五 朝比奈虎が局へ迎へに行きし事
さても母は虎を制しかね、「何とて母には従はざるや。」とぞ言ひける。虎は、なほも涙に咽び、「流れを立つる身ほど悲しき事は無し。夫の心を思ひ知れば、母の命に背き。また母に従へば、時の綺羅にめづるに似たり。とにもかくにも我が思ひ、乱れそめける黒髪の、飽かぬ情けの悲しさよ。いかなる罪の報いにや、女の身とは生まれけん。さればにや、五障三従と説き給ひけるぞや。」とて、さめざめと泣き居たり。十郎、この有様を見て、「何かは苦しかるべき。一旦こそあれ、座敷に出給へ。母の命に背きなば、冥の照覧も恐ろし。」と申しければ、虎はこれにも従はず、ただ泣くより外の事は無し。
義盛、これをば知らずして、「何とて虎は遅きやらん。」とて、一座の興を失ひけり。母も待ちかねけるにや、「曽我の十郎殿ましますが、さてや出かね候らん。」和田はこれを聞きて、「心得ぬ十郎が振舞かな。我こそ出て対面せざらめ、流れの遊君を塞ぐべきか。まことにひが事なり。四郎左衛門、朝比奈はなきか。御迎へに参れ。」と言ふ。四百余人の殿ばらも、「はや事出で来ぬ。」と色めきけり。
祐成があり所近ければ、義盛が言葉、手に取るやうにぞ聞こえける。「不思議やな。思はぬ最期の出で来たるぞや。身に思ひのあれば、千金万玉よりも惜しき命なり。されども逃れぬ処は力なし。いたづらなる死にをして、五郎に怨みられん事こそ、思ひ遣られて悲しけれ。さりながら、かやうの処は、神も仏も許し給へ。」と言ふままに、烏帽子押し直し、直垂の露結んで肩にかけ、伊東重代の赤銅造りの太刀を二、三寸抜きかけ、片膝押し立て、一方の扉を聞き、「事々しや、三浦の者ども。何十人もあれ、一番に入らん朝比奈が諸膝薙ぎ伏せ、続かん奴ばら、物の数にやあるべき。伊東の手並を見せん。遅し。」とこそは待ちかけたり。虎も、この有様を見て、「げにや、冥途より来るなる獄卒の、追つ立つる道だにも、主君師匠の命には替はるぞかし。ましてや、『夫婦恩愛の契り浅からず。』とは、いにしへ今までも伝へ聞くなるものを。後の世までも離れじ。」と思ひ切つて、守り刀、衣の褄に取り含み、「三浦の人々、いかに勇み乱れ入るとも、何となく立ち廻り、よき隙に義盛を一刀刺し、いかにも成らん。」とただ一筋に思ひ定め、祐成近く寄り、「今や。」と待つぞ優しき。
時移りにければ、和田、いよいよ腹を立て、「いかに。朝比奈はなきか。御迎へに参れ。無骨の訴訟も苦しかるまじ。」とぞ怒りける。義秀、聞きかね、座敷を立ち、虎が迎へに行きけるが、つくづく案ずるやう、「十郎といふも、伊東の嫡々たり。心もまた、立て切つたり。始めより出さで、かやうに成りては、よも出じ。我また悪しく怒りて、出さざらんも恥辱なり。所詮、難なきやうにうち向かひ、すかさばや。」と思ひければ、静かに歩み入りけるが、「この殿ばら兄弟は、身こそ貧なりとも、心は貧にあらばこそ。粗忽に入つて、細首打ち落とされ、悪しかりなん。」と思ひ、扇、笏に取り直し、畏つて、「これに曽我十郎殿の御入りの由、父にて候者、承り、御迎へのために、義秀を参らせられて候。何かは苦しく候べき。御出ありて、親にて候者に、御対面や候べき。それにまた、某、一期の所望の候。御前の事、ゆかしき事に、義盛、思はれ候が、御座を存じて義秀、申しとどめて候。しかるべくは、諸共に御出ありて、父が所望をも叶へ、義秀が面目施すやうに御計らひ候へ。一向頼み奉り候。さりながら、御心に違ひ候はば、罷り帰り候べし。」と、障子越しに言ひければ、十郎聞きて、「頼む。」と言ふにやはらぎて、「左右にや及ぶ、朝比奈殿。いかでか異議に及ぶべき。立ち給へや、御前。祐成も出ん。」とて、烏帽子の筒押し立て、直垂の衣紋引き繕ひ、虎を先に立てて、各々三人出たりけり。
さてこそ並み居たりける人々も、生きたる心地はしたりけり。まことに義秀の振舞、優なるものかな。座敷に事も起こらず、虎も出て、十郎も心を破らで事過ぎにけり。これや代要論に、「国のまさに興らんとする事は、諫臣にあり。家のまさに盛んに貴うする事は、忠臣によつてなり。」と言へり。かやうの事をや申すべき。朝比奈なかりせば、由なき事出で来、十郎も討たれ、和田も人多く滅びて失せなん。まことに深淵に臨んで薄氷を踏むが如く、危ふかりし事どもなり。
六 虎が盃十郎に差しぬる事
義盛は、虎を見給ひて、嬉しげにして宣ひけるは、「さても十郎殿の内にましましけるや。よそがましく心を隔て給ふものかな。御入りを知り候はば、始めより申すべかりつるものを。これへこれへ。」と請ぜらる。十郎、笏取り直し、「さん候。御目にかかるべきを、異体の無骨に候へば、罷り出でざる」由、色代して、弓手の畳に直りけり。虎も座敷に定まれば、盃、前にぞ置きたりける。義盛、虎をつくづく見て、「聞きしは物の数ならず。かかる者もありけるよ。十郎が心をかねて出ざるさへ、優しくおぼゆるに。や、それそれ。」と言ふ。何となく盃取り上げ、その盃、和田呑みて、祐成に差す。その盃、義秀呑みて、面々に下し、思ひ差し思ひ取り、その後は乱舞になる。
ここに、また始めたる土器、虎が前にぞ置きたりけるを、「今一度。」と強ひられて、受けて持ちけるが、義盛、これを見て、「いかに、御前。その盃、いづ方へも思し召さん方へ、思ひ差しし給へ。これぞまことの心ならん。」とありければ、七分に受けたる盃に、千々に心を使ひけり。「和田に差したらんは、時の賞玩、異議なし。されども祐成の心の内、恥づかし。流れを立つる身なればとて、睦びし人を打ち置きながら、座敷に出づるは本意ならず。ましてやこの盃、義盛に差しなば、『綺羅に愛でたり。』と思ひ給はんも、口惜し。祐成に差すならば、座敷に事起こりなん。『かくあるべし。』と知るならば、初めより出もせで、内にていかにもなるべきを、再び物思ふ悲しさよ。よしよし、これも前世の事。思はざる事あらば、和田の前下がりにさし給ふ刀こそ、わらはが物よ。支ふる体にてもてなし、奪ひ取り、一刀刺し、とにもかくにも。」と思ひ定めて、義盛一目、祐成一目、心を使ひ案じけり。
和田は、「我にならでは。」と思ふ処に、さはなくて、「許させ給へ。さりとては、思ひの方を。」と打ち笑ひ、十郎にこそ差されけれ。一座の人々、目を見合はせ、「これはいかに。」と見る処に、祐成、盃とり上げて、「某、賜はらん事、狼藉に似たり。これをば御前に。」と言ふ。義盛聞いて、「志の横取り、無骨なり。いかでかさるべき。はやはや。」と色代なり。さのみ辞すべきにあらず。十郎、盃取り上げ、三度ぞ酌む。義盛、居丈高になり、「年ほど物憂き事は無し。義盛がよはひ、二十だにも若くば、御前には背かれじ。たとひ一旦嫌はるるとも、かやうの思ひ差し、よそへは渡さじ。南無阿弥陀仏。」と高声なりければ、殊の外、苦々しくぞ見えにける。九十三騎の人々も、義秀の方を見遣りて、「事や出で来なん。」と色めきたる体、さし顕はれたり。十郎、元より騒がぬ男にて、「何程の事かあるべき。事出で来なば、何十人もあれ、義盛と引つ組んで、勝負をせんずるまで。」と思ひ切り、あざ笑ひてぞ居たりける。
底本頭注
五 朝比奈虎が局へ迎へに行きし事
・露――袖の元に通りをる紐。
・御前――虎御前。
校訂者注
五 朝比奈虎が局へ迎へに行きし事
・我また悪しく怒りて、出さざらんも恥辱なり――底本、「我またあらく怒りて出さんも恥辱なり」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・これや代要論に、「国の将に興らんとする事は、諫臣にあり――底本、「これやせうろんに、国の将にそきする事は奸臣にあり」。岩波文庫本(1939)本文及び脚注に従い改めた。
六 虎が盃十郎に差しぬる事
・置きたりけるを、「今一度。」と――底本、「置きたりける。取り上げけるを、今一度と」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
・義盛に差しなば、『綺羅に愛でたり――底本、「義盛にさしなば、さらに愛でたり」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
コメント