曽我物語

巻第六

一 十郎大磯へ行き立ち聞きの事

 さても十郎祐成は、三浦より曽我へ帰りけるが、定めなき浮世の習ひ、つくづくと案ずるに、「明日富士野にうち出て、帰らん事は不定なり。この二、三年、情けをかけて浅からぬ虎に暇乞はん。」とて、宿河原、松井田と申す所より、大磯にこそ行きにけれ。折節、鎌倉殿召しに従ひ、近国の大名小名、うち連れうち連れ通りけり。十郎、虎が宿所に立ち寄りてありけるが、心を変へて思ひけるは、「国々の侍、多く通る折節なれば、流れを立つる遊び者、また我ならぬ人に情けもや。」と心もとなく思はれて、暫く駒を控へて、内の体をぞ聞き居たる。
 折節、虎が住みかには、友の遊君あまた並み居て物語しける中に、虎が声と思しくて、「只今上る人々は、いづくの国の誰人ぞ。聞き給はずや。」「先陣は、横山藤馬丞。」とぞ申しける。虎聞きて、「まことや、孔子の言葉に、『耳の楽しむ時には慎むべし。心の驕る時には、欲しいままにすべからざれ。』とは申せども、あはれ、げにこの殿ばらの馬鞍鐙腹巻を、わらはにくれよかし。」女房達は聞きて、「合はぬ願ひ物。何の御用にや。」と言ふ。「祐成に参らせ、思ふ事を。」とばかり言ひて、涙を浮かべけり。友の遊君聞きて、「不思議やな。思ふ事は何なるらん。」と怪しみながら、「問ふべきにあらず。敵討ちて後にこそ、『この事よ。』とは知られけり。されば、この人もかねてより知りけるよ。」とは申し合ひけり。
 祐成、物越しに聞きて、「いかでかこれ程情け深き者に、『立ち聞きしたり。』と思はれては、後の怨みも残るべし。後ろ暗くも思ひなば、来ぬこそ。」と思ひつつ、知らざる体にもてなし、駒の口を暫し控へ、何となく広縁に下り、鞭にて簾をうち上げて内に入りぬ。虎もやがて出、いつよりも睦まじく語り寄り、「飽かぬ世の中の、夢かうつつか。」と思ひ居たりける処に、思ひの外なる事こそ出で来たれ。

二 和田義盛酒宴の事

 さる程に和田義盛、一門百八十騎うち連れて、下野へ通りけるが、子どもに向かひ言ひけるは、「都の事は限りあり。田舎にては、木瀬川の亀鶴、手越の少将、大磯の虎とて、海道一の遊君ぞかし。一献勧めて通らばや。」「しかるべく候。」とて、かの長の方へ使を立てて、「かくぞ。」と言はせけるに、長、なのめならずに喜びて、遠侍の塵取らせ、「義盛、これへ。」と請じけり。
 虎に劣らぬ女房ども、三十余人出で立たせ、座敷へこそは出しけれ。朝比奈三郎義秀、古郡左衛門胤氏を始めとして、八十余人居流れて、既に酒宴ぞ始まりける。されども虎は座敷へ出ざりけり。義盛、心得ず思ひて、「この君達もさる事なれども、虎御前の見参のためなり。などや見え給はぬ。義盛、悪しくや参りて候か。」と言ひければ、母聞きて、「この程、煩はしくて。」と言ひながら、座敷を立ち、虎が方へ行き、「などや遅く出給ふぞ。疾く疾く。」と言ひ置きて、母は座敷へ出、「只今虎は参り候。」と言ひければ、義盛、盃控へ、「今や。」と待てども見えざりけり。なかなか始めより「心地例ならで。」と言ひなばよかるべきを、「只今。」と言ふにより、義盛、色を損じ、「御心に背く事あらば、罷り立つて重ねて参るべし。」と言ふ。母聞き、「悪しざまにや。」と思ひ、また座敷を立ち、「何とて出給はぬぞや。時世に従ふ習ひ。思はぬ人に馴るるも、さのみこそ候へ。怨めしの御振舞や。」とてたたずむ。虎はまた、十郎が心をかねて、衣引きかづきうち臥しぬ。
 母は、この心を見かねて、「いかにや。昔のふん女が事をば知り給はずや。さやうの事だにあるぞかし。なほも出まじくば、六字の名号も御照覧候へ。生々世々不孝する。」と言ひ捨てて、座敷へこそは出にけれ。

三 ふん女が事

 そもそもふん女と申す由来を詳しく尋ぬるに、昔、大国流砂の水上に、ふん女といへる女あり。天下に聞こゆる長者なり。金銀珠玉のみならず、七珍万宝、四方の蔵に余りけり。しかれども、いかなる罪の報いにや、一人の子なし。悲しみて祈れども叶はず。
 或る時、思はざるに懐妊す。喜びの思ひをなすに、苦しめる事、言ふばかりなし。されども子の出で来ぬべき事の嬉しさに、物の数とも思はざりけり。日数積もる程に、産の紐を解く。見れば、人にはあらで、卵を五百生みたり。「これはいかに。一つなりとも不思議なるぞかし。五百まで生まるる事、只事にあらず。『縁なき子を強ひて祈るによつて、天の憎みを蒙る。』とおぼえたり。かへりなば、いかなるものにても、親をも損じ、人をも害すべきやらん。その上、『胎卵湿化の内、卵生、罪深し。』と説かれたり。置くべからず。」とて、箱に入れて、流砂の浪に流し捨てけり。不思議なるためしなり。
 遥かの川の末に、れうかんといふ所に、きよはくといふ、貧道無縁の老人あり。明け暮れこの河のうろくづをすなどり、身命を助かりけるが、折節、釣する所へ、この箱流れ寄りたり。取り上げ見れば、卵なり。「何者の子やらん。」と思ひ、家に取りて帰り、妻に「かく。」と語る。女、これを見て、「恐ろしや。いかなる者にかかへりなん。主も、やうありてこそ捨てつらん。急ぎ元の川に入れよ。」と言ふ。男の曰く、「ただ置き候へ。かやうなるものには不思議もこそあれ。たとひひが事ありとも、我等はよはひ幾程もあるべきならねば、かれがやうを見む。」とて、物に包み、暖かにして置きたりければ、程もなく美しき男子にかへりぬ。「我、いにしへより子の無き事を嘆きに思ふに、しかるべき瑞相、天の憐れみにや。」と喜びて、また見れば、かへりかへりて五百人にぞかへり揃ひける。一つを捨てて一つを養はん事、怨めしく、もだし難くて、取り集め養ひけるに、一つもつつがなく成長しけるぞ不思議なる。まことに夫婦二人の時だにも、渡世叶ひ難く乏しかりけるに、ましてこの者どもを育てける程に、朝夕の生路に侘びければ、ここやかしこに徘徊し、「命を助からん。」とする程に、心ならずに猛悪に成り、思はずも欲心に住す。瞋恚を旨として驕慢に余りければ、外道にも近づきけり。
 或る時、彼等言ひけるは、「我等、一人ならず飢餓に及べり。さればとて、いたづらに身を捨つべきにあらず。この川上に、ふん女とて長者あり。財宝を蔵に置き余る。いざや、行きてうち破り、宝を取りぬべし。」と言ひければ、一人が進み出て言ふやう、「さる事なれども、それ程いみじき果報者を、我等卑しき貧力にて、宝を奪はん事、思ひも寄らず。かへつて身のあだと成りぬべし。案じ給へ。」と言ふ。今一人、進みて言ふやう、「さらば、外道どもを語らひ、彼等が神通の力を借りて、破つて見ん。」「しかるべし。」とて、飛天外道といふ者の元へ言ひ遣りたりければ、元より闘争修羅を好む者なれば、同類を催し、打つ立ちける。
 装束には、流転生死の鎧直垂に、悪業煩悩の籠手をさし、貪欲の脇立に、因果撥無の脛当に、愚痴暗蔽のつなぬき履き、極大邪見の膝甲に、誹謗三宝の裾金物をぞ打つたりける。三界無安の白星の兜に、六趣輪廻の頬当、瞋恚憤怒の刀をさし、放逸無慚の太刀を佩き、殺生偸盗の大弓に、破戒無明の弦をかけ、苦患極重の箙には、諸法愛着の矢数をさし、四顛倒の馬の太く逞しきに、四苦八苦の鞍置きてぞ乗つたりける。異類異形の下外道ども、思ひ思ひの装束に、色々の旗ささせ、数を知らずぞ集まりける。
 城中には静まり返りて音もせず。されども用心厳しくて、たやすく入るべきやうは無し。時を移してゆらへたり。かのふん女と申すは、同じ福者といひながら、三宝を崇め、仁義を乱さぬ賢人なり。いかでか諸天も捨て給ふべきならねば、ふん女を擁護し給へるを、かくてはいかでか知るべきなれば、死生を知らざる外道ども、喚き叫んで乱れ入る。その時、悪魔を降伏の四天十二天、影向なりて、四角四方を守り給ふ。四天は元より甲冑を鎧ひ、弓箭を放さぬ勇士なれば、面も振らず支へ給ふ。火天、猛火を放ち、風天、風を吹かせ、各々、城を守り給ふ。中にも水天は、「弓矢を守らん。」と誓ひ給ふなれば、数の眷属を引き連れ、妙観察智の旗ささせ、殊に進みて見え給ふ。
 その日の御装束には、九品正覚の直垂に、相好荘厳の籠手をさし、上求菩提の小具足に、下化衆生の脛当、四弘誓願のつなぬき履き、大悲大衆の頬当し、四種方便の赤糸の鎧に、紫磨黄金の裾金物をこそ打つたりけれ。万徳円満の月、真向に打ち、畢竟空しくの四方白の兜を猪首に着、五劫思惟のいかもの造りの太刀を佩き、首楞厳定の刀をさし、火舎三昧の槻弓、実相般若の弦をかけ、智徳無量の矢数をさし、随類化現を羽に交じへ、筈高に負ひなし給ふ。元より手馴れし大蛇、後ろより這ひかかり、左右の肩に手を置き、兜の上に頭をもたせ、両眼の光明らかにして、時々稲妻、四方に散り、紫の舌の色鮮やかにして、折々火焔を吹き出す勢ひ、天に余る。今の世に兜の龍頭を打つ事、この時よりも始まりけり。
 各々、床几に腰をかけ、宣ひけるは、「大修羅王が戦ひの強きも、仏力にはかなはず。ましてや言はん、彼等が勇み、物の数にて数ならず。蟻の塔ともおぼえたり。城中静まれ。」とぞ下知し給ふ。ここに、城の中より武者一人進み出、申しけるは、「只今寄せ来る兵は、いづくの国のいかなる者ぞ。また、いかなる宿意あるぞ。詳しく名乗れ。」と言ひければ、五百余人の兵、聞きて、「我等には親も無し。氏系図もなし。生まるる所を知らざれば、何條誰と名乗るべし。朝夕思ふ事とては、宝の欲しきばかりなり。急ぎ蔵を開き、財宝を与へ給へ。我等、思ふほど取りて帰らん。」と言ふ。「心得ぬ言葉かな。人により分に従ひ、氏も名字もある者を。猛悪の身が不思議なり。詳しく申せ。」と言ひければ、「問うては何にし給ふべき。さりながら、この川上より流れ来たる五百人の卵の流人なり。謂はれなければ人知らず。急ぎ宝を施して帰すべし。」とぞ申しける。
 「流れ来たる兵。」と言ふを、ふん女、つくづくと聞きて怪しく思ひ、櫓の下に歩み出て、「五百人の殿ばら、近く寄り給へ。尋ぬべき事あり。」と言ひければ、一人、塀の際に寄りたり。「そもそも『流れ来る。』と仰せられつる言葉について申すぞとよ。姿は何にて流れけるぞ。」「宝をば出さで、むづかし。」とは言ひながら、「我等が昔、いかなる者か生みたりけん、五百の卵にて水上より流れたりけるを、取り上げて育てけるが、かく成りぬ。」と言ふ。「さればこそ。」と思ひ、「その卵は、何に入れけるぞ。」「玉の手箱に入れ、上には銘を書きしなり。」「銘をば何と書きたるぞ。」「はうしやうろうの箱と書けり。」「さては疑ふ処なし。これは、そなたの支証なり。こなたの証拠には、『もしこの卵、つつがなく成長あらば訪ね来よ。ふん女。』と書きて判を押し、箱の底に入れたりしが。」「『刹那も肌を離さじ。』と、首に掛け持ちたり。」とて、懐よりも取り出す。「さては、疑ふ処なし。汝等は、みづからが子どもなり。」とて、門戸を開きて出ければ、尾花の如く支へたる、鉾剣をも捨てにけり。母も子どもの懐かしさに、剣の刃も忘れつつ、彼等が中へ走り入りて見廻せば、兵も兜を脱ぎ、弓矢を横たへ、各々大地にひざまづく。いつしか母は懐かしく、思ひの涙に袖絞る。並み居たる兵も、同じ心になりにけり。「かれもこれも、そか。」と言ふ、情けの袖も香ばしく、憐れみ憐れむよそほひは、見るに涙も進みけり。
 げにや、恩愛の仲ほど悲しき事あらじ。まことや、夜叉羅刹を従へて、猛く勇めるもののふも、母一人の言葉に、皆々靡くぞ哀れなる。かくて城中にいざなひ入れ、親子の睦び、懇ろなり。

四 弁財天の事

 かのふん女と申しし人、後には大弁財天と顕はれ給ふとかや。五百人の人々は、五百童子と成り、その一は、印鑰預かり給ふ神と顕はれ、はうしやうろうの箱をも、その中に持たせ給ふ。「一切衆生の願ひを悉く汲みて、安楽世界に迎へん。」と誓ひ給ふ。かやうに、猛き弓取も、母には従ふ習ひぞかし。

底本頭注
 二 和田義盛酒宴の事
 ・長――遊君の抱へ主。
 ・遠侍――離れ座敷。
 ・煩はしくて――不快にて。
 ・心をかねて――心に対し憚りて。
 ・不孝――勘当。

前頁  目次  次頁

校訂者注
 三 ふん女が事
 ・かれがやうを見む。」とて――底本、「彼が様を見よ』とて」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
 ・四顛倒の馬の太く逞しきに――底本、「四天王の馬の太く逞しきに」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・ふん女を擁護し給へるを、かくてはいかでか知るべきなれば――底本、「ふん女を渇仰し給ひけり。かくては如何あるべきとて」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・弓箭を放さぬ勇士なれば――底本、「弓箭を離きぬ勇士なれば」。
 ・火天、猛火を放ち――底本、「火天猛火を放し、」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・妙観察智の旗ささせ――底本、「妙観みつちの旗ささせ」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
 ・四弘誓願のつなぬき履き――底本、「しくりやうくわんのつなぬき履き」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
 ・四種方便の赤糸の鎧に――底本、「無趣方便の赤糸のけをひかせ」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
 ・我等には親も無し――底本、「彼等には親もなし」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。