九 曽我にて虎が名残惜しみし事

 まことにこの殿ばらの事は、これや、「名鳥、昊天に翼を並べあそぶといへども、沼沢に下りて弓矰の憂へに遭ひ、大魚、深淵の底に尾を触れども、陸に上がる思ひあり。」と見えたり。十郎も、身に思ひのある者ぞかし。由なき女の元にて、思はずの難に遭はんとしけるぞ、危ふかりし次第なり。
 かくて祐成は、虎を具して曽我に帰り、常に住みける所に隠し置き、いつよりも細々とうち語りしは、「この度、御狩の御供申し、思はずの尾越しの矢にも当たり、朽ち果つる埋れ木ともなるならば、身こそ貧に生まれめ、『鬢なる塵の見苦しさよ。』と人の言はんも口惜し。髪けづりて給ひ候へ。」と言ひければ、虎は何としも思はで、数の櫛を取り散らし、暫く髪をぞけづりける。十郎は、女の膝に臥しながら、虎が顔をつくづくと見て、「祐成を『睦まじ。』と見んも、これぞ限りなるべき。」と思へば、流るる涙を見て、「例ならぬ御涙。心もとなさよ。何なるらん。」と問ひければ、「今に始めぬ事とは言ひながら、憂世の中の定めなさよ。この程のよろづあぢきなく、何事も心細くおぼゆれば、『あだに契り置きし同じ世の、名の立つ程もいかにや。』と思へば、心に浮かぶ涙のこぼるるぞ。げにや、頼まぬ身の習ひ、かこつ命も、露の間も忌まはしくこそ思はるれ。」「げにも、さやうに思ひ給はば、この度の御狩、思し召しとどまり給へかし。君に知らるる宮仕への、暇なきわざにも候はず。とどまり給へ。」と言ひければ、「思ひ立つ御供なり。何事かは。」と言ひながら、「かほど深く思ふ仲。思ひ知らせず出なば、情けの色も絶えぬべし。せめて夢ほど、この事を知らせばや。」とは思へども、「女は甲斐なきものなれば、飽かぬ別れの悲しさに、とどめんために、母にもや語り広めん。この度は、思ひ定めたるもの故、かなはぬ事を母聞きて、思ひの種ともなりぬべし。または五郎も怨みなん。思ひ切りたる一大事。女に『さぞ。』と言はん事、悪しかるべし。」と思ひ切り、何としもなく戯れけり。忍ぶとすれど、その色の怪しく思ひ奉り、「覚束なし。」と問ひければ、「深き思ひの切なるに、束の間も思ひ合はする事なくて、果てぬるものならば、後の怨みも深かるべし。よし、思ひ出に、一端を言ひてや心を安むる。」と、身の有様を思ふには、「憂きが住まひの詮なくて、世には住まじのその故を、いかにと言ひて知らすべき。」
 「さればにや、祖父入道の謀叛によつて斬られ参らせし孫なれば、君にも召し使はれず、御恩蒙る事もなし。まして先祖の本領は、年月よそに見なす上、馬の一疋もけなだらかに飼はず。又、『父のため。』とて経巻の一部も書かず。あるとしもなき身の仕儀、人に見ゆるも恥づかしく、面並ぶる便りなし。されば、『この度、御狩より帰りなば、出家を遂げ、墨の衣に染め変へて、頭陀乞食して霊仏霊社に参り、父の後世をも弔ひ、我が身をも助からん。』と思ひ候なり。世にありとも夢幻の如く、法身を残すべきにあらず。花山の法皇だにも、万乗の位を去りて、山林に交じはり給ふぞかし。ましてや貧道無縁の祐成が、何に命も惜しかるべし。今度の御供を最後に定め、『再び帰らじ。』と思へば、飽かぬ別れの見捨て難くて。」と申しければ、虎、聞きもあへず、十郎が膝にかかり、暫しは物も言はざりけり。
 ややありて、「怨めしや。『問はずば知らせじ。』と思し召すかや。まこと、わらはは大磯の遊君。あさましき者の子なれば、『まことの道に。』とは思し召さじなれども、女の身のはかなさは、『身に代へても。』とこそ思ひ奉れ。見見え初めしより、などやらん、思ひの色の深草よ。忍ぶの袖のすり衣、忘れ奉る便りもなし。御志は知らねども、御かね言の違ふをば、『偽りに又なるらん。』と、心を尽くし待たれしに、さやうに思ひ立ち給はば、わらはも同じく髪剃りおろし、墨の衣に身をやつし、一つ庵にあらばこそ、外に庵室引き結び、衣を濯ぎて参らせん。香を供へ給はば花を摘み、薪を拾ひ給はば閼伽の水を掬び、一つ蓮の縁をも願はん。その睦びをも、『否。』と宣はば、山々寺々を修行して、よそながら見奉らん。それも憚り思し召さば、聞き給へ。身を投げ、一日片時も長らへじ。」とて涙に咽び申しけり。まことに十郎が膝の上も、虎が涙に浮くばかり。袖も絞りぞかねたりける。
 十郎は、つくづくと案ずるに、「これほど思ひ入りたる志、つゆ程も知らせずして、心強く隠し遂げぬるものならば、長き怨みと成りぬべし。もし立ち帰らぬ習ひあらば、思ひ出して念仏をも申すべし。さればとて、『人に洩らすな。』と言はん事を、あだにやすべき。その上、日数なければ、知らせばや。」と思ひ、「この事、母にだにも知らせ奉らで過ぎしかども、御身の志、切にして、知らせ奉るぞ。洩らし給ふべからず。まことの道心にもあらず。出家また遁世にてもなし。年頃、『祐成が身に思ひあり。』とは、知り給ひぬらん。その本意を遂げんと思へば、この度出でて後、再び帰るまじければ、相見ん事も今宵ばかりなり。さてしも何となく申し契りて、『時の間。』と思へども、三年になりぬ。いつ思ひ出もなくて果てん事こそ無念なれ。御志の程こそ有り難く思ひ奉れ。面々如きの人は、祐成風情の貧しく頼む処なきに、何によりてか露の情けもあるべきに、三年の間の顔ばせの、変はらぬ色は常盤山。おのれ鳴きてや憂きを知る、情けに引かれて身の程の、恥を忘れし仲なれば、前世の事と言ふばかりにて、過ぎにし事の恥づかしさよ。奉公の身ならねば、御恩の時とも言はれず。くわいせんの身ならねば、理のあらん折とも言はれず。思ひ出のなき事を思ひ出し給はん事よ。」とて、さめざめと泣きにけり。
 虎も、この言葉を聞きて、またうち臥して、泣くより外の事ぞなき。ややありて起き直り、「そもこれは、何となり行く事どもぞや。これほどの大事、女の身なりとも、いかでか人に洩らすべき。一人まします母にだにも聞かせ奉らず、振り捨てて心強く思ひ立ち給はん事、数ならぬわらは申すとも、とどまり給ふべきか。何につけても、飽かぬ別れの道こそ、悲しみても余りあり。かやうの大事、心置かず知らせ給ふこそ、返す返すも嬉しけれ。さても、この年月の御馴染み、いつの世にかは忘るべき。思ふに叶はぬ事なれども、御物具の見苦しきを見参らする折節は、『人々しき身なりせば、などや頼りにもなり奉らざらん。』と、しづ心を尽くし明かし暮らしつるに、『世を捨てて、いづくともなくならん。』と仰せらるるこそ、身の置き所なかりしに、思ひも寄らぬ永き別れ路とならん悲しさよ。」とて、声も惜しまず泣き居たり。十郎も、せん方なくして、「余りな嘆き給ひそ。人もこそ聞き候へ。名残は誰も同じ心ぞ。」と慰めつつ、「これを形見に。」とて、「『祐成に添ふ。』と思し召せ。」とて、鬢の髪を切りて取らせぬ。虎は、涙もろともに受け取り、肌の守りに深く納め、物をも言はず臥し沈みぬ。同じ枕にうち傾き、涙に咽ぶばかりなり。
 日も既に暮れければ、「今宵ばかりの名残ぞ。」と、思ひ遣るこそ悲しけれ。千夜を一夜に重ねても、「明けざれかし。」と思はるる。頃さへ五月の短夜の、有明なれば宵の間の、待たるる程もなければや、出づると見ればそのままに、傾く空も怨めしく、八声と言ふも鶏の、夜や知りぬらん明け易く、夢見る程もまどろまで、東にたなびく横雲の、東雲白む憂き枕、まだ睦言の尽きなくに、後朝になる暁の、涙に床も浮きぬべし。互の名残、心の内、さこそと思ひ知られたり。
 なほしも虎はうち臥して、消え入るやうに見えしかば、十郎、「彼を勇めん。」とて、「暇申して祐成は、後生にて参り逢はん。」とて驚かせば、起き直りたるばかりにて、物言ふまではなかりけり。「今を限りの別れなり。後の世までの形見。」とて、十郎が着たりける目結の小袖を、虎が紅梅の小袖に着換へて、「心のあらば移り香よ、暫し残りて憂き別れ、慰む程も面影の、着換へし衣にとどまれかし。」と、互に名残尽きせねば、また諸共に打ち臥しぬ。幾よろづ世を重ねても、名残尽くべきにあらず。
 「祐成も道まで送り奉るべし。日こそ傾き候へ。」とて、葦毛なる馬に貝鞍置かせ、団三郎、門のほとりに控へたり。「この馬、鞍返し給ふべからず。この三年通ひしに、馬は替はれど鞍替はらず、鞍替はれども馬替はらず。今日を最後の別れなれば、とどめ置きて、永き形見とも思ひ給ふべし。但し、馬は生あるものにて、替はる事もあり。鞍をば失はで持ち給へ。」と言ひ言ひ、馬にぞ乗せたりける。

前頁  目次  次頁

校訂者注
 九 曽我にて虎が名残惜しみし事
 ・飽かぬ別れの見捨て難くて――底本、「飽かぬ別の道すて難くて」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・『まことの道に。』とは思し召さじなれども、女の身のはかなさは、『身に代へても。』とこそ思ひ奉れ。見見え初めしより――底本、「誠の道をも思し召さじなれども、女の身の果敢なさ、身に代へてもこそと思ひ奉れ。見え初しより」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・おのれ鳴きてや憂きを知る、情けに引かれて身の程の、恥を忘れし仲なれば、前世の事と言ふばかりにて、過ぎにし事の恥づかしさよ――底本、「おのれ鳴きてや時鳥、憂世の夢か朝顔の、果敢なくならん身の程を、恥ぢず忘れぬ情の袖、前世の事といひながら、過ぎにし事の恥しさよ」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・夜や知りぬらん、明け易く――底本、「夜やしりふると明け易く」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・十郎が着たりける目結の小袖を――底本、「十郎着たりける目結の小袖に」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・着換へし衣にとどまれかし。」と、互に名残尽きせねば――底本、「着換へし衣に留れかし、互の名残つきせず』と」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。