十四 祐経が館へ行きし事

 かくて祐経が嫡子犬房、祐成を見付けて、「ただ今十郎、通り候。」左衛門聞きて、「玉の井の十郎か。横山の十郎か。」と問ふ。「曽我の十郎殿。」と言ふ。「これは祐経が館にて候。立ち寄り給へ。」と言はせければ、祐成、少しも憚らず、館の内へ入り、見給へば、手越の少将は、左衛門尉が君と見えたり。木瀬川の亀鶴は、備前の国吉備津宮の王藤内が君と見えて、嫡子犬房に酌取らせ、酒盛しける折節なり。「幾程の栄華なるべき。今宵の夜半に引き替へん事の無残さよ。」と思ひながら、座敷にぞ直りける。祐経、敷皮を去りて、「これへ。」と言ふ。十郎、「かくて候はん。」とて押しのけ居たり。
 祐経が初対面の言葉ぞこはかりける。「まことや、殿ばらは、祐経を『敵。』と宣ふなる。ゆめゆめ用ゐ給ふべからず。人の讒言とおぼえたり。差し当たる道理に任せて、人の申すも理なり。伊東は嫡々なる間、祐経こそ持つべき処なるを、面々の祖父伊東殿、横領し、一所をも分けられざりしかば、一旦は怨むべかりしを、第一、養父なり。第二、叔父なり。第三、烏帽子親なり。第四に舅なり。第五に一族の中の大人なり。一方ならざるによつて、こらへて過ぎしに、これは只、『高きに望み誇らざれ。賤しきをそしり笑はざれ。』といふ本文を捨てて、我等を員外に思ひ給ふ故なり。面々の父河津殿、奥野の狩場の帰りに討たれ給ひぬ。猟師多き山なれば、尾越しの矢にや当たり給ひけん。又は、伊豆、駿河の人々多く打ち寄り、相撲とりてあそび給ひけるに、股野の五郎と勝負を争ひ、当座に喧嘩に及びしを、御寮の御成敗により静まりぬ。さやうの宿意にてもや討たれ給ひけんを、在京したる祐経に、かけて申されけるなれども、さらに知らず。あまつさへ、祐経が郎等ども、あまた失ひぬ。その時分、やがて対決を遂げたりせば、残るべかりしを、幾程無くして当御代となりて、面々親しき人々、皆御敵とて長らへ給はぬ。ただ祐経一人になりて、終にこの事、沙汰せずしてやみぬ。しかれば、ただ祐経がしたるになりて、年月を経候。これ、不祥と言ふも余りあり。よく聞き給へ、十郎殿。」祐成聞きて、とかく言ふに及ばず。ただ謹んで居たり。
 「これなる客人をば知り給ふにや。」「今日初めて見参に入り候へば、いかでか見知り奉るべき。」「あれこそ備前の国、吉備津宮の王藤内とて、さる人なるが、今年七年、君の御不審を蒙り、所領召されてありつるを、この三箇年、祐経取り次ぎ申しつる間、御免を蒙り、所領に安堵して、蒲原まで上り給ひしが、『祐経に名残惜しまん。』とて帰り給ふ。かやうに、他人だにも、申し承れば親しくなるぞかし。まして殿ばらと祐経は、いとこ甥といふ者なれば、今は親とも思ふべし。便宜しかるべく候はば、上様へ申し入れ、奉公をも申し、一所をも賜はりて、馬の草飼ひ所にもし給へ。殿ばらは、祐経が思ひ奉るやうには思ひ給はじ。北條へは、常に越えてあそび給へども、何を恨みてか、更に伊豆へは見え給はず。しも立てぬ賢人顔せんよりも、我々に睦びて、若き者どもに背かれずしてましませ。面々の馬屋を見るに、痩せ弱り候。伊東に馬どもあまた候へば、乗り付けて乗り給へ。なまじひに人の言ふ事について、『祐経討たん。』と思ひ給はん事、今生にては叶ふまじ。曽我殿ばら。」と広言しけるが、いかが思ひけん、言葉を変へて言ひけるは、「酔狂の余り、言失仕るとおぼえたり。今より始めて、互の遺恨をやめて、親子の契りたるべし。」とて、盃取り寄せ、「客人なれば。」とて、王藤内に始めさせ、「その盃、珍しき。」とて、十郎に差す。その盃、少将に差す。その盃を祐経に差す。その盃、亀鶴に差す。その盃を十郎に差す。
 酒を八分に受けて思ひけるは、「憎き敵の広言かな。『身、不肖なり。何事かあるべき。』と思ひこなし、初対面にさんざんに言ひつるこそ奇怪なれ。この君どもが耳こそ、東八箇国の侍の聞く処。日頃は親の敵、只今は目の敵。襖に衣を重ねても、逃すべきにあらず。受けたる盃、敵の面にうちかけて、一刀刺し、いかにもならばや。」と、千度百度進めども、心を変へて思ふやう、「待て暫し。兄弟と言ひながら、祐成と時致は、父の敵に志深くして、『一所にてとにもかくにも。』と契りしに、心はやりのままに、祐成、いかにもなるならば、五郎、空しく搦められ、怨みん事こそ無残なれ。ここはこらふる処。」と思ひ静めてとどまりしは、情け深くぞおぼえける。
 左衛門尉は、神ならぬ身の悲しさは、我に心を懸くるとは、夢にも知らずして、「十郎殿。盃は、いかに干し給はぬ。御前達あまたましませば、『肴待ち給ふ。』とおぼえたり。今様を謡ひ給へ。」と言ひければ、二人の君、扇拍子を打ちながら、
  蓬莱山には千年経る、千秋万歳重なれり。松の枝には鶴巣くひ、巌の上には亀遊ぶ。
といふ一声を、押し返し二遍までこそ謡ひけれ。その時、盃取り上げて、三度までこそ干したりけれ。そのかはらけ、祐経乞うて、「方々は何とか思ひ給ふらん、知らねども、今日よりして親子の契約あるべし。あのわつぱめを弟と思し召され、汝も兄と思ひ奉れ。他人の悪しからんは、恨みにあらず。親しき仲の疎きをば、神明も憎み給ふ事なれば、今より後、互に憚りあるべからず。この盃賜はりて祝ひ候はん。但し、所望候ぞや。十郎殿は、乱拍子の上手と聞けども、未だ見ず。一番舞ひ給へ。一つは客人のため、一つは祐経が祝ひのあやにく、いかがあるべき。御前達、面白く候べし。はやはや。」と責めければ、犬房、囃しぞ立てたりける。祐成、仔細に及ばずして、持つたる扇、さつと開きて、
  君が住む、亀の尾が山の瀧つ瀬は。
といふ一声を上げて、暫し舞ひけるが、千々に心を通はして、とやせんかくやせましと、思ひ乱るる舞の手に、夜更けば入るべき道づたひ、つがひはづさん長舞に、ここより入り、かしこより巡らん。かしこは詰まり、ここは通ひ路、忍びて入らば、音は立たじ。入るとも知らじ。さす腕、袖の返しに目を遣ひ、半時ばかりぞ舞うたりける。座敷に連なる人々は、見知るしるしのなきままに、興を催すばかりなり。君どもを始めとして、囃すもおぼえぬ風情なり。かくて十郎、舞ひ入りければ、祐経、「盃、思ひ返し。」とて、十郎に差したりければ、十郎、取り上げ、三度干して、扇取り直し、畏つて申しけるは、「今宵はこれに御宿直申したく候へども、北條殿に申し合はする仔細候。何様、明日参りて、常々宿直申すべし。」と、暇乞うて出にける。
 祐成、案者第一の男にて、「敵、何とか言ふらん。」と思ひ、小柴垣に立ち隠れ、聞く事は知らで、王藤内、「この殿ばらの父をば、まことに討ち給ひけるか。」と問ふ。左衛門尉、聞きて、「今は彼等が聞かばこそ。以前、つぶさに申しつるやうに、我等、嫡孫にて持つべき所領を、彼等が祖父に横領せられぬ。某が在京ながら、田舎の郎等どもに申し付けて、彼等が父、河津の三郎といひし者を討たせしなり。人もや、さぞ知りて候らん。この者どもの子孫は、皆謀叛の者。君に失はれ奉り、今、祐経一人に罷りなる。しかれども、君、不憫の者に思し召し、先祖の所領拝領の上は、祐経に狭められ、思ひながらぞ候らん。彼がこの頃の分限にて、祐経に思ひ懸からんは、蟷螂が斧を取つて隆車に向かひ、蜘蛛が網を張りて鳳凰を待つ風情なり。哀れなる。」とぞ申しける。
 王藤内聞きて、「それこそひが事よ。世にある人は、所領財宝に心がとまり、思ふ事は滞るなり。されば、寸の金にて尺の木をば切れども、尺の木にて寸の金を切る事なし。貧なる侍と鉄とは、侮らぬものをや。何とやらん、悪しきやうに仰せつる時には、頻りに目をかけ奉り、刀の柄に手を掛け、片膝押し立てつる時、『事出で来ぬ。』と見えしが、されども色には出さず。よき兵かな。」とぞ褒めたりける。左衛門尉、これを聞き、「何程の事か仕るべき。龍は眠りて本体を現す。人酔ひて本心を現す。思ふ事こそ言はれ候へ。恒河沙は尽き、蛍の火にて須弥は焼くるとも、討たるる事あるべからず。南無阿弥陀仏。」とぞ申しける。後に思ひ合はすれば、「これや最後の念仏。」と、哀れにぞおぼえし。
 十郎、かく言ふを立ち聞きて、即ち、「館の内へ走り入り、いかにもならばや。」と思ひしが、五郎に憂き身の惜しまれて、ただ空しく帰りける、心の内こそ無残なれ。そもそも只今の言葉ども、よくよく思へば、ただ王藤内が言はする言葉なり。「今宵は、落ちば落ちん。」と思ひつれども、今の言葉の奇怪なれば、「一の太刀には左衛門、二の大刀には王藤内。」と思ひ定めて、館よりこそ帰りけれ。

底本頭注
 十四 祐経が館へ行きし事
 ・君――遊君。
 ・落ちば――王藤内が逃げば。

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校訂者注
 十四 祐経が館へ行きし事
 ・高きに望み誇らざれ――底本、「高きに望み登らざれ」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
 ・残るべかりしを――底本、「逃るべかりしを」。岩波文庫本(1939)本文及び脚注に従い改めた。
 ・沙汰せずしてやみぬ――底本、「さんだんせずして止みぬ」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
 ・馬の草飼ひ所にもし給へ――底本、「馬の草飼所をばし給へ」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・背かれずしてましませ――底本、「背かずして座せ」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・只今は目の敵――底本、「只今は日の敵」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
 ・一声を、押し返し――底本、「一声を返し」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。