。「げにや重忠、身に代へて申さるる。一人には御許しもなくて、『今日の訴訟人どもに。』と仰せ下さるるありがたさよ。されば、天下の主とも成り給ふ。」と重忠、感じ申されけるとかや。

十一 兄弟曽我へ帰り喜びし事

 その後重忠は、成清を呼びて、「幼き人々の事、やうやうに申し預かり候ひぬ。早々、子ども召し連れられ、祐信に、御帰り候へ。曽我に心もとなく思ひ給ふべし。御見参に入りたく候へども、御前に候間。」と言ひ送りければ、曽我太郎、是非を弁へかねて、「畏り存ずる。」とばかり申されける。さて二人の子どもの馬を先に立て、曽我へ帰りける心の内、譬へん方もなし。
 母が宿所には、これをば知らで、ただ泣くばかりなる処へ、「人々帰り給ふ。」と告げければ、母を始めて喜ぶ事限りなし。一万が乳母、月冴といふ女房、庭上に走り向かひ、馬の口を取り、「君達の御帰り。」と言はんとて、余りにあはてて、「馬達の帰り給ふぞや。」と呼ばはりけり。兄弟の人々、馬より下り、母が方に行きければ、一門馳せ集まり、喜びの見参、暇もなし。
 されば頼朝、御憤り深く、御憐れみのあまねく広き事は、「明哲の君は、時に蔽壅の累を成し、俊乂の臣は、しばしば後時の悲しみを抱く。」とは、文選の言葉なるをや、今更思ひ知られたり。

底本頭注
 九 畠山重忠請ひ申さるる事
 ・怠りに――謝罪のために。

前頁  目次  次頁

校訂者注
 九 畠山重忠請ひ申さるる事
 ・頼朝、裁くべきにあらず――底本、「頼朝騒ぐべきにあらず」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 十 ちやうしが事にて兄弟助かる事
 ・かの国の貧人どもを集めて――底本、「かの国の非人どもを集めて」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
 ・ちやうしが暫く抑へて曰く――底本、「ちやうしが曰く、暫く抑へて言ふ」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・栄華に誇るべきにあらず――底本、「華に驕るべきにあらず」。岩波文庫本(1939)本文及び脚注に従い改めた。
 ・尸毘大王は鳩の秤に――底本、「慈悲大王は鳩の代りに」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・明哲の君は~悲しみを抱く――底本、「めいてんの君は時にへいようの累をなし、じゆんゑんの臣は屡親子の悲を懐く」。岩波文庫本(1939)本文及び脚注に従い改めた。