曽我物語

巻第五

一 浅間の御狩の事

 刑鞭、蒲朽ちて、蛍空しく去り、諌鼓、苔深うして、鳥驚かず。御代静かなるによりて、頼朝は昼夜の遊覧に、月日の行くを忘れさせ給ひけり。或る時、梶原を召して、「さしたる事もなきに、国々の侍を召すに及ばず。近国の方々あり合はんに従ひて、用意あるべし。信濃の国浅間野を狩らせて見ん。」と仰せ下されけり。景時承つて、この由を相触れけり。面々の仕度、分々の大事とぞ見えし。
 曽我五郎聞きて、兄に申しけるは、「信濃の浅間を狩らせらるべきにて、近国の侍に触れられ候。あはれ、御供申して、便宜を窺ひ候はばや。かやうの処こそよき隙もありぬべく候へ。思し召し立ち候へ。」と申しければ、「いかがせん。信濃まで御供仕り候はば、我等が中に馬の四、五疋もありてこそ、思ひ立ため。」と言ふ。「さやうに思し召し候はば、この事、一期の間叶ふべからず。恐れ入つて候へども、悪しき御心得と存じ候。君に仕へ、御恩蒙り、いみじき身にても候はば、馬をも牽かせ、乗換をも具して、美々しく候べし。かやうの思ひ立つ身は、恥をも思ふべからず。栄華名聞は、世にありての事にて候。ただ蓑笠粮糧持つ者四、五人召し具し、姿を変へて藁沓縛り履きて、弓矢は事々し。太刀ばかりにて雑人に交じはり、宿々にて便宜を窺ふには如くべからず。曽我には、『三浦、北條にて、いつもの如くあそぶらん。』と思し召し候ひなん。」と申しければ、「しかるべし。」とて出にけり。その日ばかりは馬にぞ乗つたりける。まことに思ひ入つたる姿、哀れにぞ見えし。
 鎌倉殿は、武蔵の国関戸の宿に着かせ給ふ。「旅宿の習ひ、盗人に馬鞍取らるるな。怪しき者あらば、堅く咎むべし。」など用心厳しかりければ、寸の隙もなかりけり。兄弟の人々は、夜もすがらまどろむ程の枕にもうち寝ずして、ここやかしこに徘徊して、明かしけるこそ無残なれ。明けければ、入間の久米にて追鳥狩ぞありける。この人々は、勢子の者どもにうち交じはり、狩杖振り立てて、心も起こらぬ鳥を立て、落場に目をば懸けずして、「もしも尋ぬる人もや。」と、岡の遠見に立ち交じはり、ここやかしこに狙へども、敵は馬にて馳せ廻り、彼等はかち立ちなるに、その上、弓矢持たざれば、空しくよそ目ばかりにて、その日も暮れて果てにけり。
 入間川の宿に、その夜は着かせ給ふ。国々の人々、参りて辻々を固め、厳しかりければ、この人々は、夜廻りの者にうち紛れ、「御用心候へ。他国より盗賊あまた越して候なり。宿々の番の人々、うち解け給ふべからず。」と、太刀ひきそばめ、館々を言ひ巡る。見知りたる人なければ、「あはれ、よきぞ。」とうちうなづき、祐経が館へぞ忍び入る。不運の極めにや、折節、新田三郎客人にて、若党あまた立ち隔て、馬見て庭に立ちたりしが、「笠の内、怪しし。」と見入れ、立ちのけば、又便宜悪しくして、「これは、御前へ参り候雑色なり。帰りて参らん。」と言ふさまにて、足早にこそ出にけれ。
 畠山重忠、御前より帰られけるに会うたり。「会ふまじ。」と思ひ、松明の蔭へぞ忍びける。雑色、灯し火を振り立てて、「何者ぞ。」と咎めけり。重忠聞きて「咎めず。伴の者ぞ。」と宣へば、物をも言はで過ぎにけり。「姿ばかりにて見知り給ひつる。」と後には思ひ知られけり。重忠、この人々の館へ消息あり。「御志ども、哀れにおぼえ候。わざと詳しくは申さず候。後ろ楯には成り申すべし。御用意こそ候らめども。」とて、粮物少し贈られけり。この人々は、返事言ひ難くして、ただ「畏り存じ候。」とばかり言ひて返しけり。隠るるとはすれども、しかるべき人は知りけり。よろづ、よそ目を忍ぶ事なれば、その夜も空しく明けにけり。
 次の日は、大倉、小玉の宿々にて便宜を窺ひけれども、番の人々、用心厳しくしければ、その日も討たで暮れにけり。その夜は、上野の国松井田の宿に着き給ふ。その夜、それにて狙へども、山名、里見の人々、宿直に参り、用心隙なくて、討つべきやうはなかりけり。明くれば、信濃と上野の境なる、碓氷の南の坂の下に着き給ふ。その夜も両国の後家人集まりて、辻々を固め、知らざる者を咎むれば、寄りて討つべきやうもなし。
 次の日は、碓氷の峠にうち上がりて、矢立明神に上矢を参らせ、御狩始めわたらせ給ひけり。朝倉山に影深く、露吹き結ぶ風の音、まつばかりとや戯ぶらん。まだ立ち残る薄雲の、峰より晴るる朝ぼらけ、梢まばらの遠里は、小野の里にや続くらん。所々の高草の、下に声ある谷の水、岩間岩間に伝ひ来て、勢子声の狩杖音繁く、折から心凄くぞ狩らせ給ひける。野鳥も驚くばかりなり。さるほどに、晴れたる空、にわかにかき曇り、鳴神おびただしくして、雨かきくれて降りければ、鎌倉殿を始めとして、皆々とどこほり、興を失ひ、花やかなりし姿ども、思ひの外に引きかへて、千草の蓑、菅の小笠、変はり果てたる村雨に、袂はしをれ裾は濡れ、上下共に露けき色。不興と言ふも余りあり。その日は碓氷に帰り給ひて、「旅宿の用心あるべし。」とて、国々の侍参り集まり、辻々を固めける。

二 五郎と源太と喧嘩の事

 さる程に曽我の人々は、「雑人にや紛るる。」と、古き蓑に編笠深く引つかうで、太刀脇挟み通る処に、折節、源太左衛門景季、三浦の館より帰りけるに、十文字に行き会ひぬ。この人々は源太と見なし、笠を深く傾け、目尻にかけてぞ通りける。源太、駒を控へつつ、「これなる者どもの怪しさよ。とどまれ。」とぞ咎めける。十郎、立ち帰り、笠の下より、「和田殿の雑色なり。」と言ふ。「それは何とて忍ぶぞや。名をば何と言ふぞ。」「藤源次と申す者なり。和田殿の、御所へ参られ候ひつる隙を計り、御館の次第を見物仕り候。義盛、帰られ時になり候間、急ぎ帰り候。」と言ふ処に、梶原が雑色、進み出、「藤源次は、某見知りて候。これは、あらぬ者にて候。」と言ひければ、「さればこそ怪しかりつるに。まづうちとどめよ。」とてひしめきけり。
 五郎、こらへぬ男にて、太刀取り直し、「あら事々し。雑人に目はかくまじ。源太が駒の向臑、薙ぎ落とさんに、よもこらへじ。落ちん処を刺し殺し、腹切るまで。」と呟きて、兄を押しのけかかりけり。十郎、「暫し。」ととどむる時、折節、義盛は御前より帰り給ひしが、源太が声の高ければ、「何事にや。」とて立ち寄りけり。「これは、和田殿の御内の者。」と言ふ声、十郎祐成と聞きなし、よく見れば、案にも違はず。兄弟の人々、思はぬ姿に身をやつし、思ひ入りたる志、見るに涙ぞこぼれける。「あの冠者ばらは、義盛が内の者にて候。奇怪なり。罷りしされ。」と怒られければ、この人々は、死にたき処にてあらざれば、傍らにこそ忍ばれけれ。源太はその後、駒うち寄せ、大方に色代して、互に宿へ帰りけり。
 「さても源太が勢ひはいかに。」五郎聞きて、「なに、鬼神なりとも、彼が首は危ふくこそおぼえしか。」と言ふ。十郎聞きて、「身に思ひだになくば、言ふに及ばず。心のものにかかりては、いかでかさやうの事あるべき。源太討たん事は、いと易し。我等が命も生き難し。さては、『梶原を討たん。』とて心を尽くしけるか。向後は心得給ひて、身をたばひ、命を全くして、心を遂げ給ふべし。返す返す。」と言ひながら、夜の更くるまでぞ居たりける。

三 和田より雑掌の事

 かくて兄弟の人々は、苅谷の宿にありければ、夜半ばかりに数十人が声して、「まさしくこのほとりなりつるぞ。こなたにめぐれ。かしこを尋ねよ。声な高くせそ。」とて、物の具の音しきりなり。
 五郎聞きて、「昼の梶原が遺恨にて、いたづらなる者ども、討手におこせりとおぼえたり。」十郎聞きて、「静まり候へ。粗忽の沙汰あるべからず。内の体も見苦し。まづ灯し火を消せ。」とてうち消させ、今や今やと待ちかけたり。五郎は太刀押つ取つて、既に館を出んとす。十郎、袖を控へて、「静まり給へ。昼こそあらめ、夜なれば、一方打ち破りて忍ばん事、いと易し。たとひ何十人来るといふとも、まづ一番を斬り伏せよ。二番に続きてよも入らじ。まして三番、白むべし。たとひ乗り越え斬り入るとも、裾を薙ぎて薙ぎ伏せよ。構へて御分、離るるな。隔てられては叶ふまじ。急ぎて外へは出づべからず。隙間を守りて諸共に、出て逃れば逃るべし。もし又、逃れ方なくば、刺し違へては死ぬるとも、雑兵の手にばし懸かるな。」と言ひつつ、脇に立てたる太刀取りて、「今や入るか。」と待ちかけたり。
 来る者ども思はずに、静まり返りて音もせず。「不思議なり。」とて聞く処に、ひそかに門を叩きけり。人を出して、「誰そ。」と問ふ。「和田殿よりの御使なり。昼の喧嘩は危ふくこそ見えしか。御志を見るに、思はず袖をこそ絞り候ひつれ。わざと、『こなたへ。』とは申さず候。『御用意こそ。』とは存ずれども、国より持たせ候。」とて、「樽二つ三つ。粮米添へて。」と言ふ声を聞けば、義盛の郎等にしどろの源七が声と聞き、急ぎ十郎、立ち出て返事にも及ばず。「畏り入り候。罷り帰り候はば、参り申すべし。」とて帰しけり。
 さて酒ども取り散らし、連れたる者どもにも飲ませ、夜も明け方になりぬれば、「雑人に交じはらん。」とて、蓑笠藁沓縛り履き、夜と共に出し志、草の蔭なる父精霊も、哀れとや思ひ給ふらん。心がけこそ優しけれ。

底本頭注
 一 浅間の御狩の事
 ・刑鞭云々――和漢朗詠、江相公の句。君王聖徳四海静平を頌せるもの。
 ・落場――鳥の下り行く所。
 ・遠里は云々――摂津に遠里小野といふ名所あれば、思ひよそへての筆法。
 三 和田より雑掌の事
 ・しらむ――負け色を表す。

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校訂者注
 一 浅間の御狩の事
 ・鳥驚かず――底本、「鳥驚かぬ」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・野鳥も驚くばかりなり――底本、「野守も驚く許りなり」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。