十五 屋形の次第五郎に語る事

 五郎、兄を待ちかねて、心もとなくしてたたずみける処へ、十郎来りて、「いかに。待ち遠なるか。」五郎聞きて、「さらぬだに人を待つは悲しきに、愚かに思し召すものかな。」「祐成も、さ存ずるを、敵、左衛門が屋形へ呼び入れられ、酒をこそ呑みつれ。」「さていかに。便宜悪しく候ひけるか。」「言ふにや及ぶ。乱舞の折節、『あはれ。』と思ひしかども、『御分一所にこそ。』と存じてこらへつる志、推し量り給へ。」五郎も聞きて、「御扶持は、さる事にて候へども、これ程寄り付かずして、心を尽くす。便宜よく候はば、御討ち候べきものを。さりながら、一太刀づつ共々に斬りたく候ぞかし。その屋形のやう、御覧じ候ひけるにや。」
 「そのため、案内はよく見置き候ひぬ。但し、屋形の数多くして、見知りたる人は、所々にこそ候ひつれ。扇開きてこそは数へけれ。まづ君の御屋形に並べてうちたりしは、北條の四郎時政。御一門には、一條、板垣、逸見、武田、小笠原、南部、下山、山名、里見の人々、石山、山形、梶原、屋形を並べて候なり。東には、和田、畠山、黒戸、姉崎、本田、榛沢、池辺、児玉、小沢、山口、丹の横山、紀清の両党、岡部、坂西、金子、村山、村折、なかさや、岡原、比企、中條、みたむろの人々、屋形を並べて候。常陸の国には、佐竹、山内、志田党、近島、行方、こく、宍戸、森山、ちちはの殿ばら。下総の国には、千葉介常胤、相馬次郎諸胤、けしの三郎胤盛、こくぼの五郎胤道、東の六郎胤兼、葛西三郎清重、大猿島、大島、小原、屋形を並べ候なり。上野の国には、伊北、伊南、庁北、庁南、印藤、金岡、小寺、深須、山上、大越、大室。上総の国には、桐生、黒川、丹後、片山、新田、園田、玉村。安房の国には、安西、金丸、東條。信濃の国には、内藤、片桐、黒田、周防、斎藤、村上、井上、高梨、海野、望月、屋形を並べ候なり。下野の国には、小山、宇都宮、結城、長沼、氏家、塩谷、木村、皆川、足柄、まのだの人々、屋形を並べ候ひぬ。相模の国には、座馬、本間、土屋、愛甲、土肥の次郎父子、糟屋の藤五、渋谷、佐藤、秦野の右馬丞、岡崎、三浦の人々。伊豆の国には、設楽、藁科、木津川、船越、大森、桂山。遠江の国には、石尼、清水。三河の国には、設楽、中條。尾張の国には、大宮司、宮の四郎、関の太郎。美濃の国には、高島、松井。近江の国には、山本、柏木、たつゐ、錦織、佐々木党、屋形を並べ候なり。当番の人々には、結城の七郎、川越、高坂、大胡、おほむろ、難波の太郎、上総介父子、屋形を並べしなり。坂東八箇国、海道七箇国のみにあらず。三年の大番、訴訟人といふ程の者の屋形、雲霞の如くなり。さて、君の御座所をば真中に、四角四面に瑠璃を延べ、五十九間に飾られたり。面々、思ひ思ひの屋形造り、色々の幕の紋、金銀を鏤めてこそ飾られけれ。およそ屋形の数、二万五千三百八十余軒なり。総じて上下の屋形の数、十万八千軒。軒を並べてこうぢをやり、甍を並べてうちたりけり。東にそうたるは梶原平三景時、西のはづれは左衛門尉祐経が屋形なり。幾程とこそ思ひけん。」
 五郎、聞きて、「客人は、いづくの国のいかなる人にて候ひける。」「備前の国の住人、吉備津宮の王藤内。手越の少将、木瀬川の亀鶴を並べ置きて、酒盛なかばなりしに呼び入れ、祐成も舞を舞ふ程の事なりつるに、面に当てて広言どもしつる無念さよ。『一刀刺し、いかにも。』と思ひけれども、わ殿に命が惜しまれて、手に握りたる敵を逃しつるこそ無念なれ。」五郎聞きて、「これや、宝の山に入り、手を空しくする風情なり。嬉しくも御こらへ候ものかな。余し候べきにも候はず。南無阿弥陀仏。」とぞ申しける。

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校訂者注
 十五 屋形の次第五郎に語る事
 ・御討ち候べきものを――底本、「御ふち候ふべきものを」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
 ・美濃の国には、高島…山本、柏木――底本、「美濃の国には、山本、柏木」。岩波文庫本(1939)本文に従い補った。