十一 平六兵衛が喧嘩の事

 ここに十郎が身に当てて、思はぬ不思議ぞ出で来ける。故をいかにと尋ぬるに、三浦の平六兵衛が妻女は、相沢の土肥弥太郎が女なり。この人々とはいとこなり。幼少より叔母に養ぜられて伊東にありける程に、十郎と一所に育ちけり。やうやう成人する程に、十郎、彼に忍びて情けを懸けたりける。互の志深ければ、家にも取り据ゑ、まことの妻にも定むべかりしを、「敵を討たん。」と思ひける間、家を忘れて、ただ女の元へぞ通ひける。かくて日数を経る程に、父、これをば知らずして、「平六兵衛に合はすべし。」とて請ひけり。忍ぶ事なりければ、人知らで、「成人の女、一人置くべきにあらず。」とて、三浦へ遣りにけり。女また、「かかる事あり。」と言ふべきにあらねば、十郎が方へ忍びて文を遣り、詳しく問ふ。されどもけはけはしく、まことの妻とも頼まざりければ、怨みの袖しをるるのみにて、親に計らはれて、力及ばずして義村が方へ行きにけり。されども志の深ければ、或る時、義村が在京の隙に、忍びて十郎が元へ文を遣はしけり。いとこの文なりければ、祐成、「見て苦しからず。」と思ひけれども、「留守の間はしかるべからず。」とて、返事もせざりけり。
 人の口のさがなさは、義村に知らせたり。不思議に思ひ、「内々尋ね聞かばや。」と思ふ程に、京都の御用過ぎて、鎌倉へ参りけるに、曽我の人々は、三浦より帰りざまに、腰越にて行き合ひけり。兄弟の人々は、三浦の殿ばらとは知らで、「馬鞍見苦し。」と思ひければ、傍らへ駒うち寄せ、人々を通さんとす。平六兵衛は曽我十郎と見て、日頃の便宜を喜び、郎等二、三騎あるを遥かの後に残し置き、宗徒の者六、七人相具して、この人々の隠れ居たる舟の蔭に押し寄せ、「まことや、御分は義村が在京の間に聞く事あり。」と、苦々しく言ひ掛けたり。されども十郎、事ともせずあざ笑ひ、「いかさま、人の讒言とおぼえ候。よくよく尋ね聞こし召し候へ。かやうの次第、見参に入り、直に承り、所縁のしるしと存ずるなり。たとひ身に誤りありとも、一度は御免にや蒙るべき。」とぞ言ひける。五郎は、義村が大きに怒りたる気色を見て、靭より大雁股抜き出し、矢先を義村に当てて、「ただ一矢に。」と思ふ顔魂、さし表れたり。
 義村、五郎が勢ひを見て、「まことに大剛の烏滸の者なり。今勝負しては損なり。後日をこそ。」と思ひ鎮めて、何となき辞儀に言ひなして、静まりぬ。この人々、事弱くも見えなば、即ち討ち果たすべき体なりしかども、五郎も思ひ切りたる色見えければ、そのまま通りにけり。「身を軽くして名を重くすれば、十分に死ぬべき害を免るる。」とは、かやうの事を言ふべきにや。不思議なりし事どもなり。

十二 三浦のかたかひが事

 ここに、この人々の叔母婿に、三浦別当といふ者あり。これに、かたかひといひて、優なる美女を召し使ひけり。別当、折々情けを掛けたりしを、女房、安からずに思ひ、「淵河にも身を沈めん。」と言ひければ、「いかでか彼等体の者に思ひ替へ奉るべき。月待つ程の夕まぐれ、風の便りのつれづれを慰むにこそ。今より後は思ひ捨つべし。心安く。」と言ひけれども、なほも思ひとどまらで、埋み火の下に焦がるる薫物の、匂ひはよそに顕はれて、移る心をこのままにて、「事を限らん。」と思ひつつ、「十郎に言ひ合はせん。」とて、急ぎ人を遣はして十郎を呼び寄せけり。いつとなく行き睦ぶる事なれば、叔母は十郎を傍らに招き寄せ、「これにかたかひとて、召し使ふ女あり。かたち、心ざま優に、品、世に超えたり。一人あれば、『いかなる事もこそ。』と覚束なくおぼゆれば、風の便りの音づれに、松には音する習ひなり。何かは苦しかるべき。曽我へ具足し給へかし。」と語りければ、親方の言ふ事なり。かねてかやうの事ありとは夢にも知らず。「承りぬ。」と言ふ。叔母、やがてかたかひを呼び出して、しかじかと語る。十郎は、曽我にさして用の事ありければ、その夜を待つまでもなくて、暮程に帰りけり。
 この事、別当が郎等ども、ほの聞きて、「かたかひを曽我へ取りて行くぞ。」と心得て、伊沢平蔵、はかせの源八、難波の太郎を先として、宗徒の者ども七、八人寄り合ひて、「不思議の事を振舞ひ給ふ祐成かな。これ程の事、別当に申すまでもあるべからず。いざや行きて、かの女奪ひ返さん。」「しかるべし。」とて、馬引き寄せ引き寄せ打ち乗つて、三浦を打ち出、つぶな川の端にて追ひ付きたり。彼等、片手矢をはげて矢筈を取り、「余すまじ。」とて追つ駆けたり。
 十郎、何事とは知らねども、「子細あり。」と心得て、馬より下り立ち、弓取り直し、「何事にや。」と問ふ。この者ども、追つ駆け見れば、かたかひは無し。されども言ひ懸かりたる事なれば、「御振舞、しかるべからず。尋ねて参らんためなり。」とて、既に事、実に見えけり。始め終はりをも知らず。敵はまた、叔母の若党なり。「討ち違へても詮なし。いかにもして逃ればや。」と思ひければ、みづから弓を投げ出し、「陳ずるには似たれども、身に於きて事をおぼえず。さもあれ、僻事ありとも、かやうにはあるまじ。静まり給へ。別に思ふ子細ありて、降を請ひ申すなり。自然の時、思ひ知るべし。」と言ひければ、伊沢平蔵、「仰せの如く、人の讒言にてもやあるらん。『まさしくかたかひをば具足して御越し。』とこそ聞きつるに、さもあらねば、改むるに及ばず。その上、御陳方の上は、重ねて申すべからず。」とて、皆三浦へ帰りけり。十郎は、「ここにて腹を切り、討ち違へても飽き足らず。」と思ひけれども、「父のために供へ置きたる命。思はざる事に果つべきか。」と思ひ、害を逃れけるこそ無残なれ。
 別当、これを後に伝へ聞きて、涙を流し宣ひけるは、「思ひ忘るるかと案じつるに、未だ心に懸けらるるや。十郎呼べ。」とて呼ばせけり。過たず帰り来りぬ。三浦別当対面して、「さても、これなる者どもの、聞き分けたる事もなくて、不思議の振舞仕るとな。全く某は知らず候。もし偽り申さば、二所大権現も御照覧候へ。弓矢の冥加、たちどころに絶えなん。思ひ寄らざる事なり。たとひ面々の誤り、十分にありとも、いかでかかやうの沙汰を致すべき。それ程の事に迷ふべき身ならず。かねても知り給ひぬらん。思ひ遣り給へ。」とて、かたかひを呼び出し、十郎に取らせけり。謹んで申しけるは、「仰せまでも候はず。御計らひとはゆめゆめ存ぜず。その上、身に誤り候はねば、無念と申すべきにもあらず。さるに取りては苦しく候はぬ。」とて、かたかひをば別当の元に捨て置き、曽我の里へぞ帰りける。かの郎等ども、深く勘当しけるとかや。
 この事を詳しく問ひければ、女のわざにてぞありける。されば、嫉妬の深き女は、前後を弁へずして家を失ふたとへは、今に始めずといへども、「かほどの大事出で来なん。」とは知らで、言ひ合はせけるぞ、まことの嫉妬にてぞありける。別当は、「しかじ、ただ向顔せざるまで。」とて、女を離別しける。理とぞ聞こえし。さても、十郎がここを逃れけるにて、左伝の言葉を思ふに、「身に思ひのある時は、よろづ恥を捨てて害を逃れよ。」となり。相合ふ心なるとかや。

十三 虎を具して曽我へ行きし事

 かくて月日を送りけるが、「定むる妻持つべからず。」とて、ただ虎が情けばかりに引かれて、折々通ひ馴れける。互の志の深き事は、文君にも劣らず、千代万代とぞ契りける。
 そもそもこの者と申すは、母は大磯の長者、父は一年、東に流されし伏見大納言実基卿にてぞましましける。男女の習ひ、旅宿のつれづれ、一夜の忘れ形見なり。されば、虎が心ざま尋常にして、和歌の道に心を寄せ、人麿、赤人の跡を尋ね、業平の昔、源氏、伊勢物語に情けを移し、春の梢に散り紛ふ、霞隠れの天つ雁、雲居の上に心を残し、秋は月の前に、曇らぬ時雨の夜嵐に、明け行く雲のうき枕、鹿の音近き野辺ごとに、虫の声々物凄く、哀れを催す小田守の、庵寂しき木枯まで、心を遣らぬ方は無し。住みも定めぬ世の中の、移り変はるも怨めしく、恋の暮とや偽りを、頼み顔なるうら情け、向かひて言ふもさすがなり。
 さてまたいつと夕つ方、五月初めの事なるに、南表の御簾近く立ち出て、来し方行く末の事ども、つくづくと思ひ連ぬるに、「まことに男の心ほど、頼み少なきものは無し。げに浅からず契りしも、空しかりける妹背の仲。頼みし末もいつしかに、変はり果てぬる言の葉かな。さてまたいつか同じ世に、逢ひて怨みを語るべき。げにや、昔を思ふに、物は遠きを珍しとし、事は稀なるを貴しとすといへども、何とてさのみうときやらん。」と、涙に咽ぶ夕暮に、五月雨の風より晴るる雲の絶え間、それとしもなきほととぎす、ただ一声に聞き絶えぬ。「憂き身の上もかくやらん。」と、古き歌を思ひ出して、
  夏山に鳴くほととぎす心あらば物思ふ身に声な聞かせそ
とうちながめて立ちたる処に、十郎、三浦より帰りけるが、たたずみたる縁の際に駒うち寄せ、広縁に下り、「いかにや。程遥かに見参に入らず。心もとなき。」とて、鞭にて簾うち上げ、立ち入りければ、虎は返事もせずして内に入りぬ。
 祐成、心得ず思ひ、「情けは人のためならず。無骨の処へ参りたり。またこそ参らめ。」とて、駒引き寄せ乗らんとす。虎、急ぎ立ち出て、「さやうに思ひ奉らず。この程、かき絶え給へる怨めしさと言ひ、よろづ世の中の味気なくて、涙のこぼるる顔の恥づかしくて。」とうち笑ひ、袖さしかざし、「申すべき事の候。暫しや。」とて、直垂の袖に取り付きたり。心弱くも祐成は、引かるる袖に立ち帰り、「さぞ思すらん。このほどは、立つ名のよそに洩るると、疎略はなきを、何となくうち紛れつる本意なさよ。」と細々と語り、「今宵はここにとどまりつつ、枕の上の睦言を、夢にもさぞと思へども、さして所用の仔細あり。いざさせ給へ。」とていざなひ、乗りたる馬にうち乗せ、曽我の里へぞ帰りける。日頃、「世になし者の君を思ふ。」とて、内々、母の制し給ふ由聞きければ、「幾程あるまじき身の、心苦しく思はれ奉らじ。」とて、母が元より北に造りたる家あり。ここに隠し置きぬ。
 祐成、このほど遥かに母を見奉らず。「参りて見参らせん。」とて、沓、行縢未だ脱がざるに、母の方へぞ出ける。祐成を見給ひて、「いかにや。遥かにこそおぼゆれ。中々御方、かやうにあらば、見んとも思ひ寄らじ。生きてわらはが孝養に、常に見え給へ。わ殿の父討たれ給ひて後は、ひとへに形見と思ひ、いとほしくも頼もしくも思ふぞとよ。箱王と申せし若者は、不孝にして行方も知らず。わ殿は何を不審して、この程遥かに見え給はぬぞ。」と口語き給ひけり。後に思ひ合はすれば、「添ひ果つまじきにて、かやうなり。」と哀れなり。十郎承つて、「『無残の子や。』と御覧ぜんも、今幾程。」と哀れにて、「何となく親しき方にあそび候。」とて、扇を取り直し、忍ぶ涙は隙もなし。母、また仰せられけるは、「これ程に事々しく親に思はれて、何かはせん。せめて五日に一度は見え給へ。」とありければ、十郎、涙を押さへて、「承りぬ。」とて罷り立ちにけり。
 虎をばその夜、とどめ置きけり。

底本頭注
 十一 平六兵衛が喧嘩の事
 ・請ひけり――叔母の元より引き取れり。
 ・けはけはくしく――公に。
 十三 虎を具して曽我へ行きし事
 ・長者――遊君の長。
 ・尋常――優美。

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校訂者注
 十二 三浦のかたかひが事
 ・女房、安からずに思ひ――底本、「女房安がらずに思ひ」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・松には音する習ひなり――底本、「待つには音する習なり」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・家を失ふたとへは、――底本、「家を失ふ。例へば」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 十三 虎を具して曽我へ行きし事
 ・さてまたいつか同じ世に――底本、「さてまた何時の同じ世に」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・物は遠きを珍しとし、事は――底本、「物は遠きを珍しく、年は」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・ただ一声に聞き絶えぬ――底本、「唯一声に聞き堪へぬ」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。